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【第二章】銀色の髪の少女2 大釜の看板の店


 店の扉を開くと、ガチャリという重厚な音と、からんからんという来客を知らせる鐘の音がする。

 次いで、店員らしき人物の声が聞こえてくる。


「キー・キー」


 キーキー?なにそれ?と思ったが、イントネーションが中国語の挨拶のシェイシェイみたいな感じだったので恐らくいらっしゃいませ的な挨拶の類だろう。

 声から察するに男性であろう。

 年齢は解らないが、あの声の感じなら老爺ろうやということはあるまい。

 カウンターに座る店員は、屋内にも関わらず魔法使いを思い起こさせるつば広のとんがり帽子のようなものを被り、黒く長い外套がいとうを羽織っている。

 薬師くすしというよりは魔法使いに見える。

 魔法は見たことなかったが、もしかして魔法関連の店だったのかもしれない。

 案の定薄暗い店内に、いくつかの光源が設置されているこの雰囲気が、その印象をさらに後押ししている。


(早まったか……?)


 大釜の看板を見た瞬間、コレだ!と思ったので、少々先入観を持って客を見ていたかもしれない。

 そう思いながらも店内の商品を見回していく。

 文字が読めないので、商品名などが書いてあるであろうタグも読めない。

 他では見なかったガラス製の容器に入れられた商品もあり、このあたりの値段などは聞くのも恐ろしい。


「アテ・アイ・ノーミクィ・ホッヴォペゥキクィ(何かお探しかな?)」


 ヴォペゥキクィならイティークとの会話の中で聞いたことがある。

 "何か"という意味だ。

 あなたは何か――?というところまではふんわり理解できる。


「えーっと……」


 なんと返事したらいいのかまだ整理がつかなくて、思わず声が出る。

 落ち着いて順序だてて考えよう。

 ……そうだ、ここは店だ。

 なら『何かお困りですか?』みたいな感じかもしれない。


「えい・やくぅー・あい・を・でゅ・うきう゛(コレヲ・カイトッテ・ホシイ)」


 俺は言いながら、薬草を差し出した。


「ネウーヴェー……?ほぅ……ヴェイータッヴ、ウキヴ・ヤヴ・ルヴー・ジョーグ(どれどれ……?ほぅ……ノコギリソウか、これは丁度よかった)」


 ネウーヴェとルヴーはわからないが、これはいい、とかそういう感じだろうか。

 雰囲気から好感触っぽい。

 あきらめかけたが、これはあたりをひいていたのかもしれない。


「アープ・ヴコッワジェ・オー・ヴウォフェム・ウケヴェ・ガッヴ・デファウヴェ・ウケ・ヨウッグ・ペギフィクェヴァテ・オクセッヴォン(近頃は傷薬が売れすぎるせいで品薄だったからな)」


 店員は言いながら、薬草を大きめの測りにのせる。

 上から吊るすタイプの天秤ではなく、シーソーのような形状のものだ。

 薬草とは反対側には錘を乗せていく。

 それにしても解らない単語が多い。ペギフィクェヴは傷薬という意味なのは解る。

 あとはヴウォフェムは在庫だった……はずだ、多分。

 恐らく傷薬の在庫がどうのと言っているのだろう。


「ふむ……ヒクセグティグ・ウィオエク・ウクティ……クォアー、ヒクセグティグ・ウィオエク・ハウト・ファタゥ。ウキヴィヴ・クォウォ・ダグ・ウッアクヴァフゥーイオク・ホッイクギクシグアンヴ(523……いや、524ファタゥ(2.32kg)か。個人からの取引としては悪くない量だね)」


 そこでちらりと俺の顔色を窺った店員は、


「(今なら相場の倍だそう、銀貨15枚でどうかな?)」


 そう言った。

 正直あまり言葉を知らない俺には高度な交渉は無理なのは解っている。

 元の相場も解らないし、不利な取引を持ち掛けられていても、断ったところで他に売るアテもない。

 今は黙って不利な条件だったとしても飲み込んで、もっと知識を蓄えてから「あの時はこうだったよね」と持ち出すことで今回の損失を取り戻す機会はあるだろう。

 なので俺は何を言われようと首を縦に振ろうと予め決めていた。


「へぇ……アルトプルゥ・ゲフィヴィオ。ギゲイ・ウッウヴゥ・アイ・ヴォ・エアヴィン?(へぇ……即決かい。そんなに簡単に信用してもよかったのかな?)」


 あんまり何言われているのか解らないけれど、ここでも頷いた。


「ウキヴ・ヤヴ・ヴッルチヴィクィ・ウィ・ギクォウ・ウキクェム。イゥ・ヨウン・デ・エーヴ・ヲ・クォグ・ウケテ。ヲ・デ・コクェヴー、エイ。ヤヴ・ヨゲティクィ・イハイ・ワメ・ウカーイタグクサクゥアジェ・オー・オ・ニウーネ・ポテ、デュー・エイ・ウキクェム・エイ・ファク・カクセ・オ・ジョーグ・テナウィオクヴキアル・ユィウク・ボウ(これはまいった、そこまでよどみなく頷かれるとは思わなかった。正直、もう少し足元を見られるかと思っていたけれど、君とはいい付き合いができそうだ)」


 解ってないけど頷く俺。

 そんな俺の態度に、向こうも嬉しそうに頷いた。

 その時、彼の表情が垣間見えた。

 青年というには年かさだが、壮年というには若い、ちょうどその境界線に立っているかのような大人な雰囲気のする人だ。

 好感の持てる人好きのしそうな顔つきに見えたが、なぜか油断ならないような印象も受ける。


(まあ、なんにせよ今の俺には細かいことをかんげる余裕もないんだけどな)


 明日どうやって生きているのかも見当がつかない自分に苦笑しながら貨幣を受け取る。

 貨幣制度は案外しっかりしているようだ。

 昔の日本だと銀の粒の重さを計ったりして、それが貨幣の代わりだったりもしたらしいしな。

 明確に数字として目で見てわかるのはありがたい。


「うかけむあい(アリガトウ)」


 俺はお礼をいって店を出た。

 扉を開けた時のベルの音が鳴り響くなか、店員の「ヴェー・アイ・アジャイク(またのお越しを)」という言葉がわずかに聞こえてきた。

 一瞬、俺の足が止まる。

 この言葉を知っていたのは前回フンヌドゥヌープに来た時、宿をチェックアウトした時に聞いたからだったか。


(イティーク……)


 少し胸が締め付けられる想いがしたが、首を振る。


(自分から外に出ておいて幾らもしないうちからホームシックか?笑えない冗談だ……)


 自らの心臓を引きちぎってしまいたくなるような胸の痛みを無理やり押し込め、脱線した思考を引き戻す。

 気を取り直すと、


(この店にはまた世話になることもあるかもしれないな)


 そう思いながら振り返ることなく店を出るのだった。





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