【幕間】弟
旧題:【イクウェトヌゲ】ボウクィエッドトゥケト
【幕間】弟が和訳になります。この文字数違いよ……
「ん……」
早寝早起きが習慣の農家の娘であるイティークは、まるで目覚まし時計でもつかったかのように正確な時間で目を覚ました。
そのまま着替えをして、桶に貯めおきしてある水で顔を洗い、髪を整える。
鏡は高級品の為、桶に張ってある水で自分の姿を確認する。
高価な香水や化粧類など持っているはずもなく、これが彼女のできる精いっぱいであった。
「ジョーグ(よしっ)」
今までも当然身だしなみは整えていたが、こうして自分の姿をみながらきっちり完璧に整えるようになったのはここ最近のことだ。
両親が領主に召集を受け、領主の畑を管理するようになってから、この家ではイティークが一人で使っていた為、だんだんと人目を気にしなくなっていっていたのだ。
実をいうと、農家の人間が領主に召集を受けて畑を耕すことは割と珍しいことではない。
しかし通常は農地の量が少ないものや、育てる作物がない時期などに召集を受けるものだ。
だが、年中両親が家を空けているのにはわけがある。
本来、この家に求められたのは領主の畑の管理ではなく、娘を差し出すことであった。
気まぐれに視察にやってきた領主に見初められたイティークだったが、そのような一方的な話でイティークが幸せになれるわけもないと考えた両親がこれを断ったのだ。
ならばと領主が提案したのが領主の農地の耕作をせよというものだ。
それも通常ならば首を縦に振らないような過酷なものだ。
しかし娘の為ならばと両親はこれを受けた。
領主は両親が値を上げるか、過労で倒れでもしてくれれば、ひとり残されたイティークを好きにできるという打算もあるのだろう。
自分を守るために両親が居なくなり、もっと自分がしっかりしてればこんなことにはならなかったかもしれない、と慚愧と後悔におぼれそうな日々を送っていたのだ。
そんな時に現れた、ひとりの青年。
アラトを名乗るその青年はボロボロだった。
初めは見慣れない格好だし、言葉は通じないし、恐怖で家に逃げ込んだりもした。
でもなぜかその青年は倒れるまで畑仕事を手伝おうとしてくれて。
その時に思ったのだ。
ああ、この人は自分がいないと生きていけないのかもしれないと。
これまで自分は守られるばかりだった。
だから両親を奪われたのだという強い思いに突き動かされるように、保護者のように、あるいは姉のようであろうと、アラトと名乗ったその青年に接してきた。
その青年はイティークより年上だったに違いない。
しかしイティークにとっては守るべき存在であり、つまりは弟のような存在であった。
自分なしでは生きられない、被保護者。
であればその青年は自分から離れる事はできない。
そんなことを考えていたわけではないけれど、でもどこかにそういう歪な依存が無かったかと言われれば否定しきれなかった。
だが言葉を教え、共に畑を管理し、文字を教えてもらい、苦楽を共にするうちに純粋に家族の情のようなものへと変わっていっていた。
ほんの少しだが、一つ屋根の下に異性がいるのだという意識も芽生え始めた。
だからこそ桶に張った水を姿見代わりに、丁寧に身だしなみの仕上げまで行うようになったのだ。
ここ最近のイティークは、両親が今も大変な時なのに自分だけ明るい気持ちになっていることに後ろめたさを感じつつも、しかし前向きになること自体はいいことのはずだと自分に言い聞かせていた。
両親がぼろぼろになって戻ってきても、アラトと二人でなら今度は自分たちで両親を支えていけるはずだという、ちょっと気が早すぎる未来を時々思い描くくらいには信頼もしていた。
だから――
「アラト、ジョーグ・ポックィクィ~(アラト、おはよう~)」
返事がなかった時も、寝坊でもしてるのかな?しょうがない子だなぁ、くらいに思っていた。
この間、フンヌドゥヌープに行ってからずいぶん思い詰めていた様子だし、普段よりもうちょっと甘やかしてあげないととか。
あの時は怖くて震えちゃって、少し情けないところを見せちゃったし、もっと頼れるお姉ちゃんなところを見せないととか。
でもその時のことを悔しいって、私のことを守りたいと思ってくれているのは嬉しいよってこととか。
そういうのをどんな言葉で伝えて、伝わらない部分をどんな身振りで伝えようかとか。
そういうことを考えながらアラトが眠っているはずだった、両親の部屋を覗いて。
「アラト……?」
ベッドがも抜けの殻なのを確認する。
もう畑のほうに行ってるのかな?
やっぱりあの時のことすごく気にしているんだなぁ、気負いすぎだよもう、と苦笑いしながら玄関を開けて。
そして、見つけてしまった。
彼からの書置きを。
「アラ、ト……?」
もう彼女にとって、アラトは家族になっていた。
そのアラトはしかし――
『げーと・えいる・う゛ぃぶーえと、いてぃーく。うかけむ・あい・う゛ぉ・はと。えい・あぷ・えくせっぶ・いたうぇふん・ほと・あい、あくぐ・えい・うきけむ・いぷろっわくぅ・あい。じょーっじべ(親愛なる我が姉、イティークへ。今まで本当にありがとう。心から感謝しているし、とても大切に思っている。でもだからこそ、これ以上迷惑はかけられない。さようなら)』
そう書き残して、姿を消したのだ。
また自分はひとりぼっちになってしまったのか、という思いが全身を氷漬けにしてしまうかのような寒気と恐怖となって襲い掛かる。
両親がいなくなった時のことも思い出し、胸が刺し貫かれたかのような痛みを覚える。
「アラト、アラトーーーー!!」
声を張り上げながら家の中に戻り、アラトを探し回るが、姿はない。
本当は家を飛び出して、もっと遠くまで探しに行きたかった。
でも両親に託された家と畑を放り出していくことは、彼女にはできなかった。
「アラト……ユィケブ……?(アラト……どうして……?)」
ただ、ひざを折って、しばらく茫然とすることしかできなかった。
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