【第一章】オノイェッドゥヌープの少女9 逃避行
俺たちの冒険はまだまだ続く……?
あれから逃げるように南部へ逃げ帰った俺たちだったが、イティークからあの日の話を聞くうちに再びフンヌドゥヌープへ向かわなければならないと思い始めていた。
危険なのは百も承知だ。
だが――
(もし今の話が気になるのなら、貧民街に行くといい――、か)
それは先日の文官が言っていた言葉の意味らしい。
同じ髪色と、瞳の色を持つ、言葉の通じない人間達。
それはつまり、俺と同じような境遇の日本人がいるかもしれないってことだ。
でも、次はイティークと一緒にいくのは避けたいと思っていた。
何故なら確実に迷惑がかかるからだ。
あの日だって、俺のせいで二度も国家権力に睨まれたのだ。
あの時の、震えるイティークの姿が目に焼き付いていた。
(あんな思い、できるだけさせたくないしな……)
となると、次は一人でいくしかない。
(あー、でも怖いなー、行きたくないなぁ……死にたくないなぁ……)
はぁ、とため息をつく。
別に誰とも知れない日本人がこの世界に来てて、トラブル起こしていても俺の知ったことではないはずだ。
(日本にいた頃、ほかの日本人が俺に何をしてくれたっていうんだ。皆俺のことを自己責任だって切り捨ててきたんだ。俺だって、ほかの連中を同じ言葉で切り捨てたって文句を言われる筋合いはないはずだ……)
そう思うが、罪悪感がじわりじわりと胸を締め付ける。
そんなものをどうして感じなくてはならないのか、そうは思うが感じるものは感じる。
(あー、くそっ!なんで、なんで……いやだ……やっぱり、ここでイティークとずっと穏やかに暮らしてたい……)
もういいのかもしれない。
別に俺が行かなくたって、ほかの日本人が頑張って解決するだろう。
(俺みたいなごみニートが何をしたところで何も変わらない。だったら、ゴミでもニートでもない誰かが、自己責任で物語の主人公みたいに何かを成せばいいだけだ……そうだ、誰かがやってくれるさ。俺はイティークとここで――)
しかし、そこであの時のイティークの姿が脳裏にちらついた。
俺のために震えながらも門番から庇ってくれた彼女。
俺のせいで文官に相当なプレッシャーをかけられて震えている彼女。
(そうだ、そうだったな……誰とも知れない日本人のためじゃない、イティークに迷惑をかけないためだ……)
俺は自分を証明できるようにならなければならない。
身分証明だ。
今の俺にこの世界での身分を証明する術はない。
文官はあの時そのことを見透かしているようだった。
それでも俺を泳がせることで何かが起こるのではないかと期待していたようだ。
そして俺が動かずにここでのうのうと暮らしていたら――
(後日来るっていう検査官に、どんな理不尽な言いがかりをつけられるかわかったもんじゃない……)
そうだ、少し考えればわかる話だったんだ。
歴史なんてまともに知らなくたって、中世の権力者が人類は皆平等なんてかけらも思っていない事は知っていたはずだ。
ここは別に中世の地球ではなさそうだが、あの様子ではこの世界の権力者も一般市民を見下している。
日本で、すべての人間が俺たちニートをゴミクズとして見下すように。
何もできないんだから、誰でもできる仕事だからって、少ない賃金でぼろ雑巾のように誰もやりたがらない仕事を押し付けられて使いつぶされる以外に生きる道がなかったように。
考えてみれば、現代日本も中世とそう変わりはなかったのかもしれない。
確かに食料や水は、この世界よりずっと豊かだっただろう。
この世界の奴隷はまだ見ていないが、ニートだったとしても生きながらえることが出来た俺よりずっと過酷な生活をしているのかもしれない。
下を見ればキリがないのかもしれない。
でも、確かに果てしない格差はがあるのだ。
見込まれる生涯収入に10倍も、それどころか100倍、1000倍も違いのある人間というものがいるのだ。
貴族という制度はなくなっていた。
でも、実質彼らは貴族だ。
金や権力ですべてをもみ消しながらやりたい放題やってるやつはごまんといただろう。
そうしたニュースをいくつも見てきたはずだ。
一部の人間が金を独占し、金も仕事もない者はひたすら食い物にされて。
(貧乏人から金を巻き上げ、その金で貧乏人と売春ってだけでも非人道的に見えるがな……)
それも性奴隷と比べれば自主性があるだけマシなのかもしれないが。
そう、自主性だ。
だからあまり自分のことを奴隷だとは思わなかっただけで。
(自覚症状を奪われた奴隷か……)
そうしたものに心当たりがあった。
きちんと最低限の尊厳を守られているように見える存在。
しかし、時がくればそのすべてを、骨までしゃぶりつくされる存在。
それは――
(家畜……)
そうだ。
家畜だ。
であるならば、今の日本は巨大な放牧型の農場といったところか。
吐き気がする。
貴族社会とどれほどの差があるというのか。
結局、どんな世界だろうと、人間やることは変わらない。
権力者が、持たざる者から搾取する。
フンヌドゥヌープの体制側の連中の態度を思い出せ。
このままではイティークがどんな目にあうか。
一人でここを飛び出してもイティークに迷惑がかかるだろう。
でも、ここにずっといてもイティークに迷惑がかかる。
どうしたって迷惑はかけるのだ。
なら、せめて少しでもマシな道を進みたかった。
イティークは俺を家族のように思ってくれている。
なら、その絆を断ち切る事で、彼女は元の生活に戻り、俺のせいで変な疑いをかけられることもなくなる。
……銀髪の少年の時の話もきいた。
オノイェッドゥヌープで広く信仰されている宗教は、フォノテグ・コン・テニジォク(フォノテグ聖教)という。
フォノテグ聖教では、白は特に縁起が悪い色とされている。
理由を尋ねてみると、髪の色のせいらしい。
年を取ると、少しずつ白髪が増えていく。
白が増えるということは、それだけ死に近づくという事らしい。
そして生まれながらにして髪が白い者は、神様によって、寿命が短くあるべきだ、すぐに死ぬべきだという烙印を捺されたのだと解釈するらしい。
その者の魂が、前世において途方もない大罪を犯したからであり、今世においてもまたその大罪を繰り返すかもしれない。
そう信じているらしい。
馬鹿馬鹿しい話である。
しかしそれを馬鹿馬鹿しいと思えるのは、俺が異国から……いや、異世界から来たからなのだろう。
だから、普通白い髪を触る人なんていないらしい。
死に近づく、或いは呪われて死に至るなんていうバカげた噂まで実しやかに語られるらしい。
そんな中、俺はためらいもなく銀髪を優しく撫でた。
恐らく少年は、頭をなでられたのなんて初めての経験だったに違いない。
だからあの時、少年は泣いたのだ……と。
俺はあの時の行動を間違いだったとは思いたくない。
でも、自分の信じる正しさは、自分の周りを、自分にとって大切な人をこそ、不幸にするだけかもしれない。
きっと、正しくあるのを諦める事も、大人になるってことなんだろう。
でも生憎俺は、身体が大人になっただけの子供だった。
だから――
(出ていこう。それで、もうここには二度と戻るべきじゃない)
俺はそう決心すると、一人でフンヌドゥヌープに向かう為の準備をこっそりと始めることにした。
(問題は手紙だな……)
紙なんてないのだから。
畑仕事を手伝いながら、ゆっくりと進めていた準備も、一週間程度で整った。
主に必要だったのは街の中に入る為の税だ。
俺は森に入り、様々な野草をとってきては、イティークに価値のあるものはないかと聞いていた。
多くの者は解らないという返事が返ってきたが、傷に利くといわれている薬草を知ることができた。
俺はその薬草を大量に集めて、蔦で縛って担いでいくつもりだった。
なので見つけた薬草を掘り起こし、近場に埋めなおす作業を地道に続けてきた。
出発日まで鮮度を保つためだ。
元の世界で森に持って入っていたリュックがあればよかったのだが、生憎と持ってはこれなかったのだから仕方ない。
イティークの家に無いこともなかったのだが、これを勝手に持っていくのは泥棒と同じだ。
とても使う気にはなれなかった。
手紙はどうしようもなかったから、玄関から出てすぐの地面に書き残していく事にした。
本当は教会で文字を勉強していた子供達が使っていた器に砂を敷き詰めたようなものを用意することも考えたのだが、まず器を作るのが難しい事。それから後処理をイティークに任せる事になってしまう上に、その処理が意外と面倒くさそうだったのでやめたのだ。
ほかには水筒。
俺には革を手に入れる事が出来ないし、加工だってできない。
仕方なく使えそうなものは無いかと見て回っていると、竹に似た節状の植物を見つけた。
これに穴を開けて、同じ植物で作った栓で塞ぐ事で水筒として使うことができた。
流石にぴったり完全に栓ができる程綺麗に加工できなかったし、保冷性能も革製のものより劣りそうだが仕方ない。
イティークに介抱されるまでほとんど飲まず食わずだった時の心的ストレスはかなりのものだった。
食料の用意はできなかったが、とりあえずは水が確保できたのであの時に比べればかなりマシなはずだ。
「さてと……書き出しはどうするか……」
少し悩んでいたが、ふとイティークがデンに対して俺を紹介したときの発言を思い出した。
俺は書き出しを決めると、地面に文字を書いていく。
「げーと・えいる・う゛ぃぶーえと、いてぃーく……と」
二人での生活で学んだ多くの言葉を必死にかき集めて、なんとか文章を作り上げていく。
そのどれもが大切で、ただ単語を思い出すだけでもその単語を覚えた時の彼女とのやり取りが思い出され、少し泣きそうになる。
「あー……本当は出ていきたくない……」
ずっとこのぬるま湯につかっていたい。
でも、見ず知らずの男を一つ屋根の下にもかかわらず住まわせてくれて、そればかりか保護者のようなことまでしてくれて。
今の俺はイティークに依存しているといっていい。
そして俺は、俺のせいでイティークがひどい目にあうのが耐えられない。
(これも一種の逃げなんだろうな……)
あらゆるものから逃げてきた俺は、恩人からも逃げ出そうということなのだろう。
絶対にそういう事から守って見せる!と誓って、死ぬ気で努力すべきなのかもしれない。
でも俺は彼女を守れる自信がない。
何も持ってない。
そんな自分が大っ嫌いだ。
だから一度身軽になって、何かをしてみようと思った。
前向きな考えに見えるかもしれない。
でも決して前向きな感情ばかりではなかった。
捨て鉢になってるところもある。
自分を追い込んで、死んだら死んだでそれまでだと思っているところがある。
どうせ自分なんて――
という思いがどうしても消えない。
死んだほうがマシだって気持ちが拭い去れない。
家族にもそう思われてきたに違いない。
元の世界のことを考えると、なおさら消えてしまいたくなる。
でも、それでも。
もし万が一俺が何かができる人間になれたなら。
その時は、イティークに恩返しをしに戻ってこようと思う。
でもできるかどうかも解らない恩返しの話をこの書置きに書き残す気にはなれなかったから、ただただ感謝と別れの言葉を記していく。
俺の心はここから離れるべきじゃない、イティークとずっと一緒にいたいと言っていた。
その感情を振り払うように、或いは切り離すように。
俺は気持ちを綴っていく。
「……こんなもんかな」
出来栄えは悪くない……と思う。
あとはイティークが見る前に消えてしまったりしないことを祈るだけだ。
保護する方法も思いつかないしな。
まあ、急な雨にでも降られない限り大丈夫だろう。
「さて、行くかな」
俺は蔦でぐるぐる巻きに固定された薬草、ヴェイータッヴの束を二つ担ぐ。
一本一本は軽い草でもこれだけの量になると流石に重量を感じる。
蔦が切れたら悲惨なことになりそうだった。
「補強すべきか……?」
そうも思うが、踏みとどまる理由を探しているようにも思える。
「やめておこう、でないと行けなくなる……」
俺は未練を振り払うように一歩を踏み出した。
鉛のように重かった足は、だが一歩を踏み出した途端、急激に軽くなった。
進みだしてしまったから、もう戻れない。
「さよなら……」
呟いた言葉は、誰にも届かずに風にさらわれていった。
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尚、第一章はここまでです。幕間を一つ挟んでから第二章開幕です




