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【プロローグ】

旧題:ルトノジュエ

ルトノジュエとはプロローグという意味です。『ちょっと何言ってるか解らないですね』感も含めて、楽しんでもらえると狙い通りです。

流石に題名まで異世界語なのはやりすぎだと指摘を受けましたので修正しました


 夜。

 今日も俺は家を出て森に来ていた。

 別にアウトドアが好きなわけではない。

 家に居たくなかっただけだ。

 家族の言葉に居たたまれなくなるのだ。


『あんたこの先どうすんの!』

『何もしてないくせに』

『仕事ちゃんと探してるの?』

『お前の飯、用意してやってるのに』

『毎日何してるの?』

『遊んでばかりいないでちゃんと働きなさい』


 言葉の数々が胸をえぐる。

 実際俺は仕事をしていない、人間の屑のニート野郎だ。

 運動も得意ではないし、学もない。

 おまけに三十路も見えてきた。

 社会の底辺、脛齧りの穀潰し。

 好きでこうなったわけではない。

 自分が色んなものに甘えているのも理解しているが、それでも無理なものは無理だった。

 働く事そのものが嫌なわけではない。

 しかし、働くことで起こる様々な事が怖くてたまらない。

 社会や現実が恐ろしくてたまらないのだ。

 電話の一本をかけるだけで、他人には理解できないだろう精神的な圧迫を感じるのだ。

 死にそうな思いを引きずりながらも、半ば自棄になったような気持ちで無理やり電話をかけて面接に行ったことも何度かある。

 しかしそんな有様の自分が面接で自分の有用性を示せるだろうか?

 そんなものは無理な話だった。

 おどおどと話す自分。

 空白期間には何をされていましたか?と問われて、引きこもりなどと答えられるだろうか?

 そうした経験を経て更に自分に自信がなくなり、仕事を探すという行為にかかる精神的な圧迫感、重圧はより重くなった。

 そうなれば家にいても、家族から様々な重圧をかけられるようになるのは当然の話だった。

 どう考えても自分が悪い。

 しかし、自分だって好きでこんな状態に甘んじているわけではなかった。

 それを言葉にすることがどれほどの甘えなのかが理解できているから、決して言葉にはできないけれど。

 結婚は人生の墓場だ、なんて言葉があるが、そんなものは墓場というには生ぬるい。

 今俺のいる場所こそが人生の墓場だと俺には思えた。

 働かずに生きていけるなんて羨ましいと嫌味を言われることも少なくない。

 俺自身、働いている皆のことは尊敬している。

 でも、働いていない俺は働いている皆を羨ましいと思う気持ちがないわけではないのだ。

 自分はどうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 それを考えることに意味はない。

 どうせ俺は外に、過去に、責任を押し付けることでしか生きられないのだから。

 辛い出来事から逃げ出し、勉強から逃げ出し、仕事探しから逃げ出し、家族からも逃げ出して。

 あらゆるものから逃げ続けて、その果てに今俺はここにいた。

 家に居ても俺の部屋はネットが止められているし、携帯電話だってとっくの昔に止められている。

 森は、全てから逃げ出してきた俺の最後の逃げ場所だったのだ。

 森の深くに立ち入ると、ようやく心が軽くなった。

 同時に寂寥感や郷愁を覚える。

 自分には訪れることはなかったけれど、もしかしたらあったかもしれない学生時代の青春に思いを馳せた。

 可愛い女の子と恋に落ちて、幸せな日々を送ってみたり。

 人間には持ちえない超常の力を手に入れて、暴れまわって見たり。

 勇者となって皆に感謝されてみたり。

 魔王になって世界に恐れられたり、そのまま滅ぼしてみたり。

 俺はこの世界が嫌いだ。

 自己責任、自業自得、甘えるな、努力を怠った。

 解っているさ、そんなこと。

 でも正論で俺の腐った性根が治ることはない。

 恐らく、死なねば治らないのだろう。

 死にたい、とも思う。

 でもやっぱり死ぬのは怖かった。

 生き恥を晒す事だけが、俺に出来る事だった。


「はぁ、世界、早く滅びないかな……」


 1999年などとっくの昔に過ぎ去ってしまったというのに、幾度となく願い続けたその望みを叶える予言は、未だに現実のものとなっていない。

 俺は気を取り直して食べられそうな野草を探し始めた。

 家で食事をする量を出来るだけ減らすために、森に逃げ込むようになってからは野草で腹を満たすことを覚えたのだ。

 3食全てをそれで賄っているわけではないが、少しでも家族と顔を突き合わせる時間を減らしたかったのが理由だ。

 尤も、水分の補給だけは完全に家に頼っていたが。

 川が無いし、あったとしても綺麗とは限らない。

 透き通って見えても、実は汚かったりすることもある。

 真水は危ないからな。

 危ないといえば、この森に出るもので危険なのは蛇、クマ、牡鹿、イノシシ、それに蜂あたりか。

 それらにも十分に気を付けながら森を進む。

 別に一人になりたいだけだったわけだからこれ以上森の奥に入る必要はないのだが、連日の遠征で頑張って草を刈り、居心地がいい場所を作ってあるのでそこを目指していたのだ。

 やがて視界が開ける。


「ついたっと」


 刈った草や木の枝などで作った簡易の壁に、道端に捨てられていた煙草の吸殻を拾い集めて作った蛇避けの仕掛け。

 そしてその中央には段ボールが敷き詰められていた。

 そこに無造作に寝転がる。

 何度か雨水を吸ってしわしわになっているが、そのたびに新しい段ボールを上から重ねている。

 そのせいか、固いながらもどこか俺を包み込んでくれるような感じがする。

 自分が作った場所だからそう錯覚しているだけかもしれないが。

 俺はラジオを取り出すと、電源を付けた。

 ラジオなら受信料はかからないからな。

 それにこの森の中でも電波が届いていることはこれまでの経験で解っている。

 すぐにラジオから音声が聞こえてきた。

 目を閉じて耳を澄ませる。


「とみて、捜査を続けていく模様です。次のニュースです。」


 ニュース番組の最中のようだった。

 何の気なしにそのまま耳を傾ける。


『ニートが社会問題として表面化してから短くない年月が経ち、政府は幾度となく対策を打ち出してきましたが、未だに進展が見られません。この事を問題視し、独自にニートの救済の為に動いていた人がいます。それは――』


 思わず胸を押さえた。


「ちっ、ニートのニュースかよ」


 胃が痛くなる思いだった。

 対策なんてしたって、本物のニートのところにまでそれは降りてこない。

 税金の無駄遣いだ。


「ニートが言うなってか?知らんがな」


 ラジオの言葉に一人で悪態をつく。

 これくらいしか楽しみがないのだから、絶望的な人生だ。


「大体ニュースでニートって言葉使うなよな。無職って言え、無職って」


 俺の益体のない突っ込みなどラジオに通じるはずもなく、ニュースは続く。


『ところで、ここ最近ニートの方々が次々と失踪している件についてはどう思われますか?』

『現代社会においては、自業自得や、社会不適合者に血税を使うな、といった感情が蔓延しており、そうした圧力が彼らを自殺に追い込んでいると私は――』

「自殺、ねぇ……」


 俺はそうは思えなかった。

 死ねる奴はもっと早くに死んでいる。

 死ねないから生き恥を晒している。

 生に執着しているわけじゃないが、死を恐れ、忌避している。

 それをすなわち生への執着と世間は見るのだろうが、そこには明確に違いがあるように思う。

 生への執着を持つものはきっと、今が充実していて生に積極的なんだ。

 だが俺は今に絶望している。

 生に受動的なのだ。

 死ぬなら死ぬで構わないと、心のどこかで思っている。

 ただ怖いからそうできないし、したくない。

 そしてニートってやつは俺も含めて外に責任を求めるクズばっかりだ。

 俺だって自分が今こうなっている事を、自己責任では片づけられずにいる。

 世間が、社会が悪いんだって、どこかでずっと思っている。

 どうしようもない程傷ついて、心が壊れてしまったら、きっと自分自身を殺すより先に、この行き場のない憤りを何処かにぶつけようとしてしまうのではないだろうか。

 実際、ひきニートによる親殺しのニュースだって何度も見た。

 だからきっと自殺じゃない、そんな気がする。


『少しでも自殺者の数が減るよう、政府の今後の対応に期待したいところです』


 結局コメンテーターはこのように締めくくった。

 意見があわなかったのもあってか、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきて俺はラジオを切った。

 この先もきっとニートが救われることはない、そう思った。


「救われるのを待っているだけの奴に救いは来ない、自分を救えるのは自分だけ、か」


 いつか俺にたたきつけられた正論が脳内をリフレインし、胸をえぐる。




 ――もう何も考えたくなかった。




 瞼を開ければ、俺の瞳には満天の星空が映っていた。


「はー……きれいだなあ…………」


 その言葉には、俺とは違って、という自虐的な、あるいは自罰的な想いが込められていた。

 美しい星空を形容するのに『降ってきそうな』という言葉を使う事があるが――

 俺は今、まさにこの場所に降ってきてくれない物だろうかと思っていた。


(そうすればこの現実から、逃げ出すことが出来るのに……)


 それでも俺は生きている。

 世界では、俺なんかよりもっと生き残るべき人が何人も死んでいるというのに。


「くそ、くそ……う、ふっ、ぅく…………ぅ、うぅ…………」


 大人な年齢になっても、結局大人になる事の出来なかったどうしようもないクソガキは、森の中で独り、星空を眺めながら馬鹿みたいに涙を流していた。

 そうして泣きながら蹲って――

 いつの間にか眠っていた。




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