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 話が決まり、ケーキを食べ終えると、リリシャは唯愛に道具を並べるためのテーブルを所望した。キッチンのテーブルはティーセットに占領されているので、三人はリビングに移動して、膝の高さのガラステーブルを即席の仕事場に決める。

 唯愛はガラステーブルに置かれていたレースのコースターや花瓶をどけ、リリシャは鞄を開けて紺のテーブルクロスをひろげる。クロスには銀の線で一辺三十センチほどの正方形が二つ描かれており、正方形は四十五度ずれて重なっているため、八つの角を持った星にも見えた。


「気になるようなら、カーテンも閉めてけっこうです。唯愛さんが落ち着ける状態にしてください」


 リリシャが言うと、唯愛は少し考えてカーテンを三分の二、閉めた。午後の日差しがさえぎられて、室内が薄暗くなる。

 個人的には、桐人は、占い師が薄暗い場所で占うのは、雰囲気作りとか依頼人をリラックスさせる目的の他、「外に占いの内容がもれないようにしたい」という依頼人の心理もあるのではないかと考えている。

 唯愛がソファに戻ってきて座ると、テーブルの上には透明な板が何枚も並べられていた。「わあ」と唯愛が声をあげる。

 クリスタル製のカードだ。花札ほどの大きさでノート程の厚みがあり、表面に金色のインクで、アルファベットともルーン文字とも異なる文字が一つずつ刻まれている。リリシャの故郷の文字らしいが、桐人も詳しくは教えられていない。

 リリシャが仕事をはじめるにあたって、自身で制作したもので、クリスタルといっても高価な代物ではないのだが、二十枚ほど作るとなると、それなりにまとまった金額が飛んだ。

 なお、製作費は初期投資ということで桐人が出しており、その金額はすでに、リリシャの収入から返金されている。

 リリシャはその透明なカードを一列に並べると、唯愛を見た。


「では、はじめます」


 唯愛の表情も引き締まる。


「あらためて確認します。宮原唯愛さん。あなたがこの《鑑定》で、知りたい事柄は?」


「母から離れる方法です。方法自体はわからないというなら、その手掛かりが知りたいです。なぜ、母はあんなに過干渉なのか…………母が嫌いなわけではないですが、私は自由になりたい。その方法を知りたいんです」


「では、その気持ちをキープして。『知りたい』という思いのまま、『どうしてこうなったんだろう』と、あなたとお母さまの過去を思い出してください。実際には思い出せなくてもいいので、そういう気持ちを維持したまま、カードを見てください」


 リリシャの指がカードを示す。唯愛の視線がカードを一周する。


「では、この星の八つの角に一枚ずつ、直感で、あなたの好きなカードを並べていってください。どの角からはじめて、どんな順番で並べても自由です。最後に一枚、星の中央に置いてください。『知りたい』という真剣な気持ちを忘れないで」


 唯愛はうなずくとさっそく一枚のカードを手にとり、どんどん星の角に置いていく。

 実はこの作業は完全に無意味だ。

 リリシャの《鑑定》は相手の瞳を媒介とするもので、道具は必要としない。

 この作業を行うのは、「それっぽい儀式があったほうが『占った』感じが出る」からであり、彼女の能力の本質を隠すためのカモフラージュなのである。


「でもやってみると、これもけっこう癖とか性格が出るんです。並べ方とか順番とか。私はやっていませんけれど、ちゃんと統計とかとったら、案外、心理クイズ程度の的中率はあるかもしれませんよ?」


 とはリリシャの言である。

 それはさておき。

 時々、手がとまって悩むふしを見せながらも、唯愛は三分弱で八枚のカードを並べ終え、九枚目のカードを星の中央に置いた。


「はい。けっこうです」


 リリシャが言うと、ほっと安堵の表情を見せる。

 リリシャは星の中央のカードを手にとった。


「このカードで間違いないですね?」


 リリシャの問いに、唯愛は金色の文字が記されたクリスタルのカードを見る。

 そのカードのむこうの、リリシャのピンク色の瞳を。

 桐人はリリシャが能力を行使したのがわかった。


「…………ちょっと、珍しいパターンですね」


「え?」


「少なくとも、私がこちらに来てこの仕事をはじめて、このパターンに遭遇したのは、今日がはじめてです。結論からいうと、唯愛さんとお母さまの縁はとても長いです。唯愛さんは『宮原唯愛』として生きる以前から、お母さまとご縁があります。こちらでいうところの『前世からの縁』という概念です」


「え…………前世!?」


 唯愛は目をみはり、黙って見守っていた桐人も意表を突かれる。


「それも、前世一代ではありません。何度も生まれ変わって、前世のその前の、その前から…………あ、まさに『君の前前前世から』ってやつですね」


「やめろ」


 桐人はさえぎった。本来の作品のイメージが一気に悪くなるし、この場では少々不謹慎だ。

 一方、唯愛は激しく動揺する。


「どういうことですか? 前世からの縁、って…………私と母は、そんなに強い絆なんですか? じゃあ私は、どうやっても母からは…………」


「落ち着いて。今から私が視た情報を一つ一つ、はじめから説明します」


 リリシャは視線をクリスタルのカードに落とし、それらを撫でたり、時に手にとったりしながら、淡々と語りはじめた。


「唯愛さんとお母さまの一番古い関係は、この国の単位で四百年以上前からです。ここがはじまりのようです。最初に出会った時、唯愛さんは男性でした」


「え」


「いわゆる『名家のご子息』です。私はこの国の歴史には詳しくないので、具体的な説明はできないんですが…………代々王宮に仕えた家系で、大きな都に邸があって、そこでたくさんの使用人に囲まれながら、毎日、詩を作ったり楽器を演奏したりして、暮らしていたみたいです。黒くてたてに長い、大きな帽子をかぶっていて、袖の大きな服を着ています」


「四百年前…………江戸時代? いや、関ヶ原の戦いがちょうど千六百年だから、むしろ戦国時代か? そのあたりの時代の武家か?」


「ですね。でも、詩吟や楽器を楽しんでいたってことは、公家かも。宮廷に仕えていた家系とのことですし…………」


 桐人の推測に唯愛が追加する。


「戦国時代の公家は、貧乏な家が多かったと聞いた気が…………」


「そう。だから、その時の唯愛さんの家は本当に、限られた一握りの名家だったみたいです。唯愛さんは、その家の次男か三男ですね。毎日あちこち出歩いたり、友達の家を泊まり歩いたり、時には旅に出たりして…………ふらふらしていたみたいです。その分、見聞が広く、親や周囲の人達にはそれをあてにされていたようです。不安定な時代だったようなので、正確な情報は重要だったんでしょう。そういう形で家の役に立っていたのかもしれません」


 リリシャの説明には『みたい』や『ようです』『でしょう』など、推測が多い。本当は明瞭に視えているらしいのだが、これも能力を隠すカモフラージュの一環だ。

 それでも唯愛は目を丸くし、リリシャの言葉に聞き入っている。


「お母さまは…………女性ですね。使用人です。侍女とかではなくて、掃除とか洗濯をする下働きです。でも、貴公子だった唯愛さんと出会い、一目惚れしたようです」


「え…………」


 唯愛の表情に影がさす。


「きっかけは、ささいなことだったと思います。お母さまが上司に怒られていたのをかばってあげた、とか、その程度の。でも、お母さまは一気に唯愛さんを好きになったようです。唯愛さんを追いかけ回すようになって…………もちろん、当時としては身分違いです。おそらくお母さまの立場では、唯愛さんに声をかけることも許されなかったんじゃないでしょうか。だから仕事の合間を縫って唯愛さんの姿を探して、物陰から盗み見て…………」


 そこで唯愛が青ざめ、自分の体を自分で抱いた。

 あとから聞くと、この時、唯愛はひっきりなしに自分と連絡をとろうとする母の姿を思い出し、ぞっとしたそうだ。

 桐人が問う。


「それは使用人としてはアウトじゃないか?」


「アウトです。だから上司からも、たびたび怒られて…………でも止めなかった」


「それで…………それで、どうなったんですか? まさか、結婚とか…………」


「まさか」


 リリシャは一蹴した。


「身分上、それはありえません。特に身分の高い側、唯愛さん側にまったくその気がなかったわけですから。唯愛さんは身分相応の奥さまを迎えています」


「そうですか…………」


 ほっとした様子の唯愛に、「ただし」とリリシャが追加する。


「お母さまは納得できなかったようです。唯愛さんの妻になった高貴な女性に、大胆にも嫌がらせをくりかえして、それがばれて邸を追い出されています。それでもあきらめられず、何度も邸のまわりをうろついて、警備に咎められていたようですね」


「立派なストーカーだな」


 桐人の一言が、青ざめた唯愛の言いたいことを的確に代弁していた。


「けっきょく、お母さまは警備の兵士に殺されています。唯愛さんが外出した際、今が好機、と駆け寄って…………兵士も事情を知っていますから容赦なく追い払おうとして、その際に打ちどころが悪くて…………という感じのようです」


「それは…………私の側が殺したということに…………」


「事態としては()()ですが、時代が時代、身分が身分ですし、なによりお母さまの『すとーかー』? ですか? その状態は周囲にも知られていたようで、大きな問題にはならずに終わったようです。これが最初の出会い」


 リリシャは一息つく。別のカードを手にとった。


「次は三百年ほど前。同じような状況です。唯愛さんは名家の令息で、お母さまはやはり使用人。唯愛さんと出会い、一目惚れ。今度はもう少し高い身分…………下女ではなく侍女で、すでに正式な妻がいた唯愛さんに『愛妾でいいから』と何度も迫って拒絶され、やはり追い出されています。その後は、唯愛さんが奥さまと一緒に引っ越してしまい、唯愛さんはお母さまがどうなったか知らないまま、終わったようです。これが二度目の出会い」


「三度目の出会いはちょっと違います」とリリシャはつづけた。

長いので、また分けます。


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