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 翌日、桐人とリリシャは昼食をすませてから家を出た。これまでは、お互いの休みが重なった日は桐人がリリシャを連れ出して、こちらの常識やらなにやらを教えていたが、今日の行く先は宮原唯愛の家である。

 家を出る前、リリシャは桐人に訊いてきた。


「この服で大丈夫ですか?」


 現在リリシャが持っている服は、こちらに来たばかりの頃に桐人が買って与えた分と、占いをはじめたリリシャ自身が購入したものとの、二通りだ。どちらも桐人がデザインを確認して購入しているので、特別、奇抜なものではないが、「よその家を訪問するのに失礼な格好ではないか?」という点が気になるらしい。

 本日のリリシャはゆったりしたロングスカートとブラウス、そしてカーディガンにいつもの白い石のピアスを片方だけ。カーディガンは大きめで、袖口から白い指先がちょこんと出た、いわゆる『萌え袖』状態になっており、『目に優しい』ならぬ目に嬉しい姿だった。


「大丈夫だ。普通っぽいけど、『いかにも占い師』という格好をしていくこともないだろ」


「その言葉、信じましたよ?」


 あとで「実はマナー違反でした」とわかったら、ただでは置かない。

 ピンクの瞳はそう語っている。

 桐人はいつもどおり車のドアを開けたが、なぜかリリシャは乗ろうとしない。


「どうした?」


「最近、知ったのですが。『うんてんせき』の隣は『じょしゅせき』と言うのですよね?」


「ああ」


「男の人が『じょしゅせき』に乗せていいのは、恋人か妻だけではないのですか?」


「…………どこから覚えてきたんだ、そんな知識」


「違うんですか?」


「間違ってはいないが、正しくもない。律儀に気にしなくていい」


「ほら」とうながすと、リリシャは「そんなものか」という表情で助手席に乗り込んだ。膝に仕事道具を詰めたバッグを抱える。






 宮原唯愛との待ち合わせ場所は、車で四十分少しの距離だった。最寄駅で待っていた彼女を車から呼ぶと、唯愛はぱっと表情を明るくする。

 今日の彼女は明るいワンピース姿で、より『育ちの良い清楚なお嬢さん』の雰囲気が強調されていた。


「こんにちは、キリトさん。わあ、可愛い。こちらの方が占い師さんですか? 思ったより若い方なんですね。…………ひょっとして…………十代?」


「あ、いや」


「よく言われますけど。これでも成人はしています」


 リリシャはさらっと言ってのけた。

 嘘ではない。

 彼女の生まれ育ったマクリア王国では、女子は十五歳で成人と認められる。リリシャは十七歳だから、れっきとした成人なのだ。

 マクリアでは。

 助手席に座るリリシャに今にも握手を求めそうな唯愛をなだめて、桐人は唯愛を後部座席に乗せ、彼女の家へ向かう。

 家は普通の一戸建てだった。

 家族三、四人が住むには充分な広さであり、一般的な規模だ。

 ただ、室内に案内されると、その印象は少々変容した。


「どうぞ、あがってください。母がいないので、ちょっと散らかってますけど…………」


「おじゃまします」


 唯愛に勧められて玄関をあがる。

 家の中は散らかっていなかった。むしろ客が来るので、いそいで片付けた感があった。

 ただ、あちこちに飾られた写真は尋常でない印象を受けた。

 案内されたリビングはもちろん、台所の冷蔵庫や伝言用のホワイトボード、廊下の壁にも唯愛の写真が飾られている。赤ん坊時代のもの、青いスモックを来た幼稚園時代のもの、私服の小学生時代のもの。セーラー服やブレザーを着た中学、高校時代に、成人式と思しき振り袖姿、入社式と思われるスーツ姿…………。

 この家に入った人間は誰でも、その気がなくとも唯愛の過去の姿を知ることができるようになっている。

 そしてそれらの写真のどれを見ても、唯愛の隣には同じ一人の女性が寄り添うように写っていた。子供時代のものだと、手もつないでいる。


「こちらが唯愛さんのお母さん?」


「そうです。…………おかしいでしょう? 家中にこんな…………普通はここまでしないですよね」


 桐人の質問に唯愛は恥ずかしそうに苦く笑う。

 なにも知らなければ、桐人も「親馬鹿な母親だな」の一言ですんでいただろう。

 しかし事情を知ったあとでは、必ず唯愛と共に写っている母親の姿は「娘は私のもの」と主張し、それを見せつけているように思えた。

 一方、リリシャは興味深そうに写真の一枚一枚を見つめている。おそらく数枚は《鑑定》しているに違いない。桐人が見せた写真はどれもスマホに保存したものばかりで、プリントアウトして写真立てや額縁に入れたタイプは見せたことがなかった。珍しいはずだ。


「どうぞ、座ってください。飲み物を用意しますけど、コーヒー、紅茶、緑茶、アップルジュース、どれがいいですか?」


 リビングのテーブルにはすでにお茶菓子が並んでいた。

 三段組の皿が用意され、その上にサンドイッチやスコーン、ケーキが乗っている。アフタヌーンティーで用いる、ティースタンドだ。大盤振る舞いというか、大歓迎である。


()()()のおもてなしは豪勢ですね」


 目を丸くするリリシャの口をとっさにふさぎながら、桐人も躊躇せずにはいられない。


「なんか、申し訳ないな。こんなに歓迎してもらって…………」


「気にしないでください。頼んだのはこちらなんですから、遠慮せず召し上がって」


 ひょっとしてこれは、「これだけもてなすんだから絶対に結果を出せ」という圧力だろうか。つい、桐人が深読みすると。


「むしろ、昨日の今日で、この程度しか用意できなかったのが申し訳ないです。ネットで見ましたけど、リリシャさんって有名な『魂の鑑定者』なんでしょう!?」


 唯愛のリリシャを見る瞳に、尊敬と期待がきらめいている。


「キリトさんの言うとおり、宣伝とかは全然なかったんですけど。占い師のレビューとか感想をアップしているサイトを見たら、ほとんどの人がリリシャさんを褒めてました! すごくよく当たるって!」


 桐人は納得した。よく知らない、会ったばかりのホストが紹介するという占い師を警戒していたら、実は有名な実力者とわかって安心し、この歓待ぶりにつながったのだ。

 桐人とリリシャはひとまず勧められたとおりに席につき、桐人はコーヒーを、リリシャも同じ物を頼む。ティースタンドには正式なアフタヌーンティー同様、サンドイッチ、スコーン、ケーキとそろっていたが、二人とも食べて出てきたので、とても全部は入らない。なので桐人はスコーンを、リリシャはケーキを選んで食べはじめた。

 コーヒーを淹れて唯愛も席につき、桐人はさっそく水を向ける。


「その後、変わったことは?」


「昨日の電話からは、特にありません。今日はまだ、母からのメールも数回だし…………でも、すごく不安です。本当に、母から離れられるのか…………インターホンが鳴るたび、入院しているはずの母が帰ってきた気がして、落ち着かなくて…………」


 桐人は察した。

 ひょっとしたらこの『大歓迎』は、支度を整えることで唯愛なりに気をまぎらわしていた結果なのかもしれない。


「あの…………リリシャさんは、有名な占い師なんですよね? どうして母がこれほど私に干渉するか、その理由がわかりますか?」


 唯愛が遠慮がちにリリシャに訊ねる。

 するとリリシャはチョコレートケーキを食べていた手をとめ、「あらかじめ、お断りしておきます」と前置きに入った。


「お客様には毎回、断っていますが。まず、私が《鑑定》できるのは、その人か物、それ自体です。本人が目の前にいないと、《鑑定》できません。そして私が《鑑定》できるのは、その人がその時点で持っている情報、すなわち『過去』と『現在』に限られます。したがって『このような問題を抱えていますが、どうすればいいでしょう?』という類の質問にはお答えできません。『こうすればああなる』というのは『未来』に関わる内容で、私の力が及ぶ範疇ではありません」


「それは知っています。ネットで見ました。リリシャさんは無くした物を見つけたり、その人の病気をあてたりとか、そういう方面で力を発揮されるんですよね? でも…………たとえば『誰かに呪われているから、呪いを解いたほうがいい』というようなアドバイスは、占い師なら普通にやるものではないんですか?」


「それは、『呪われている時は解呪の儀式を行うべき』というマニュアルや常識に従って、そう告げたんでしょう。実際には、解呪の前に術者が死んでしまって呪いが無効化されるとか、解呪しようとして邪魔が入ったとか、未来には無数の可能性が存在します。その可能性を視る能力は私にない以上、安易に『こうすればいい』とは伝えられません」


「それは…………そうかもしれませんが、少し気を遣いすぎでは? そういう細かい可能性までいちいち考慮していたら、何も言えなくなりません?」


「そういう方針の占い師もいるし、いていいと思っています。ただ、私の《鑑定》は他の占い師とは精度が段違いです。だからこそ高い料金を設定していますし、高い分、あやふやな答えは出しません。私がお伝えするのはあくまで、私の目で視て『間違いない』と思えた情報のみ。そこに未来が含まれない以上、あいまいな予測をお伝えすることは、《鑑定士》の自負に賭けてできません」


 リリシャはきっぱりと言いきった。真剣でまっすぐなまなざしだった。

 十七歳でここまで自負や覚悟を負った瞳をする時は、どれほどあるのだろう。

 リリシャのこういう表情を見るたび、桐人は彼女を(自分が見てきた十七歳とは違う)と感じるし、(ひょっとして本当に異世界の人間なのか)とも疑う。


「とはいえ」


 リリシャは断言した。


「視える範囲であれば全力を尽くしますし、結果もすべてお伝えします。それでは、どうでしょう?」


 唯愛は迷わなかった。


「けっこうです。とにかく、今の状況をどうにかできるなら…………!」


「では」とリリシャはケーキ用フォーク片手に、仕事モードに入った。


「だいたいの話は桐人から聞いています。ですが、もう一度はじめからお話しいただけますか?」


 唯愛はうなずき、これまでの母親との関係と、桐人に母親との縁を切ってもらった結果を、リリシャに語った。その内容は、すでに桐人がホストクラブで聞いていた時と大差はなく、目新しい情報は得られなかった。

 リリシャは「ふむ」と考え込む。


「事情は理解しました。それで、唯愛さんの願いはどこにあるのでしょう? 私に望むことは?」


「それは…………」


 唯愛は考え込んだ。一言ひとこと、自分の心をさぐるように発していく。


「私の、最終的な願いは…………母から離れることです。私は、母を嫌っているわけではありません。でも、もう母と一緒にいるのは、苦しいんです。母から自由になりたい。自分の人生を歩みたい。自分のことは、自分で決めたいんです。リリシャさんには、その手伝いをしてほしい。どうすれば母から自由になれるのか…………解決法を視ることができないなら、母が私に干渉する理由を教えていただけませんか?」


「そういう依頼であれば、唯愛さんよりも、お母さま本人を鑑定したほうが確実な気がします。お母様には、お会いできますか?」


「どうでしょう…………」


 唯愛の返事は重かった。


「病院での面会自体は、できると思います。ただ…………母は占いの類は信じないし、興味もない人で、リリシャさんが『視る』といっても、まず断ると思います」


「唯愛さんから勧めても?」


 桐人の問いに、唯愛は寂しげに答える。


「私が勧めても、自分が嫌なことは、頑として受けつけません。…………おかしいですよね。私にはあれこれ指示して、言うとおりにしないと怒るくせに、自分は人の指示を受け容れないんですから」


 桐人は提案した。


「理子が、勝手に視てしまえばいいんじゃないか? むこうには『唯愛さんの友達です』とかなんとか言って」


「駄目です」


 当のリリシャがきっぱり拒絶した。


「私の《鑑定》は、本人の同意が不可欠です。命に関わるような事態は別として、それ以外の例外は認めません。私の《鑑定》は、的中するとは限らない『占い』ではなく、『魂の情報の読み取り』です。だからこそ、相手の同意なしに行えば、それは『盗み見』や『盗み聞き』と同じ行為になってしまいます。絶対にできません」


「それは、そうかもしれないが…………」


「唯愛さんの鑑定なら、今この場でできます。視ますか?」


「私ですか?」


「唯愛さんを視て、なにかわかるのか? 問題は母親の側にあるのに?」


「完全に無駄、ということはないと思います。当事者の片割れですし、ひょっとしたら唯愛さん自身が、ご自身で気づいていないだけで、お母さまの過干渉の理由を知っているかもしれません」


「――――わかりました」


 リリシャの言葉に背を押されたのか、唯愛が身を乗り出してくる。


「では、私のほうから視てください。母が私に干渉して、支配しようとする理由、それを教えてください」


「承りました」


 リリシャのピンク色の瞳が十代らしからぬ真摯な光をまたたかせた。

長いので分けます。

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