中編
「今日は、よろしくお願いしまーす」
三人の少女達がリリシャに明るく挨拶する。
この番組の司会だそうだ。
最近あちこちで見かけるようになったアイドルグループの中でも特に人気の三人で、この短い番組は彼女らが「最近、女の子達に人気のあれこれ」を紹介していく番組らしい。
三人ともそれぞれに可愛らしかったが、(理子のほうがもっと可愛い)と自然に思えてしまうのは、桐人の思い入れの強さ故というか、えこひいきだろうか。
少女達はリリシャのミルクティー色の髪とピンクの瞳が天然と知って「きれーい」と騒ぎつつ時折、リリシャのうしろに立つ桐人にも視線を寄越してくる。
「それで占いは、占い師さん一人につき、メンバーの一人を占ってもらう、という形になるんですが…………」
スタッフが司会のアイドルと、リリシャを含めた三人の占い師達に説明していく。
アイドルは三人。占い師も三人。一対一でちょうどいい、というわけだ。
「はい」とリリシャが手を挙げた。マクリア人の彼女は疑問があるとすぐに口に出す。基本的に日本人のように空気は読まない。
「その組み合わせは、もう決まっていますか? こちらで選ぶことはできますか?」
「えっと、一応、時間配分とかも考慮して、我々のほうで順番を調整している形になるのですが…………希望がある、ということでしょうか?」
桐人の目にも、スタッフが戸惑っているのがわかる。リリシャに罪はないが、あまりに足並みを乱すようであれば、桐人が仲立ちしなければならないだろう。
「一人ずつ、握手していいですか?」
リリシャは少女達を見、少女達も怪訝そうに彼女と手を握り合っていく。
こういう時、リリシャが十代の少女なのは好都合だった。よけいな警戒をされずに済む。
リリシャは三人目との握手を終えると、左の少女を示した。
「できれば、わたしはこの方がいいです。一番相性が良さそうなので」
「ぜひ! エルちゃんでしたら、もともとリリシャさんに視ていただく予定だったので、問題ありません」
スタッフはほっとした様子で説明に戻った。
『エル』と呼ばれた少女は「よろしく」とリリシャに挨拶し、リリシャも「よろしく」と返す。
桐人が見た限り、この三人の中ではこのエルという少女がもっとも格下で、だからこそ飛び入りのリリシャが担当なのだろう。
「理子の《鑑定》にも、相性とかってあるんだな」
説明が終わり、メイク室に案内される途中の廊下で、同行していた桐人は何の気なしにリリシャに水をむける。するとリリシャは少し難しい顔をした。
「あるといえば、ありますが。まあ、別の問題もありまして。今回はそちらがメインです」
「別の問題って?」
「それはあとで」と、リリシャは人差し指を唇にあてる。
それはさておき、リリシャは制作側の「それっぽく見せたいので」という要求により、あちらが用意した衣装に着替えてメイクもされることになった。もともとの顔立ちが整っているのでメイク自体は薄めだが、プロの手でほどこされただけあって、いつも以上に可愛らしく、それでいて大人びたミステリアスな雰囲気がただよう仕上がりになっている。
いつもの白いスティック状の片耳だけのピアスすら、ひときわ可憐にゆれて見えた。
桐人は一目見た瞬間、抱きしめそうになる衝動と戦う。
(理子は十七歳、未成年、未成年…………)
桐人は頭の中で念仏のように唱えながら、せめてあふれる煩悩を言葉へと昇華する。
「理子のメイクは初めて見たな、可愛いじゃん、似合ってる。いつも可愛いけど、今回は違う雰囲気でもっと可愛くなってる。メイクもありだな」
「桐人。そういう台詞がすらすら出てくるところが、女性相手の接客業ですね」
皮肉を混ぜつつも「ふふ」と笑ったあたり、リリシャもまんざらではないようだ。
「スタンバイお願いします」とスタッフに呼ばれ、リリシャは薄いベールをひらひらさせながら先ほどの撮影場所に戻って、カメラの前へと連れていかれる。
桐人は隅っこで待機だが、「いいでしょう、私が見つけてきたのよ」と、例の磯崎がディレクターだがなんだかに得意げにしゃべっているのが見えた。
撮影自体は順調だった。
先ほどのエルというアイドルがリリシャを紹介し、リリシャは彼女から二、三の質問を受け、打ち合わせどおりに答えていく。
そして実際の《鑑定》――――占いの撮影となった。
用意されたテーブルにいつものテーブルクロスをかけ、リリシャがクリスタルのカードを並べていく。「え、きれーい」とエルが歓声をあげた。
「なにを《鑑定》しましょうか?」というリリシャの質問に、エルは「うーん」とうなる。
「やっぱり今は将来のこととか、仕事ですね。自分が向いているのか、とか。私、けっこう要領悪いんで、みんなの足を引っ張ってないか、心配になる時があって」
「説明したように、わたしは未来は視えないので、成功するか否かについてはお答えできません。目の前にいる人のことしか視れないので、他の方がエルさんをどう思っているのか、という質問にもお答えできませんし」
リリシャはいつもの調子で淡々と答える。
桐人は、磯崎やディレクターが渋い表情をするのがわかった。
こういう番組では当然『優秀な占い師』の画が欲しいはず。「それはわたしの専門外です」という返答ではお話にならないに違いない。
だがリリシャは周囲の都合はおかまいなしに、ただ依頼人だけを見て話していく。
「向き不向きの適性については、視ることが可能ですが。そもそもエルさんは、どのような才能や素質があいどるに必要とお考えなのでしょう?」
「えー…………やっぱり、人に好かれる力とかカリスマ性、ですかね。やっぱり、ファンの人達に愛されて、応援されてこそのお仕事だし。スタッフの人達とうまくやっていけるか、とか、愛される力が重要だと思います」
「では人に愛される力とは、具体的にどういうものだとエルさんはお考えですか?」
「それは…………他人に優しくするとか、気遣いとか思いやりとか…………でも、同じように優しくしたつもりでも、うまくいく人といかない人って、ありますよね。そのへんの要領の良さとか差って、やっぱり才能じゃないんですか?」
「ふむ」とリリシャはエルが並べたカードを一枚、手にとる。
「要領の良さというのは、周囲をよく見て状況を的確に判断する観察力や分析力、そこから得た情報をもとに、なにが起こるか、なにを求められているか、的確に推察する洞察力、それを行動に移す実行力などが求められると思います。つまり、自分のまわりに注意を払って、他人をよく見ている人ですね。そういう視点でいうと、エルさんはあまり要領のよい方ではなさそうです。エルさんは一点集中型、没頭すると周りが見えなくなるほうで、集中するあまり反応が遅れたりして、周囲から『ずれている』と評価されることが多いタイプでは?」
「そう、けっこう天然って言われます! 没頭型、わかります。レッスンとか勉強も、いったん集中すると時間を忘れちゃって、それで慌てて移動する羽目になったり」
「一つの事に根気よく取り組むのが苦にならない傾向が強いので、適性という点では、学者とか芸術家とか、決まった手順をくりかえす職人とか、事務職のほうが向いていると思います」
「うーん、勉強とか苦手なんで、学者はピンとこないですけど…………芸術とかもよくわかんないですし…………」
桐人は、首をひねる少女が言外に「嘘でも『向いてる』って言ってよ」と言っている気がした。企画がどうというのではなく、自分がこのままアイドルとしてやっていけるか、将来への不安が透けて見える。
「でも絵を描くのは得意でしょう?」
さらりとリリシャが言った。
「小さな頃から絵を描くのが好きで、今も時間が空くと描いています。違いますか?」
「わかるんですか?」
エルの声が大きくなり、ディレクター達の表情も「いいぞ!」という風に変化する。
「でも絵といっても、そんな芸術とか本格的なものじゃなくて。ホント、アニメとかのイラストどまりですよ?
小さい頃から好きだったのは事実ですけど、ホント、プロになるようなレベルじゃなくて、趣味の範囲で…………」
「好きなことをがんばりつづけるのは、いいことだと思います。現実には、好きでもつづけられない人、始めることすらできない人が、たくさんいます。つづけられる環境と情熱があるなら、つづけたほうがいいと思います。あとから、きっかけを呼んでくれるかもしれないし。なにより大変なお仕事だからこそ、気が休まる趣味は持っていたほうがいいと思います」
「でも最近は仕事のほうが忙しくて、まとまった時間がとれなくて…………ちゃんとした作品とか、全然あげられないし。絵の才能だって、あるかどうか…………」
「隙間時間に練習するだけでも、つづければ立派な努力だと思います。絵描きとして大成しなかったとしても、描くことで心が落ち着いたり幸せを感じたり、生活が豊かになるなら、人生においては充分意義あることです。結果に結びつかない趣味を軽んじる人はいますが、没頭できて長くつづく趣味というのは、現実には親友や恋人同様、なかなか出会えるものではありません。出会えないまま終わってしまう人もいます。運命の人ならぬ『運命の趣味』ですね」
「えー、そうですか? そう言ってもらえると、なんか嬉しいです。才能がなくても、つづけていいってことですよね?」
「むしろ結果が出なくてもつづけられるのは、その道をなにより愛している証と思います。確実に結果が出るとわかっている努力なら、つづけられる人は少なくないでしょう。ですが保証のない道を歩きつづけられる人は、なかなかいません。未来が視えなくとも歩きつづける、それは探求者の姿勢の一つと思います」
「え、そっかぁ…………そういう考え方もあるんですね…………」
エルの顔がほころぶ。「背を押されたようで嬉しい」、そう思っているのが伝わってくる顔だ。きっとカメラもアップで撮影しているに違いない。
(探求か)
桐人は声に出さずにその単語を反芻した。
桐人こそ、自分の道が見えない人間だった。
《縁切り》という、人とは違う能力、稀有な能力を持って生まれながら、その道を進もう、究めようという意欲や情熱は薄く、かといって自分で自分の素質や適性を見極めて、己に合った仕事や道を探そう、という意欲も弱い。
自分で自分を養わなければならない忙しさ、糸生の家に男として生まれてしまったあきらめと《縁切り》の力を持つ者の定め。それらに縛られ、また、縛られているという口実で日々、将来と過去から目をそらして生きている。
(特別な素質、稀有な才能を持って生まれさえすれば一律、自動的に進む道が見つかるわけじゃない。俺みたいな半端者は特にそうだ。極めるには弱く、一般人として生きるには明確な差があって――――みながみな、母さんのように生きる場所と道が与えられているわけじゃない――――)
「放っておいても自然と描きたくなるなら、描きつづければいいと思います」
(《縁切り》なんて、自然と切りたくなるものじゃないぞ?)
スタジオの隅でひそかに反論する桐人には視線もよこさず、リリシャは目の前の少女だけを見つめて言葉を重ねる。
「今もノートを持ち歩いて、すぐにスケッチできるようにしていますよね?」
「えっ」
エルの顔がややひきつる。途端、見守っていた他の少女二人が声をあげた。
「え、そうなの? エルっち、ノートとか持ち歩いてるんだ?」
「えー嘘、知らなかった~。見せて見せて、どんな絵、描くの~? 見たい~」
「え、あの」
エルは明らかに動揺する。その反応に「本当だ」と確信したディレクターが「ノート、ちょっと出して見せて」とカンペに書いて見せる。エルはさらに動揺した。
「いや、趣味といっても下手だし、ホントにただの趣味だし、見せるのはちょっと…………」
少女が戸惑っている間に、マネジャーが控室に走ってエルの鞄をスタジオに持って来てしまう。「あああああ」と、エルが立ちあがって本気の悲鳴をあげた。
桐人は少女に同情した。
アイドル、そして仕事というだけで、ひっそり楽しんでいたプライベートな趣味を公共の場でさらされるとは。制作サイドとしては『本当に当る占い師』の証拠映像が必要なのだろうが、暴露される側としてはたまったものではなかろう。
「いや、ちょっと! ちょっと待って! ホントに待ってください! ホント、趣味の範囲で細々とやってるだけなんで!! あの、カメラとかは…………!!」
持ち主の制止も虚しく、大きなスポーツバッグが開けられ、スタッフの手が突っ込まれる。
「この国では、他人の持ち物を許可なく漁るのは、礼儀に反しないのですか?」
リリシャが首をかしげたが、もちろん反するに決まっている。
「あ、これ?」
スタッフが小さ目のスケッチブックを引っぱり出して、仲間の少女に手渡す。少女達は興味津々に表紙をめくった。
「ああああ――――!!」
エルがこの世の終わりのような声をあげた。
「えっ、うまーい」
仲間が本気の称賛の声をあげる。
「すごーい、かっこいいー、イケメンがたくさんー!」
「エルっち、すごい。こんなに絵がうまかったんだー! なんで黙ってたのー?」
「あの、もうそれくらいで…………」
カメラがスケッチブックに描かれたラフ画を映し、仲間の少女二人が「すごい」「うまい」を連発しながら、ぱらぱらページをめくっていく。持ち主は今にも卒倒しそうな顔色だ。
エルがスケッチブックの公開を拒んでいた理由は、すぐに判明した。
喜々としてページをめくっていた少女達の手が、だんだんと遅くなる。高かったテンションが落ち着き「…………?」という表情で顔を見合わせる。
「いやあああ」と、エルはクロスをかけたテーブルに突っ伏した。
「えーと、これって…………」
エルは間違いなく絵がうまく、彼女のスケッチブックは様々なタイプのイケメンのイラストであふれていた。イケメンしかいなかった。
そしてイケメン達は単体の絵も多かったが、イチャついている絵も同じくらい多かった。
そう。エルの描くイラストは俗にいう『BL』物だったのだ――――
「だから、やめてって言ったんですぅうううぅ――――っっ」
クロスのかかったテーブルの下にもぐり込んで、エルは叫ぶ。むろん、その姿もばっちりカメラは撮っている。というより、カメラ的にはおいしいリアクションだろう。
「エルっち、出てきなよー」
「落ち込まないで。絵、上手だったよー。今度、あたしにも描いてー」
「このシーン、カットしてください! ホント編集してください、お願いします――――っ!!」
仲間になだめすかされながら叫ぶ少女に、桐人は再度、心から同情した。
「よくわからないのですが。この国では男性同士の睦みあいは恥ずべきことなのですか?」
撮影の終了を告げられたリリシャが桐人のもとにやってきて、きょとんと首をかしげる。メイクの威力もあって破壊力満点の可愛らしさだが、口にしている事柄はなかなか際どい。
「まあ一般的じゃないな、同性愛は」
「そうですか」とリリシャは釈然としない様子だ。その反応に桐人のほうが興味がわいた。
「リリシャの国は、同性同士の恋愛とか結婚に寛容なのか?」
日本ではマイナーだが、海外では寛容だったり、一般社会に溶け込んでいたりする国もある。リリシャの故郷、マクリアもそういうタイプの国なのだろうか。
ちなみに桐人は同性愛に対しては『日常』だ。
この業界では割と見かける人種で、桐人も定期的にそういう視線を向けられたり誘いをかけられたりするので、寛容不寛容以前の問題だったりする。
「寛容というか、普通ですよ。男性同士、女性同士の結婚もあります。そもそも神様からして男神同士、女神同士で結婚していますし。逆に未婚を誓った処女神とか、童貞神もいます」
「そうか。それはまた多様な神話…………童貞神!?」
なにがどうなって、それを誓った。
多少の疑問を残しながらも、リリシャ初のテレビ撮影は無事(?)終了する。




