前編
書籍化決定しました!
まだ詳細は発表できませんが、ひとまず読んでくださった方、ポイントを入れたりブックマークしてくださった方々、ありがとうございました!!
「なにか質問はありますか?」
「いえ。初めてでわからないことばかりですが、よろしくお願いします」
リリシャが着席したままミルクティー色の頭を殊勝にさげる。
「それではこちらへ」とスタッフが台本を持って立ちあがった。
桐人とリリシャがスタッフに案内されて殺風景な廊下を進み、最後のドアをくぐると、ドラマのメイキング映像や撮影シーンそのものの空間が広がっていた。カメラなどの黒い機材の山に、無数の白い照明。タオルを腰や肩にさげた作業ズボン姿の男達が行き交い、つるつるした床には黒々したコードが蛇のようにうねって縦横無尽に這っている。
(本物の『撮影シーン』だな)
桐人はちょっと感心してしまった。
今日は理子――――『可愛すぎる占い師・リリシャ』のテレビ撮影の日だ。
深夜枠の三十分間もないマイナーな番組だが、れっきとした地上波である。
はじめて出演依頼の話を聞いた時、桐人は(マジか!)と単純かつ純粋に驚き、ついで(マズくないか? いや、確実にヤバい!)と焦った。
そもそもリリシャは日本人ではない。ミルクティー色の髪とピンク色の瞳は染色でもカラーコンタクトでもなく、本人は『異世界マクリアから来た上級鑑定士』を自称している。
その真偽はさておいてもパスポートやマイナンバーカード、保険証、学生証など身分を証明する一切の物品を持たず、本人の言を信ずるならば十七歳の未成年だ。その状態で商売をしているのである。
これまではリリシャが営業しているカフェの店長が桐人の友人ということで、そのあたりのことはなあなあで済ませてきたが、テレビに出演して大勢に存在を知られるとなれば、ごまかせなくなることもあるだろう。
「やめといたほうがいい、理子」
桐人はそう忠告したのだが、
「面白そうですね。わたし、やってみます」
と、リリシャのほうが勝手に受諾して話を進めてしまったのである。
あとで本人に理由を確認してみると、
「だって『てれび』って、あの薄い板のことでしょう? あれにどうやって人が映っているのか、不思議だったんです! 桐人は『すまほの動画と同じようなものだ』と言いますし、すまほの動画はわたしも見たことも録ったこともありますが、やっぱり不思議なものは不思議なんです! 一度、本物の撮影現場を見ておきたいんです。話の種になります。せっかく異世界に来たのだから、いろいろ経験して帰りたいんです!」
とのことだった。
(ヒロの野郎…………)
桐人は話を持ってきた同僚を恨んだ。
今時『よく当たる占い師』というだけではテレビの話はこない。リリシャのもとにこの話が舞い込んだのは、桐人と同じ店で働くホスト仲間から業界へ情報が直で伝わったからだ。
ホスト仲間の一人、ヒロの常連客にテレビ業界で働く女性がおり、彼女が「今度の企画に出演する占い師の一人が急に『病気で出れない』って言ってきたのよ~。もう本番は三日後なのに~早く代わりを見つけないと~」と、ヒロに泣きながら愚痴ってきたのだ。
(本番が三日後なら、こんな所で飲んでないでさがせよ…………)
夜遅いと言っても、ネットの口コミ情報をチェックするくらいはできるはずだ。
話を聞いた時、桐人は思ったものだが(一応、後輩や下のスタッフ達がさがしていたらしいが)、とにかく事情を知ったヒロは、諸事情から最近その優秀さを知ったばかりの『よく当たる占い師のリリシャさん』について当然のように話し、半信半疑で聞いた女も「じゃあ一旦、会わせて。ボトル入れるから」と、ヒロに頼んだ。
そのヒロから桐人に話がいって…………という経緯である。
難色を示す桐人をよそに、リリシャは「いいですよ。とりあえず会えばいいんですよね?」と安請け合いし、ふたたび桐人が働くホストクラブを訪れたのだ。
(おまえは未成年だろうが…………!)
桐人は胃がねじれる思いでヒロをにらむが、ヒロはへらへら、隣に座る女の自己紹介を聞いている。
「はじめまして、磯崎です~。えー、この人が『リリシャさん』? ええー、いいじゃない、いいじゃない」
第一印象は好感触だった。ヒロから紹介された『磯崎』という四十代と思しき女は店内の奥まった席で、桐人が連れてきたリリシャと名刺交換し、リリシャが着席して外出時は常にかけている黒縁眼鏡をはずすと、表情を明るくした。
「『見た目高校生』ってヒロから聞いてたけど、いいわ、いいわぁ。そこらのアイドルより、よっぽど可愛いじゃない。これなら占いは普通でも『美しすぎる』、いや、『可愛すぎる占い師』路線で出せるわよ、いい、いい!」
「お言葉ですが、わたしは『普通の占い』ではなく…………」
「髪、きれいに染めているのねぇ、すっごくナチュラルな色合い。どこのお店? 高級なところを使ってるんでしょ?」
訂正しようとしたリリシャだが、相手の女はまるで聞いていない。リリシャも「話すだけ無駄」と察したか、質問に応じた。
「染めていません。これは地毛です」
「地毛? え? 天然? ひょっとしてリリシャさん、日本人じゃないの?」
「マクリア人です」
「マク…………え?」
訊きかえす女を見て、桐人は内心で悲鳴をあげる。
(『異世界から来た』と言って信じてもらえるわけないだろうが!!)
せいぜい頭のおかしい人間か、痛い設定をつけている中二病患者扱いだ。
だが磯崎は特に地理に詳しい人間ではなかったようで、マクリアという国名についても「国外のどこかでしょ」で勝手に納得して「いいじゃない」を連発する。
「『遠い異国の謎めいた美少女占い師』! いける!! ジプシーとか、ミステリアスな雰囲気がある!! その髪とか外国人っぽくて、なおいい!! よく見たら、瞳も黒じゃないのね? カラコンじゃなく? うーん、照明が暗くてはっきりしないな。でも、いいよ! とりあえず見た目は合格!! あとは占いを見せて!!」
(『見た目は合格』とか、今時はセクハラ案件じゃないのか?)と桐人は渋い表情になったし、リリシャも内心は愉快ではなかったようだ。が、表面上は営業スマイルを維持したまま磯崎の要求に応じ、持参した鞄を開いて中身をとり出す。
「はじめにお断りしておきますが、わたしが行うのはその方の魂の情報を読みとる《鑑定》で、占いではありません。ですので、占いのように未来を視ることはできません。読みとるのは魂に刻まれた情報、すなわち過去だけです」
「えー! ますますいい、いい!! 『魂を読みとる』とか、すっごくそれっぽい!! 雰囲気あるー!!」
手を叩いて喜ぶ女に、リリシャの営業スマイルがますます営業百パーセントに近づいていく。桐人もげんなりした。ちらりとヒロを見れば「この人、いつもこうだから」という視線と笑みが返ってくる。まあ、こんな人間でも金を払うなら客だ。
「ここで大丈夫か? 理子。騒がしいなら移動するか?」
「大丈夫です。前に来た時もこんな感じでしたし。それに騒がしいのは音楽で、お客さんはけっこう静かですよ?」
リリシャの言うとおりだった。店内を騒がしくしているのはBGMとテーブルを盛り上げようとするホスト達の声で、客の女達の大半は興味津々の視線をこちらに寄越している。たぶん、この打ち合わせが終われば「こっちに来て」と呼ばれるだろう。
それも今夜の桐人の頭痛の種だった。
(未成年だってのに…………)
さらに言えば、リリシャと桐人は家主と滞在者(家賃は払っているので居候ではない)である。どの角度から切り込んでも追及されたくない関係性だった。
「では、はじめます」
桐人の心配をよそに、リリシャはテーブルの上のグラスやフルーツをどけさせて、商売用のテーブルクロスをひろげる。そして商売用のカードをとり出し、クロスの上にひろげていった。
「えー!! いい、いい!! きれーい!! これで占うの!? いいよ、映える!! 画的に見栄えがして、いい!! 神秘的な感じ!!」
澄んだクリスタルに異国の文字を刻んだ金箔を貼ったカードは、映像業界で働く女のお眼鏡に叶ったらしく、磯崎はますます興奮して「いい、いい」とくりかえす。
「では、いま説明した手順で好きなようにカードを並べてください」
リリシャが勧めると、女はさっそくカードを手にとった。
実のところ、この作業と道具に意味はない。リリシャの鑑定は相手の瞳を見るだけで完了し、このカードや手順は占いっぽく見せるためのフェイク、商売上の演出で、彼女の鑑定の真価を隠すための小細工だ。
結論を述べると、リリシャは採用試験に合格した。
磯崎の鑑定結果自体は、本人の心にあまり響かなかったようだ。桐人があとで確認した時も、リリシャ自身が「大勢に注目されていたので、コジンジョウホウホゴの観点から、あまり詳細な情報は出しませんでした」と認めている。
ただ「占いは普通でも、このルックスと占い方なら画的に映える!」という理由で、磯崎の心はOKに大きくかたむいていた。そこへ(格好の客寄せという意味での)上客に挨拶に来た店長に、リリシャが真剣に告げたのだ。
「店長さん。病院に行ったほうがいいと思います」
磯崎の鑑定を終えたばかりで、リリシャはまだ眼鏡をかけていなかった。そのため、ついうっかり店長を《鑑定》してしまったのだ。
店長は目を丸くして自分を指す。
「え? 病院? 俺、どこか悪いんですかね?」
「頭が悪いです」
…………数秒間、その場に沈黙がおりた。
「いや、すいません店長!! 理子はまだ日本語が完全じゃなくて!!」
桐人が血の気の引く思いでリリシャの口をふさぎ、上司に謝罪する。
「なに言ってんだ、理子! 店長は場所を貸してくれたんだぞ、ディスってどうする!!」
「罵詈雑言を述べたわけではありません。頭の中が危険だと判断したから、そう言ったんです!」
「おまえ、ちょっと黙ってろ!!」
リリシャのやることにはたいてい甘い桐人も、今回は見過ごせない。
だがリリシャはリリシャで退かなかった。
「黙りません。このままでは店長さん、命に関わると思います。少なくとも、わたしの《鑑定》ではそう判断しました」
「命、って?」
誰かの呟きに、リリシャが自分の頭を指さしながら、医学的知識がないなりに説明しようと努力する。
「血です。なんでしたっけ、あれ。この前、医学のてれびばんぐみで見た、頭や体中にはりめぐらされた、血を通す細長い管みたいなの…………」
「――――血管か?」
数秒考えて桐人が言うと「それです」とリリシャが指を向けてくる。
「頭の中を通る血管が、あちこちで詰まっています。血が流れなくなっています。管がふくらんでいます。早ければ二、三日中に破れると思います」
「あ、脳梗塞!?」
副店長が声をあげた。
桐人や磯崎はむろん、周囲で様子を見守っていたホスト達もいっせいに店長を、正確にはその頭を見る。
「いや、まさかぁ」
店長は笑った。が、副店長はしばし黙考すると、上司の襟首をつかんで「ちょっと出てくる」と店長を店から引きずり出し、タクシーに乗って行ってしまった。
残されたテーブルは呆然としたが、気をとりなおして「じゃあ、撮影の件だけれど…………」と磯崎からあれこれ説明を受け、(予想外に長引いたな)と桐人が時間を確認していると副店長から店に連絡が入る。
『脳梗塞寸前だった。このまま店長は入院する。詳しい話は店に帰ってから』
とのことだった。
有り体にいって、店長が脳梗塞だった事実自体は不思議と思わない。思えないだけの生活を店長はつづけてきた、それは桐人を含めた従業員全員が知っている。
が、店を出る直前にこの連絡を聞いた磯崎は「嘘! 本当に!? やった!!」と狂喜乱舞し「すごい、リリシャさん! 占い的中じゃないですか! 絶対、撮影に来てね!!」と、リリシャの両手をにぎりしめ、ご機嫌で帰って行ったのだ。
(他人事とはいえ、重大な病気が判明して「やった」はないだろ)
桐人は思ったし、リリシャも同じ気持ちだったのだろう、渋い表情をしていたが、とにかくこれでリリシャの力量は保証され、出演決定の運びとなったのだ。




