後編
『立原さんのその気持ちは、恋ではありません。恋していると、誤解しているだけです。立原さんは、彼にお父様の面影を重ねているだけです。恋人ではなく、父性への執着です』
席を移って、ジュースを二口飲んでから。リリシャは単刀直入に告げた。
佳奈美ははじめ怪訝そうに眉をよせ、ついでリリシャの言葉の意味を理解して、眉をつりあげる。
『違います! いくらリリシャさんども、適当なこと言わないでください! あたし、本気でヒロが好きなんです! 愛してます!! ヒロはこんな仕事をしてますけど、それはお金が必要だからで、それさえ解決すれば、この仕事を辞めてあたしと結婚する、って約束してくれたんです!! 優しい人です、あんな飲んだくれのクソ男と一緒にしないで!!』
ドン! と立原佳奈美はテーブルを叩いた。リリシャは平然としている。
魔帝退治に加わった経験があるからではない。マクリアで鑑定士をしていた頃から、鑑定に文句をつけたり異論を唱える客は日常茶飯事だった。
『もちろん、あのほすと…………ヒロ、ですか? 彼と佳奈美さんのお父様は同一人物ではありません。ですが共通点が多いです。佳奈美さんはその共通点に惹かれているんです』
『違います!』
佳奈美は否定した。
『そりゃ、あたしもファザコン気味な自覚はあります。高校の頃から年上の、はっきり言ってオジサンが好みだったし、会社でもいい年齢した既婚の課長とか先輩ばかり気になって…………友達にも言われました。「佳奈美は父親がいないから、父親みたいな年齢の男性ばかり好きになるんだ」って。でも、ヒロは違います! たぶん、初めて好きになった同年代です、父の代わりなんかじゃありません!!』
『でもヒロさんは、佳奈美さんと別れた頃のお父様と同じくらいの年齢ですよ?』
『え?』
虚を突かれ、けれど佳奈美はすぐに反論する。
『あたしが父と別れたのは、八歳です。小学二年の時にあたしが施設に入れられて、そのまま母方の祖父母に引きとられて、それきりです。親なら、若くてもアラサーでしょ? ヒロは二十五歳のはずだし、父とは全然違います』
『お父様、すごく若い時に結婚されたみたいですよ。たぶん、佳奈美さんと別れた時は、二十代半ばです』
『えっ…………』
『以前、佳奈美さんを鑑定した時、少しですがお父様の情報も伝わってきました。あの時は本題とは関係なかったので、お伝えしませんでしたけど。佳奈美さんのお父様とお母様は、おそらく十代で結婚されたのでは? 佳奈美さんのお母様は家を出ていかれて、佳奈美さんはお父様に暴力をふるわれていたんですよね?』
『!!』
図星を刺されて、佳奈美の顔から一気に血の気が引く。
『カードを持って来ていないので、この場で正確な鑑定はできませんが…………』
前置きしつつ、リリシャはつづける。
『佳奈美さんが施設に入ったのは、お父様の暴力が原因でしょう? 父親とはそれきり。佳奈美さんは、心の底ではお父様と再会したい、愛されたい想いがつづいているんです』
『違います…………! あたし、父のことなんて…………父はひどい男だった、小学生のあたしを殴って…………あたしは、あんな男のことなんて…………』
『憎んでいるのは事実だと思いますよ。親だろうと、理由もなく一方的に殴られて、許せるはずがありません。でも一方で、親を慕う気持ちもあるのではないですか? 愛してほしかった、大事にしてほしかった、優しくしてほしかった。そう、渇望する心があるのではないですか?』
『違います! あの男は、ただのクズです!! 愛情なんて、求めてません! そんなもの、はじめから持っていない男だったんですから!!』
『本当に?』
リリシャのピンク色の二つの瞳がじっと、真っ向から佳奈美の焦げ茶色の瞳をのぞき込む。
『本当に、お父様の愛情を求めていなかったと言いきれますか? お父様の愛がなくても生きていける、と』
『なんで、そんなしつこく訊くんですか!? あたしの気持ちなんて、どうでもいいじゃないですか、あたしはヒロに愛されたいんです! あたしだけだと大切にされたい、それだけです! それのどこが悪いんですか!?』
立原佳奈美は怒っているような泣き出すような表情をしていた。
リリシャは淡々と伝える。
『佳奈美さんの気持ちが、どうでもいいはずはありません。そこがもっとも重要なんです。自分の心や気持ちを無視していては、誰に愛されても本当の満足を得ることはできません』
桐人がこの場にいれば「怪しい宗教かセミナーの勧誘みたいだな」と言っただろう。
『佳奈美さんは、お父様に愛されたいんです。ずっと前から、それを願っていた。少なくとも私の鑑定では、そう解釈しました。ですが肝心のお父様は音信不通で、生死すら不明。ですから佳奈美さんは、よく似た人をお父様に見立てて、お父様にしてもらいたかったことを、その人にしてもらおうとしているんです』
『そ、そんなはずは…………』
『ほすとのヒロさんは、本物のお父様と重なる部分が多いのだと思います。別れた頃のお父様の年齢にちかく、顔立ちとかも似ているのでは?』
『それは…………わかりません。父の顔はよく覚えていないし、写真とかもないし…………』
『ヒロさんは、佳奈美さんに都合のいいことをたくさん言うでしょう。好き、とか、愛している、とか。でもけっきょく、自分を大事にしてくれない。佳奈美さんを置いて行ってしまいそうなところ、佳奈美さん以外の人に関心が向いている様子なのも、お父様と共通。それから煙草を吸うのも』
『っ!』
『この国では、煙草を吸う人は少ないみたいですね。ヒロさんは、その数少ない喫煙者。そこもお父様を連想させた。違いますか?』
『違…………いえ…………』
否定しかけて、佳奈美はうつむいた。
『…………ヒロが初めてテーブルに来た時、懐かしい気がしたんです。煙草を吸うって聞いて、そのせいかと…………あたし、昔から煙草を吸う大人の男性が好みでした。オジサン趣味だからかと…………若い人を好きになっても、そこは変わらなかったと思っていたんです。でも、それが父と同じだったから、なんて…………!』
佳奈美は身を乗り出してきた。
『父は、父も煙草を吸っていたんですか? あたしがヒロや、今までの人達を好きになってきたのは、そのせいだったんですか? リリシャさんは、どうしてそんなことまで知っているんですか?』
『最後の質問に関しては「私が優秀な鑑定士だから」としか答えようがありません。これでも本職なので。煙草に関しては、ほぼ間違いないと思っています。佳奈美さんのお父様はかなり吸っていて、佳奈美さんはお父様の顔は忘れても、匂いは覚えていたんです。佳奈美さんにとって、煙草の匂いはお父様を思い出す「よすが」なんだと思います』
『そんな…………』
佳奈美は呆然と脱力した。
『あの男に…………父親に愛されなくても、父親にふりまわされずに生きていくって、決意して暮らしてきたのに…………あたしはまだ、あの男にとらわれているんですか? まだ、あの男を忘れられないんですか? あたしは一生、あの男に縛られて生きていかないといけないんですか!?』
『子供が親を求めるというのは、そういうことです。満足できる量を与えてもらえなかったのだから、いたしかたないことです。佳奈美さんは、まだ父親離れの途中なんですよ』
『なんで…………っ、なんで今もこんなに…………っ。解放されたと思っていたのに。ヒロを、同年代の男の人を好きになって、ようやくファザコンが治った、って。父親を必要としなくなったんだって安心したのに、まだ…………!!』
頭をふり、スカートの裾をにぎりしめた佳奈美に、リリシャもいっそう真剣な表情になる。ピンク色の瞳が輝きを増す。
『佳奈美さんは、お父様から愛されたかった。それは自然な欲求です。ただ、今はお父様本人と連絡がとれない。そのため代替品で欲求を満たそうとして、けっきょく誰に愛されても満足できない状態に陥ってしまっています。ですが、お父様は必ずしも佳奈美さんを愛していなかったわけではないと思いますよ?』
佳奈美が顔をあげる。
『あくまで私の鑑定によれば、ですが。人は、愛だけが百パーセントということはありません。同様に、憎しみだけが百パーセントということも、なかなかないものです。おそらく佳奈美さんのお父様は、親になりきれない人だったのだと思います』
リリシャはジュースを手にとり、ストローに口をつけた。
佳奈美はじっと次の言葉を待っている。
『若くして親になってしまい、まさしく「子供が子供を産んだ」状態。佳奈美さんは初めての子供で、初めての育児。慣れないことは多々あったでしょう。そのうえ、苦労を分かち合うはずのお母様は出ていってしまったのだから、なおさら大変だったはずです。これで収入も不安定となれば、日常的に相当ストレスがたまっていたはず。ストレスがたまれば他人に優しくする余裕がなくなること、佳奈美さんも身を持って経験していますよね? 以前、私に鑑定を依頼してきた原因が、まさにそれでしたから』
『それは…………でも、だからって子供を殴るなんて…………っ』
『もちろん、どんな理由であれ、親が幼い子供を殴ることは正当化できません。ただ、だからといって娘を愛していなかった、とは断言できません』
リリシャはジュースをテーブルに置いた。
『お父様は娘である佳奈美さんに対して、愛情はあった。けれど子育てや生活の苦労が重なっていくうち、愛情よりも苛立ちのほうが大きくなり、幼い佳奈美さんに手を挙げてしまうようになった。あるいはお父様自身、親から暴力をふるわれて育ったのかもしれません。虐待されて育つと、自分の子も虐待するようになる、と言いますしね』
『父が…………父も、虐待を…………?』
『ここは推察です。確証はありません。ですが』
リリシャはつづける。
『そう考えることで佳奈美さんが楽になれるなら、そう考えてしまうのも一案ではないでしょうか。どうせ、真実を知るお父様とは連絡がとれないのですから』
『それは…………』
佳奈美は視線を落とした。困ったように眉間に皺を寄せたが、しぼり出すように訴える。
『リリシャさんは、そう言いますけど。あたしはやっぱり、たしかなものが欲しいです。自分で考えるんじゃなく、あたしが愛されていたっていう、たしかな証拠がほしい。自分で愛されていたか決めるなんて…………虚しいです。あたしはやっぱり…………』
『佳奈美さんは、煙草に悪い印象を持っていませんよね? ただお父様を思い出す「よすが」なら、暴力をふるう父親と紐づけられて、恐ろしい印象を持っていても不思議ではないのに』
『え? それは…………そういえば、どうしてだろう…………?』
『これは先日、佳奈美さんを鑑定した際に視えた情報ですが』
前置きしてリリシャは言った。
『佳奈美さんのお父様は、煙草を吸っている間は静かだったみたいで。佳奈美さんにとっては、その印象が強いようです。「煙草を吸っている父は穏やかで優しい」「だから煙草はいいもの」、そういう紐づけがなされているみたいです』
『えっ…………』
『煙草を吸っている時の白い息を、輪っかにして吐き出す。お父様は、この技が上手だったみたいです。佳奈美さんがそれを見て「もっと」と喜びながらせがんでいる光景が視えました』
『…………っ!』
『お父様も、せがまれるままに何度も輪を吐いていたみたいです。「カナは輪っかが好きだな」「パパはこれのプロなんだぞ」って』
『――――!!』
佳奈美が息を呑む。視線が宙をさまよい、なにかを見つけた表情に変わった。
『そう…………そうだ…………あの人は、あの父は煙草を吸っていて…………白い息を何度も吐き出して…………あたしは、輪っかが出てくるのが不思議で面白くて…………っ』
佳奈美の声がふるえる。おののくように、泣き出すかのように。
『あたしは…………あたしは何度も輪っかを頼んで…………だって、輪っかを作っている父は優しかったから。怒鳴らず、殴らず、何度だって言うことを聞いてくれて…………父があたしのお願いを聞いてくれるのは、輪っかだけだったから…………輪っかを作ってくれる間だけは…………父を、優しいと思えたから…………っ』
リリシャも佳奈美の言葉にうなずく。
『お父様にとっては数少ない、娘に自慢できる技術だったのかもしれません。ひょっとしたら、普段ひどい仕打ちをしてしまう娘への、お父様なりのささやかな償いだったのかも…………』
『…………っ!!』
佳奈美は口をふさぐ。目尻から透明な滴がいく粒もこぼれて、ふさいだ口から嗚咽がもれる。
少し離れて見守っていたボーイ達が戸惑い、寄って来ようとしたが、リリシャは彼らを手で制すると、佳奈美が泣くに任せた。
『どんな理由があれ、親が子供を殴ることは許されません。ただ、佳奈美さんの場合、殴られたからといって、それが即、愛情がなかったことに通じるわけではない。そう、わたしは解釈しています。あくまでわたし一人の解釈で申し訳ありませんが』
穏やかなリリシャの言葉に、佳奈美は顔を伏せたままふるふると左右にふる。
そのまま佳奈美はしばらく泣きつづけた。
「佳奈美さんの気持ちは恋ではなく、父性を求める心が、代替としてヒロというほすとを求めていただけです。それを自覚してもらい、さらに、少ないけれどたしかに愛はあったのだと、代替を求める必要はないのだ、と納得してもらいました。幸い、わたしの誘導で忘れていた記憶を思い出してくれたので、うまくいきました」
「理子は記憶を思い出させる技まで使えるのか?」
「使えません。あくまで今回は、誘導がうまくいった、というだけです。でも佳奈美さんは、すっきりしたようです」
「たしかに。せいせいした表情で帰って行ったもんな」
桐人も肩の荷をおろした気分でコーヒーを飲み干す。
空になったマグカップの底を見て、ふと呟いた。
「…………子供ってのは、そうまでして親が恋しいもんかね? 捨てられても?」
「今回の佳奈美さんの場合はそうだった、というだけです。毎回、誰にでもあてはまるわけではありません」
「でも、佳奈美さんの父親は、けっきょく娘を愛していたんだろ?」
「どうでしょう?」
「えっ…………」
可愛らしく首をかしげたリリシャに、桐人が驚く。
「彼女の魂を鑑定した限りでは、佳奈美さんの記憶にある父親は相当、娘を疎んじていた様子でした。どうやら佳奈美さんの母親は、夫と娘を置いて男と出ていっただけでなく、佳奈美さん自身が母親の浮気でできた子供の可能性が高いです。父親はそれを知っていたので、なおさら佳奈美さんにつらくあたったのではないかと」
桐人は愕然とした。
「前回、佳奈美さんをお店で鑑定した時に、視えました。その時は本人に伝えませんでしたが」
「じゃあ、なんで今夜は嘘を…………!」
「真実を伝えて、いいことがあると思いますか? あなたは母親の浮気でできた子供で、父親からは本気で憎まれていましたよ、って」
食ってかかる桐人の瞳を、ピンク色の瞳が、ひた、と見据える。
「佳奈美さんは、まだ精神的にも人間的にも強い人柄ではありませんでした。それこそ、父親の代替を求めて既婚の上司と不倫寸前までいってしまうような女性です。そんな方に『あなたは間違いなく親から愛されていなかった』なんて伝えてしまったら」
「…………」
「わたしの鑑定は、占いのようなあいまいなものではなく、正確な情報を読みとる技です。だからこそ、読みとった情報の扱いには慎重さと丁寧さが求められます。占いは結果として嘘を告げることになっても許されますが、鑑定は正確さこそを競う世界です。だからこそ、依頼人にとって悪影響を及ぼすと判断した情報は慎重に渡すか、いっそ黙っておくか、の二択です。そしてわたしは前回、後者を選びました。親の件について、黙秘したんです」
「だったら、なんで今回は…………」
「今夜は仕事ではありませんでしたから」
にこっ、とリリシャが表情をゆるめた。ピンクの目が細められ、いたずらめいた笑顔になる。
「今回、わたしは佳奈美さんから鑑定料をいただいていません。料金をもらっていない以上、これは仕事ではなく、厚意によるお手伝い、『ぼらんてぃあ』です。であれば嘘を伝えたからといって、咎められる筋はありません。正しい結果が欲しければ、相応の対価を払う。対価を払わないのであれば、いい加減な仕事をされても文句はいえない。仕事とは、そういうものです」
自称・異世界の美少女はウィンクをおまけしてくれた。
「佳奈美さんは、親にあまり愛されなかった子供でした。ですが、その事実をありのまま伝えても、良い結果になる可能性は低かった。であれば今は偽りの希望で満足してもらうのも、一つの手だと思います。たとえ偽りでも、彼女は支えを得て、前に進むことができたのですから。真実を知ることは大切ですが、それを知る時機は選んだ方がいい。少なくとも、今はその時機ではありません。真実はいずれ、彼女が強くなった時に明らかになればいいんです」
「――――なるほどな」
リリシャの判断が正しいか否か。鑑定は門外漢の桐人は見当もつかない。
ただ「親に愛されていた」と実感できれば、それが子にとって支えにも希望にもなることは、桐人にも理解できた。
「キリト」
リリシャが色白の顔を近づけてきて、桐人の唇に人差し指をあてた。ピンクの瞳がすぐ目の前にある。
「今夜の件は、ぼらんてぃあです。仕事ではありません。が、コジンジョウホウには違いありません。佳奈美さんの親のこと、他の人に話さないでくださいね。特にヒロとかいう、ほすとには。商売のために悪用されては駄目です」
「わかった。誰にも言わない」
桐人は目の前の美しい瞳に真剣に応じる。人差し指が触れている唇が熱を持ち、ついその指をぱくりとくわえてやりたくなる。彼女はどんな顔をするだろう。
うしろへと顔を離して、言った。
「けど、それなら最初から、俺に話さなければ良かったんじゃないか? 守秘義務だろ?」
すると異世界の上級鑑定士は指を引っ込め、困ったように視線を落とす。
「本当はそれが一番ですけれど…………わたしだって、全部を一人で抱えるのは大変なんです。時には、抱えた秘密を誰かに聞いてもらいたい時もあるんですよ」
その言葉と表情で、桐人も思い出す。
どんなに生意気でしっかりしているように見えても、リリシャは間違いなく未成年。十七歳の少女なのだ。誰かに寄りかかりたい時もある。
であれば桐人は、その『誰か』になるだけだった。
「了解した」
ミルクティー色の頭をなでるとリリシャはびっくりし、ついで年齢相応の笑顔を見せた。
その後、佳奈美が桐人の店に現れることはなかった。
桐人がヒロに頼まれた、ヒロと佳奈美の『縁切り』も効いたのだろう。
佳奈美はヒロの上客の一人だったが、先日の騒動で「メリットよりデメリットのほうが大きくなった」とヒロに判断されたのである。
一方、リリシャは一度だけ佳奈美に会った。いつもどおりカフェ『フォルチューヌ』で鑑定していると、客が途切れた隙間時間に佳奈美が訪れたのだ。
「リリシャさんのおかげで、すっきりしました」
あのあと、佳奈美は祖父母に父親のことを訊ねてみたのだという。
「祖父母も詳細は知らなかったみたいで。でも、リリシャさんの占いにちかい感じでした。ヤンキーくずれで、家庭環境も悪かったみたいで…………だから母が『高校を卒業したら結婚したい』と言い出した時も、大反対したそうですけど…………二人で勝手に上京して同棲をはじめてしまった、と。あたしが施設に入って、祖父母ははじめてあたしの存在を知ったそうです。母と父の居場所は、今もわからないままです」
佳奈美の声には哀しみが混じっている。が、哀しみだけではなかった。
「本当は、今でも父を許せない気持ちのほうが大きいんですが…………少なくとも今は、父もあたしと同じようにつらい思いをしたのかもしれない。助けてくれる人もいなくて、毎日が手一杯だったのかもしれない、と思えるようになりました。しょうがない、というわけではないんですが…………少し客観的に見られるようになった気がします」
そう語る佳奈美はたしかに、前へ進もうとする芯のようなものが感じられる。
「それだけ伝えたかったんです。すみません、お時間をとらせて。これで失礼しますね」
謝りながら佳奈美は「この前の鑑定料を払います」と、バッグから財布を出すが、リリシャにとめられる。
「鑑定料はけっこうです。あれは時間外。仕事ではなく、ぼらんてぃあですので」
ピンクの瞳がにっこり笑った。




