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ふたたび続編です。
なんだか、終わる終わる詐欺になってきたような……。
「この人、知っています」
二人そろっての夕食時。豚の生姜焼きを食べていたリリシャは、テレビを観ながら突然、そう言った。画面には一人の男性が映っている。
「五日か、六日前に《鑑定》した人です」
桐人は画面とリリシャの顔を見くらべる。
「本当か? 人違い、とかでなく?」
「はい」
リリシャは断言した。《異世界》育ちのせいというかお国柄か、リリシャの話し方は「~感じ?」「~かな?」「~みたいな?」といった、あいまいな表現が少ない。
「愛する女性が二人いて、どちらを選ぶべきか、という相談でした」
リリシャは語った。
「いや、『不誠実だ』って言われるのは、わかっているんだ。でも、俺は本気で困ってるんだよ」
ほんのり、酒の匂いをただよわせながら。
橋本直也と名乗った男は、そう言った。ちなみに三十五歳。
リリシャの《鑑定》の終業時刻ぎりぎりに現れたその男は「取引先と少し早いディナーをとり」「ほろ酔い加減で相手と別れて帰宅しようとした」ところ、『占い』の小さな看板と、大きな本を読んでいたベール姿のリリシャを発見し「物は試し、と寄ってみた」のだという。
「占いって未来を視るんだろう? それで相手を決めるのも一つのアイデアかな、と思ってさ」
リリシャは読んでいた大きな薄い本――――日本語勉強用の絵本を閉じて、酔客に説明する。
「その依頼内容ですと、わたしはお役に立てません。わたしの能力は、未来を視ることはできないので『どちらを選べば、いい未来が待っているか』という類の質問には答えられません」
橋本直也は拍子抜けした顔になった。
「ずいぶん正直な占い師さんだなぁ。それじゃ、つまりインチキってこと?」
「インチキではありません。過去と現在に関してなら、《鑑定》は可能です。わたしの《鑑定》は、魂に刻まれた情報を読み取る能力ですから」
ベールの中で、片方だけのピアスの、白いスティック状の石がゆれた。
「魂ねぇ…………」
男はあやふやに笑った。半信半疑、というところか。
リリシャは気分を害さなかった。
この『にほん』という国に来て早、三ヶ月ちかく。
桐人からもあれこれ教えられて、この国の人間にとって《鑑定》を含む《魔術》の類はすべて「話には聞くが科学的な立証はなされていないため、信じるも信じないも個人の自由になっている分野」と理解しているからだ。文化の違いは、どうしようもない。
なので、淡々と述べる。
「そういう理由で、依頼は受けかねます」
すると男は片手を顔の前に立てて謝ってきた。
「いや、ごめん。疑ったわけじゃないんだ。『魂』を持ち出されるとは思わなかった、というか…………いや、でも待ってくれ」
男はなにかに気づいて、ベール姿の占い師に新たに質問してくる。
「じゃあ、『運命の人』は、わかる? ほら、よく運命で結ばれた相手のことを『魂と魂が結ばれた相手』とか表現するじゃない? それは占えるかい?」
「条件つきで可能です」
リリシャは説明した。
「わたしは過去と現在しか視えませんから、過去の運命の相手や、今生での運命の相手と現在すでに出会っていれば、読み取ることは可能です。ですが、まだ出会っていなければ、教えることはできません」
「ん? 過去の運命の相手? と、今生での運命の相手? 別人? 二人いるってこと?」
「そういう場合もあります。それこそ前世を含めれば、複数に及ぶ可能性が高くなります」
「ええ~?」と三十五歳の男は顔をしかめた。
「なんか味気ないなぁ…………なんというか『運命の恋人』って『何度、生まれ変わっても必ず結ばれる』ってイメージあるじゃん? 人生ごとに別の相手って…………ちょっとイメージ変わるなぁ…………」
「ロマンチストですね」
十七歳の少女が笑った。
「そういう考え方もすてきですし、実際、数百年間に渡って結ばれつづけている魂も存在してはいるようです。それと同様に、生まれ変わるたびに相手を変える魂もいる、というだけです。魂も人柄同様、ずっと変わらないまま、というのは難しいですから。長く付き合っていれば、そういうことは起こるし、魂自身にとっても、そのほうが良い場合もあると思います」
「ええ…………なんか、夢が壊れる…………」
三十五歳の男は肩をおとして、酒が香る息を吐いた。どうやら見た目と態度に反して、なかなかのロマンチストらしい。
「夢を壊したくないなら、《鑑定》はやめたほうが…………」
「いや」
橋本直也は表情を引き締めた。
「いい機会だ。占ってくれ。僕の愛する女性二人、どちらが本当の『運命の人』か、魂で判断してほしい。そういう決め方もありだろう」
「わかりました」
リリシャはテーブルの端に置いていた小箱を手にとる。
「はじめにお断りしておきます。わたしは『どちらを選ぶのが正しいか』『良い未来が待っているのか』という質問には答えられません。今から《鑑定》するのは『どちらが、橋本さんの運命の人か?』。二人とも違う可能性もありますし、その際は、そう伝えます。いいですか?」
「かまわない。なにか、今までとは違った視点で、考える材料を提供してほしいんだ」
「では」
リリシャは箱を開けてクリスタルのカードをとり出し、橋本直也に並べ方を説明する。
酔いのせいか、橋本直也はちょっと危なっかしい手つきになりながら、指示通りに並べ終えた。リリシャは一枚のカードを手にとり、彼へかざす。
「このカードは、あなたの心の底を映しています。…………このカードで間違いないですね?」
直也がうなずく。
その時には、もう彼の瞳を介して《鑑定》を終えていた。
リリシャは読み取った情報を整理、分析し――――しばし口をつぐむ。
やがて座り直し、読み取った情報を正確に伝えるよう心がけながら、口を開いた。
「まず、結論から伝えます」
リリシャは適当なカードを一枚ずつ左右の手にとり、告げる。
「端的に言うと、あなたが愛しているという、二人の女性。どちらも、あなたにとっての『運命の人』です。あなたと彼女達は、前世からの関係なんです」
「ええ?」
男は目と口を丸くした。
「二股か」
桐人の言葉に、リリシャは詳しい説明を加える。
「そうと言えるし、そうとも言いきれない状況でもありました。簡潔に述べると、彼は『とても愛しているが、事情があって結婚はできない女性』と『結婚はできるし好意も持っているが、愛情という点ではもう一人に負ける女性』の、二つの選択肢で迷っていたんです」
「贅沢な悩みだ」
世間的には『イケメン』に分類される容姿でありながら、職業や能力や実家に由来する理由で、異性との交際は抑えがちだった桐人にしてみれば「勝手に悩んでろ」としか言いようのない悩みである。
「贅沢なら、よかったんですが」
リリシャはテレビを向いたまま、淡々と説明していく。
「ご当人にとっては、まさに『人生を左右する選択』でした。だからこその『運命の人』ですが、『運命の人』は、必ずしも良い意味とは限りません。悪い意味での『前世からの縁』『運命の人』というのも存在するんです」
可憐なピンク色の瞳が憂いを帯びた。