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本の軌跡

作者: 流星仔猫

「おねーさんなんて本読んでるの?」


いつもの時間、いつもの電車の中、私はいつも通り本を読んでいた。

いつも通りじゃないのは私の機嫌。そして話しかけてきた女の子。


「すっごく楽しい本だよ」


私は話しかけてきた女の子に本の表紙を見せてあげた。

今日の私は最近の梅雨の空の様。

親に本を溜め込み過ぎるなと怒られ続けてはや4年ついに押入れの床が抜けてしまったのだ。

大学1年の頃から貯め続けてきた本を親に捨てられてしまったのだ。

女の子はしきりに本の題名を小声でつぶやいている。


「もし良かったらこの本あげようか?」


幸いこの本はもう読み終えて3週目に入ったところだ。

今後本を貯め続けないためにもここで女の子にあげてしまうのは良いかもしれない。


「でも、おかーさんに怒られちゃうから、おこづかいをためた時に買うね」

「もうこの本読んじゃったから大丈夫だよ。それにね、私の家には本がいっぱい有ったの。でもこの間押し入れを壊しちゃって、おかーさんに捨てられちゃったんだ。あなたが貰ってくれたらこの本はまた誰かに読んで貰えるから」

「え、でも……」

「じゃあこうしようか」


私はいいことを思いついたとばかりに鞄からペンを取り出した。

そして私はその本ののあそび紙の一番上にこう書いた。


2019/06/06 渡辺 優花


「一番初めにこの本を読んだのは私。もしあなたが読み終わったらここに日付と名前を書いて読んで欲しい人に渡してあげて。そしてその人も読み終わったら同じようにするの。そうすればこの本は捨てられずにずっといろんな人に読んでもらえるでしょ?」


そう言うと女の子はそんなこと考えもしなかったとばかりに目を丸くした。


「すっごい!本がリレーのバトンみたい!それになんて人が読んでくれたのか分かるね!」

「だから、ハイ」


そう言って私は女の子に本を押し付けた。

今は図書室の本の後ろに名前を書いたりしないのか。

図書館みたいに電子化されてしまったのだろうか?

私がこの女の子くらいの時は図書室の本に自分の読書の記録をつけられる。爪痕を残せるような気分で図書室に通い詰めたものだ。


「じゃあ、読んだら友達のまりなちゃんにあげるね!」


私の持っていた本の大半は母親に捨てられてしまった。

せめて中古屋に売ってくれればまだ他の人に読んでもらえる可能性が有ったのに。

でもこの本はお少なくとも女の子は読んでくれる。


「あ、私ここで降りるから!」


そう言って女の子は電車を降りていった。




次にその女の子に会ったのは一週間後の事だった。

大学の授業の関係上この時間帯に電車に乗るのは木曜日だけなのだった。


「あ、ゆうかおねーさん!」

「おはよう、えーっと」

「永森 渚だよ」

「おはよう、渚ちゃん」


私はもしかしたらなぎさちゃんにもう一度会えるんじゃないか。

そう思って今日も読み終わった本を鞄に入れて来ていたのだった。


「前の本ね、まりなちゃんにあげたらまりなちゃんすごく喜んでた!ありがとうゆうかおねーさん!」

「そう、良かった。じゃあ今度はこの本を上げるね」


そう言って私はまた持ってきた本を渚ちゃんにあげるのだった。


「ありがとう!ゆうかおねーちゃん!」

「どういたしまして。そういえば渚ちゃんはスモールワールド実験って知ってる?」

「すもーるわーるど実験?」


最近大学の講義で出てきたスモールワールド実験について話したくなったのはなぜだろうか。

その時も、今も何故かわからない。


「友達の友達の友達って友達を辿って行くと6回で全世界の誰にでもたどり着けるっていう実験なんだけど、もしかしたら私が渚ちゃんに上げた本が全然知らない国の誰かに読んでもらえるかもね」

「それすっごい!あ!そしたら2番目に読んだのがわたしだって全然知らない人にもバレちゃうんだ。なんかはずかしいね」


そう言って渚ちゃんは私に微笑んできた。

私達は毎週木曜日に電車の中で会って、私が渚ちゃんに本を上げる事が日課になっていった。

その後は渚ちゃんから友達のまりなちゃんの話を私が聞いたり、私が中学、高校、大学の話をしたりして渚ちゃんの降りる駅まで行った。暑い日も、雨の日も寒い日も、雪の日も。その日までは。


「ごめんね、渚ちゃん。ここで会えるのももう最後みたい」

「え?」

「私、もう大学を卒業しちゃうの。その後ね、海外でお仕事するからもう会えないんだ……」


そういうと渚ちゃんの目に涙が浮かぶ。


「きっとまた会えるよ」


私にはそういうしかなかった。


「これが私のとっておきの本。一番大好きな本。渚ちゃんに読んで欲しいんだ。ほら、降りる駅だよ」


そう行って私はお気に入りの本を渚ちゃんに渡した。


あれから何年がたっただろうか?私はアメリカのロサンゼルスで仕事をしていた。


『ゆうか、この本読んでみない?』

『珍しいじゃ無い、アンディが本なんて』

『いや、面白い事をやっててついね』


アンディの手には日に焼けてボロボロになった本が握られていた。


『何でも、自分が読んだら読んで欲しい人に渡すんだそうだ。そうすればずっとその本は読み続けられるんだと。読み終わったら本に日付と名前を書くんだそうだ』

『面白い事を考える人もいるのね』


そう言って私は本を受け取る。


2020/02/13 渡辺 優花

2020/02/18 永森 渚 お姉ちゃんに届きますように。


『お、おい、どうしたってんだよ。いなり泣き出したりして』


その本は何箇所も補修の跡があり、遊び紙だけではなくびっしりといろんな人の名前と日付が書かれ、それでも足りなくなりページが足されていた。

男の人も、女の人も、日本人もアメリカ人も韓国人もロシア人も、色々な国の人の名前が書かれていた。


私はとびっきりの笑顔で


「6回じゃ届かなかったね渚ちゃん」



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