第63話 交差する運命
もう少し更新ペース上げたいですね(願い)
温もりを感じず、ただ冷たさだけを感じていた。アスカ自身、死ぬという経験は幾度となくしてきたが、やはり慣れるものでは無い。怖いものは怖い。
本当に死んでしまうのだろうか。まだ何もしていないのに、こんな所で死んでしまうのだろうか。
「君は、まだ死ぬべきではない」
小さな声……いや、遠くからそんな声が聞こえた。どこか聞き覚えのある、男の声だ。
その瞬間、緑色の光と共に冷たかった体が温もりを取り戻して行く。そして、アスカは目を覚ました。
「……ここは」
アスカが目が覚めて周りを見渡すが、そこは意識を失った場所ではなく、少し崩れている木造の教会にだった。きっと誰かが運び込んだのだろう。
──目が覚めたか。
「なんだ、いるじゃん」
──……傷口くらいなら塞げる。あくまで塞ぐだけだがな。
要は簡易的に止血はできたようだ。意識を失っていたのは出血量的な感じなのだろう。
「どれくらい経った?」
──あれからほんの3時間程度だ。侵入してきた奴らはここの騎士共が対応した。
意外と時間は経っていない。しかし、3時間程度で血液量が普段通りに戻るなんて、流石は邪竜と言ったところか。
「あれ、破壊の能力なのに回復なんてできたの?」
──我だって伝説の竜の端くれだ。だがまあ、中身の治療をしたのは我ではない。
「中身?」
──言ったであろう。我は貴様の傷口を塞いだだけ。貫かれた肉を治すなんてことはできない。
ならば誰がアスカが目覚められる程度まで回復させたのだろうか。この世界において回復魔法というのは希少な存在。使える者など生まれつきそういった能力を持っているか、回復魔法を使える精霊と契約しているかのどちらかしかいない。
だが、アスカが回復しているということは、そのどちらかの存在がこの町にいることを意味している。本当に運が良かったとしか言えない。
「目が覚めたようだね」
「っ、貴方は!?」
協会の扉が開き、アスカに向けて何者かが言葉を放つ。その声はアスカが暗闇の中で聞いた声であり、やはり聞き覚えのある声でもあった。
そして声を放った者の顔を見る。その瞬間アスカは、なぜこの者がここにいるのかと疑問を抱くが、その次に放った言葉にそのことを超える疑問を抱かざるを得なかった。
「君、俺のことを知っているのか?」
「……は?」
その見覚えのある顔の者は、アスカに自身のことを訪ねてくる。
──向こうは貴様のことを知らないようだが、何者だ?
「……ツカサ・タチバナ。それが貴方の名前」
「ツカサ……タチバナ……」
アスカの目の前にいる男──1年前にアスカらと共闘した英雄と呼ばれたツカサであった。しかし1年前と違うことが幾つかある。
まず、記憶が無いこと。一体何があったのかはわからないが、自分の名前さえ忘れている。そしてもう1つの違うところが……、
「その鎧と剣、何?」
アスカの知るツカサはよく冒険者達が着ているような布製の服だ。しかし、目の前にいる今のツカサはそんな服ではなくガチガチの鎧姿であった。そして同時に、当時持っていた剣ではなく聖剣と思わしき装飾がされた剣になっていた。
「この鎧は、この町を守る騎士の象徴の1つ。要は、俺は騎士だということだ。この剣に関しても同様だ」
「何があったのか、本当に覚えてないの?」
「……ああ。気がついたら誰もいない洞窟にいて、そこを騎士王様に助けられた。そして、記憶が戻るまで騎士として働かないかと言われた。それが俺がここにいる理由だ」
「………」
「それよりも、どうして俺の名前を? やはり、君は俺の事を」
「知らない。ただ、有名な人だったから」
「他人の空似じゃないのか?」
「それはない。あの時のような覇気はないけど、確かに貴方はあのツカサさん。それだけは言える」
アスカはそう言うが、ツカサ自身はあまり理解できていないような感じであった。
それもそうだ。覚えていないのに昔の自分の話をされたところで実感を持てない。どうしても他人のような気がしてならないからだ。
「とにかく、治してくれてありがとう」
「うん。……不思議だ」
「ん?」
「君とはどこかで会ったような……とても知らない仲とは思えない。とこか懐かしい感じがするんだ」
「………」
きっと、1年前のことを言っているのだろう。確信は持てていないようだが、体と心の方ではなんとなく覚えているようだ。
だが、そんなことはアスカには関係のない話だ。ツカサが記憶をなくしていたということに関しても、何ら関係の無いことだ。わざわざアスカが記憶を取り戻すことに協力する義理はない。借りを作ったのもツカサが勝手にしたことであってアスカが頼んだことではないのだから。
そう自分を納得させ、アスカは立ち上がる。そして、教会の出入口に向かって歩き始める。
「どこに行くんだ?」
「町を出る。この町でするべき目的は達成したし、私がここにいる理由もない」
「君、冒険者なんだろ? 同時に、転移者でもある」
「……どうしてそう言えるの?」
ツカサの「転移者」という言葉に反応する。冒険者はともかく、記憶が無いのならば転移者という言葉を知るはずがない。
もしかしすると、アスカの存在をきっかけに何かを思い出したのかと考えるが、先程から何も変わっていない。記憶は無いままだ。
「わからない。だけど何故か、君が強いってことは確信を持って言える」
「……それは思い込み。私は、何も強くない」
すぐに動揺して、すぐに嫌な思いはしたくないと逃げて。仕舞いには死の淵を何度もさ迷って。
これの何が強いと言えるのか。何も強くない。強いというのは、強靭な精神と絶大なる力と肉体。そして、健全な魂を持ち優しき心を持つ者のことを言う。その条件は、今のアスカ……いや、昔から少ししか触れていない。そんな自分よりも目の前にいるツカサの方が強い者と呼ぶに相応しい。
「……また会えるか?」
「会えない。少なくとも今は」
「そうか。なんかこう、誰かと別れの挨拶をしなければいけないような気がしていたんだ」
「いきなりどうしたの?」
「記憶にはないけど、誰かに別れを言う前にその人が突然行方をくらましたんだ。その人は、その時に誰かに襲われていたんだと思う。俺がその人に合えば、失った記憶を思い出すことが出来ると思うんだ」
「……その人に、会えるといいですね」
「ああ。君も頑張れよ。幸運を祈っている」
「余計なお世話です」
そしてアスカは教会を出た。
教会を出ると、そこには魔獣が暴れた痕跡らしきクレーターなどがあり、同時に魔獣が侵入した影響か入ってきた時よりも人が多かった。
心が機械のような人間でもこういったことが起こった時には何らかの行動に出るらしい。恐らく街の修復であろうが、ここまで来ると本当に機械だ。
──先程の男の探している人というのは貴様では無いのか?
「多分そう。だけど、あの人の記憶と私の存在はそこまで関わりがない。元の姿で会っても、きっと記憶は戻らない」
ツカサの記憶に関しては、アスカに会うことよりも自身が倒れていたという洞窟に行って何か手がかりを探す方が手っ取り早い。
しかし、あの様子だと当分その事に気が付きはしないだろう。いや、むしろ気が付いていてわざと探そうとしていないのでは無いのか。元の洞窟に手がかりがあることは子供でも少し考えれば出てくることだ。
「……無意識に恐れてるってことか」
記憶はなくても体と心は覚えている。それはつまり、記憶を失う直前に起こった出来事を恐れているということだ。無意識にそう感じてしまうくらいのことを経験したのだろう。
こういったことによる記憶喪失はその人の精神を守るために体が無意識に行う行為であると言う話を聞いたことがある。きっかけがなくともいつか思い出すだろう。心に潜む恐怖心に打ち勝てたらの話だが。
──やはり、あの男が気がかりなのではないか。
「……悪い癖だ」
──同時に、それが白野飛鳥という存在を完全に消去できない理由でもあるのだがな。
「………」
アスカもツカサと同じだ。本当の自分を見失うのを恐れている。本当の自分とは何かを考えることに恐怖を抱いている。結局、アスカとツカサは似た者同士なのだ。
「ん、あれは」
人混みの中、少し見覚えのある二人を見つけた。1年前と殆ど何も変わっていない姿で。
「………」
──どうした、急にローブなんて被って。
今目の前に見えたのは、アスカからすれば1番会いたくない2人。最もこの世界において過ごした時間が長い人──レンとソニアであった。
「どうしてこんな所に……」
恐らく、町の中に魔獣が入り込んだということで騎士王が冒険者ギルドに何らかの依頼をしたのだろう。この町にいる人達は誰もかもが心を持たない人形のようなので、わざわざ冒険者ギルドに依頼をするとは思えない。それにそもそも、この町に冒険者ギルドはない。
それかもしくは、アスカのことを探しに来て、偶然にもこのタイミングに町の中に入ることが出来たのだろうか。深く理由は分からないが、とりあえず今ここにいるのだ。
──感動の再会た。顔くらい合わせないのか?
「……皮肉はやめて」
辛そうな、どこか息苦しくて今にも死んでしまいそうな声でアスカは返答する。
会いたい。今すぐにでも会って謝りたい。また、1年前のような生き方をしたい。だが、それは今のアスカには許されないことだ。アスカはこの世界においては大罪人。髪色などを変えているお陰でバレてはいないが、この国でもそういった情報の1つや2つは入っているだろう。
今ここで再会することは、同時にこの肩書きを一緒に背負わせてしまうことになるのだ。アスカは、それだけは避けたかった。
「すみません、こんな感じの人を見かけませんでした?」
「いいえ、見かけていません」
「他に、情報とかありませんか!?」
「ないです」
「……ソニアさん、他をあたりましょう。この町の人達、こんなの人ばかりです」
近づいて行く毎にそんな会話が聞こえてくる。別の道を行きたかったが、不運なことに瓦礫で塞がっていた。バレないかが心配であった。
そして、アスカと2人はすれ違う。
しかし、お互いに声をかけ合うことなくそのまま通り過ぎた。バレなかったことに安心し、そのまま逃げるように町の出口へ向かう。
「ちょっと待って!」
その瞬間、突然アスカに向けてソニアが静止の声をかける。一瞬ドキッとし、どう対応すればいいかを少し考える。そうしている間に2人はアスカのいる方へ向かってくる。
ここでもしも逃げれば今バレていないかもしれない状況を逆に悪くしてしまう。ここは普通に対応するのがいい。
「どうしました?」
「………」
アスカが少し声色を変えて返答する。その声を聞いたソニアは突然ぼーっとし始める。
「……あの」
「あ、はいすみません。探している人に雰囲気が似ていたもので……」
「探している人とは?」
「黒髪の……あーいえ、これを見せる方が早いですね」
そしてソニアは先程話しかけていた人に見せていた紙をアスカにも見せる。その紙に書かれていたのは、本来の自分自身の姿とその下に書かれた懸賞金らしき数字──手配書であった。金額を見ると、より自分がこの世界においてどれくらいの大罪人なのかを理解出来た。
「知っていますか?」
「……すみません。見覚えがありません」
「そうですか……。ありがとうございます」
「その人、見つかるといいですね」
そう一言添えた後に、アスカはソニアから離れて町の外へと歩いて行った。
そんな中でソニアは、その時のようなアスカの姿から何故か目を離せなかった。全く知らない人だと言うのに、何故か懐かしいように感じていた。そしてそれは、アスカも同じく感じていたのであった。




