第61話 冥界の番犬
アスカの放った銃弾はキルアの腹部に命中し、内部へと肉を捻り切りながら侵入した。この状況にキルアは驚きを隠せなかった。
「うぐっ……どうして切れなかった……?」
「言ったはず、私にはその聖剣に勝る力があるって」
今回アスカの放った銃弾には魔力生成時の強化以外に邪悪なる竜の力も少しだけだが混ぜていた。
邪悪なる竜の能力は『破壊』だ。その破壊の能力が少し込められた銃弾はデュランダルの能力自体を破壊しただの丈夫な剣とそう大差ない性能に下げたのだ。そしてそれに加えてそれだけ強化された銃弾はキルアの着る鎧をも簡単に貫くくらいの貫通力になっていた。
「っ……」
キルアがデュランダルを杖にして立つ中、アスカは右腕を抑えて顔を歪ませる。破壊の能力の代償である自身の体の破壊による痛みだ。
クロの場合は精神面を壊すという代償があるが、邪悪なる竜の場合は体を破壊する。まるで岩をトンカチで砕き割るかの如く、今まさに体の一部が壊れた。
シロウとの戦闘時に代償で破壊されていた体は一年という時を得て十分に回復したが、逆に言えばそれくらい時間を使わないと回復は難しいのだ。だからアスカは力を使うとしても邪悪なる竜の制御の元で使うと決めた。
「……何をしたかはわからないが、それをすれば自分にもダメージがあるようだな……」
力を使うとダメージを受けるなんて、そこらにいる普通に強い人達と比べるとかなりのアスカにとっての足枷になっている。破壊の能力は当たれば強いが代償が大きい。力ある能力にはリスクが伴うとはよく言ったものだ。
シロウとの戦闘時に使った相手の体内に破壊の魔力を侵入させ内側から破壊する『ディストラクション』を使えば、恐らくだがキルアを消滅させることができる。しかし、それはアスカの戦闘不能を意味している。前回多用した結果があれだ。今後のことを考えると使い所は見極めなければならない。
「……そう言えば、ひとつ聞いていい?」
「攻撃しないのか?」
「今はまだその時じゃない。だから、今できることをするだけ」
「それが質問ということか。いいだろう。久々の強敵を相手にできた礼だ」
確かに今この瞬間に攻撃すれば倒せるかもしれない。しかし、それはあくまでかもしれないだ。たった一発命中したところで戦闘続行は可能だ。それに、もうあの銃弾に簡単に当たってくれるとは思えない。
だから、今アスカにできることはこの町についての情報と騎士についての情報を得ることだ。何故倒そうとしているのかはわからないが、今のこの町の状況はアスカにとって面倒でしかない。早々にこの面倒事をどうにかしておきたいのだ。
「確か、斬の騎士だっけ。他にも騎士っているわけ?」
「俺を含め7人の騎士がいる」
「なるほどね。それで、指揮してるのは誰?」
「騎士王だ。7人の騎士の中で最も強く、我ら騎士団を作った方でもある」
つまり言うところ、この町を外部の生き物の侵入を徹底的に防いでいるのは騎士王の政策ということだ。
とても鎖国的な町だが、それだけの事をする理由があるのだろう。なんせ、この世界にはレジェンドドラゴンといった意味不明な程強力な魔獣や転移者などの強い力を持つ生き物が存在している。そんな力を持つ魔獣などが町に入り込めばたちまち滅びてしまう。
「答えられるのはここまでだ。それで、次はどうするつもりだ?」
キルアは銃弾が命中した腹部を手で抑えながら立ち上がる。それを見てアスカもM24を構える。
「……邪竜、もう一度」
──……いや、その必要は無い。
「っ、どうして?」
──来るぞ。
何かに警戒するように邪悪なる竜はアスカに言う。するとその瞬間、風の流れが変わったようにアスカは感じた。とても不吉な予感がする風だ。
そう思った矢先に狼のような遠吠えが聞こえる。その遠吠えにアスカだけでなくキルアまでもが反応する。
「ちっ、そろそろ来ると思っていたがこのタイミングとは……」
「一体何が……?」
ドシンドシンという足音がアスカの耳に入る。その足音は大きくなっていき、こちらに向かって来ていることが理解できる。
「丁度いい。今から来る魔獣がこの町をこうして騎士が守る理由だ」
キルアはそう言って足音の聞こえる方にデュランダルを向けて構える。そしてその方向からは、通常の3倍くらいの大きさの犬が1匹出て来る。
「犬?」
「奴はケルベロス。と言っても、分裂した1匹だがな」
ケルベロス──それはアスカのいた世界ではギリシア神話に登場する3つ首の犬の怪物と知られている。冥界の番犬と言えばケルベロスと答えるくらいその名は有名だ。そしてケルベロスという名前には「底無し穴の霊」を意味している。
しかし、今回現れているのは3つ首ではない。キルアの放った分裂という言葉から、ケルベロスはアスカの思う通りに3つ首で間違いなさそうだ。
「……ねぇ邪竜」
──何だ?
「あの犬と意思疎通とかできたりする?」
──アイツらとは話す言語が違う。無理だ。
「そっか」
──もしできていたのならどうしていた?
「ケルベロスの味方をしようかなって思ってた」
──それはまた何故だ?
「『この世界は既にあの人を中心』この言葉がずった気になってね。もしかするとこの町の騎士王さんがそうなんじゃないかって」
──町内で騒ぎを起こしてそいつを引っ張りだそうということか。
「そういうこと」
ここで言う『あの人』というのが一体何者かは判明していないが、アスカのような得意な魔力性質──つまり、何者かと契約した者を狙っているのは確かな情報だ。そしてそれは、アスカにとってとても迷惑な話であり邪魔な存在だ。もし仮にこの町の騎士王が『あの人』なのであるならば、早々に消しておきたいところだ。
──だが、貴様1人でこの騎士達を倒せるかと言われれば不可能だ。
「ま、あと6人もいるしね」
──だったら、今はあの騎士の味方をしてあの犬を倒す方が得策だとは思うぞ。
「やっぱりそうかー、了解」
とりあえずアスカはこちらに向かって威嚇をしているケルベロスに向けてM24を構える。
確かにここでケルベロスの味方をして町に騒ぎを起こしてもよかったが、正面から突っ込むというのは馬鹿のすることだ。もしその騎士王が『あの人』であるならば、こっちが味方をして隙あらば不意をついて攻撃したほうがいい。
「一時休戦といかない?」
「賛成だ。まずはこのケルベロスを倒すぞ!」
「命令しないでくれる?」
アスカとキルアが意気投合したところでケルベロスとの戦闘が開始される。お互いの戦闘スタイルは近距離と遠距離という真逆な構成、とてもバランスがいい。
「貴様は援護してくれ。前には俺が出よう!」
キルアはデュランダルを構えながらケルベロスに接近しその胴体へと切りかかる。だがそれをケルベロスは自身の爪で弾く。一件ただ剣を振って弾かれただけに見えるが、わかる人にはとてつもない違和感を感じたはずだ。
そう、デュランダルの刃でケルベロスの爪が切れなかったのだ。
デュランダルはそのずば抜けた切れ味が持ち前の聖剣。その聖剣の刃を弾くほどの爪ということは、現時点では予想以上の硬さを持った爪ということだ。あのデュランダルの刃で切れないとなると、あの爪を切るという手段は考えるだけ無駄だ。
「手始めに……」
爪に弾かれないようにとキルアの攻撃を弾いた瞬間にM24を発砲する。その発砲を見たケルベロスは動かせる範囲で爪を動かすが、ギリギリ防ぎきれずに胴体へと命中する。
「グルルルゥ……」
ここで一番厄介なのがちまちまと攻撃してくるアスカだと考えたのか、キルアに向けていた目をアスカに向ける。今にも走り出してアスカの元に接近してきそうな雰囲気だ。
「……へぇ、治癒力高いね」
そんなケルベロスの体は先程銃弾で与えた傷が無くなっていた。ちまちまと攻撃してスタミナを削る作戦はどうやら不可能らしい。
「あの犬から私の魔力は感じられる?」
──魔力は感じているが徐々に薄れている。消化されているのだろう。
「わお。じゃあ、ただ撃ちまくってもケルベロスのお腹が膨れるだけと」
──そういう事だな。
ケルベロスの治癒力は意外と高く、アスカの銃弾程度では数十秒もしないうちに傷口は塞がってしまう。そして、もし命中して体内に侵入した銃弾はケルベロスによって消化される。
ここまでの情報がわかれば大抵の人は銃は通用しないと思うだろう。しかし、『銃弾が僅かな時間だけでも体内に残る』という情報がアスカにとってケルベロスに致命的なダメージを負わせる方法を思いつかせる。
「ちっ、あの爪さえなければ……」
「あれだけ硬いんだから破壊は諦めて」
「だがしかし……」
「いい作戦思いついたからとりあえず注意を逸らさせて」
「……その作戦とやらの成功率は?」
「お前がミスさえしなければ確実」
「よし、乗った!」
キルアはその確実という作戦を信じて先程と同じようにケルベロスに突っ込む。そしてアスカに向いているケルベロスの注意を自分へ逸らさせようととにかく攻撃を仕掛ける。
「ガゥ!」
何度も攻撃を仕掛けてくるキルアを流石にしつこいと思ったのか、デュランダルを防ぐために使っていた右足の爪でキルアを引っ掻く。そしてその引っ掻き攻撃をデュランダルで受け流す。
「まだ……」
アスカは確実に1発が命中するそのタイミングをじっと観察して見極める。どうにかして両爪を抑えてくれれば確実に銃弾は当たるがあまり期待はしていない。とても1人でするには難易度が高すぎるからだ。
──それで、大体することはわかったが本当に我の力は不要か?
「大丈夫。消費する魔力は多いけど中を破壊するには十分過ぎる威力だから」
そろそろその時が来るだろうと予測したアスカはM24のマガジンを抜き、装填されている銃弾を全て取り除く。そして新たに生成した銃弾を1発だけ装填する。
「ハアッ!」
アスカがケルベロスの隙を狙う中、その隙を作ろうとケルベロスと応戦するキルア。どうにかして爪での攻撃を封じようとするが上手くいかない。
「その攻撃を当てる為の隙は一瞬で問題ないか?」
「ノープロブレム。一瞬あれば十分」
「フッ、それは良かった」
その瞬間、キルアの雰囲気が突然変化する。しかし、この雰囲気をアスカはさっき経験したことがあった。これは大技を使った時の雰囲気と全く同じだ。つまり、今からキルアがするのはさっきの技か或いはそれ以上の技だ。
「我が聖剣デュランダル、今こそ更なる殻を破り捨てろ『セカンドリミットブレイク』」
キルアがそう言うと、デュランダルがアスカに放った技と同様にその能力を己の刃に収束させる。アスカに放った技の時はこれで終わっていたが、今回の技には先があった。
「収束せし斬を纏い、それを飲み込み己が力とせよ」
デュランダルに纏われるデュランダル自身の能力がその刃に飲み込まれるように吸い込まれていく。そして全てを飲み込んだデュランダルの刃はいつも以上に輝きを増していた。
「ガアゥア!」
ケルベロスは何かヤバいと本能的に察知したのか急いでキルアに向けて接近するが、同時にもう遅いと理解する。
「『デュランダーナ』──!」
そしてキルアはまるで黄金のような輝きを持つデュランダルを振る。それを防ごうとケルベロスは自身の爪でデュランダルの刃を受け止める。
「ギャン!」
デュランダルの刃とケルベロスの爪がぶつかった瞬間、ケルベロスが今までに発したことの無い悲鳴をあげる。なんと、あの先程までデュランダルの刃では切れなかった爪にヒビが入ったのだ。
その驚きと若干の痛みからケルベロスは怯んでしまう。そしてその隙をキルアは見逃さなかった。
「ぶっ飛べっ!」
キルアはそのままぶっ飛ばすようにケルベロスの爪を弾く。その反動からケルベロスの体幹が崩れ大きく隙を晒してしまう。
「今だ!」
「わかってる!」
その隙を狙ってアスカはM24の引き金を引いて発砲する。放たれた銃弾はそのまま真っ直ぐにケルベロスの胸に命中する。
しかし、ケルベロスはその銃弾を受けてもなお怯む程度で体勢を立て直した。
「なっ、失敗!?」
「落ち着いて。それに、失敗じゃないから」
ケルベロスはここまでされれば流石に堪忍袋の緒が切れたのかブチ切れる。そしてドタドタの全速力でアスカの元に走って来る。
「まだ戦意があるところ悪いけど……」
アスカは右手の指をパチンと鳴らす。するとケルベロスの体がビクッとした後に突然走る足の力が抜けたように倒れる。その口からは血が出ており、目は白目を向いていた。
「この戦いは私が既に勝ってるから」
何が起こったのかわからないが、ケルベロスは今この瞬間に絶命したのだ。
冥界の番犬(今だけ首は1つ)




