第59話 変化の裏側
あけましておめでとうございます
店の外に出てアスカはすぐに町の出入口に向かって足を進める。
できるだけここには長居したくない。さっさと出て行ってしまおう。アスカの心はそんな気持ちで埋め尽くされていた。
──貴様、同じような武器を持っているだろう。何故それを購入した?
「近づかれた時のため。近距離戦にサバイバルナイフ1本ってのは少し不安だから」
──臆病者だな。だが、臆病者なりの良い判断だ。
「はいはい。どうせ私は臆病ですよ」
──まあいい、買う物は買ったことだ。さっさとこの街から……。
「……どうしたの?」
突然言葉が止まったことにアスカは疑問を抱き、すぐにその理由を聞く。こういう言葉が止まる展開というのは大抵面倒事が起こった時に限る。
──長居しすぎたな。
「どういう……!」
その瞬間、アスカは何者かが追ってきているのか背後から気配を感じた。気配と言っても、この街には数え切れないほどの人がいる。気配なんて無数に感じられるので特定の人のみの気配を感じとるなんてことはアスカにはできない。しかし今回に限っては邪悪なる竜自身がアスカの五感から感じ取った気配なので間違えているということはないだろう。
「まさか、勘づかれた?」
──それはない。なんせ、貴様の見た目は誰も『アスカ』とは判断できないようなものだ。それこそ、貴様の名前を透視できるような能力を持ったものじゃない限りは絶対にバレないほどにな。
「だったらなんで……」
──大方怪しい奴だから取調べを的な感じだ。
「どうする?」
──バレるということは無いだろうが、面倒事は起こさない方がよい。そこらで撒くか無力化するかのどちらかだ。まあ、今回の場合は無力化した方が楽ではあるだろう。
どうするかをしばらく相談した後に無力化することに決め、とりあえず場所を移動する。人を無力化と言っても気絶させるとかそういう類なので、こんな公の場所でそんな事は出来ない。
後ろから尾行してくる人が着いてきていることを時々邪悪なる竜に聞き、確認しながら目的の場所へと向かって行く。そして目的の場所であるセヴィオルナにある細い路地裏への曲がり角を曲がる。その後その路地裏にあった物陰に隠れる。
「くそっ、どこに行った……?」
路地裏に着いたアスカを尾行していた人は突然見失ったことで当たりを見渡している。声からして性別は男性。そしてアスカには聞き覚えのないことから知り合いという関係を持つものでないことがわかる。
その人がアスカの入った路地裏に足を踏み入れ、ある程度の所まで歩いて行く。そしてアスカの隠れる物陰を通り過ぎた瞬間、アスカは先程購入したハンドガン──ベレッタ92をその人の背中に突きつける。
「動かないで」
「っ………」
アスカが何故この場所を選んだのか。それは簡単で、単にこの路地裏が光が入りにくい構造上、辺りは暗く見えにくかったからだ。それにアスカの着ているローブは黒色なのでこの場所には闇に溶け込むように隠れられ、なおさら見つかりにくくなる。
「さっきから追っかけて来てたみたいだけど、何が目的?」
「……アンタ、何者だ?」
「質問してるのは私。返答しないなら、殺しはしないけどしばらく眠っててもらう」
「ふっ、脅迫か。まあそれはいい。目的はアンタの身元確認だ」
「私はただの旅人。どうして身元なんて確認する必要なんてあるの?」
「アンタが妙な魔力性質を持っているからだ。この町の魔力探知結界に引っかかってんだよアンタは」
「魔力探知結界?」
その男の口から出てきた『魔力探知結界』という未知の言葉にアスカは疑問を抱いた。アスカが最後に来た時にはなかったものだ。一体その魔力探知結界とは何なのであろうか。
「この町の周りにある入って来た者の魔力性質を調べる結界だ。普通の魔力性質なら反応はしないが、アンタみたいな異質な魔力性質に反応する結界だ」
「それが何。異質だったとして、何か問題があるわけ?」
「特に問題はない。だがそれはあくまで町が、ということでこちら側しては良い意味での問題だ」
「こちら側……お前こそ何者だ?」
明らかに普通の人では無いと思ったアスカは声を低くしてさらに問い詰める。
先程言った「こちら側」という発言からは、今アスカの目の前にいるこの男とは別に同じ目的を持った別よ人がいるような言い方だ。それも、その言葉は大体多人数の時に使う言葉だ。
アスカはこの男が持つ質問をペラペラと話す程の余裕と自身が知らない謎の組織の存在から、やはりこの町を早々に出るべきだと改めて思った。
「言う訳には行かない。それは裏切り行為だからな」
「そう……だったら」
「それと、一つだけいい事を教えてやる」
「いい事?」
アスカが聞き返した瞬間、突然誰もいなかった路地裏を包囲するようにガラの悪そうな男達が現れる。いつの間にこれだけの数がこの場所に集まっていたのだろうか。
「今優勢なのはアンタじゃない。俺達だ」
ドヤ顔でアスカの目の前にいる男がそう言うと、周りからは気味の悪い笑い声が聞こえてくる。一体何がどうなってこんな変人達が増えたのだろうかとアスカは思う。
アスカが最後に来た時にはこんな連中はいなかった。何故なら、こういう連中達はギルド側が取り締まっていたからだ。ギルドで受けられるクエストにも『不審者の確保』というものがあった。しかしどういうことか、今この街でそんなクエストを行うどころかクエストを出さずに放置している気配がある。本当にどうしてしまったのだろうか。
「さあ、早くそいつを下ろしな。そうすれば手荒な真似はッガ!?」
「ちょっとうるさい。不快」
とりあえずこの場をどうにか切り抜けるための手始めとして目の前にいた男を銃の底で思いっきり殴り気絶させる。ふとアスカはこんな程度で気絶するものなのかと思った。
「や、やりやがったなこの小娘が!」
「何を言っているの? お前達が今ここにいるってことは、逆に私にやられるかもしれないっていう覚悟をしてたってことでしょ?」
周りにいる連中に向けてそう言い、また同時にアスカと連中との力量の違いをわからせるために威圧する。だが決して殺気は漏らさない。殺気とは、漏らせば漏らすほど自然と体が力んでいきしまいに隙を晒してしまう。戦いにおいて大事なのは落ち着き──つまり冷静さだ。自身の身を守るためとはいえ、あくまで防衛だ。殺すことを考れば考える程冷静さを失うとアスカは一年前に学んだ。
もうあの時のアスカ・ハクノではない。もうあの時の、人に脅え恐怖し貧弱であったアスカではもういない。
「ほら、どうしたの。私に何かするんじゃなかったの?」
「っ……調子に乗りやがって!」
連中の一人が前に出てくると、それに続くように他にもいた人達が前へと出てくる。この路地裏は一本道なので来る方向は前と後ろのみ。それがわかればアスカにとって対応なんて簡単だ。
アスカはベレッタ92に加えて腰に付けていたコンバットナイフを逆手でもう片方の手で握る。
「安心しな、峰打ちにしといてやるよォ!」
そう言って連中の一人が持っていた剣を振り上げた瞬間にアスカは事前に構えていたベレッタ92を柄に向けて発砲し、命中すると男はその反動で剣を手から離してしまう。
そして武器が無くなり無防備になった男にアスカは走って接近し、首元に刃を逆に持ったコンバットナイフで殴る。そのまま次に来た男に対しては短剣を振ってきたところをコンバットナイフで受け止めた後に受け流し、そのまま頭を掴み地面へと叩きつける。
そして数分が経つ頃には、攻撃してきた連中の9割が戦闘不能になっていた。
「さて、後はお前1人っと」
「この化け物め……!」
最後の勇気を振り絞って斬りかかって来たが、その攻撃もアスカにとって避けることは容易く、振り終えた後にできる隙を付いて飛びついて押し倒す。そして顔を上げようとした瞬間に首元にコンバットナイフを構える。
「ぐっ……」
「どうして魔力性質が異質な人を追うのか、教えて」
「……それを教えて何になる?」
「わからない。だけど、お前達みたいな私を追う人がいるというのは少しめんどくさいから早めに潰しておこうと思ってる」
「潰す? それは無理だな。なんせ、今やあの人はこの世界の中心だ。つまり、潰すということはこの世界を敵にするってことだぞ?」
その質問に対し、アスカは口角を吊り上げながら返答する。
「……もう既に、私はこの世界の敵だ」
アスカがそう言うと、男は何かに気がついたようなハッとした表情に変わる。
「世界の敵、その戦闘能力、そして当時未だに解明が進んでいない銃と短剣を使う。なるほどな、そりゃ勝てねぇわけだ。なんせ、相手があの大罪人なんだからな」
「………」
「その顔、髪色が違うが例の手配書と瓜二つだ」
「そんなことはどうでもいいから、早くその人について教えて」
「それは不可能だ。俺達はそいつに雇われたただの捨て駒。捨て駒に教えられる情報なんて結界に反応した奴を捕まえろっていう簡単なものだけだ。捕まえた後に何をするかはわからないな」
「そう」
質問を終えると、アスカは構えていたコンバットナイフとベレッタ92をしまう。そして立ち上がり、体を元いたセヴィオルナの通りへと向ける。
「なんだ、眠らせねぇのか?」
「聞くことは聞いた。ただ無駄なことはしたくないだけ。お前も1人とその力量で私には勝てないってことくらいはわかってるでしょ」
最低限の動きで対応していたが、流石にローブで顔を隠すことを維持することはできなかった。だが、いずれはバレる。今回の場合はただバレる時期が早かっただけに過ぎない。もし広められたとしても、その情報に確証はない。面倒事になることはないだろう。
「っていうか、いつから私は大罪人なんかになったの?」
「一年くらい前だ。それより、どうして突然姿を現した」
「お前に教える筋合いはない」
何も知らないただの男に自身の情報を教えたところで何にもならない。教えられる……いや、教えたい人達以外には、話したところで意味なんてない。
そもそも、あれだけのことをして受け入れてくれるかはわからない。いや、受け入れてはくれないだろう。許してもくれないだろう。だからアスカは、できれば生涯あの人達とは会いたくない。
「うぅ……」
寂しい、謝りたい、悲しい……様々な感情が現れるが必死に抑える。たまには逃げてもいいじゃないか。
アスカはとりあえずこの場を早々に離れようと、路地裏から出てそのまま街の外に向かって歩き始めた。
「もしかするとこりゃ、世界が動く前兆なのかもしれんな……」
アスカが路地裏から去ってすぐに男はそう呟いた。確かに、謎の組織の存在。そしてアスカの目覚め。これらは果たして偶然重なり合う出来事だったのだろうか。
誰もそんなことに確証を持てない。しかし、男が言う「世界が動く前兆」というのはあながち間違いではないのかもしれない。




