第57話 一年の歳月
とある森の中。通常のクエストも兼ねてレンとソニアはアスカを探していた。いや、アスカを探すついでにクエストをしていると言った方が正しいか。
「何かありました?」
「何も無いわ。手掛かりひとつ」
「……かれこれ1年が経過しました。これでも見つからないとなると」
レンは少し暗い声で言いながらソニアを見る。しかし、そんなことなど関係ないのかソニアは無視する。
「そう思うなら、あなたもアスカを探すのはやめなさい」
「……ひとつ聞かせてください」
「何?」
「どうしてそこまでして探すんですか? 僕はただ憧れの人を見つけたいという理由で探しています。しかしソニアさんの場合、明確な理由がわかりません」
レンがそう質問すると、ソニアはその場で立ち止まり上を見上げる。その視界に移るのは木の枝に繋がる葉と、その隙間から微かに見える青空だけ。
だが、どこかソニアは何か別のものを見ているように感じる。
「強いていえば、私自身が決めたことを守るためよ。たったそれだけの理由」
そしてまた歩き始める。「そうですか」と一言言った後にレンもついて行く。
アスカが姿をくらましてから1年と少しが経過し、その間に世界は大きく変わった。
1年前に村の住民が突如として何者かに虐殺された。世界ではこの事件の首謀者を当時謎の失踪をしたアスカ・ハクノだと疑い指名手配。しかし半年間目撃情報が1つも無く、ギルドマスターが変わり次第に事件は首謀者死亡というこの世界が納得する形で終止符を打たれた。
ギルドからはそう結論付けられたことで、ほとんどの冒険者達は首謀者確保時に貰える膨大な報酬金を諦めいつも通りの生活に戻った。しかしごく僅かな冒険者は未だに報酬金を諦めずに探し続けているらしい。
それに対してソニアとレンの場合は、個人的な理由でアスカを探している。そして、アスカを報酬金目的ではない理由で探しているのは2人だけではない。
***
2人がいる森とはかなり離れた砂漠。そこに、根本的な理由は違うが同じく個人的な理由でアスカを探す者がいた。
「あづいぃ……」
「黙ってろ」
「もう少し心配してくれても良くない!?」
砂漠を歩くのは2人組の男女。1人は未だに謎が多い男のシロウ。そしてもう1人が、1年前にアスカと契約していた人の姿をした竜のクロであった。
「わざわざ俺が金出してお前用の服を買ってやったんだ。それくらいは我慢しろ」
「でもこれ厚着じゃん。逆に暑いってば」
「それでも砂漠では薄着だ。砂漠での敵は日光と紫外線だ。それらから守るための服なんだから少しは我慢しろ。それに、厚着はまた別に買ってある」
「厚着なんて買う意味ある?」
「砂漠は昼間と夜の寒暖差が大きい。今は暑くても夜なんかは嘘みたいに冷え込むぞ」
「ふーん」
この砂漠に入ってからまだ数時間しか経過していない。故に、基本的に森に住んでいたために砂漠の知識なんて全くないクロには、今はシロウの言う言葉が信じられなかった。
「それより、一体いつまで歩くの?」
「何も起こらなければざっと1日だ。ちなみに休憩を挟んでの計算だ」
「1泊するのは決定なんだ……」
「ん、何だ?」
「いや、今夜私と貴方の2人で寝るって考えると……ね。うっ、暑いのに寒気が……」
「失礼だなお前」
水はかなり多めに持って来ている。事故さえなければ砂漠を抜けてもまだ水分には余裕が持てる。
本当にこんなにもいるのかと思うだろうが、水がほぼ見つからない砂漠において水とは何よりも大事だ。これが無くなれば砂漠で1泊するどころか砂漠を歩くことすら困難だ。
水が多いに越したことはない。それほど重要なのだ。
シロウ達が砂漠をゆっくりと歩いていると、突然地面が揺れ始めた。
「うわっ!?」
「……事故発生だな」
「落ち着きすぎじゃない!?」
何故シロウは落ち着いているのか。と言うよりも、こうも突然の揺れに冷静なのか。
その答えは簡単。シロウはこの状況を1度と言わず幾度となく経験しているからだ。慣れとは恐ろしいものである。
「キュァアアーーー!」
一瞬だけ地面の揺れが収まったかと思えば、次の瞬間にシロウ達がいる場所から少し離れた辺りの地面から何かが飛び出してきた。それは並の魔獣よりも大きい体と三本の角が特徴の魔獣であった。
「今の揺れはアイツが地中を移動していたからってことか……」
クロが飛び出してきた魔獣について観察し解析していると、横でカチャカチャと何かを準備しているシロウの姿が目に入った。
「よしっと」
「って何してるの?」
「質問に答える時間がもったいないから簡潔に言うと……」
その瞬間、シロウは飛び出してきた魔獣に刀を持って向かって走り始める。その行動にクロは驚きを隠せなかった。
それもそうだ。クロ自身は砂漠の知識がないと同時に、砂漠に生息している魔獣の知識もゼロだ。だからシロウがとった行動の意図がわからず、クロには戦闘狂が魔獣を倒しに行くという光景にしか捉えられていない。
「あいつが今日の晩飯だ! 取り損ねると晩飯抜きだぞ!」
「はぁ!?」
今日の晩飯──つまり晩飯だ。大事な事なので2回言った。
どういうことかと言うと、砂漠では砂漠外から持ち込んだ食料は暑さで腐りやすい。だからシロウは食料は乾燥類以外は持ち込んでいない。
しかし、それで腹が脹れるかと言われれば膨れない。だったら現地調達するしかないではないか。
何を言おう今シロウが倒そうとしている魔獣の肉はこの砂漠の暑さにも耐えるのでこの昼間の砂漠では長持ちする。味は微妙だが、餓死するよりかはマシだ。
「あいつを逃せば今夜は絶対に腹は膨れない乾燥した非常食を食うことになるぞ!」
「肉は食べなきゃ!」
元々人間と同じ雑食のクロは肉を食べたい。というか、お腹いっぱいにご飯は食べたい。その事で頭がいっぱいになっている2人は今夜の食糧である魔獣の肉を剥ぐために魔獣を討伐しに向かうのであった。
このように、それぞれ1年前とは違う目的でそれぞれが動いていた。そしてそれは、世界を大きく替えた事件の首謀者と言われた彼女もまたそうである。
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とある森の中。そこには人気が全くなく、ただただ静けさだけがあった。
1年間行方が全く目撃情報がなかった彼女──アスカ・ハクノはそんな森の中にいた。
──今日で眠りについてから1年が過ぎた。そろそろ起きろ。
「……ん」
アスカはうっすらと目を覚ます。そして寝ていた体の上半身を起こす。
「ふぁー、おはよ」
──呑気だな。いや、1年も眠っていれば気も抜けるか。
一言挨拶を済ませると、アスカは眠っていた木の幹の上から降りる。そして体をぐっと伸ばす。
「うーん、髪の毛伸びたなぁ……」
眠りにつく前は肩より少し長いくらいの長さだったのに、今ではもう腰辺りまで伸びている。このことが、よりアスカに1年が経過したということを実感させる。
「にしても、ここまで良くなるとは思ってなかった」
──わざわざ1年間を回復に費やしたんだ。良くなっていないわけがない。
先程から話に出ている「アスカの眠り」だが、簡単に言えば能力の使い過ぎによるダメージの回復だ。流石にクロとの契約時に消えた魂の1部は戻ってこないが、力の反動によるダメージは完全に回復できた。
そして、何故誰もこの1年間アスカを見つけられなかったのか。その理由はこの「眠り」の他にもう1つある。それは……、
「グルゥ……」
「久しぶりレジェ。1年ぶりだね」
アスカが話しかけているのは、まるで雪のような銀色の鱗を持つレジェンドドラゴンと呼ばれる人間がおとぎ話にするほど有名なドラゴンだ。実際の名前はまた別にあるのだが、いきなり名前呼びなんて失礼だと思ったアスカはレジェンドを略したレジェと呼んでいる。
その他にも、アスカの目の前には人間達が幻や伝説上の魔獣がわんさといる。
そしてこの森自体も人間の中では知る人こそいるが行けた人は1人もいない。ここはそんな場所なのだ。
「……髪以外は何も変わってないね」
──当然だ。なにしろ体自体は永遠の眠りにつかないように寝る前の状態で固定していたからな。
「それなら髪だけ伸びるのおかしくない?」
──この森の生命力でも吸っていたのだろ多分。
「信憑性に欠けてる」
伸びた前髪を少し前にソニアと一緒に買って結局今日まで使わなかったピン留めで髪を抑える。
アスカ自身、別に髪を切ってもいいと思っているのだが、髪を切っては素顔が見えてしまいアスカだということを認識されてしまう。恐らくギルドに追われる身になっているのだと考えているアスカには、この伸びた髪は正体を隠すのには打って付けだ。
「あ、そうだ。髪って染められる?」
──可能だが、何故だ?
「この世界では髪色が黒い人は限られてる。この黒髪が原因で私の正体がバレたなんてことにはなりたくない」
この世界には黒髪黒目という人間は極めて少ない。というのも、この世界での黒髪黒目の人間は確実にアスカと同じ転移者。何故ならば、この世界出身の人間に黒髪黒目は全くいないからだ。
それを兼ねて、アスカは正体を隠すために髪色を変えることを提案した。髪色を変えれば、もしも素顔を見られて疑われた時に誤魔化しが効く。
正体を隠すのならば徹底的に。それがアスカの考え方だ。
「色は……」
しかし肝心な髪色で迷う。髪色を変えるからと言って馬鹿みたいに派手なのは結構。在り来りな髪色が望ましい。
だが在り来りな髪色だとしても様々な色がある。挙げるのならば金髪とか銀髪とかその辺だ。
「私のイメージカラーは?」
──黒とかか?
「変わんないじゃんそれじゃあ」
うーん、と首を傾げて考えている途中にレジェンドドラゴンがアスカの背中を口で摩る。レジェンドドラゴンの単に相手をしてくれなくて構って欲しいことからの行動。
そんなレジェンドドラゴンをアスカはじっと見つめる。
「よし、この色でいっか」
──決まったのならば勝手に想像しろ。後は仕上げてやる。
「了解」
邪悪なる竜の言葉に従い、アスカはその色を想像する。アスカ自身はただ想像しているだけなので、自身の髪色が変化しつつあることに気付いていない。
──いいぞ。
「ん、おー。ホントに想像通りの色に変わってる」
アスカが想像した色は、レジェンドドラゴンのイメージカラーである雪のような銀色だ。何故この色にしたのか。
黒の反対の色と言われればどう答えるか。そう、白だ。何が言いたいのかと言うと、恐らくアスカを知る人物は特徴を元に捜索している。そこで現在の髪色とは真逆の色にすることで1つの特徴を潰せる。と言っても、あくまで白に近い銀色になっているが。
それに加え、この世界では髪を染める手段が現時点では存在しない。
つまり、この世界では髪色を変えるという行為自体は老化以外では起こらないと考えている。だから恐らくは、まだ20歳にもなっていないアスカを見ても誰もアスカだとは思はない。思ったとしても、ただのそっくりさんと言った程度だろう。
口調に関しては1年前から自然と変わっていき、今では生まれつき女性と言っても誰も疑わないので問題ない。
──これからどうするつもりだ?
「適当に歩いとく。そして、敵だと思った奴は容赦なく殺る。まあこんな感じの方針」
「グゥ」
アスカがそう言って森の外に出ようと歩き始めようとすると、レジェンドドラゴンが首を下げる。そしてアスカに話しかけるように声を出す。
「……もしかして、乗せてくれるの?」
そう質問するとレジェンドドラゴンは頷く。
確かに、歩いて動くよりもドラゴンの背中に乗って森の上を飛んだ方が迷わないし体力も使わない。それに、上空ということで景色もいいだろう。
そう考えたアスカは「ありがとう」と言った後に首を伝ってレジェンドドラゴンの背中に乗り、がっしりと背中を掴む。落ちては大変だからだ。
レジェンドドラゴンはアスカの動きが止まり、しっかりと乗ったことを確認すると翼を羽ばたかせ、森の上空へと飛び立った。




