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第53話 憎悪

本日2話目です。

 ローブを着た人達によってナチュランの村が襲撃を受けている中、シロウは今出せる全速力で世界の狭間を通ってナチュランの村へと向かっていた。


 その移動方法は特殊で、普通に走るというかは地面に足が着いた瞬間に足の裏に集中させ魔力を爆発させ、普通の走りよりも早い速度で走っている。

 その速度は秒速で約15m。それにより、本来ならば世界の狭間を通っても24分程度はかかる片道をかなり短縮することができる。


「チッ、通話を切りやがって……。にしても、あの様子じゃあ少しまずい」


 シロウとは違い、アスカは目の前の人を必ず助けるタイプの人間だ。通話を切ったのも村の人は犠牲にするというシロウの方針にこれ以上我慢できなかったからだろう。


「あの間抜けめ……、今のお前が奴に挑んだところで勝てるわけないだろうが……!」


 とにかく今は急いで向かうしかない。手遅れになってしまえば、それこそ事の後始末が面倒だ。

 シロウはまっすぐ念のために通話結晶に与えておいた己の魔力を頼りに世界の狭間を走って行った。


 一応後ろからレン達もついては来ているが、さすがのこの速度には追い付けずにいた。


「一体どうしたの?」


「……恐らくは、ナチュランの村にアスカさんを狙う何者かが襲撃したのだと思います」


「襲撃!? でも、アスカちゃんを狙うってどうして?」


「わかりません。しかし……」


 レンは自分達よりも遥かに速く走り見えなくなったシロウがいるであろう方向を見る。


 ──あの男は何かを知っている。


 そうレンは確信していた。


「とりあえず、今は急ぎましょう。シロウさんがまっすぐ進んでいるということは、僕達もこのまま進めばシロウさんが作った出口から出られると思うので」


「……今更だけど、いつまでここを走るのかしら?」


「約1日分は走りますね」


「……所々で休憩を挟みましょ」


「休憩はしますよ。そうでもしないと着く前にこっちがバテちゃいます」


 普通に走るよりも楽で速いシロウにを羨ましく思いながら、2人はしっかりこの空間を1日分の時間をかけて走ってナチュランの村に向かうのであった。




****




 村から少し離れた所にいたアスカはリーダーの男に、村を守るために戦い戦闘不能にまでやられ倒れているベルトロス達の所まで連れてこられる。そして、そのまま首元を掴まれる。


「うぐ……かはっ……」


「はっきり言っておこう。私が欲しいのはお前ではない。お前の持つ竜の力だ」


「竜……?」


「あの時は邪魔が入って全て抜けきれなかったあの竜だ。お前が契約したことも知っている」


 ──一言も話していないどこでその情報を知り得たのか。

 アスカの脳内ではその疑問とこの状況を脱する方法で頭がいっぱいだ。


「あれだけ本気で殴ったと言うのに吐血1つしない……なるほど、治癒力もあがっているということか」


「だったら何だ……、俺にクロを……売れってのか……!?」


「そうだ。そのクロとやらを引き渡してくれれば私は君達に危害は加えない。最も……」


 リーダーの男がアスカの顔を無理矢理振り向かせると、そこには他のローブを着た人らがベルトロス達の首元に剣を構え、断れば村の住民達が殺されると容易にリーダーの言いたいことを理解できた。


 しかし、もしもこの男にクロの力を全て抜くと何が起こるのであろうか。そして、力を失ったクロはどうなるのか。


「安心しろ。私もそこまで鬼ではない。今すぐに決めろとは言わない」


 男はアスカの首から手を離すと、アスカの周りに残ったローブを着た人らにボウガンを構えさせる。


「30秒だけ時間をやろう。その間に決めるがいい。もしもそれ以上の時間が経てば……」


「経てば……なんだよ」


「──容赦なく皆殺しにする。勿論、お前を含めてな」


 わかっていた事だが、まさかこんなアニメとかでよくある選択を、まさか自分がする時が来るとは誰が思ったであろうか。

 しかし、与えられた時間はたったの30秒。恐らく、この状況を脱する方法を思いつかれては困るからであろう。それに加え、短い時間ということで焦りを感じさせ冷静な判断ができないようにするためでもある。


「……クロ」


『わかってる。でも、契約している以上私はお姉ちゃんから離れられない』


「……契約を解除すると、どうなる?」


『私と契約する前のお姉ちゃんに戻る。でも、私の力を1度でも使った以上精神は不安定になる。精神が削られても安定させていた私がいなくなると言うことはそういうことだから』


「あと15秒」


 つまり、どの道アスカには普通に生きるという選択肢はない。

 今ここで死ぬか、己とクロを犠牲にし村の住民を守るかのどちらかしかない。


 きっと、シロウの言っていた「選択」とはこれのことなのだろう。そして恐らく、クロを引き渡せばシロウの言っていた「最悪の世界」に向かうのだろう。

 だからと言って、アスカには村の住民や冒険者、そして自分自身を犠牲に世界を救うなんてことはできない。


「残り7秒」


『お姉ちゃんがしたいようにして。私はどんな選択をしても後悔しないから』


「クロ……」


「残り5秒──」


「わかった」


「話はついたかな? それじゃあ、聞かせて貰おうか」


「俺は──」 


 アスカは決めた。この選択に不満を持つ者がいたとしても、そんなことはどうでもいい。

 選んだのは自分だ。今回ばかりは他人に頼らずに自分1人で考えた。恨むなら勝手に恨め。


 そして、アスカがこの30秒という短い時間の中で出した答えは──


「クロとの契約は解除する。引き渡す。だから、もうこの村には危害を加えるな」


 クロとの契約を解除し、ここにいる人達を救うことだった。


 アスカはクロに対して罪悪感はあったものの、やはり何の罪も無いただ普通に過ごしていただけの人達と一緒に死ぬなんて自分勝手なことはできなかった。

 所詮人間というのは、1を捨てて残った数多い人々を救うという考えしかできないのだ。


「そうか。まあ、当然の答えだな」


「先に村の人達を解放しろ」


「何を言っている。私の要求はその竜を()()()()()()だ。契約を解除すれば解放してやる」


「……クロ」


『……わかった』


 その瞬間、急な脱力感がアスカを襲う。そしてそれと同時に、アスカの体の中からクロが出て来る。


 ──契約を解除したようだ。


 今のところは精神が不安定にはなっていない。しかし、心臓の音が激しくなり、軽く過呼吸を起こしている。それにどことなく、妙な不安感がある。


「契約は解除したわ。これで満足?」


「よし。ならば解放しよう。ただし」


 ──その時、アスカの背後から生々しい切断音と共に何が落ちる音が幾つも聞こえた。


 アスカはものすごく、今までに感じたことの無いほどの嫌な予感に襲われた。どうか、その音が倒木の切断音で、果実が落ちた音だと思いたかった。


 しかし音がした方に振り向くと、そこには──


「死体としてだ」


「どういう……ことだ……?」


 村の人達が1人残らず首や体の至る所を切り飛ばされ、もう誰が誰かもわからないほどにズタズタにされた死体が大量に転がる、地獄絵図とも言える光景が広がっていた。


 子供も、その両親も、ギルドにいた冒険者も、受付の人も。そして、ベルトロスも。


「お前、話が違うじゃない! 私とお姉ちゃんが契約を解除したら」


「──危害は加えない。確かにそう言った。しかしタイムオーバーだ」


「タイムオーバーって、しっかり時間は」


「誰が30秒以内に決めたらタイムストップなんて言った? お前らが契約の解除がどうこう言っている間にも時間は進んでいた」


「お前、私達を最初からこのつもりで……!」


「冷静に判断すればすぐにわかることだ。それがわからなかったということはつまり、お前達が悪いのだ」


 クロはまんまと騙された自分と何もできなかった自分に対して怒りを感じ下唇を血が出る程に噛む。今すぐにでもこの男を殺してやりたいと憎悪の気持ちに溢れていた。


 そうだ。冷静に考えればそもそもこの男の要求を飲めば助かるなんてのはただの思い込みだ。

 実際は嘘偽りない気持ちで話しているという保証も、そもそも殺さないという保証もない。30秒という時間が男の思惑通りに働き、アスカ達は 冷静な判断ができなかったのだ。


「ぁあ………」


「お前が逃げ隠れもせずに大人しく捕まっておけばこんなことにはならなかった。違うか?」


「おれが……もっと、れいせいになってさえいれば……」


「まずい、お姉ちゃん! 聞いちゃダメ!」


「本当にそれだけか? そもそも、お前が契約さえ……いや、生きてさえいなければこんなことにはならなかった。そうだろ?」


 この男が言うことは正しい。何も間違ってはいない。この事態の根本的な理由はアスカにある。


 あの時、ただいつも通りにディアボロスを倒せば。

 あの時、クロと契約さえしなければ。

 あの時──


 アスカは今までの自分の行為に後悔していた。自分がこの世界に転移したことや、生まれてきたことでさえも。


「さて、私の目的は終わって。そう言えば、君達は彼女の体を目的としていたな」


「ちょっと待って。貴方達最初から仲間じゃなかったの!?」


「協力関係と言って欲しいね。私はお前を。彼らはあの女を。目的は違っても過程は同じだ」


「貴方だけ雰囲気が違ったのは、そもそも仲間じゃなかったから。リーダーも何も無い……ということね」


「戯言は終わりだ。さっさと力を貰うとするか」


「くっ……」


「おっと、変な気は起こすなよ。今すぐにでもこの女を殺すことだってできるんだぞ?」


 絶体絶命……というかは、もう敗北したも同然。これは誰もが予想できなかった最悪最低のパターンだ。

 アスカに戦えるほどの気力はもうない。クロも己の力の4分の3を持つこの男に勝てるかと言わられれば不可能だ。


 アスカは弱々しく何かを呟く。それ同時に涙を流す。立ち上がる気力もなく、いつ精神的に壊れてしまってもおかしくない。


 そこに、つい数十分前にセヴィオルナを出たシロウが到着した。しかし、もう事態はどうしようもない状況だ。


「遅かったか……!」


「今更登場か? 遅刻するにも程があるな」


「またお前か。というか、お前は何者だ」


 シロウがこの男の正体を知らないということは、この男はシロウがこの世界に来た影響で起きてしまったイレギュラーなのだろう。

 そして、何故この男はそこまでクロの力を欲するのかが、シロウにはわからない。


「そんなことはどうでもよかろう。だが、お前は私にとってはとても迷惑な存在だ。ここで始末させてもらう」


「やれるものならやってみろよ。こっちはまだすることが残ってるんだ。あの世にそれを宿題として持っていきたくはないね」


 お互いに攻撃態勢に入る。流石にこの状況でクロの力を抜き取るのは難しいのか、男がクロに触れる気配がない。


「死ね」


「死ぬわけねぇだろうが」


 男の手に大きなエネルギーが溜まっていく。恐らく、この辺りの冒険者達を一掃した攻撃だ。それも、1度目を上回るほどの大きさとエネルギー量だ。

 目的は果たしたということで協力関係が消えた今、別に周りの人間がどれだけ死のうと関係ないのであろう。


 そして、男がチャージが完了きたエネルギー弾を放とうとするが、それよりも前にシロウにも感じるほどにブワッとその場の空気が変わった。男もこの状況に首を傾げたところを見ると、どうやらあの男の仕業ではないらしい。


「な、なんだ!?」


「急に雰囲気が……それに、この体から出るものオーラは……?」


 妙な発言が聞こえた。シロウにとってはとても良くないと思う発言だ。

 体から出るオーラという時点でかなり嫌な予感がしている。今すぐにでも目の前の男からアスカの方へと優先順位を変えたいくらいにだ。


「何やら焦っているようだが、彼女かどうかしたのかい?」


「……正直に言おう」


 シロウが言おうとした途中、さらにアスカから猛烈な殺気が溢れ出る。そしてそれに比例してオーラも大きくなる。


 それは、クロが契約していた時に出るものよりも遥かに大きく、同時に禍々しかった。


 感じるものは憎悪。悲しみ。嘆き。苦しみ──などのマイナスなものばかり。

 ローブを着た人達も生き物としての本能が危険と察知したのか、無意識のうちにアスカから距離をとっていた。


「──今この瞬間に、事態は俺の想像を遥かに超えた。全く、やっぱり面倒なことになっちまった」


「なんだと?」


 シロウはアスカの手の痣を見てから知っていた。


 あの痣が何を意味するのかを。

 そして、どういうことが起こる可能性があったのかを。


「……………」


 先程まで立つ気力さえなかったアスカはがゆっくりと立ち上がる。ここに連れてこられる前に落としたスナイパーライフル──M24を手にして。


 アスカの持つあの痣は決して、シロウのような器の証ではない。あれは……、


「憎い、憎い、憎い……! 全てが、この世全ての生き物が……憎い……!」


 ──その痣は、()()()()()()()()()()()なのだ。

やっぱりこういう系の展開が好きなのって作者である私だけでしょうか……?

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