第52話 平和の終わりは突然に
突然村から聞こえた爆発音にアスカは反射的に村の方を見る。そこには、炎や氷など魔道具から放たれる擬似魔法によって、まさに壊滅寸前のナチュランの村があった。
『おい、今の爆発音はなんだ!?』
「……アイツらだ」
村から少し離れた場所にいるアスカが村に近づくと、村の中にローブを着た人達──毎度の如くアスカを何かしらの目的で連れ去ろうとする正体不明の集団がいた。
村の建物を燃やし、人を捕らえては何かを質問していた。
恐らく、アスカの居場所についてだろう。
『しくじった……。近くに村があるのならそこを襲うのは当然の考えだ』
「ここから狙撃して」
『駄目だ』
「なんで……!」
『そこから狙撃をすれば、幾ら消音だとしてもお前がいることがバレる。奴らの狙いはお前だ』
「だったら俺が見つかった方が村は無事に済むだろ!」
『そんな保証がどこにある。それに、もし捕らえられでもされたのなら面倒事じゃ済まない。今からそっちに向かう』
「向かうたって、ここから街までどれだけ離れていると思ってるんだ!?」
ナチュランの村からセヴィオルナの街までは馬車で約1日はかかる。もし剣と融合した世継刀を使って世界の狭間を通ったとしてもかなり時間がかかる。
単純計算で1日は1440分。そこに1分がこの世界で言う1秒の世界の狭間を通って行くと、ナチュランの村に着くまでに最低でも1440秒──24分はかかる。
しかも、これは馬車に乗った時の速度で計算したもの。人間が普通に走ればそれ以上の時間がかかる。
それに、その間にあのローブを着た人達が村の住民をただ捕らえておくなんてことはしないだろう。
『通話は切るな。いいか、絶対に狙撃はするな』
「っ………わかった……」
現状ただやり過ごすしかないことに腹を立てる。
しかし、確かにシロウの言うことは正しい。シロウはもしもアスカが捕らえられたらどうなるのか、という未来を知っている。後々面倒なことを起こすくらいなら、今は我慢してもらうしかない。
村の住民を犠牲にし、アスカがローブを着た人達に捕えられるのを阻止し、この世界をシロウが知る最悪の世界に至らせない。
少数を犠牲にし多数を救うという、人間では誰しもが持つ考えだ。
『どうしたんですかシロウさん?』
『急用だ。ユノス、変異種については任せた』
『ん、おう』
『僕もついて行きます』
『私も行くわ』
『勝手にしろ。今は一分一秒が惜しいからな……!』
風を切る音が聞こえ、そこから猛烈な風の音が通話結晶から聞こえる。一体どれだけの速度でこっちに向かっているのだろうか。
「ハァアーー!」
「なっ……!?」
アスカがナチュランの村を見ると、そこには1本の剣を持ったベルトロスが手馴れた動きでローブを着た人達のうちの1人に切りかかる。完全に不意打ちだったため、その剣は難なくローブを着た人の体を切り裂いた。
「『強化』!」
それに続き、ギルドの受け付けの人もククリのような武器で無数にいるローブを着た人達に抵抗していた。
この2人だけではない。その他にもこの村にいた冒険者達が必死に抵抗している。それに数は少ないが、質という面ではローブを着た人達よりも勝っている。
「どこのどいつで何が目的かは知らないがな、この村をこれ以上破壊するっていうなら容赦はしない! いや、もう許す気なんて一欠片もないな!」
「チッ、冒険者風情が我々の邪魔をするとは愚かな……」
この村にいる数少ない戦力だが、まるで無双ゲームのようにローブを着た人達を押している。
『現状はどうなっている?』
「村の冒険者達が押してる。何とかなるかも……」
もしかすると、シロウが来るまでの時間稼ぎどころかこのまま撃退できるかもしれない。
──しかし、世の中はそんなに甘いことばかりではない。
「思い上がるなよ。ギルドの犬ごときが」
そこに現れたのは、他のローブを着た人達よりも雰囲気とローブの色が違う男であった。そしてその男を見た瞬間、1番早く反応したのはアスカと契約しているクロであった。
『あの男は……!』
「ん、どうしたクロ?」
『今すぐあの男の前から離れさせて! あの男は、私から力を奪った──』
瞬間、目の前が真っ白になった。視界が悪くなったとか目の前に白い壁が現れただとか、そんなものでは無い。少し離れたアスカの視界を真っ白に染めるほどの光が放たれたのだ。
そしてその光が消えた時には、ベルトロス含む全ての戦闘員がかろうじて意識を残して倒れていた。
「な、何が……」
『どうした?』
「わからない……。急に光ったと思ったら、次の瞬間には冒険者達が戦闘不能に陥っていたんだ。何を言っているのかわからないだろうが、俺も何1つわからない」
本当に一瞬だった。ただ視界を奪うだけならばそこらの冒険者もすることだ。
しかし、その光の中で何があったのか。どうやって一瞬のうちにここまでのダメージを与えたのか。全てが謎であった。
「一体何が……」
「1つ質問しよう。答えによっては貴様の首が飛ぶぞ」
一言恐怖を引き出す言葉を言った後に、その男はベルトロスの前に来て髪を掴んで無理矢理顔を起こす。
「奴──アスカ・ハクノは何処にいる? ここにいることはわかっている」
「っ………!?」
「動揺したな。ということは、この情報は本当のようだな」
やはり狙いはアスカ。何故ここまでストーカーのようなことをするのか。何故そこまでしてアスカを探し出したいのか。それすらも謎である。
「うぉおー!」
最後の抵抗と言わんばかりに、ベルトロスは手首につけてある折りたたみ式のナイフで足を突き刺そうとする。
しかし、ベルトロスは完全な当たったと思ったのに、その突き出した腕はいつの間にか男の右足に踏まれていた。
「馬鹿な……なんだその速さは……!?」
時が止まったとか飛んだとかではなく、しっかり残像を残しての行動だ。
信じられないが、人間を遥かに超えた速度でその男は動いたのだ。
「質問しているのはこちらだ。もう1度だけ解答権をやろう。アスカ・ハクノはどこにいる?」
「……知らねぇな。なんたって『外出する』って言ってから出て行ったんだ。俺にあいつがどこにいるかなんて検討がつくと思うか?」
「そうか。なら、お前は用済みということだ。こいつらもう抵抗はできまい。殺しておけ」
「了解です」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間、迷う暇もなくアスカはスナイパーライフルを構えた。
しかし、そこにすぐ様シロウが静止に入る。
『落ち着け! 今お前が動くと世界が』
「世界がどうした? んなもん知るか!」
『このわからず屋が! お前が捕まりでもすれば………』
そのまま無言でアスカは通話結晶の通信を切った。その後、何度かアラームが鳴るが無視した。
『よかったの?』
「黙って……!」
アスカはサプレッサーを付けたスナイパーライフルを匍匐姿勢で構え、今まさにベルトロスを串刺しにしようとしていたローブを着た人の頭部を撃ち抜いた。勿論、頭部──脳を撃ち抜かれれば人は即死する。
突然仲間が倒れたことによって動揺するローブを着た人らの頭部にどんどん撃っていく。
物陰に隠れられる前にできるだけ仕留める。最悪負傷させるだけでもいい。
サプレッサーによる消音効果でいつ来るかわからない攻撃に、ローブを着た人達は焦り急いで身を隠せる場所に向かう。
しかし、そこに辿り着くまでに頭部を撃ち抜かれ、1人して隠れることが出来ない。
「ただの人間相手なら、リロードによる銃弾強化も不要。とにかく撃て……!」
アスカの持つスナイパーライフル──M24は連射速度こそないがその威力は絶大。並の武器ならば軽々く貫く。実際、ローブを着た人の1人が簡易的な盾で構えながら移動するが、銃弾はその盾を貫通している。
「やはり出て来たか。こうしていれば、よほど外道じゃない限りは放っておけないからな」
残りは数人と例の男となったところで、アスカは優先順位をローブを着た人達のリーダーであろうクロの力を奪った男に変更し、狙いを定める。
あの男を今ここで仕留めれば、クロの力は戻ってくるだろうしこの事態も無事に終わる。
だが油断するな。あの男はどういう原理かはわからないが、残像を残すほどの高速で動くことができる。
「……ここだ!」
どれだけ高速に動こうが、あの態度からして慢心している。つまり、ギリギリまでは決して何もしない。
「もう1発!」
それを予測してでの場所と高さを狙って撃った。どれだけ避けようとしても、1発避ければ先程売ったもう1発によって脳をぶち抜く。
つまり、チェックメイトということだ。
「…………」
撃たれた銃弾の1発はアスカの予想通り、事前に体と首を傾けて回避される。どれも頭部を狙っての狙撃だったということは、自分にも頭部に向かって銃弾が飛んでくるなんてことは軽く予想できていたのだろう。
しかし、本命はその次に撃った銃弾だ。その銃弾もアスカの予想通りに、避けた頭部が来る位置にドンピシャで飛んで来ていた。
あの男の利き手は恐らく右。人間は体を動かす時に自然と利き手の方に体を動かしてしまう時がある。
実際どうなのかはわからないが、少なくともアスカの経験上ではそういう人は多い。
その予測通りに男も体と頭を右に傾けた。体を動かしてからすぐには次の行動には移れない。そこを狙っての2発狙撃だ。
そしてその銃弾は見事に男の脳天をぶち抜き──
「………え?」
男の姿は、まるで接続の悪いホログラムのように乱れ、ついには消えてしまった。
「残像だ、とでも言っておけばいいか?」
そして、まるで瞬間移動でもしたかのようにいつの間にかアスカの背後にいた。
アスカは狙いを定めてからは男を視界の中に捕らえていた。一体いつ、どのタイミングで残像を残してこちらに移動してきたのか。
そしてアスカは匍匐姿勢では不利だと瞬時に判断し、前転をしてその勢いで立ち上がるが、既に先程いた方向にその男はいない。
『後ろ!』
「っ!」
「もう遅い!」
アスカが立ち上がって先程男がいた方を見るよりも前にその背後に回っていた男は魔力を込めた右拳をアスカの腹に目掛けてぶつける。
「ぐあっ!」
『お姉ちゃん!』
かなり頑丈で衝撃も吸収する防具を着ていたというのに、アスカは一瞬の激痛と共にぶっ飛ばされる。そしてその拳をまともに受けた防具には亀裂のような傷が入っていた。
「防具に助けられたか。だが、貴様の動きを制限するには丁度いい」
「うぐ……っは……」
スナイパーにとって、近距離戦というのはあまりにも不利。恐らく、この男もそくらいのことはわかっていたのだろう。
腹を殴られたということもあってか、その痛みはアスカの動きを制限するほどに長々と続く。まともに走れるかと言われてもかなりきつい。
「──確保」
膝を着いて必死に痛みを堪えるアスカが着ている服の襟元を掴み、男はそのまま村まで引きづって行った。




