第46話 嵐の如く突然に
深い森。川の音。新鮮な空気。少し臭い草。しかし辺りを見渡せばそれら全てを打ち消す暴風雨。明日は風邪引いたなと確信を持ちながら森の出口を探しながら歩く。
アスカは買った防具を試すのと、残り少ないお金の問題を改善するためにレンとソニアを連れてクエストに行っていた。しかし──
「どうしてこうなった……」
「知るか」
今のアスカの周りにはとある男以外に誰もいなかった。
──何故こうなったのか。それを知るには話をほんの1時間と少し遡る。
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防具を購入した装備し終えた後にアスカ達はギルドに向かい、セヴィオルナとこの村で消費したお金を補充するためにクエストに行くことにする。
「今のレベルだったらこれくらいは行けるんじゃない?」
「えっと……うん、ダメです」
「えー」
「えー、じゃないですよ! 見えますかこの難易度!?」
「測定不能ね」
「そうですよ! 難易度測定不能のクエストなんていくら変異した魔獣を倒しているからって少し調子に乗りすぎです!」
流石に難易度測定不能のクエストには行きたくはない。今はお金は少ないが無いわけではない。もしもなければそのクエストに一か八かで行ったが、今回の場合は絶対に無理だ。
クエストでゆっくり稼いでいく分にはそんなクエストなんて行かない。例え、目標が全世界の魔獣を討伐することだとしても、時と場合による都合というものがある。
「とにかく、それは戻してきてくだ」
「アスカさん、これはどうでしょうか?」
そう言ってレンが見せてきたのは『ゴブリンの群れ30匹の討伐』のクエストであった。
しかし、今更ゴブリンの群れだなんて手間でしかない。それに、このクエストはゴブリンを結構な数を倒すのだが、やはり難易度的には採取クエストの1つ上なので報酬金は少なめだ。
「どうせならもう少し高い難易度の方がいい。高くても4か5くらいの」
「ディアボロスとかですか?」
「……いや、やっぱ3か4でいいや」
それからアスカは2人と色々と議論して何に行くかを決める。そのクエストは『炎狼イグニースルプス1頭の討伐』というものであった。
炎狼イグニースルプス──ギルドが認定する難易度3の魔獣だ。
難易度1の魔獣であるウルフが火山地帯の温度に適応するために進化した姿である。まず、体のサイズが通常のウルフの5倍あり、ウルフの時から鋭かった爪はより大きく、そして更に鋭くなった。
そしてなんといっても特徴的なのが、体から排出される灼熱の炎を耐熱性が高く焦げにくい毛に纏うことで、炎を使った攻撃が可能になった。ちなみにその炎は、体内にある炎臓という器官で作られ炎門と呼ばれる体温調節のためにできた体内のトンネルを通って、汗をかくように排出されている。
しかし、本来群れで行動するウルフとは違い、炎狼は常に1匹孤独に火山中を動いている。言わば一匹狼だ。
「近くに火山なんてあったっけ?」
「いえ、ありません。しかし依頼文によると、どうやら僕達が帰りに通ってきた、夜になると賊が出るあの平原辺りに現れた痕跡があったみたいてす」
「火山じゃないのにか?」
「はい。恐らく、火山に炎狼にとって脅威である魔獣が現れたからだと思われます」
「……変異種か」
「ですね」
もしも火山に変異した魔獣が現れたのだとすると、その火山にいたその魔獣よりも弱い魔獣は当然別の場所に移動する。今回の炎狼がそれだ。
早いうちに火山に出た変異種をどうにかしなければ、同じようなことがずっと起きる。それは火山だけではなく他の地帯でも言えることだ。
しかし、今回はその変異した魔獣が標的ではないので、できるだけ集中を切らさないように戦闘時は考えないようにしよう。
そしてアスカ達はクエストを受注し、炎狼が見られたという平原に向かう。
──しかし、そこに向かう途中にそれは起こった。
それはアスカ達が馬車に乗っていた時の話である。
平原に着くまでには少し森を抜ける必要があり、その通り道の中に滑り落ちれば簡単には戻ってこれない崖道がある。普段ならば特に問題なく通るのだが、今回は違った。
「急に降り始めましたねー」
「結構前から向こうの空色が悪かったから後々降るとは思ってたけど、まさかここまでとわね……」
若干雲があるが晴れていた空が、発達した積乱雲に包まれて嵐のような暴風が吹き始め、同時に大雨が降り出したのだ。それだけならば、偶にあるということなので問題はなかったのだが、今回はかなり発達した積乱雲。落雷が少し早いペースで落ちるなどこの世界においては過去最大の暴風雨であった。
そしてついに、誰もが起こっては欲しくないことが起きてしまう。
「うわっ!?」
「これは……!」
馬車を走らせる馬の目の前に雷が落ちたのだ。幸い雷は荷台には当たらなかったので火災は発生しなかったが、突然目の前から聞こえた爆音と眩しい光をまともに受けた馬と御者は気を失う。
気を失ったことで制御できなくなった馬車は崖道の曲がり道で急停止する。 急停止した勢いでアスカ達が乗っている荷台は勢いを殺しきれずに2輪ほど崖道から外れてしまう。
絶妙なバランスで崩れ落ちていないが、もしも少しでも荷台側にバランスが片寄ってしまえば間違いなく荷台は崖の底に真っ逆さまだ。
「まずい……。アスカちゃんとレン君は荷物をできるだけ崖とは反対側に持ってきて。私は御者の人をなんとかする!」
「了解です!」
なんとかバランスを崖側ではなく道の方に片寄らせるために、積まれている荷物を移動させる。そしてソニアは急いで気絶している御者を起こしに行く。
荷物を順調に運び、バランスが道の方に寄ってきたところで、ゴゴゴゴ……っと何かが唸るような音が聞こえる。
「この音は……」
「まさか!」
その瞬間、馬車の荷台の真下が一気に崩れ落ちた。──土砂崩れだ。
ここは森の中であり、しかも崖道。この大雨によって地盤が緩み、ついに崩れてしまったのだ。
そして、荷台が乗る道が崩れたことで馬車の荷台は更に崖側に傾く。
「どこかに捕まって!」
そうソニアは咄嗟に叫んだが、そこまで突然のことに対応できるほど2人は超人ではない。幸運なことにレンは荷台の後ろにある扉よりも離れていたため、咄嗟に手を伸ばして荷台の窓枠に何とか捕まることができた。
しかし、レンとは反対にアスカは後ろの扉に1番近かったので馬車の荷台から落ちてしまい、何とか掴んだのは荷台の車輪を繋ぐサスペンションであった。
「うっ……」
「アスカさん、手を!」
「………」
アスカはレンが伸ばす足を掴もうと手を伸ばしたところで考えた。
もしここでレンの手を掴んでしまえば、レンも馬車から落としてしまうのではないか。それに、同時に2人分の体重が崖側に行ってしまい馬車自体も落としてしまうのではないかと。
ならば、ここは──
「アスカさん!?」
「ここは、多少の自己犠牲も大事だ」
アスカはサスペンションから手を離し自分が崖のそこに落ちる。それによって、馬車にかかる体重を減らして馬車が落ちてしまう可能性を減らす。
「アスカちゃん!」
「森を抜けた平原で合流です! 絶対に死にませんから!」
アスカは崖の底に落ちていく中で叫ぶ。こんなことを言ってもしも死んでしまえば申し訳ないが、防具があるので死ぬ可能性は以前よりも低い筈だ。
「……姉さん」
「……ええ、アスカちゃんを信じましょ」
崖に落ちていったアスカの無事を祈って、レンとソニアは起きた御者と一緒に馬車を再び走らせられるように荷台を御者と一緒に起きた馬の力を使って持ち上げる。そして、再び土砂崩れが起きる前にこの崖道を抜けようと、馬が道を滑らないように注意しながら走り始めた。
馬車とレンのことを案じて崖に落ちたアスカは、咄嗟にコンバットナイフを取り出し突き刺すことで落下速度を抑えていた。しかし、抵抗も凄いのですぐに弾かれてしまう。
「おい、お前竜なんだったら翼くらい俺の体から出せるだろ!」
『そんな無茶言わないでよ! 君がもしも私と融合したら行けるけども私自身が嫌だから無理!』
「だったらこのナイフにお前の力は流せないのか!?」
『そもそもお姉ちゃんがこういうのに魔力通せないせいで私の力が使えないんでしょ!?』
クロの力を使うには魔力を通さないといけない。しかし、近接武器に魔力を通せないアスカは、クロの力をコンバットナイフに流すことができない。
今この瞬間、自分がファンタジー系のゲームでランキング1位を取らなかったことに後悔した。
「もう地面見えるんだが!?」
『……落ちた瞬間に私の治癒力で治してあげるから。落ちた時の激痛は一瞬だから我慢して?』
「嫌だぁあーー!!」
ついに地面まで目前のところまで来る。アスカは激痛覚悟で、できるだけ衝撃を和らげようと防具を着ている上半身が先に当たるように体勢を整える。そこから下を見るのが怖いので上を見るようにする。最後に何か痛みがなくなるようなことが起きますようにと願って目をつぶった。
しかし、いつまで経っても痛みどころか衝撃さえ来ない。アスカは、もしかしてよくある奇跡が起きて翼が生えたとかそういう展開なのだろうかと思った。
しかし、誰かに掴まれている感じがする。いや、抱っこされているのだろうか。もしかすると、クロが出てきてアスカを助けたのかもしれない。
真実を確かめるためにアスカは目を開く。そして、目を開けて最初にアスカの目に入ったのは──
「シ、シロウさん!?」
「お前、中々に運がいいな」
ユノスの仲間にして、セヴィオルナに滞在していたはずのシロウであった。
シロウの詳細は、去年の私──なろう投稿初心者の時の幻影刃を知っているのならばわかるかもしれませんね




