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第43話 ファーストコンタクト 前編

 ──夢を見た。自分の過去のこと、今のこと。


 ──夢を見た。自分ではなく、他の生き物の過去。そして今のこと。


 ──夢の中で、恐ろしい声を聞いた。体だけではなく感情や記憶……いや、存在ごと喰らいつく獣のような声だ。


 そんな夢から、必死に逃げた。ただ逃げて逃げて逃げた。

 そしてついには捕まってしまい、喰われそうになった。絶望という感情に支配された。


 そんな時に、自分がよく知る声が聞こえた。その声は優しく、暖かかった。


 ──安心して、私がついてる。


 そう聞こえた。そしてそのその声は、絶望は一筋の光となり、その光はやがて道を作る。そしてその道を真っ直ぐ歩き始める。




────────────────────────




 アスカの魂が眠りについてからおよそ9時間が経過した時、アスカ本来の魂が目を覚ます。

 アスカが眠から開けると、妙な窮屈感とムニッとした柔らかさが襲ってくる。しかし目の前は真っ暗で、呼吸もしにくい。枕にでも顔をうもらせてしまっているのだろうか。

 小鳥のさえずりが聞こえる。今は何時何分でだろう。

 それを知るためにアスカはベッドからあくびをしながら起き上がる。妙に体というか心が軽い気がした。


「……目覚ましのついでに顔を洗うか」


 少し寝惚けている自分を起こすために部屋にある水道水──に仕組みは近い付近の川の水を綺麗にして送られてくる水で顔を洗う。まだ完全に目は覚めていないが、先程よりはマシであろう。

 そしてアスカが部屋に戻ると、そういえば何故自分が前とは違う宿にいてそこで一夜を過したのかを思い出す。

 しかし、何1つ思い出せない。思い出せるとしたら、刃翼竜に腹を貫かれ意識を失い、クロと契約したところまでだ。そこからの記憶は穴が空いたようにすっぽりと抜けていた。


「……………」


 そして今アスカの目の前には、唯一手掛かりであるソニアが先程まで自分が寝ていたベッドに寝ていた。

 この時、アスカは考えたくない気持ちでいっぱいだった。


「……ソニアさん、ついに薬まで使うとは……」


 そして同時に、アスカは事情を知らぬ者に広まれば確実にやばいであろう勘違いをしていた。

 前にもこんなシチュエーションがあったなんて思っていたが、今回ばかりは違う。起きたらいつの間にか宿にいて、着ていた服も違う。更に、記憶が無いということは間違いなく催眠中や薬などそういう類が原因に違いない。


「いや待て早まるなアスカ。ソニアさんは少々危ない人だが、本当にそんなことをするような人か……?」


「んー、私がどうしたの〜?」


 今一度冷静にこの事態のことを考え直していると、眠っていたソニアが目を覚ます。


「あ、おはようございます」


「おはよー……ってあれ、元に戻ってる?」


「……元にって、どういうことですか?」


 ソニアの発言に疑問を抱くアスカ。

 突然元に戻ってるなんて言われても、アスカにとっては全くその意味を理解できない。そもそも、元に戻る以前に自分は何も変化していない。何が戻るというのだろうか。


「その話し方……やっぱりいつものアスカちゃんね」


「だから、どういうことですか? もしかして夢の話ですか?」


「あれが夢だったらかなーり落ち込むわ」


「じゃあ落ち込んでください。残念ながらこれは夢ではなく現実です」


「ま、元に戻ったのなら何よりよ。前のも可愛かったけど……」


「──?」


 やはりわからない。一体ソニアはどんな夢を見ていたのかというのが気になるアスカ。


「……もしかして覚えてない?」


「覚えているも何も、ソニアさんの夢の話なんですからわかるわけないじゃないですか」


「いえ、そんなはずは……待って、何だか不安になってきたわ」


 するとソニアは、さっと身だしなみを整えた後に部屋を出て行った。そして、ほんの1分程度で安心した顔をしながらレンとフレアを連れて部屋に戻って来た。


「アスカさんが戻ったって本当ですか?」


「ほんとよ。それにしてもよかった、夢じゃなかったわ」


「あの……お願いですから説明してください。状況が理解できません」


 たかがソニアの夢の話でここまで変な状況になるのがわからない。いや寧ろ、この今の現状がアスカの夢の中なのではないかと思い始める。


「何だお前ら、朝から騒がしいな」


 更にそこにユノスが乱入してくる。そしてアスカは知らないが、ユノスの部屋には他にも一緒に止まっている人がいる。

 つまり、今ここにユノスがいるということはその2人も起きているという事だ。


「あ、アスカさんおはようございます!」


「もうこれ以上増えるな……」


「あれ?」


 元気よく挨拶をして朝からいい気分で始めようとするレアンだったが、そんなことよりも更に自分への視線の数が増えたことで頭を抱えるアスカ。


「何があったんだ?」


「アスカちゃんが元に戻ったんですよ」


「元に……?」


「ほら、ユノスさんも困惑してるじゃないですか!」


「……確かに元に戻ってるな」


「もうわっかんねー」


「しかし、戻ったってことはもう昨日決めた通りに聞く必要もなくなったな」


 そう言ってユノスはササッと自分の部屋へと戻って行った。そしてその後ろをレアンと一言も話さなかったシロウもついて行った。

 何故だろうか、ここまで自分の部屋へと帰るのが早いと逆に引き止めたくなる。


「それにしても、昨日のアスカちゃんは可愛かったわよー。私のことを呼び捨てで呼んだりいつも以上に活発だったり。まるで子供みたいだったわよ?」


「待ってそれ誰?」


 勿論、昨日の記憶は途中からなくなっているので、自身がこんなことをしていたというのも心当たり1つない。

 いや待て、1つだけ手掛かりがある。それは、クロとの契約だ。確かクロと契約してからか記憶が無い。気が付いたらもう翌日の朝だ。

 アスカは昨日にしたクロとの契約の話を思い出す。そして思い出したのが、魂がどうたらこうたらということであった。


「確かその後……」


「アスカ、本当に何も覚えていないのか?」


「覚えているも何も、俺はその時は意識が………あ!」


「うおっ、急にどうした!?」


「すみません、御手洗に行ってきます!」


「ああうん、そうか。って、たかがトイレにそこまで大きい“あ!’’っているか?」


「余程急に来た尿意だったんじゃない?」


 何か話しているが今はそれどころではない。とにかく1人になれるところに移動しなくては、自分の思い出したことが本当のことなのかを確認できない。


 アスカは男性用が女性用のトイレ、どちらに入ろうかと一瞬迷う。そして迷った挙句、仕方なしに女性用トイレに入った。

 精神が男である自分が入るのには少し抵抗と罪悪感があったが、逆に今の姿で男性用トイレに入れば色々といけない気がする。

 そして女性用トイレの中に入ったアスカは一番奥の扉を開け、蓋が閉じた状態のままの便器に腰を下ろす。

 ここに来た理由は用を足すため……ではなく、人が少なく少々独り言を言っても大丈夫なようにだ。


「……クロ、俺の中にいることはわかってるぞ」


 深呼吸を1つして昨日契約したクロに外に声が漏れない声量で呼びかける。他の人からこの状況を見ればただの多重人格者か幻を見て話しかけている人にしか見えないだろう。

 アスカがこの場所を選んだのは、そういう風に見られたくないからだ。いや、別にそう見られること自体には問題は無いが、それをきっかけに注目を受けたくないだけだ。


「……おーい」


『ん~、あ、気づいちゃった?』


 突然アスカに声が聞こえる。しかし、その声はこのトイレ中に響いていないところを見ると、アスカにしか聞こえていないのだろう。


「何処だ?」


『だからお姉ちゃんの体の中にいるって。いや、精神って言った方が合ってるのかな……?』


「こっちに実体で出られるか?」


『出れるけど、どうして?』


「契約してから初めてのファーストコンタクトだ。これから仲良くやってくってことで、ちゃんとそういうのはしておいた方がいいと思ってな」


『そう、わかった』


 クロが了承した瞬間、アスカの体からオーラのようなものが現れ、それが人型に形作っていき、そこからクロの肉体がまるで幽霊のようにスっと姿が見えてくる。

 そして、姿がはっきり見えるようになると地面に足を着いた。


「はい、出てきたよ」


「……契約したからってクロの姿は変わらないんだな」


「私は私だしね」


「まあとりあえずだ、こっちに来い」


 ひょいひょいとクロに手招きし、クロがアスカの前まで近づいてくる。次にそこからアスカの膝にお尻を付けるように座らせる。


「急に優しくしてどうしたの?」


「言っただろ、ファーストコンタクトだって」


 アスカはクロに向かって今できる最大笑顔でそう言う。そして同時に、クロのお尻を太ももでぐっと挟み動けなくする。


「あれ、何で捕まえるの?」


「一緒に座ってお話するためだ」


 そして膝に置いていた両手をグーにし、クロの頭に置く。

 この瞬間、クロはとてつもなく嫌な予感がした。


「さあ、昨日のことについてお話しようじゃあないか」


 そう言ってアスカは、クロの頭に置いていたグーにした両手でクロの頭をぐりぐりし始めた。

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