第38話 契約
これともう1話で多分この長い長い戦闘は終了すると思います。
もしかするともう2話になるかもしれませんが……。
腹を貫いた氷柱はアスカの内臓を抉る様に貫き、アスカの体からは多量の出血と共に貫かれたことで肺に大量の血液が入り込みそれが一気に口から吐き出た。
「………っ……は……ゴフッ……」
痛い、苦しい、目が熱い、呼吸ができない、思うように体が動かない。それらの要素がアスカに死の恐怖を与えた。
「グルルルル……!!」
「『メテオ』!!」
まだ辛うじて息があるアスカに完全なるトドメを刺そうと再びブレスをチャージしようと口を開けたところにツカサの精霊攻撃が命中する。氷を纏えない口の中に命中したことで攻撃が通り、中途半端にチャージされていたブレスが暴発し口の中で爆発する。
刃翼竜が大きく怯んでいる隙にアスカの右足を拘束している氷を炎で溶かし、力なく倒れるアスカをユノスが抱きかかえる。
「剣に炎を纏えない以上、氷を溶かして切るしかないか……」
「ツカサ……さん……」
「……すまない」
何故謝る。攻撃を受けたのは自分が原因だ。ちっともツカサが謝る理由はない。
「……ユノス君、アスカ君を運んでくれ」
「……アリサ、任せた」
「え、あ、はい!」
「ユノス君!?」
抱きかかえていたアスカをアリサに渡し、ユノスは1人戦おうとするツカサの隣に並ぶ。この行動はツカサにとってあっては欲しくなかった行動だ。
「早くアスカ君を連れて──」
「連れて行けってか? 嫌だね」
「どうしてだ……。ある程度距離を取るまで時間を稼ぐ。だから──」
「そう言って1人で行った結果がこれだ。見てみろ。ズタボロじゃねぇか」
「っ……」
「なんだ、そこまで自分の力を過信してたのか? だとしたらとんだ英雄様だ」
ユノスは先程からのツカサの行動に腹を立てていた。協力すればより傷を与えられた刃翼竜の転倒。そこを何故か協力どころか自身の契約している精霊を使っての1人だけで攻撃。
もしもあの時、1人ではなく全員でツカサが炎で露出させた毛皮を攻撃していればどうなっていたのか。ユノスの剣が鉄の剣だとしても多少は傷を負わすことができたはずだ。
それに、転倒時に来たあの冷気には、ほんの少しだけでもツカサの炎で冷気を抑え、その隙に離脱すればよかったのではないだろうか。そうすればアスカに限らずこういう風に誰かが1人狙われても即座に助けに行けた。
「……ユノス君……アスカさんは……もう……」
「……わかってる。内臓ごと貫かれたんだ。致命傷じゃないわけがない」
「また……俺が……悪かったのか……?」
「っ!!」
「ユノス君!」
ツカサのあまりにも愚かな発言にユノスのついに堪忍袋の緒が切れ、胸ぐらを掴む。
「次死ぬのはてめーか? あぁ?」
「………」
「黙りか。よくもそれで英雄を名乗れるものだな。俺にはてめーの精神の硬さよりもそこらに転がってるゴミの方がまだ頑丈そうに見えるな」
「お前に……俺の何がわかる!!」
まるで自分のことをあたかも知っているように言うユノスに対し、ツカサはかつての仲間のことを思い出し気がついた時にはユノスの胸ぐらを掴み返し言い返していた。
「いつもそうだ。周りを守ろうとすれば周りが傷つく。俺がまだ新米だった時も同じだった。今まで周りを守るつもりが、結果的に周りを傷つけてきた俺の気持ちの何がわかる!!」
「わかるわけねぇだろ! でも、てめーのその守りたい思いが故の考えと行動がこの結果を招いたんだろうが!」
「言い争いは……止めてくだ……さい……」
「「…………」」
2人の言い争いをまずく思ったアスカは、その言い争いを何とか止めようと弱々しい声で言った。そのお陰でなんとか言い争いは収まったが、あまりいい雰囲気ではなかった。
こんな時にこの雰囲気じゃあ必ず戦闘のどこかで支障が出る。
「……俺がやられたのは、ツカサさんのせいでは……ない、です……」
「もう話さないでくださいアスカさん! これ以上話すと出血が……」
「どの道……もう助からないです……。自分のこと、ですから……ゴホッ!」
「アスカさん!」
もう助からない。この貫かれた腹と出血量を見れば誰だってそう悟るであろう。
だからこそ黙って死ぬということはしない。今までに感じことのない痛みは、感覚が麻痺しているのかもう感じない。それに加え、意識が朦朧としてきている。頭もぼーっとする。視界も段々ぼやけてきた。
──嗚呼、これが死ぬということなのだろう。
「……最後に……ツカサさん」
「なんだ……?」
「貴方は……確かに人のことを第一に思っています」
「その結果がこれだ。ユノス君の言う通りだ。もう少し考えて動けば、こんなことには……」
「……今後悔するより……次にどうするかを考えてみるのは……どうですか……?」
「次?」
「はい。そして次は、皆で戦って……1人1人が皆を守ればいいんです……。それなら、たった1人で、皆を守るために戦う必要は……ないです、よね?」
「………」
この言葉がツカサにどう伝わったかはわからないが、ちゃんと伝わったと信じよう。
話し終えたところでもう時間が来たのか、今まで聞こえていた耳が聞こえずらくなってきた。まるで水の中で水の外の声を聞いているようだ。もうほとんど聞こえない。
「……皆さん、こんな初めての仲間として、戦って死ぬのは、情けない気持ちでいっぱいです」
「……そんなことはない。今も尚怯んで動けない刃翼竜を倒すために尽くしてくれた。情けなくてたまるか」
「ユノスさん……ありがとう、ございます。そして、これが本当に最後の言葉です……」
今の体力と勘から、今から言うこれが最後の言葉となるとわかっていた。言うか言わないかで迷うならば行った方がいい。いや、言わなければならない。
「ありがとう。そして、また会いましょう……!」
今できる最高の笑顔でアスカはそう言った。その笑顔は笑顔とは程遠いニヤついたような顔だったが、その思いはツカサ達によく伝わった。
そしてその言葉を最後に、アスカはその目を閉じ意識を手放した。
「……アスカさん」
「…………」
アスカが意識を手放してからすぐに刃翼竜は体勢を立て直し終える。それと同時に、ツカサはユノスから貰った予備の鉄の剣をぐっと握る。
「……アスカを寝かせろ」
「……はい」
ユノスの指示でアリサは起きることは無いアスカの体を静かに寝かせる。
この状態のアスカを狙う理由はない。刃翼竜は面倒な的が1人減ったことでまた新たな標的を決めるだろう。
「ツカサ、やるぞ。丁度刃翼竜もやる気みたいだしよ」
「もう呼び捨てか」
「英雄だとか言われていても結局は同じ冒険者だ。上とか下とか関係ねぇーよ」
「ふっ、そうかい」
もう誰も失わない。そう決めたツカサ達の目付きは変わり、まるで歴戦を重ねた戦士のような目付きになっていた。
「今度は1人じゃない。全員でやる」
「もし1人で突っ走っていたのなら容赦なく撃ちます」
「おっと、怖い怖い」
「グルルルル………」
お互いに見つめ合うように目を見る。
負けるつもりは無い。それはツカサ達にとって、刃翼竜にとっても同じ思いであった。
「ウガァア!!」
「「「うおおおーーー!!」」」
両者ほぼ同じタイミングに向かって行き、ツカサ達は刃翼竜を討伐するために。刃翼竜はツカサ達を仕留めるために動き始めた。
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真っ暗だ。何も見えない。何も動かない。
一体何度目だろうか。こういうくらい空間に1人孤独にいるのは。
「俺……死んだのか?」
自分を触っても何も感じない。感覚が何も働いていない。聞こえるのは自分の声だけ。
「いやだ……死ぬのはいやだ……」
死ぬのは嫌だ。死ぬ寸前になってようやく出てくる思いだ。意識を手放す前に死ぬのはわかってはいたが、いざこういう状況になると死ぬことが嫌になる。
──どうすれば……どうすれば、死なずに済む?
「なあ、教えてくれよ……誰か……」
問いかけても答えは返ってこない。そもそも何も聞こえず何も感じない今の自分に誰かが話しても、アスカ自身も何も答えられない。
「……クロ」
ただ1つ、方法を思いつく。もし、この状況でクロと契約すればどうなる。
体が死んでいるからもうできないのか。それとも何かしらの条件付きでさせてくれのか。
──生命反応が消えたと思えば、まさか体が死んでいたとはね。
そんな声が聞こえた。それは実際に耳で聞いた声ではなく、直接脳内に……いや、魂に話しかけられる、そんな感じだ。
「契約……して、何か変わるか?」
『あ、する気になった?』
「いいから、教えろ」
『……そうねー、契約は一応可能だけど、体には何かしらの変化があるわね。あんな大穴が空いちゃったらね』
そもそも体が動いたところで満足に動けるのだろうか。あの出血量に怪我で動くなんてチート系主人公でないと不可能だ。
『でも、契約してからはお姉ちゃんの精神の回復が必要だから、しばらくの間体の主導権は私になるよ』
「……死なずに済むんだよな?」
『それは保証する。体の怪我自体は私の治癒力で何とかなるし。完治したあとの姿はちょっと変わっちゃうかもしれないけどね』
「死なずに済むのなら……そんなことは関係ない」
『……やっぱり、その諦めの悪さはピカイチね』
すると突然、アスカの目の前に青いモヤモヤとした炎が現れた。いや、目が見えないので実際に炎なのかはわからない。もしかすると、クロの精神なのかもしれない。
『契約にはその契約者の魂の1部が必要。場所によって強さは変わるわ。魂であるために必要不可欠である核ならばそれ相応の力が手に入る。だけど、契約時にとてつもない程の精神的な激痛はあるし、もう他の精霊や魔獣と契約することはできなくなる。核以外ならば量によって得られる力は増えるし他の精霊や魔獣と契約もできるけど、力は核を捧げた時よりかは断然低いわ』
「…………」
『どうする?』
「……もうわかってるだろ」
『……核、ね。それじゃあ、覚悟はいい?』
「どうせ放っておいたら俺という魂の記録は消えるんだ。だったら、それくらいの覚悟はできている」
『フフ、わかったわ』
「っ……!?」
瞬間、青い炎はアスカを包み込む。それと同時にアスカの胸からとてつもない痛みを感じ、声にならない悲鳴をあげた。
その痛みは氷柱に貫かれた時よりも痛く、例えるならば、全身をプレス機で潰され、手足の指の爪を一気に剥がされ、体をみじん切りにされるような痛みだ。
こんな痛みを人間が耐えられるはずがない。
「……死ぬための契約じゃない。生きるための契約だ……」
その痛みを必死に耐える。気を抜けば精神が壊れてしまいそうだ。
「っ、ぁああーー!!」
叫ぶことで痛みによる悲鳴ではなく、その痛みを自分への覚悟の確認だと置き換える。こんなことで倒れるのならばいっその事消えてしまった方がいい。
それから何秒、いや、何分経っただろう。もしかすると1時間以上かもしれない。続いていた痛みが和らぎはじめ、次第痛みはなくなった。それくらいに感覚的には長く感じた痛みだった。
「ぅ……」
必死の思いで痛みを耐え切ったアスカは、膝をついて倒れる。それと同時に眠気が襲ってくる。
こんな真っ暗な場所で眠ってしまっては明らかに危険だ。しかし、何故かアスカにはここが危険な場所というよりか安心できる場所だと感じた。そう、まるで赤子が母親の腕に抱かれると安心するのと同じように。
こんな思いは先程までなく、痛みが止んでから突然現れた。
『核は無事捧げられた。これで契約は完了した。だから、お姉ちゃんはしばらく休んでね』
アスカは眠りにつく前に、自信に優しい声でより安心させてくれるクロの声が聞こえた。
表現が生々しすぎる。




