第20話 紅魔
「こ、子供?」
「……フフ」
アスカの目の前には少女が1人。何故こんな所にいるのかはわからないが場所を除けば何もおかしくはない状況だ。
しかし、この少女に対しアスカは妙な不気味さと恐怖心があった。そしてその恐怖心は、人とのコミュニケーションを取る時よりも大きな緊張を引き起こした。
「お姉ちゃん、早くあの人達をアイツから離れさした方がいいよ?」
「……どういう、ことだ?」
「どういうことかは見ればわかるけど、最悪あの3人……死んじゃうよ?」
「──!?」
確証はない話だ。信じる必要も無い。倒れているところを攻撃するのは当たり前だ。しかし、そのチャンスをみすみす見逃せとこの少女は言っているのだ。
それと同時に、そうしなければならないという感情がアスカの中に出てくる。この少女が言っていることは正しい、そんな感じがした。
「ラドさん、ルイスさん、ジョルダンさん! 今すぐそこを降りてください!」
緊張していたアスカは、コミュニケーションがどうたらこうたらというよりも、彼らに伝えなければ死ぬかもしれないという焦りを感じていた。
「何故だ! 絶好のチャンスだぞ!?」
「嫌な予感がするんです! レンもそこから今すぐ離れろ!」
「……とっくに離れてますよ。そして、アスカさんと言う通り今すぐそこを降りてください!」
アスカが言う前に既に距離をとっていたレン。何故ならば、ディアボロスを中心にどんどんディアボロスが殴った時に出現した禍々しい色をした池が広まっていくところを目撃したからだ。
「ディアボロスを中心にあの池が広まってきています。今降りないと間違いなく死にます!」
「くっ、折角のチャンスだが……ここは降りるぞ!」
「嫌だ、と言ったら?」
「無理にでも連れていく。チャンスなんてまた作れる!」
「私も降ります。死ぬ可能性よりも勝つ可能性を優先するのは嫌ですから」
レンの忠告を聞き、ジョルダンは先にディアボロスから飛び降りる。この時点でもう池は踏まないのが奇跡というくらいに広がっていた。今降りなければ間に合わなくなる。
「さあ、お前も早く来い!」
「……それは出来ない提案だね」
「なんどわっ!?」
ルイスはラドを突き落とし、ディアボロスの頭に向かって走り出す。
「嫌な予感なんて倒せばなくなるんだ」
「あのバカ……!!」
「ラドさん! それ以上は危険です!」
1人ディアボロスの頭に向かうルイスを追いかけようとディアボロスに近づくが、池は既にどう頑張ってもディアボロスの体に接触できないほどに広がっていた。
「だったらなんだ! あのバカを放っておくってのか!?」
「明らかにジャンプしても届かない距離です!」
「だったらそこの木でも何でも使えばいいだろうが!」
「あれを運ぶだなんて不可能です! それに、空色が悪くなってきました。雨でもふって足場でも悪くなれ……ば……」
「なんだ、空なんか見て何かあるのか!?」
急に空を見上げたまま動かなくなったジョルダンを見てラドも目を空に向ける。そして、2人の目先には明らかな異変が起こっていることを嫌でも理解させられた。
「なんだ、あれ」
2人だけでなくアスカとレンもその空を見て驚愕としていた。
その空は、ディアボロスを中心に闇が広まっており、特にディアボロスの真上にはその闇が渦のようになっており、そこからエネルギーのようなものがディアボロスに送られていた。
「っ、いいから降りろ! 降りないと──」
しかし最後の忠告を言っていた途中にその嫌な予感というものが的中してしまう。
渦巻いていた闇から得たエネルギーを吸収し終えたディアボロスはその闇を霧状にして放出する。アスカ達4人はある程度離れていたため当たりが見えにくくなっただけだが、至近距離にいたルイスはどうなったのか誰にも検討がつかない。
「おいルイス! 無事か!?」
闇が晴れ、ラドが真っ先にルイスの安否を確認する。
「ぅ……ぁ……」
しかし、そこにいたのは黒い霧に包まれ意識朦朧としているルイスの姿であった。
誰も何をされたのかはわからない。一体今、ルイスの身に何が起こっているのかも。
「こ、こいつ……僕の……精神……力を……」
「チッ!」
ルイスの背後から妙な気配を感じたレンは、すかさずルイスの後ろにいるであろう何者かを撃つ。その銃弾は命中はしたがまるで手応えがなかった。
その後、ルイスを拘束していた黒い霧が無くなりルイスが解放された。
「おい、しっかりしろ!」
ラドが急いで駆け寄り、ルイスを抱きかかえる。拘束から解放されたルイスは死にはしていないが、生きているのがやっとという程衰弱していた。これでは戦線復帰も絶望的だ。
「……あいつの黒い霧には……捕まるな……僕みたいになるぞ」
ルイスが見る方向にはいるはずのディアボロスがいなく、違う魔獣が新たに出現していた。
その魔獣はまるでディアボロスが紅く染まり、小さくなった姿であった。
「あれは、ディアボロスなのか?」
姿の変わりようが大き過ぎて、その事実を容易に信じることができない。それはアスカ以外の3人も同じで、姿が変わった原因とルイスを拘束していた黒い霧など原因不明のものが多過ぎて現状の把握ができていなかった。
「あれはディアボロスの紅魔と言われる種。所謂変異種ってやつかな?」
アスカの隣にいる黒いドレスを着た少女が口を開く。紅魔と呼ばれたこのディアボロスはその名の通りに全身が紅に染まっている。その紅は先程までの闇とは懸け離れているが、だからと言って闇を操る攻撃ができなくなったというわけではないらしい。
「何故子供の君が、そんなことを知っている?」
「わかるでしょ? ただの子供じゃないってこと」
「……取り敢えず、今はあいつをどうにかしないと。話は後でじっくり聞かせてもらうからな!」
アスカは再びスコープを覗いてディアボロスを狙い始める。スコープを覗いた先では既に3人が戦闘に入っていた。しかし、既に戦闘に入っていたのならばもう少しダメージを与えられているはずだ。だが、ディアボロス変異種には傷はあるがダメージが入っているようには見えない。
「なんだコイツ、さっきから攻撃してるのにビクともしねぇ!」
「どうも、奥深くに入っていないって感じです。見てください、僕の片手剣が切ったのはほんの先だけ。結構根元まで入れて切ったつもりなのに先っぽしか当たっていないのです」
「黒霧来ます!」
攻撃と回避をしながら慎重にディアボロス変異種の分析をしていく。
当たれば即戦闘不能のこの戦いにおいて重要なのは冷静さだ。冷静に相手を分析して確実にダメージを与えていく。一撃でやられるからと言って焦ってしまえば返って不利になる。
「だからなんだってんだよ!? 先っぽしか当たっていないから押し込めって言うのか!?」
「そうです。一応剣自体は刺さるのです。後はそこから奥に押し込めばディアボロスのダメージがはいる部位まで届くということです」
「一応言っておきますが、僕のこの武器での押し込みはあまりオススメしません。僕は狙い撃ちというのが苦手なので当たるのは極わずかな数です。それに、僕のこれはハッキリ言って威力は低いです。そもそも押し込めるかどうかわかりません」
「あいつはどうなんだ? 確かアスカって言ったか」
「アスカさんは攻撃してからの少しインターバルがあるのでその間に動かれでもしたら押し込むどころか武器の損傷に繋がります」
「……じゃあ何だ、俺とジョルダンのどちらかが刺してどちらかが押し込めと」
「そうです」
本来ならばもう少しゆっくり作戦を立てたいところだが、そんなことをしている暇があれば苦労はしていない。
もっと人数がいれば別の戦い方が出てきたであろうが、残念なことに今いる冒険者のうち戦闘可能なのがたったの4人だ。その4人で何とか行けるかというレベルの作戦こそが今レンが提案した作戦だ。
つまり、もしも失敗すればもうこの4人には打つ手がない。




