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イリガミ ~魂の残り香~  作者: 早田アキ
第1章 渋駒口第二小学校編
1/3

第00話 プロローグ

挿絵(By みてみん)




 いつもより少し早く目が覚めたから、いつも通り準備をしても、いつもより少し早く家を出られた。

 そのせいか、いつもより人通りも少なくて見慣れた学校への通学路が少しだけ新鮮に見えて気持ちいい。


 最近、セミの鳴き声が少しずつ増えてきた。


 もう少しで夏休みだ。と思うと、ワクワクした気持ちと一緒に、部活以外なんにも書き込まれていない手帳を思い出すから切なくなる。今年は本当に惜しかったから、来年こそは全国に行きたいって気持ちも強いし練習だって毎日頑張ってるつもりではあるけど。結構ふんぱつした手帳だから、もう少し、こう、ね……。


 毎日、部活で走って帰ったら近所で弓射って寝るだけの生活。

 中学時代に想像してた女子高生ってもう少し華やかだったのに。


 おかげですっかり流行に疎くなってしまった。カラオケに誘われても買い物に誘われても予定が空いてても、歌のレパートリーは古いしみんなのテンションが上がる話題には全くついていけないし。一人無言になってるうちに悲しくなりそうな恐怖心から断りたくなるし断ってる。


 両親に「元気過ぎて落ち着きが無いから」って始めさせられた弓道だったはずなのに、今では誰かが「落ち着きが無い」って怒ってくれる事になるほど私のテンションが活躍するような場が与えられていない事こそが深刻な人生の悩みになりそう。



 駅までの道のり。早起きした清々しい気分で歩いていたはずなのに、いつの間にか日頃の不満ばかりを頭に浮かべて歩いてた。


 ゆっくり深呼吸してから辺りを見渡してもう一度この景色を楽しもう。


 そう思って通りかかった住宅街の中に良くある小さな公園に目を向けると、1歳になったくらいの赤ちゃんが、地面の上でハイハイをしながら玩具を転がして遊んでいるのが見えた。夢中になって遊びながら浮かべてる可愛らしい笑顔がたまらない。そのすぐ横にはお母さんらしい女性が横座りして子供を見守っていて、その光景がもう微笑ましい。


 運よく公園で癒しをチャージ完了。

 ラッキーだったなって通り過ぎようとしてから気が付いた。

 ハイハイ? 横座り? 地面の上で?


 もう一度公園の中を見ると、ハイハイしながら遊んでる子供のすぐ横で、お母さんはシートとか敷かず、確かに地面の上に直接座っているように見える。良く見たら両腕は地面につくでも無くだらりと下がっていて、首も重力に逆らわずに力なく傾きうつむいていて、どこかおかしい。


 よせばいいのに。思いがけず足を止めてしっかりと観察してしまう。

 見ればお母さんの肌はどこか土に似たような色をしているし、力なく座ってる姿も、今では糸の切れた操り人形のようにしか見えなかった。もしかしたら体調を崩されたのだろうか。と少し心配にもなったけど、たぶん、とっくに手遅れなんだろうな。


 それなら、たぶん、赤ちゃんも……。


 幸せそうに玩具で遊んでいたのに。

 あんなに可愛らしい笑顔だったのに。


 嫌だな……。


 そう思いながら子供に目を向けて気が付いた。

 地面の上で転がして遊んでいる何かの玩具だと勝手に思い込んでいたそれは、見始めてから数分は経っているのに土も付かず、短い糸のような繊維を伸ばし、キラキラとした光をレンズに反射してる輝く、人の眼球だった。少し大きなガラス玉みたいで、映画とかよりも生々しい体温のようなぬるい気持ち悪さを感じさせた。


 うつむいているお母さんの表情は見る事が出来なかったけど、きっとそうなんだろうなと思ったし、そう思ってしまったら、悲しさとその光景の気持ち悪さが一緒に込み上げてきて公園から目をそらした。


 似たような光景はたまに見る。

 けど、癒しを感じてた分、直視してしまった。心も逃げ遅れた。



 その時、公園の向かい側にあったコンビニから一人の男の人が出て来た。

 少し高い背に少し細い体。ビニール袋を片手に、ラフな服装で髪の毛も髭も手入れせず伸ばし放題。なのに、指にはシルバーリングを二つ。見るからに近寄りがたいその男は、私を見る事も無く横をすり抜けると公園の中へと入って行った。あの、親子のいる所へ。


 男は親子の前にあぐらをかいて座り込むと、お母さんと赤ん坊に向かってしばらく何かを語りかけているようだった。二人には何も反応が無いように見えたけど、男は気にしていないのか、ビニール袋の中から何かを取り出し包装を外し、中身を手に持ち二人に見せているようだった。


「あっ」


 思わず声が漏れてしまった。

 だって、二人の姿が少しずつ薄くなりだしたと思ったら突然消えたから。


 男は声にも私にも気が付く事も無いまま、こちらへ戻って来ては何かを探すようにキョロキョロと辺りを伺うと道路脇の電信柱へと歩いていった。良く見たら、その電信柱には幾つもの花や飲み物が飾られている。


 そのまま電柱の前でしゃがみ込み、手にしていた物にライターで火を付けると数回軽く振り、飲み物などの近くにそっとお供えしていた。そっか、手にしていたのは線香だったんだ。



 線香から立ち昇る煙を見ながら、男は笑顔で何かを口にしていた。

 その穏やかな表情は、近寄りがたいと思わせる第一印象を打ち消すのに十分な効果を発揮していたし、煙を眺めながら立ち上がり、背筋を伸ばして両手を合わせる姿は、なんて言うんだろう。


 夏の日差しの中で、凛として涼やかだった。



 あれ? いつからだろう。


 目を閉じ両手を合わせる男の横には、真っ白な綺麗な毛並みのハスキーのような犬が大人しくお座りをしていた。ただ、確かに座っているのに頭の位置が男の腰よりも高く、今まで見た事が無いくらい大きいな犬なのだと気が付いた。



 セミの声、高く響く夏。

 白い大きな犬。

 昇る煙。



 この日、普通よりちょっとだけ変だった私の人生は針路を変えた。


 これが、私と狗飼(いぬかい) (りょう)が出会った、忘れられない最初の日だった。


――――

 あとがき

 外伝を書き出すよりもかなり早い段階でこの作品のプロットは完成していました。

 当然、外伝を書き終えたらすぐにでも書き始められると考えていたのですが、

 改めてこの作品のプロットを読み直して見ても全然面白いと思えず。

 最初からプロットの見直しを行い大幅に修正致しました。

 そして、一気に第12話まで書き進めてみたものの今度は表現方法がしっくり来ず。

 結果、00話から全てを書き直し、

 現時点で第04話までしか書き終えていない状況からドキドキしながらの公開。となっております。


 苦労した事もあり連載ペースも掴めてはおりませんが今はとても楽しく書かせて頂いております。

 是非、今後ともご愛読頂けましたら嬉しいです。

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