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戦闘の始末、目前の休息

最近ドライフルーツ(イチジク)にはまっています。

 俺はもう一度目の前に横たわるハイリーオークを眺める。


 サイズはハイリーオークとしては平均より若干大きな、2.5メートルほどの体高で、がたいも一回り大きい。全身に纏う泥は真新しく、先程見つけた水たまりを使って鎧の補強をしたのが見て取れる。


奴らは水の属性を宿した魔石を体内に保有している。これを使って水場の少ない場所に水たまりを作り出して、得物を待ち構える習性をもっているのだ。更にその水たまりで自分自身を強化できるのだから、なんとも効率的な力の使い方だと思う。


 ハイリーオークの素材は、その丈夫な毛皮に魔石、保存が効くのであれば内臓も素材として使える。ただ、今の俺の手持ちの道具では内臓の保存に必要な物がないのでこちらは諦めるしかない。


それに、最も価値の高い毛皮だが、これも今回は諦めるしかないだろう。ハイリーオークの毛皮を綺麗に剥ぎ取るには、一度全身の泥を洗い流さなければならない。しかし、このモンスターの出現場所は基本、水場から遠い。それにたとえ綺麗に洗い、うまく剥ぎ取れたとしても、毛皮そのものの重量が重いので、今回の様に一人、歩いて移動している場合にはただの荷物にしかならない。特に今は隠密行動が求められている中で、自分の重量を増やすのは得策とは言えない。


 今回は、比較的採取するのに時間のかからない魔石だけを取り出して、他は処理する事にした。


 魔石は、人で言うところの心臓がある部分にある。その為、取り出すには肋骨を避けて、腹の厚い脂肪を取り除くか、比較的簡単に折れる鎖骨がある首側から取り出す必要がある。


 今回は丁寧に取り出す必要もないので、鎖骨を折って強引に取り出すことにした。


 肩に刺さっているナイフを回収して、剥ぎ取り用のナイフと持ち替える。幸い戦闘用のナイフには刃こぼれ一つない、最も後で研がなければ油で切れ味が落ちてしまうのだが。


 魔石の採取にはそれほど時間を掛けることなく完了した。ナイフを入れる箇所の泥を事前に排除してやれば、比較的簡単に刃が通る。ただ、相変わらずナイフは油まみれになってしまうのが難点だ。


「さて、後はこの死骸の片づけだな」


 俺は能力を使って虫を呼び出す。


 それは、体長2センチメートルとごく一般的な虫のサイズをしている。しかし、この虫は俺の手の内にある中で最強で、極悪な虫である。


その力の根源は、食べて種を増やす、生物として当たり前の行動のみ。ただ、食べるものは選ばず、その繁殖の速度は常軌を逸する。食べた傍から次々に繁殖をし、その数を瞬く間に増やし、種としての能力を異常な速度で高めていく。この虫の前では、全てのモノが餌となり下がる。それこそ、エネルギーですら自らの糧として食べることができるのだ。


 種としての名前は“ムヴェイスノウリ虫”。過去の文献には“悪食”や“滅びの一粒”と記載されていたとか。以前、道に迷って辿り着いた遺跡の奥で眠っているところを目覚めさせてしまったのがこいつとの出会いだった。正直、虫を操る特殊能力がなければ、世界滅亡の引き金を引いたのは俺だったかもしれない。あの時、胸に抱いた自責の念は今でも忘れない。自ら最も大切にする者を、この手で失ってしまう所だったのだ。


「リチュー、この肉塊のみ処理してくれ」


 個体としての認識があるかは分からないが、いつも最初に出てきた一匹をリチューと呼んでいる。俺が指示を出すと、一度此方を振り向いてから、ハイリーオークの死体に集り食事を始める。


 最初は一匹だったムヴェイスノウリ虫は二匹、四匹、八匹と瞬く間に数を増やす。食べた傍からムヴェイスノウリ虫の成体を産み落とし、そしてまた食べる。結果ハイリーオークの死体は一分と経たずしてこの世から消えた。


「相変わらず見事だね、ご苦労様。またよろしくね」


 食事を終えたムヴェイスノウリ虫はまた元の場所に戻っていく。種としての本能故に、長時間食事を我慢する事が出来ない。だから用事が終われば彼らは帰るのだ。


 最後に、こちらを振り向いてからリチューは帰っていく。暫らくすると辺りから小さな生き物の気配が戻ってくる。周囲の木々も心なしか輝いて見える。


「さて、思わぬ臨時収入が手に入ったな」


 俺は先程ハイリーオークから取り出した魔石を、光に掲げながらのぞき込む。それはコバルトブルーに輝く、透明度の高い透き通った石だった。魔石は純度が高くなるほど透明度が増す。そして、魔力の純度とモンスターの力は比例している。このハイリーオークは南方で見かけるにはかなり珍しい程の力を有していたようだ。


 この一連のやり取りで要した時間は僅か五分。たいした時間のロスには繋がらないが、想像以上に疲労が蓄積した。常に警戒を強いられる環境では小さな問題でも早めに解決することが重要になる。一旦、休憩を入れたい所だが、この周囲に水場が無いのが問題だ。取り敢えず、今のところは先に進んで、水場を見つけ次第休憩を取る事にしよう。


 俺は荷物を置いた場所に戻り、出発の準備をする。突発的戦闘に遭遇すると荷を失ってしまうことが有る為、今回は幸運だったと言える。普段、戦闘を虫頼りなのはこういった理由も存在するのだ。


特に、調合に使う道具は繊細で高価な物も多いので乱暴に扱うと、再び購入しなければならなくなる。これは旅の薬師にとっての最大の問題の一つだ。最も、俺の様に単独で旅をする薬師は極少数だ。普通は商会や他の旅人に同行して、安全面を高める努力をするものだが、俺はもう一つの仕事の関係上、単独行動を常としているだけである。


 ただ、今回の任務を無事に終える事が出来れば、この問題は大きく解決する。


 準備を整えると先を急ぐため、前へと進む。







 辺りには一定の間隔で流れ落ちる水の音が辺りを支配する。


 ここは、先程の戦闘を行った場所から一刻ほど進んだあたり。馬車一台分の空間がある道を少し外れた所に、たまたま見つけた湧き水が岩盤から染み出している場所である。川と呼ぶには心もとない、しかし十分な水が確保できる源流と呼べる場所だ。


「ア“~、生き返るわ~」


 現在、俺は水浴びの真っただ中である。水たまりが存在するような湿った地面で激しい戦闘を行えば、撥ねた泥が着ていた服や靴を泥まみれにするのは必然。髪にも少し泥が撥ねていたくらいだ。戦闘中はぬかるんだ地面に足を取られないように注意していたが、流石に撥ねる泥にまで意識を割いている余裕はなかった。


 日に二度も水浴びをすることは珍しいが、盛大に汚れてしまっては仕方がない。ここは一つ、気持ちよく仕事をする為にも、手持ちの服を洗濯する事にした。


この業界、仕事の本番は日が暮れた後、辺りが暗くなってからと相場が決まっている。単純に敵に見つかるリスクがさがるのだ。


また人が闇夜で活動する時は、どうしても光をともす必要がある。それを頼りに、探し物を見つけるのが俺の常套手段である。これは夜目がきく虫の力を借りられる身として有効に活用させていただく。


 だから現状、目的の場所にかなり近づいたであろう、今となっては慌てる必要も無い。


 洗った服は良く水を切って、日の当たる岩の上に並べる。日没まであと三時間ほどだろうか、真夏の太陽の力が有れば十分乾く時間を確保できる。


 現在の俺の格好はインナーのみ、人前に出るには問題がある格好だが、大自然の森の中にあっては解放感すらある。


 流石に危険伴う森の中で無警戒でいるわけにはいかないので、テントウムシに周辺の監視をしてもらっているが、現状危険なものも周囲には居ない。先程出会ったハイリーオークは本当に偶然だったのだろう。


 俺は服が乾くまでの時間を使って、色々と身の整理をすることにした。まずは先程使ったナイフ二本のメンテナンス。油まみれで切れ味の鈍ったものを手入れする。幸いこの場所は水が有るので研ぐのに丁度良い。


 戦闘に使うナイフは、先端を鋭く、根元に向かうほど鈍く研ぐ。相手の攻撃をナイフで受けることもあるので全部を鋭利に研いでしまうと簡単に刃こぼれをしてしまうのだ。それに比べ、剥ぎ取りや生活の道具として使っているナイフは、全体的によく切れる様に鋭く研いでいく。特に握り近くの根元は念入りに研ぐのが俺流だ。ナイフを見ると先端に目が行きがちだが、実際に使用するとなると根元の使用頻度が高い。特にこまごまとした作業をする時など、取り回しが良い根元をよく使うものだ。


 一通りナイフの手入れを終えると、少し湿った前髪が気になった。思い返してみれば最後に髪を切ったのは何時だっただろうか。それにそれ程濃くは無い髭も伸びてきている。普段からあまり見た目に拘りはしないのだが、旅の薬師は最初の印象が大事である。あまり不摂生に見える姿は、患者の信頼を勝ち取れない。


 これは良い機会だと、先程研いだばかりのナイフを使って、身だしなみを整えることにした。昔はお嬢がお忍びで領地内をうろつく為によく変装の手伝いをしていた。ただ、それが思いの外俺の性に合ったのか、今ではメイクや髪形を整える技術が本職も真っ青な腕にまでなっている。要は手先が器用なのだ。普段自分の髪を切ることは滅多にないが、軽く整えるくらいは十分行える。


 水面に映る自分の顔を見ながら、気になる所を繊細かつ大胆にカットしていく。俺の髪の毛はこの周辺では珍しく黒色をしている。少し青みがかっていて真っ黒ではないが、ブロンドの髪色が多い地域では結構目立つのだ。顔も多少、目が鋭いがそれなりに整っているのではないかと、常日頃自分では思っている。多分。


 先程研いだばかりのナイフの切れ味は、髪を切る作業を苦も無く行える。然ほど時間もかからずに、髪を整え終わった。頭の後ろも輝くばかりに磨いたナイフに映して確認したので間違いないだろう。


 切った髪が肩や腕に落ちたので、もう一度水に入って洗い流す。暑い日には何度水浴びしても気持ちいい。


 水浴びを終えてさっぱりした所で、日の傾きを確認するが、日没までにはまだ時間があるので少し早めの食事を取る事にした。今夜は状況次第では長丁場になるかもしれないので、確りとしたものを食べて精を付けることにした。それにこの後の行動を考えると、多少なりとも荷を軽くしておきたいという思惑もある。


 今日使う食材は、ジャガイモと今朝採れた各種夏野菜、少し調子に乗って村を出る前に買いすぎた食材たちだ。本当はこれでカレーを作りたかったのだが、流石に匂いが強すぎるので断念。なので、今晩の献立は、ニンニク控えめジャガイモとタップリ夏野菜のアヒージョに決定した。


 まずは俺特製干し肉を水に漬けてもどす。その間に各食材をカットして、鍋に油と少量のニンニク、塩、香辛料少々を加えて加熱する。そこに水で戻した干し肉を投入し、炒める。その後、ジャガイモ、夏野菜の順に鍋に投入して火が通るのを待つ。本当はグツグツ煮立つほどの油を使いたいのだが、流石に野営の時には高望みだろう。それに油は高級品だから無駄使いはできない。


 出来上がった鍋を火から遠ざけ、今朝の残りだと貰ったヴィオラさんお手製のパンを取り出す。これで食事の準備は完了だ。


 まずはアヒージョを一口。臭いを抑えるためにニンニクの使用を少量に抑えたから多少薄味だが、香辛料で旨味を十分補っている。更に野菜から溶け出した旨味と交わり、完成度の高い味へと昇華している。そこに浮かぶジャガイモは、旨味を溜め込んだ油を吸ってホクホクの食感と、口の中で広がる重層的な旨味が合わさり、高い満足感を与えてくれる。


 そして旨味の塊となったソースをパンに付けて食べると、優しい舌ざわりに一そう確りと感じられる味を、喉を通り過ぎるその時まで楽しませてくれる。


 カレーもよかったが、アヒージョという選択肢も悪くなかっただろう。特にカレーに入れる為に用意していたローリエの葉が良い仕事をしている。干し肉の臭みを消して、複数の野菜の味を見事に纏め上げている。今回初めて油煮料理にローリエを使ったが予想以上の実力を見せつけられた思いだ。煮込みすぎには注意が必要だが、繊細に扱えば他の香辛料では味わえない見事な仕事をしてくれるのだ。


 複数入れた野菜も、各々違う食感で食事の時間を楽しませてくれる。この料理一品で、いったい何度俺に幸せを与えてくれるのだろうか。


 全てを食べ終わる頃には、腹も十分に満たされ、高い満足感を得る事が出来た。今は食後のコーヒータイムだ。夜間行動を予定しているので普段よりも濃い目のエスプレッソ仕様である。


「……ふぅ。これはもう食堂を開くべきだろうか……」


 食事を堪能した後、ぼんやりと辺りを眺めながら小さく呟く。従者をしていた頃は、公爵家で雇われていたコックが作る料理を食べて10年も暮らしていた。だから舌が肥えてしまったのは仕方のない事だろう。そんな時に突然の一人旅が始まり、全ての事を自分で熟さなくてはならなくなる。その中には当然食事の準備も含まれているのだが、当時の俺は軽食を作った事ある程度で、とてもまともな料理を作る腕は持ち合わせていなかった。


そこから始まった苦悩の日々を、俺は生涯忘れることは無いだろう。それまでは食事とは楽しい時間だったが、手持ちの少なかった最初の頃は自炊することを強いられた。それ故に拙い料理の腕で食事を用意するしかなかった。食材を切って、焼くか煮るだけ、味付けも塩のみ。一応食べることはできるが精神は疲弊していき……。


ある日俺は限界を迎えた。


 薬師としての仕事もそっちのけで、料理の修行を行う日々。ある時は宿場町の食堂で下拵えを学び、またある時は貴族の屋敷で見習いコックとして技を盗み、更には薬草と香辛料の類似点に着眼し研究を繰り返す日々。


 こうしていつしか、俺は極一部に熱狂的なファンを抱える料理を作り出す料理人と呼ばれるようになった。この頃になって漸く自分の本職を思い出して薬師の仕事に戻ったのは良い思い出だ。ただ、香辛料の研究で培った知識が薬師としての技術を向上させたのは何の皮肉だろうか……。


「……今の仕事を引退したら考えよう」


 取り敢えず考えは保留。目の前の仕事を優先する。後半刻もすれば日は沈み暗闇が訪れるだろう。ここは軽く仮眠をとって夜に備える。テントウムシに日が沈み切るまえに起こしてくれと頼んでから、俺は柔らかい草の上で横になる。暫らくすると自然と瞼が下がって来た。





誤字脱字ありましたら、一言教えていただけたら有難いです。

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