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病の経過、父の心

物語の冒頭を組み立てるのって難しいですね。

それにボッチ旅なんで、人と関わると会話が増えてしまう。

 治療の対価に一晩の宿を貰い、その上豪華な食事まで頂けた。ヴィオラさんの料理は故郷を思い出すそんな味だった。ああ、そういえばここは地元ではないにしろ故郷だったか。


 ペンシオさんも久しぶりにまともな食事にありつけたからか、少し食べすぎたのかお腹をさすっている。今は食後のティータイムだ。ヴィオラさんが淹れてくれた茶を飲みながらゆったりとしている。彼女が淹れた茶はここの一帯が産地のお茶の葉を使ったものだ。渋みが無く、スッキリとした味わいが楽しめる。薬草としても使用する事が出来る非常に優秀なお茶の葉だ。


 三人で茶を楽しんでいると、早速とばかりにペンシオさんが話を切り出す。


「先生は村の事に付いて聞きてぇって話だったが、俺は家で療養していたから、ここ最近村にあった事については疎いんだ。ヴィオラは何かあるか?」


 確かにペンシオさんにここ最近の事を聞くのは酷だろう。止まらない咳は体力と共に精神力も奪っていく、彼には外に目をむける余裕もなかっただろう。


「んーそうだなー……、やっぱり犯罪奴隷を見かけたことですかねー」


 考える仕草をしながらヴィオラは答えてくれる。村の外で作業していた男性も同じような事を言っていたな。


「それは不可解ですね。どこでその犯罪奴隷を見たのですか?」


「えっとー、確か今から一週間くらい前に、村の東側に自生している薬草を取りに行った時です。」


 犯罪奴隷を見たのが一週間前だとすると、情報の伝達が早すぎる。いくら王族と公爵家には長距離の連絡がとれる魔術具を保有しているとはいえ、ここからレオネの公都までそれなりの距離があるはずだが……。しかし、犯罪奴隷の発見者がヴィオラさんだったとは、これは幸運だ。


「その時丁度、代官の方がいらっしゃっていたので伝えはしたのですが……怖いですよね」


「なるほど、確かに犯罪奴隷がうろついているのは怖いですね。ですが、レオネ領の保有する鉱山はかなり南にあったと思うのですが、そんな遠くから逃げてきたのでしょうか?」


 犯罪奴隷の発見と、代官への伝達が同日なら確かに情報の伝達速度が速かったことには説明が付く、もっとも収穫期の前であるこの夏に代官が視察にくることなどまず在り得ないのだが……。


しかし、彼女達一般の人間からしたら犯罪奴隷が自由に動き回っているのは脅威だろう。本来、厳重に管理されるべき凶悪な人間だ。その犯罪奴隷に自由を許してしまった責任者は厳罰になるだろうな。


「はい。なので代官の方はフェロ公爵領からの逃亡奴隷じゃないかって言ってました」


 ……なるほど、これで話が繋がった。


 今回、請け負った依頼は、レオネ公爵家からフェロ公爵家に、犯罪奴隷の無断越境の疑惑で訴えられたその真実の究明だ。フェロ公爵家はその日のうちに事実確認を行い、無実であることを訴えたが、レオネ公爵家からは目撃者がいると、その事実を認めなかった。その為、レオネ公爵家の訴えが事実無根であることを証明するために、俺に依頼が回って来たのである。


ただの村人である彼女達には政治的判断などできないだろうが、代官を任されている人なら外交のカードとして利用しようと上に報告した可能性がある。


 しかし、村人の証言だけで、これだけ強気に出られる筈がない。レオネ公爵は何か切り札を用意しているはずだ。


「私の生まれた地域では、この時期に代官の方が視察に参られることは無いのですが、レオネ公爵領ではよくあることなのですか?」


「いや、毎年種付けの時期と収穫の時期にしかこねーな。こんなに頻繁に視察に来るのは今年からだな」


「頻繁に……ですか?」


「ああ、今年に入って月に一度は、必ず代官が視察に来ている。確か、丁度代官が交代になった時期と重なるから、今回の代官様は仕事熱心だと思っていたよ」


 代官の交代に、月一の視察、これは何か臭うな……。代官の業務は領主に代わって税の徴収や、簡単な刑罰の判断。それに治める地域の行政の業務だ。はっきり言ってそんな頻繁に視察に出ることは無い。なにより、自分が管理する村々を毎月視察していて本来の業務を熟せるほど、暇な仕事ではないはずだ。


「随分働き者の代官なのですね。何を視察されに参られるのですか?」


「んー、どうだろうなー。特に変わった事はしてないけどなぁ」


 ペンシオさんにはこれと言って思い当たる節は無いようだ。実際、これといって見どころのある村でもないので、それほど頻繁に訪れる必要があるとは思えない。


「そうだよね……あ、今までの代官の方は視察に来たら一晩泊まって来た道を引き返して帰って行ったけど、新しい代官の方は西の関所まで視察に行っているって聞きました」


「関所をですか?」


「はい、なんでも王都から荷を仕入れるときに、街道に不備があっては困るからと、その確認もかねて視察されているようです」


 在り得ない。最初に感じたことはこれだ。街道の確認など人を向かわせれば済む話だ。態々代官自ら赴くような仕事ではない。だとすると、代官が直接関わらなければならない何かが東にあると見るべきか。


 しかし、ここから東には関所に続く街道しかなかったはずだ。他にあるとすれば・・・王領を跨いで存在する山がある。確か、そこには貴重な宝石が埋まっているが、領地の境界線が近くて開発されていなかったはず……これは少し大ごとになるかもしれないな。


「あ、そういえば、ベレッザ商会の方がこの辺り一帯で採れるお茶の葉を専属契約してもらえたと村長が言っていました」


 ヴィオラが思い出したかのように新しい話をしだした。どうやらあの商会は順調にその枝葉を伸ばしているようだ。


 このベレッザ商会、実は立ち上げるに当たって俺も協力している。実際今も商品を卸しているし、俺も大いに活用させてもらっている。創立当初こそ貴族や豪商の金持ち相手に美容品や化粧品を販売するのみだったかが、独自性かつ、独占的に取り扱う商品のおかげで、創立から僅か五年で他国にまで名前が知れ渡るほどの知名度を得ている。それに最近では、支店を各領地や他国の大都市にも出店させ、未だに破竹の勢いで勢力を伸ばしているのだ。


 商会の立ち上げ当初は、面倒な仕事を任されたと悲観したが、今となっては大変助かっている。ある意味、俺が前の職場を放り出されてもやってこれたのは、この商会に品を卸していたからだと言えよう。


「そうですか。彼の商会と専属契約を結ぶとは、やはりここのお茶は非常に優れているのですね」


「確かにこの辺りの茶は美味いが、それ程知られていることでもねーのに、よく嗅ぎ付けてきたよな」


「そうでもありませんよ。この辺りの茶に使われている葉は、薬草としても使用できます。薬師としては知る人ぞ知る穴場なのですよ。かく言う私も、それが目当てでここに来たくらいです」


「じゃあ、リオックさんを呼んでくれたお茶には感謝しないといけないね。お父さん」


「だな、お陰で大助かりだぜ。あっはっはっはっは」


 本来はそれだけが目的ではないのだが、彼らに受け入れてもらうには丁度いいだろう。実際メディシナル殿から仕入れた薬の知識は、効果が高く、応用もききそうなものが多かった。それに、商会が専属契約してくれたおかげで、これからは直接採取せずとも買う事が出来るのは大きい意味を持つ。


 その後も、村で起きた些細な事から、だれそれの赤子が産まれるなどの話を二人から聞いて、病人はあまり無理をしてはいけないと、早々に寝ることになった。


 実際、ペンシオさんはここ最近咳のせいでまともに睡眠がとれていなかったのもあるだろう。一番早くに限界がきたようだ。


 俺は宛がわれた客間に入ると、旅の服を脱ぎ棄て、普段着に着替える。旅をしていると、あまり多くの荷物を持ち運ぶことができないが、人間の生活圏で過ごすときは着替えて身軽にならないと休んだ気がしない。


 俺は旅の疲れで凝り固まった体を解してからベッドに潜り込む。久しぶりのベッドの感触に俺の意識はそれ程時間を措かずして眠りについた。自分で感じていたよりも疲れていたのかもしれない。今日の報告を忘れていたのは仕方ないだろう。ごめん。







 翌朝、部屋の外でする物音で目が覚めた。ドタドタと騒々しい。俺は着替えを済ませてから部屋を出る。すると丁度、ヴィオラさんと鉢合わせした。


「あ、おはようございます。よく寝れましたか?」


「ええ、久しぶりのベッドにぐっすり寝させてもらいました。顔を洗いたいのですが水場は何処にありますか?」


「それなら家の裏に井戸がありますので、そちらを使ってください」


 俺はヴィオラさんに教えてもらった場所に向う。そこには先客がいたようで豪快に水浴びをしていた。


「おお、先生おはようさん」


 そこにいたのは元気溢れるペンシオさんだった。一晩寝たことで、症状はさらに良くなったのだろう。


「おはようございます。お加減はどうですか?」


「いやー、最高だぜ。昨日薬を吸ってかなり良くなったとは思ったが、一晩寝たら更に身体が軽くなりやがった」


「ふむ、良い傾向ですね。だからって無理をしてはいけませんよ?」


「わーってる。先生の言いつけはしっかり守るさ」


 そういって水浴びを終えたペンシオさんは家の中へと戻って行った。それを見送ってから自分の身体を清める為の準備をする。普段旅をしていると中々身体を清める機会がないのでありがたい。綺麗な小川などを使用することもあるが、常に警戒をしながらだと身も心も休まらないものだ。俺は丁寧に体を洗ってから服を着る。


 家の中に戻ってくると、部屋の中には朝食の良い匂いが充満していた。テーブルには既にペンシオさんが付いていて、料理が並べられている。家の奥からはヴィオラさんが忙しなく動いている気配を感じる。


「おー、先生。飯の用意ができてるぜ、席に座ってくれ」


 俺が勧められるまま席に着くと、ヴィオラさんが鍋を持って部屋に入って来た。今朝の朝食は、スクランブルエッグに豚の腸詰、普段食べている固パンよりも柔らかいパンに、先程ヴィオラさんが持ってきたトマトスープのようだ。


「さあ、リオックさん遠慮なく食べてくださいね。腕によりをかけましたから」


 ヴィオラさんは自信があるのか笑顔で勧めてくれる。最も、その自信は確かなものだったらしく非常に美味しい。昨晩の料理もかなり美味しかったので疑っていたわけではない。きっと彼女は良いお嫁さんになるだろう。ファザコンなのが少し心配だ。


 俺達は瞬く間に朝食を食べ終わってしまった。旅をしていると、早食いが意識していなくても身に付いてしまうのだが、美味しい料理はそれに拍車をかけたようだ。


 食後の茶を頂きながらの食休み、ヴィオラさんは仕事があるからと、俺達を措いて出掛けて行った。食後の一服、薬の使用が終わるのを見て俺は切り出す。


「それでは、ペンシオさんの症状がどれほど改善されたのか、もう一度診察しますね」


 見た限りでは、症状の改善は目に見えているのだが、薬師として手を抜くことは出来ない。確りと経過を観察して、処方する薬の分量の調節を行わなければならない。


「ああ、それじゃあ頼むぜ」


 昨日ほどしっかりした診察ではないが、患部を一通り異常がおきていないか確認する。幸い快方に向かっているのは間違いないようだ。一通り今の状態、今後の服薬の予定を話し合い。今回の診察は終わる。


「いやー、しかし本当に助かったぜ先生。娘が心配してくれてたのは嬉しかったが、あいつも不安を抱えてただろうからな」


 流石、男で一つで育てた父親、彼女の心の機微を敏感に感じ取っていたようだ。


「いえ、これも薬師としての務めです。今後は煙草も控えましょうね。と、言うわけでこれです」


「ん?なんだこれ?」


 俺が差し出したのは一枚の手紙だ。そこにはベレッザ商会で使われているエンブレムの一つが押されている。


「これは薬を購入する時に必要な書類です。このエンブレムを掲げている行商人に渡せば次の時に持ってきてくれますよ」


「薬だって?今のじゃ足りないのか?」


「いえ、今回の治療に必要な量は十分に渡してあります。これは今後の為ですね」


 今一理解できていないペンシオさんに、今回なぜ病気を患ったのかを詳しく説明しなおす。結局の所、今回彼が喘息になったのは、彼の生活環境に大きな原因がある。大量の埃を吸い込みやすい仕事である為、今後も同じようなリスクはある。しかし、仕事をしないわけにもいかないのでそれの予防策を考えたのだ。それに彼の私生活にも原因はある。彼は常習的に煙草を使用している。もっとも嗜好品を突然止めると、ストレスが溜まるものだ。これも喘息を患ったことが有る人にとっては注意が必要になる。


「その手紙には、今回渡した肺の中を綺麗にする煙薬の処方許可書が入ってます。煙草ほど頻繁に吸うわけにもいきませんが、多少なり代わりにはなると思いますよ」


 俺の説明を聞いて理解できたのか、みるみるうちにペンシオさんの顔はクシャクシャになる。


「先生。先生には感謝してもしきれねえ」


 そう言ってペンシオさんは、ぽつぽつと話し出した。


ヴィオラさんは小さいころに母親を流行り病で失くしてしまい、その時は大変落ち込んでいたそうだ。それをみてペンシオさんは自分が確りしないといけないと奮起して、仕事も娘の面倒を見るのも精一杯努力したらしい。


そのかいあってかヴィオラさんは少しづつ笑顔がもどり、今の明るく元気な子に育ったとか。ただ、少し父親に依存するようになってしまったが、元気でいてくれるならとあまり気にしていなかったらしい。


でも、今回は自分が病気になってしまい。自分の事よりも、このままでは娘がどうなってしまうのかと心配していたそうだ。そんな中病気を治療できる俺が現れたことに本当に感謝したのだとか。


「本当は、娘も彼氏でも作ってくれれば良いんだけどな。それはそれで寂しいが……」


 結局の所、一番依存しているのはペンシオさんなのかもしれない。


一通り話が終わって、任務の事もあるので俺はお暇することにした。正直予想していたが、案の定引き留められた。しかし、俺が依頼を受けてそこへ向かう途中であること、依頼が終わったらペンシオさんの経過を診る為に、一度戻ってくることを約束すると、笑って送り出してくれた。


 色々と、予定に無い事が起こったが、思っていたよりも重要な情報を得られたので、今回はこれでよかったのだろう。


 俺は確りと準備を整え、代官が視察に向かったとされる東に向かって歩みだした。




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