娘の心、病の治療
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メディシナル殿の家をでてヴィオラさんの家に向かう。
彼女の家は村の西はずれにあるらしい。薬師の家があった場所とはちょうど反対側だ。
外はすでに日が暮れる直前だ、太陽の半分はすでに山裾に隠れている。夕焼けで濃い影が伸びる村の中を俺達は進む。既に夏の夜に活動する虫たちは目を覚まし、活発に活動を始めている。夜の帳が訪れるのももう直ぐだろう。
「あ、あの、父の病気は治るのでしょうか……」
彼女は不安な気持ちに押しつぶされないように、必死に誤魔化しているのだろう。診察もなしに不確かな事を安易に言うべきではないが、後々の事を考えると、ここで彼女からの信頼を得るのは重要な事だ。
「診てみないことには何とも言えませんが、先程のヴィオラさんのお話どおりでしたらきっと大丈夫ですよ」
「そ、そうですか、あはははは……はは……」
どうも彼女はかなりの心労をため込んでいるようだ。先程メディシナル殿がこっそりと教えてくれたのだが、彼女の親族はもう父親しか残って居ないらしい。早くに母親をなくし父親が男手一つでヴィオラさんを育てたようだ。彼女が父親を心配するのは無理も無い事だろう。
「はい。それに私は、この大陸にある国の殆どを巡って、薬師としての技術を高めてきました。咳止めの知識も沢山持っていますから、ご安心ください」
「えっ、あの、えっと……はい」
俺は彼女を安心させるために、優しく話しかけると、下を向いて俯いてしまった。これでも患者さんの精神的ケアにも精通している俺が、何かミスをしてしまったのだろうか……。
結局、家に着くまでに彼女は俯いたまま歩いて行くことに成った。下を向きつつも障害物を巧みに避けていく様は、流石現地の人だと感心したものだ。
彼女の家にたどりついた。そこは流石父親が大工仕事をしているだけあって、他の家とは違い修繕を必要とする箇所は一つも見当たらなかった。家の前には花壇が設置されていて、色鮮やかな花を咲かせている。どの花も染料として使える物ばかりだった。ヴィオラはきっとしっかり者の娘さんなのだろう。
「ここが私の家です」
そういって、彼女は扉を開けて招き入れてくれる。扉を開けた先は広いリビングに直接繋がっていた。
「お父さんただいまー、薬師の方を連れてきたよー」
ヴィオラさんは家の奥に声を掛けながら入る。すると家の奥から物音がして、一人の男性、ヴィオラさんの父親、ペンシオが出てきた。
ペンシオは、大工の仕事をしているだけあり、立派な体格をしている。髪は短く揃えられ、身なりも小ぎれいにしている。一見病人には見えないが、食事を満足に取れていないためか少し頬がコケている。
「おう、おかえり。そちらさんが薬師の先生かい?」
「ええ、はじめまして。私は旅の薬師をしておりますリオックと申します。娘さんに頼まれて、貴方の治療にきました」
「おっと、こいつは失礼。俺はヴィオラの父でペンシオってんだ。よろしくな」
一見、怖そうな印象を抱くが、話してみると気さくな感じで答えてくる。笑った顔は可愛らしさすら覚えるほどだ。
「お父さん、調子はどう?」
「ああ、今のところは落ち着いているぜ」
ペンシオさんはそういってヴィオラの頭をクシャクシャと撫でる。その時、一瞬だが顔が苦痛に歪むのを俺は見逃さなかった。娘に心配かけまいとかなり無理をしているようだ。
「早速ですが、診察に移りたいと思うのですがよろしいですか?」
「あ、はい。おねがいします」
「娘が連れてきた薬師の先生だ。信頼してるぜ」
ペンシオさんの言葉に俺は思わず微笑みを浮かべてしまった。一見俺に向けられた言葉の様だが、実際はヴィオラさんに向けた全幅の信頼だ。普通は旅の薬師と言っても初対面の人間を信用できるものではない。
それからは、診察の為に湯を用意してもらい。椅子が対面になるように配置して、薬草や道具類を取り出す。
「ペンシオさん、診察の前にこの薬を飲んでください」
「ん?これはなんだ?普通は診察して薬を出すんじゃねーのか?」
「それは喉の痛みを抑える、汎用性が高い薬です。これだけでも少し楽になると思いますよ」
ペンシオさんは少し訝しげに薬を見ながら一気に飲み干す。
「意外と苦くないんだな」
どうやら訝しんでいたのは、苦いのが苦手な為だったらしい。多分薬嫌いの人なのだろう。そういった人は一定数居るものだ。
「それでは診察を始めますので、椅子に座ってリラックスしてください」
「分かった」
準備が出来たところで、まずは最初に喉の奥を見せてもらう。喉の奥には何度も咳をした為か、かなり傷が出来ていて血がにじんでいる。最初に聞いた血を吐いたのは此の為だろう。しかし、それ以外の異常は見られなかった。
尤も、俺の予想通りなら、原因は更にその奥、気管に原因があるとみている。ただ、現在の医療技術では、体の奥にある症状を直接見て判断することが難しい。
そこで役に立つのが俺の持つ特殊な能力である。実は先程飲んでもらった薬には仕掛けがしてあるのだ。実際に喉の炎症を抑える薬ではあるのだが、その中に小さな虫を紛れ込ませておいた。
そう、俺の持つ特殊能力とは、虫を使役し従える能力なのだ。それこそどんな虫でも俺は従える事が出来る。高い戦闘能力を持つものから、今回治療につかったような益虫と呼ばれる虫まで俺の想い通りに、彼らは動いてくれる。この力があるからこそ、俺は今まで生きてこられたのだ。
そして、今回使った虫は体長1ミリほどの小さな虫達だ。薬が喉を通るときに、喉の壁面にくっつき、呼吸と共に気管に入り込み、俺の目となって働いてくれる。虫達から伝わってくる映像からこの病気が、俺が予想していた通りのものだと判明した。空気の通り道である“気道”その壁面が炎症を起こしているのだ。
そう、喘息である。
喘息は、気道に炎症が出来て空気の通り道である気道が狭くなってしまう病気だ。しかもこの病気は放っておくと徐々に症状が悪化してしまうたぐいのものだ。
以前俺が治療した女性は服飾の仕事をしていて、人より多くの埃を吸い込んでいた。俺はこれに当たりを付けて原因の排除と対策をとったところ見事患者は回復に向かった。今回俺がペンシオさん病気が喘息だと予想できたのは、彼が大工だと聞いたからだった。大工は沢山の木を切る為、普段は木の切りくずや埃の舞う場所で作業をしている。それに症状が長く続いているのも予測を立てる事が出来た要因である。
肺炎などの病気だと普通の薬師は何通りかの有効な薬を作る技術を持っている。それなのに一向に効果が見られないことから、認知度の低い病気であることが予想できたのだ。このご時世、多少汚れていても気にしない人が一般的だ。埃が病気の原因になると知っている人は殆どいないだろう。かくいう俺も前回の患者さんを治療する時に、調べに調べてやっと知ることができたのだ。実際医学書も確認したがどれも記載されていなかった。
兎に角、喘息は認知度の低い病気だ。それこそ専門家すら知らない可能性がある。今回、こんなマイナーな病気の治療法を知っている俺が訪れたのは奇跡といえるかもしれない。もちろん、彼らにとってだ。
「やはり、私が予想していた通りの病気ですね」
「リオックさん、父の病気は治りますか?」
診察中、ずっと心配そうに見ていたヴィオラさんが尋ねてくる。まさに藁にも縋る思いなのだろう。
「ご安心ください。治療法は分かっているので大丈夫ですよ。薬も手持ちの物で作る事が出来るのですぐにでも処方しましょう」
俺の答えを聞いて、親子抱き合って喜びあう。ペンシオさんが思い切りせき込んでしまうほどに。喜ぶのは病気が完治してからにしてもらいたい。
「処で、ペンシオさんはキセルをお持ちですか?」
「ごほっごほっ、あ、ああ、持ってるぞ。……これだ」
ペンシオさんが取り出したのはごく一般的なキセルだった。この家に入った時から漂っていた臭いで、ペンシオさんが喫煙者であることは分かっていたのだ。
「それでは、これを治療に使いますね。ヴィオラさんにはこのキセルを洗ってきてもらっていいですか?」
「あ、はい。分かりました」
「私はその間に薬を調合するので、しっかり綺麗になるまでお願いしますね。ペンシオさんはそのままお待ちください」
キセルの洗浄は任せて、薬の調合に取り掛かる。薬は三種類、気道内の炎症を抑える物を一つ、気道内に入り込んでいる刺激物を取り除く物を一つ、そして喉の腫れ用の薬が一つだ。
まず、喉の腫れを抑える薬は、一般的に知られている物を使用する。これは数日服用すればすぐに治る症状だったからだ。
そしてあとの二つは少し特殊な素材を使う。ここでもう一度俺の特殊能力が役に立つ、それは虫から分泌される液体を薬として使用するのだ。この液体、本来は保存がきかず、薬として使用するのに向いていないのだが、今この場で採取することができる俺ならではの手法だ。ただ患者に採取するところを見られると、服用を拒まれる恐れがあるので一工夫、カバンに手を入れるフリをしながら採取するのだ。この二年で培った小技だったりする。
採取が終われば後は調合するだけ、天秤を用いて分量を量り、手順通りに調合する。調合自体はそれほど難しくない薬なのでこれは直ぐに終わった。後はヴィオラさんのキセル洗浄待ちなのだが、先に喉の腫れを抑える薬を飲んでもらおう。
「ペンシオさん、薬が出来たので、これを飲んでください。ゆっくり喉になじませるようにお願いします。あ、苦くはないですよ」
「おう、わかった」
ペンシオさんは苦笑い気味に薬を受け取り、ゆっくりと飲む。最初こそ恐る恐るだったが、苦くないと分かると安心したように薬を飲み干した。
「今の薬は喉の腫れを癒します。これは三日間、朝と夜食後に飲んでください」
「分かった。他のは……この葉っぱを飲むのか?」
俺が調合した薬をみてペンシオさんの顔が歪む、確かに乾燥した葉を飲むとなれば抵抗感もあるだろう。しかし今回は飲むのではなく、吸うのである。
「いえいえ、違いますよ。この二つは煙草の様に煙として吸って頂きます」
「ん?これは煙草なのか?」
「このタイプの薬は珍しいのでご存知ないかもしれませんね。これは煙薬と言われるタイプのもので、煙に薬効成分が含まれているんです」
俺の説明を理解したのかしていないのか、ペンシオさんは「ほぉ~」と言いながら薬を凝視する。そうこうしているとヴィオラさんがキセルの洗浄を終わらせて戻って来た。
「リオックさん、キセル洗い終わりました」
「はい、ありがとうございます。それではこの薬の服用方法をお教えいたしますね」
ヴィオラさんからキセルを受け取ると、薬をキセルに適量入れて火種を落とす。
「それではペンシオさんはこの煙を吸ってください。吸った煙は一度肺に溜めてからゆっくり吐き出してくださいね」
彼は頷くとゆっくり煙を吸い込む。そしてゆっくり長く「ふぅーーー」と吐き出すと一言。
「悪くない味だな」
ペンシオさんからの評価は上々だ。以前治療した患者からは不味いと言われたので、効能は変わらず味の改善をはかった改良版だったりする。これを作るのには大変苦労させられたものだ。
「あの、リオックさん。これが薬なんですか?」
ヴィオラさんからしたら、普通に煙草を吸っているようにしか見えない。煙薬はまだ一般的には認知されていない薬なので仕方が無い。
「はい。今回ペンシオさんが患った病気は、“肺”すなわち空気を吸い込む器官に炎症ができたのが原因です。ただ、飲み薬では効能が届きにくい場所なので、最近開発された煙の薬を処方させてもらいました」
ヴィオラさんは俺の説明を聞いても今一理解できていないようだが、父親が楽しそうに煙を吸っているのを見て、取り敢えず納得したようだ。
「いやー病気になってから煙草を吸うと症状が悪化してたのに、これは逆に気分がよくなるな」
一つ目の薬を吸い終わったペンシオさんがそんな事を言う。
「ええ、普通の煙草は今回ペンシオさんが患った病気の原因の一つですから、症状が悪化してしまうのも当然です」
俺の言葉を聞いて二人は大いに驚く、ただその驚き方が親子で違うのが面白い。ペンシオさんは「そんなまさか!?」とでも言いたげな顔をしている。それに比べて、ヴィオラさんはなんだか納得している様子だ。この後、来るであろう問題は二人でよく話し合ってもらうしかない。
俺は二つ目の薬を準備してペンシオさんに渡す。彼はそれを受け取り一口吸ってから「これはこれで悪くない」なんて感想をこぼしながら煙を楽しんでいる。その間に、今回処方した薬の内容と、用法、用量を説明する。取り敢えずは一週間、薬を続けてもらって、症状の変化を様子見することになった。
もっとも、肺の中を洗浄する薬は一回の使用で大きく症状の改善につながるので、本人たちの精神的負担もすくないだろう。
「いやー、しっかし、煙を吸っただけでかなり楽になったぜ」
二本目の薬を吸い終わると、ペンシオさんは直ぐにでも症状の改善が感じられたのかご機嫌だ。
「お父さん、体の方はどう?」
「ああ、さっきまでの苦しさが、嘘みたいに消えて身体が楽だぞ」
ペンシオさんの症状の緩和に、二人は俺が居ることも忘れて喜び合う。親子なのに少し距離感が近すぎやしないだろうかと疑問すら覚える。二人が落ち着くのを待ってから今後の注意点を告げる。
「まだ完治したわけではないので、無理は禁物ですよ。仕事も最低あと一週間は休んで下さい。あと、お酒と煙草、それに激しい運動は禁止です」
「ああ、分かったぜ。先生の言いつけは守る」
「そうだよ、ちゃんと治してからじゃないと……あ!そうだ今回の薬代は御幾ら程払えばいいでしょうか?」
そう、今回治療するにあたり値段の説明をしていない。普通は薬の処方をする前に、対価の支払いが可能か確認するためにも、値段を先に提示するのが慣例となっている。しかし、今回は俺のちょっとした思惑もあり、敢えて対価の話をしていなかったのだ。
先程まで嬉しそうに笑っていたヴィオラさんが、今では少し怯えた顔をしている。大丈夫、取って食うわけではないのだから。
「先生、幾らでも言ってくれ、金は必ず払うからよ」
こういった時は、流石は一家の大黒柱。どっしりと構えている。
「ええ、それなのですが。今回使用した薬草はそれほど高価なものは使ってないのですよ。なので、今夜一晩の宿と、ちょっとしたお願いを聞いて貰えればお金はいりません」
二人は顔を見合わせ、疑問符を浮かべたような顔をする。
「そんなことでいいのか?こちらとしても有り難いが、そのお願いってのはどんなことだ?」
「それは、色々とお話を聞きたいのですよ。この村の事とか、最近、変わった出来事あったとか、些細な事でもいいので教えてもらいたいのです」
「そんなことで良いのですか?ピアンテさんでも治せなかった病気が、そんなに安いとは思えないのですが……・」
治療後に対価を決めるときの弊害として、お互いの意見が合わないことが有る。普通はお互いの主張は逆なのだが、今回に至っては彼らに払えるようなはした金よりも、任務遂行の役に立つような些細な情報でも貰った方が遥かにうれし、対価として話を聞くのなら多少踏み込んだ話でも話してくれる可能性も見越しての申し出だ。
「いえ、これでも金銭には困ってないのですよ。それに旅先の人達から話を聞くことで、より多くのチャンスに巡り合うことができるのです。あ、これは私の経験則ですね」
「でも……」
ヴィオラはなかなか納得してくれなさそうだ。元々真面目な性格なのだろう。それに、この二月抱えていた不安を解消してくれた感謝の気持ちが、それに拍車をかけていると見える。
「あっはっはっはっは」
そんな時、突然ペンシオさんが笑い出す。
「先生はおもしれー人だな。いいじゃねーかヴィオラ、本人が良いって言ってんだからよ。その代わり今晩はとびっきり美味い飯を作ってもてなしてやろうぜ!」
この一言でヴィオラさんも諦めたのか、小さくため息を吐く。
「分かりました。今晩は腕によりをかけて御馳走を用意させて頂きますね。食事の用意をするので少しお待ちください」
こうして俺は久しぶりに、屋根のある場所で寝ることが出来ることに成った。