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旅の心得、生きる心得

 山肌から射した日差しを浴びて俺は目を覚ます。真夏の太陽は働き者だ。朝早い時間から自らの存在を主張するように大地を光で染め上げていく。朝露に反射した光が煌びやかに大地を彩る。


 瞬く間に世界が光を取り戻すのを背に、出発の準備を進める。今日の目的地である村までは徒歩で半日ほどの距離だから、昼頃には到着する予定だ。最も俺は自分の正確な位置を把握してはいない。昨日、日が沈んだ後に到着した為、確認のしようが無かったのだ。


 出発の準備を済ませて、まず向かった先は少し小高い丘の上だ。進む方角を間違えてしまっては目も当てられない。旅慣れている俺にとって多少小高い丘に登ることはさしたる苦労はない。たいして時を置かずして、俺は丘の上に辿り着いた。


 そこは俺の目論見通り、この辺り一帯をぐるりと見渡せる場所だった。何か特徴的な地形だったり、目印になりそうな物が無いか周囲を観察すると、地図に書かれている目印と特徴が一致する大きな岩が見えた。


 地図と目印を照らし合わせて、今自分がいる場所のおおよその目途がたった。


 今俺がいる場所の説明をするならまずはこの国について説明する必要があるだろう。ここはカラマロ大陸と呼ばれる巨大な大陸の、東側に位置するオスマントス王国と言われる国だ。大陸の中でも国力が高く、周辺国の中では最も力ある国だ。この国は大きく分けて一つの王家と、五つの公爵家が治める領地から成り立つ。王領を中心に、周辺を公爵家の領地が囲むように存在しており、各領地一つ一つが小国並みの領土を誇る。


 そして今、俺がいる場所だが、それは北東を統治しているフェロ公爵領と、東から南東にかけて統治しているレオネ公爵領の丁度境目あたりの小高い丘の上に立っている。


 先程予想した通り、目的地までは南に下って、徒歩半日ほどの距離だ。ただ、この辺りは未知の整備がされていないので多少予定より遅れることも考えておかないといけない。


 兎に角、今は少しでも早く到着できるように、先に進むことにする。登って来た丘を下り、南に向かって歩き出す。


 今、俺の格好は極一般的な旅をする人の姿をしている。袖の通せる少し大きめのポンチョにフードが付いたものを上から被り、背には少し大きめのバックパック。そして腰に取り付けるタイプの大きめのポシェットを背面に装着している。

 バックパックには野営用の荷物が入っており、腰のポシェットには仕事道具である。薬や薬草、治療に使う道具類が入っている。


 他にも護身用の武器も持っているが見た目は大して変わらない。特に、この辺りには滅多に魔物も盗賊も出ないから、移動の邪魔になる者は極力装備せずに、少しでも早く移動できるようにしたいところだ。


 道と呼ぶには、いささか違和感を覚える道なき道を進む。十年ほど前まではこの辺りにも立派な道があったと聞いたことが有るが、ここ最近はまるで使われていなかったかのようだ。途中ここ最近何かが通ったかのように不自然に倒れている草もあるが、基本的に人の生活圏ではまずありえないほどに道が荒れている。


 もっとも、どれだけ荒れた道だろうと山々を歩くよりは遥かにマシだ。多少のアップダウンこそあれ、基本的になだらかな平野を進むのは、普段薬草採取などで僻地に赴くのに比べたら難易度の低い歩きやすい道と言えるだろう。


 どれほど進んだだろうか、途中何度か休憩を挟み、保存食で簡単な朝食を済ませる。流石に依頼を受けている時に悠長に食事に時間を掛けてはいられない。それにここ最近は保存食も自作するようになり、一般に売られている保存食より遥かに味に自信がある。俺のちょっとした自慢だ。


 それに先に進むのにも闇雲に歩いているわけではない。旅をするのに最も大切なのは、水の気配を敏感に察知できるようになることだ。今でこそ苦労しなくなったが、旅を始めた当初は水の確保に非常に苦労した。水は他の荷物に比べて非常にかさばり、また重量も意外と重い。


 旅をするにあたり大切なことは、いかに荷物の量を減らす事が出来るかだ。大量の荷物を運ぶとそれだけで足が遅くなるし、疲労もたまる。その為、生きていく上で必須と言える水だが、如何に現地調達できるかが快適な旅生活を送る上で重要になるのだ。


 まあ、最近は魔導具で水を確保しているので、水の確保に困ることはないのだが、夏場の休憩には涼をとりたくなるものだ。だから、水の確保など関係なく、涼しい場所で休憩する為に自分の感覚を最大限に研ぎ澄ます。旅をする上で快適な環境を求めるのは大切なことだ。ここで面倒くさがってはいけない。


 それと、もう一つ大切なことが有る。それは周囲の状況をしっかり観察することだ。先程の様に不自然に倒れた草、それと周囲の獣や虫の鳴き声から色々な情報が伝わってくる。それになんてことない場所だと思っていたら貴重な薬草が生えている事もある。兎に角、周囲に溢れる情報を見落とさないようにすることが大切だ。


 さて、朝日が昇ると共に行動を始め、今現在太陽は天辺に到達する少し手前だ。そろそろ目的地である村に到着してもおかしくはないのだが、無理な行軍をする必要はない。ここは休憩を挟んで一度落ち着こう。それにいくら保存食で誤魔化してきたとはいえ、いい加減空腹も限界だ。






 と、言うわけで近くにあった小さな沢まで移動してきた。


目立った特徴もない小さな沢だが、よく観察すると色々な生命に溢れている。特に今俺が注目しているのは体長3センチ、手足を入れても5センチ強の小さな生き物、サワガニだ。


 このサワガニ、茹でても、焼いても、揚げても美味しい。見た目に反して小さなサワガニは甲羅ごと食べられるのだ。それに捕まえるのが容易で、子供にも捕まえる事が出来る。


俺は手ごろな石の裏を調べることで瞬く間に10匹ほどのサワガニを確保することに成功した。


 今回はシンプルにサワガニのスープ香辛料仕立てを調理しようと思う。今朝方使ったカット済み野菜を取り出し、水に浸したサワガニと共に鍋で茹でる。程よく煮立った所で香辛料と塩気の利いた調味料を投入。火から放して、余熱で食材に火が通るのを待つ。その間に昨夜と同じように固パンをかっとして食べる準備を整える。


 完成した所で、いざ実食。


 塩気の利いたスープは疲れた体を内側から癒してくれる。調味料と香辛料、さらにサワガニから出た出汁の旨味が絡み合い、スープの味に重厚感を持たせている。固パンを浸し、柔らかくなったところをサワガニと一緒に頬張る。サワガニのバリバリとした触感と柔らかくなり、スープの旨味を吸い込んだ固パンの相性は抜群だ。それに固パンのスープを吸っていない部分の触感はサワガニの固さとはまた違って楽しい。


 結局、俺は黙々と食事を進めて、あっと言う間に食べ終えてしまった。サワガニは割とこの大陸のどこでも捕る事が出来る食材なのだが、ありふれているからこそ普段意識して食べようとはしない。それに見た目から食べられる物だと認識していない人も多いだろう。こういった隠れた美食を発見できるのも旅をする一つの醍醐味だと思う。


 食後に軽く休憩を済ませたら、今度こそ村に到着するために歩き出す。流石に食休みを下とは言え、いきなり普段通りのスピードで歩くのは身体に良くない。最初はゆっくりとした歩みで徐々に速度を上げていくのが重要だったりする。ある程度体が慣れるまで油断は禁物、慎重に行こう。


やはり、食べすぎは良くない。







 最後の休憩から、目的の村に辿り着くまでにそれほど時間は掛からなかった。それこそ数分歩いただけで遠目に村が見えるくらいに近い距離だった。ただ本当に村の近くにくるまで道は荒れたままで、村人は普段北側を殆ど活用していない様だ。


 到着した時刻はお昼を過ごし過ぎたころだろうか、休憩を挟んだので妥当なところだろう。


 村に近づくにつれて田畑も見られるようになり、ちらほらと農夫の姿が見て取れる。丁度みな、休憩中なのか道端に座り込み思い思いの時間を過ごしているようだ。そんな農夫たちを観察していると、村へ続く道に一人、道端で休憩している人がいた。一般的な農夫の格好をした男で、頭に手ぬぐいを巻き、麻で編まれた作業着を着ている。服は全体的に土で汚れていて、確り仕事を熟していることが見て取れる。俺はその農夫に話しかけることにした。


「こんにちは、休憩しているところ申し訳ありません。少しお尋ねしたいことが有るのですが、よろしいですか?」


 俺は営業用の顔をして話しかける。やはり人間第一印象は大切だ。


「ん?誰だ?」


 振り向いた男の顔は、一言でいえば厳つい顔立ちをしていた。それはもう鉈を掲げて野山を駆け回れば山賊と見まがうほどに。俺も人のことは言えないが、非常に目つきが鋭い。それこそ俺以上に。


 更に、彼の容姿が厳つく見えるのはその頬にある傷だろうか。髪の毛の生え際から、口の近くまで入っている。傷を負ったときの対処が良くなかったのか、傷の治り方が歪だ。俺はそんな事を思っているとはおくびにも出さずに話を続ける。


「私は旅の薬師をしている者です。よろしければこの村の薬師が住まわれている場所をお教えして頂けませんか?」


「ああ、薬師のおっさんの家ね。村の中央まで行ったら左手を見てみろ。青い屋根の家が見えたらそれが薬師の家だ」


 見た目とは裏腹に、素直に薬師の場所を教えてくれる傷の男。人は見かけによらないの典型だな。


「それはご丁寧にどうもありがとうございます。よかったらこの干し肉ご賞味下さい。私のお手製なのですよ」


 男は俺が差し出した干し肉を受け取り、ひと齧り、一瞬止まったかと思えば、もの凄い速さで干し肉を食いつくした。


「おいおい、兄ちゃん。これ滅茶苦茶ウメーじゃねーか。もっとないのか?」


 まさかの追加の催促には驚いたが、俺自慢の干し肉が褒められるのは嬉しい事だ。俺は今の手持ちにある干し肉を男に差し出す。


「マジか!催促したようで悪いな。こんなに旨い干し肉は初めてだから驚いたよ」


「いえ、気に入ってもらえて幸いです」


 男は受け取った干し肉を食べだす。本来の保存食としての使い方とは違うと思うのだが、俺にも経験があるから人の事は言えない。エールを飲みながらビーフジャーキーを齧っていると止まらなくなるよな。


 俺が関係ない事を考えていると、男は既に干し肉を食いつくしていた。


「いやー、旨かった。ありがとな。何かお礼に俺に出来る事なら何でも言ってくれ!」


 男の申し出は俺にとって、願っても無い事だった。旅の基本は情報収集、現地の情報をいかに手に入れるかによって、その場所での活動を大きく左右される。最初の頃はそんな簡単なことも理解できておらず、よく冷や飯を食わされたものだ。今では町や村に付いたらまず情報を集めることが癖になっている。


「それはありがたい、それではこの村の事に付いて教えていただけませんか?」


「この村?なんの変哲もない寂れた村だぞ?」


「いえ、小さなことでも良いのです。それこそ、ここ最近何か変わったことが有ったとか」


「変わったことねぇ……そう言えば村の連中が逃亡した犯罪奴隷を見たって言ってたな」


 犯罪奴隷、各領地で定められている法律で特に重い罪を犯した者が受ける刑罰だ。その首には、鉄を用いた頑丈な魔術具によって徹底的に管理されている。各奴隷にはナンバーによって管理され、現在刑罰に従事している場所の登録、無断での移動の禁止など国によって取り扱いこそ多少違うが、殆どが厳重な管理の下、取り扱われている。


 実際、犯罪奴隷が従事する刑罰は、人が働くには過酷で危険な作業が課せられる事が多い。しかし、魔術具のおかげで意図的に移動させないと、本来逃げ出す事すら不可能なのだ。


「犯罪奴隷の逃亡ですか……。それは興味深い話ですね」


「まあ、俺はあんまり村の連中とも話さないから詳しく聞きたかったら他のやつにでもきいてくれや」


 どうやら彼はあまり社交的ではない様子。ただ、そんな彼でも知っている事なら他の人に聞けばすぐに分かるだろう。他にも色々と聞いてみたい思いは有るのだが、周りの農民たちが作業に戻り始めているのであまり長話に付き合わせるのも申し訳ない。程よく切り上げて後は村の中で情報を集めよう。


「ええ、他の方にも聞いてみます。貴重な情報ありがとうございました」


「いや、こんなこと誰でも知ってる事だからな。大したことないさ」


「いえ、旅をしている身としては、誰もが知っている情報が分からないことがありますから、大変助かりましたよ」


 その後も少し話をした後に、男は農作業に戻っていき、俺は村の薬師の居る場所に向かうことにした。別れ際に男が「何かこの村で困ったことが有ったら相談に乗るぜ」と言ってくれた。現地で協力者を得られるのは非常に重要だ。基本的に閉鎖的な村ほどよそ者を毛嫌う傾向が見える。そんな中でも親しい人が居るのは非常に心強いものだ。


 この半日歩いてきた道とは違い確りと整備された道を歩く。


程なくして村の入り口まで辿り着いた。村の入り口には警備の為に人が立っている。これは小さな村では珍しい光景だった。俺は警備の人間に来村の目的を伝え、依頼書を見せてやっと村に入る許可を貰う。


 こうして俺は今回の目的地である村に足を踏み入れることに成功した。



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