意地悪な俺と可愛い涼
なななんさま主催の「夏の涼」企画に書いた短編ですが、涼しいというテーマに添えていないかもしれません。
「涼」
「なんだよ」
俺に名を呼ばれて、振り向いたショートカットの女。
少しつり目の瞳を潤ませる涼の桜色の唇は俺への不満で尖っている。細い肩だって、精一杯に怒らせていた。俺はそれが嬉しくて仕方がない。
俺たちの背後では祭りの喧騒。祭りを脱け出してきた、俺と涼の肌を夜風が撫でる。風に揺れる提灯が、俺たちをゆらゆらと照らした。
「なんだよ。他の女たちのご機嫌でもとっておけよ。どうせ、オレなんて女だと思ってないんだろ」
涙声で早口にまくり上げ、ぷいと背中を向けた。うつむいた涼の細い肩が揺れている。細いうなじが闇夜に白く浮かんでいた。
なんだ、それ。嫉妬かよ、クソ。
「くっくっく」
堪えきれなくて、俺は笑い声を立てた。
クラスメートの数人で行った夏祭り。俺はわざと涼以外の女にだけ愛想を振りまいた。
涼はまんまと俺の策略に引っ掛かり、怒っているらしい。
「なんだよ、笑うなよっ!」
後ろ手に拳が飛んできた。俺の胸を狙ったそれを、難なくぱしっと受け止める。
涼は自分のことを、男みたいに色気のない女だと思っている。
あまりない胸と、高い身長にコンプレックスを持っていて、可愛い格好は自分に似合わないと決めつけている。
男兄弟の中で育ったせいで、自分のことをオレと言うし、言葉遣いも荒い。
今だってクラスの女子はみんな浴衣なのに、涼だけTシャツにジーンズだ。
馬鹿だな、と俺は思う。お前、素材はいいんだぜ。
「っ!」
俺を殴ろうとして、逆に腕を取られた涼がこっちを向いた。
いつも真っ直ぐに線を描いたような眉が下がり、水分をたっぷり含んだ瞳は赤くて、涙に濡れた普段は白い頬が上気していた。
まずい。
どくんと心臓が音を立てる。が、俺は平気なふりをして、ニヤッと笑った。
「ったく、手癖の悪い女だな」
「悪かったな」
涼が俺の手を振りほどこうとするが、がっちりと掴んで放してやらない。
他の女なんてどうでもいい。俺の目当てはお前だったんだよ。
そう、正直に言ってしまえばいい。
なのに泣いている涼が可愛くて、もっといじめたいと思う俺は酷い奴だ。
「バカッあほっ! 好きでもないのに、なんでかまうんだよっ。放せよ」
涼が掴まれていない方の手で、俺の胸を叩く。その手も捕まえて押さえ込んだ。
「馬鹿はお前だろ」
本当に馬鹿だ。誰よりも馬鹿で、可愛い。
涼が、驚きに目を見開く。大きく開かれた瞳から、ぽろっと透明な滴が流れた。それもまた、綺麗だと思う。
ああ、もう無理だな。自分の感情に嘘を吐くのは。
俺は涼の手を引いて、細い体を自分の胸に寄せた。
ひくっとしゃくり上げる涼の目尻から、滑り落ちた涙へ唇を寄せる。濡れてひやりと冷たい温度が俺の唇へ届いた。
「好きでもねぇやつにこんなことしねえよ」
本当はぽかんと開いた唇の方へキスしたいのを、俺は抑える。
「好きだよ。こんなことするのは、好きだからだ」
俺の胸元を涼の涙が濡らす。
「へ? ええっ?」
腕の中で間抜けな可愛い声を出す涼が愛しい。愛しくて、俺はやっぱり意地の悪いことをしたくなった。
「なんだよ、その声。やっぱ色気ねぇな。返事は?」
涼から体を離し、からかうようににやついて反応を見る。そうしてないと、頬が弛んで仕方ない。
「ぶっ、ぶわぁかっ! お前なんか嫌いだっ……いやっ、違くてっ、その……」
涼の白い頬と首筋が綺麗に染まる。いつもはきはきとしている語尾が消え入りそうに小さくなった。一度うつむかせてから、顔を上げる。
「……好きです」
上目遣いにつり目を潤ませ、桜色の唇が小さく動く。眉を下げて、恥ずかしそうに一言、呟いたその顔は見たことがないくらい色気があった。
今度は俺の頬に熱が上がる番だった。
駄目だ……やられた。
ああ、クソ。慌てて後ろを向いたが、多分遅かったろうな。
それを証拠に、握ったままの涼の手が握り返してくる。
俺は背中を向けたまま、悔し紛れに握った手へ、痛くない程度に力を込めた。