水鈴の姫5
水鈴の姫5
視界に蒼の世界が広がる。
私は又しても湖に立っていた。久しぶりの光景だが、相変わらず蒼に染まっている世界。
ポタリ……。
耳を澄ませば、聞こえる音は水の雫。
綺麗な水色の髪を持った女の子も相変わらずこの蒼世界で1人、泣いていた。
ゆらりゆらり、揺れる湖を一歩一歩、ゆっくり歩き彼女の側に辿り着く。しゃがんでいる彼女の目線に合わせるため、私も背丈を縮こませる。
「……どうしたの?」
「…っ、うっ……」
答えがない。ただただ泣き噦る彼女になすすべも無く見守る。すると、彼女の泣き声が小さくなり、何かを話してることに気づく。
「……め…く……」
「なに?なんて言ってるの?」
声の小さに部分的にしか聞き取れない。
必死な私の声が届いたのか、彼女はゆっくりと顔を上げる。
その潤んだ瞳と目が合った。
「ーーーーーー」
2回目の彼女の瞳は、前見た時の美しい瑠璃色。だが、片方の瞳は暗闇に染まっていて言葉を失う。
痛々しい姿に私の目から自然と涙が流れた。彼女はそんな私の手をぎゅっと握り、切羽詰った表情をする。その手は真冬の海のように冷たかったけど、その手を振り解く事は何故かできなかった。
「お願い……私の、私の水鈴の姫……はやく……」
彼女は私を水鈴の姫と呼ぶ。
本当は、その呼び方は間違っていると彼女に伝えるべきだと理解しているのに、何故か私はその呼び方が自分を示しているものだと確信していた。
彼女の目から再び大きな雫が落ち、湖になっていく。
「歌をーーーーー」
歌を。その一言を聞いた時、急に目の前が霧に囲まれたように曇り、彼女の顔も見えなくなってしまう。遂に、意識もどんどん遠くなっていった。
湖も騒めき、彼女も私に何かを訴えているようだが、私は彼女の最後の声と一緒に意識を手放した。
そう。叫び出すようなその声と一緒に。
「歌をーーーーーーーーー
歌って!」
「……っ!!」
勢いのままベットから上半身だけ起こす。
そこは、ギルさんのお店の二階にある自分の部屋だった。
夢の生々しさに彼女に握られた手を握る。その手は、彼女の事が夢ではなかったのだと言っているように冷たかった。
どうして、私の前に現れるのだろう。どうして、彼女は私を水鈴の姫だと呼ぶのだろう。どうして、彼女はわたしにーーーー
「歌ってなんていうの……?」
彼女の最後の言葉を口にし、今度は自分の首をそっと手を乗せる。
この世界に来る前、お兄ちゃんが死んだ日から歌う事が無くなった私は混乱した。全てが疑惑だらけ。でも、その中で何故か私は決心が一つだけあった。
それは、歌を歌うこと。
彼女が何故私に歌って欲しいのかはわからない。だか、私は歌はなければならない。その理由もわからないで。
ゆっくり、自分の唇を動かす。
「水羽、まだ起きてないのか」
静かだった部屋にノックの音とギルさんの声が響く。私は何かに弾かれたようにその場から立ち上がり、時計を見る。もう、開店時間の間近になっていた。
「す、すいません!今行きます!」
まだ、店の掃除もしてないのに!
私は焦りながら、パジャマを脱ぎ、ベッドの上に投げ出した後にメイド服着替える。そして、髪を素早く櫛で梳かし、自分の部屋を後にした。
水祭は一週間後、それなのにも関わらず、街はもう祭雰囲気である。
道は鮮やかに飾られ、出店が並び、一人達で溢れていた。
ギルさんの店もいつもとは違い、多くの客が来店し忙しい中、私はその間でお皿を5回割ってはオーダーミスを数回繰り返してしまった。ギルさんにはその度ちゃんと謝り、やっと慌ただしい昼時を終え、皿洗いをしながらも考え事をしてしまう。
勿論、今日夢に出た女の子の事を思い出していた。考えていても仕方ないと思うが、そうしないではいられなかった。
黙々と皿洗いをしている私の横に人影が現れ顔を上げ、無表情のギルさんと目が合う。
「何かあったのか?」
私のことを心配してくれるギルさんに私は悩んだ。この事を打ち上げても良いのかと。
確かに、ギルさんに言ったら何か分かるかもしれないし、分からなくても一緒に解決方法を考えてくれるかもしれない。だけど、前に、水鈴の姫はこの街で【神】だと言っていた。それなのに女の子が私の事を水鈴の姫と呼んでいたって伝えたら怒るのではないのか。
怖くて結局私は口を固く閉じた。
何も言わず、俯く私を見てギルさんは小さく溜息を吐く。そして、私の頭の上にぽん、と何かを置いた。それは赤いお財布だった。
「コーヒー豆でも買ってこい。できるだけゆっくりで構わん。こんなに人が多いんだ、彼奴もここに来ている可能性もあるしな」
ギルさんが言っている彼奴が誰かすぐ分かった。それは小笠原 海斗、私のお兄ちゃん。
確かに、こんなに人が多いとお兄ちゃんも来てるかもしれない。この悩みを打ち上げるときっと解決してくれるはず。何よりも兄ちゃんに会いたい!
急な胸騒ぎに、私は居ても立っても居られなくて、お財布を手に握り締めギルさんに礼を言い、店を後にしたのだった。
「行ってきます!」




