水鈴の姫4
水鈴の姫4
「ギルさん、聞きたいことがあるんですけど、ちょっといいですか?」
先程まで空に浮かんで街を照らしてた太陽が沈み、街は闇に飲み込まれ、静まり返った夜。
先程まで店の中を盛り上げてた客の姿も消え、そろそろ閉店の準備をしているギルさんの隣に並んだ。
コーヒー豆を買って帰る途中に見た、水鈴の姫の行列の姿が脳内で繰り返られる。
結局、あの後サイに聞く事ができず、モヤモヤした心のまま帰って来ては、店がある程度片付いたらギルさんに聞くことにした。
煙草を吸いながら、お皿を拭いていたギルさんが私を見て煙草の火を消し、お皿を片付かせると店にある椅子に腰掛ける。私もその前に椅子を持って来て座った。
改めてこうやって面と向かって座ると少し恥ずかしい。
「それで話は?」
「今日、街に出たら水鈴の姫って言う人を見たんです。それで、水鈴の姫の事が気になって……」
最初に一番気になることを口にする。
夢の中、水色の綺麗な女の子が言ってた言葉がずっと気になっていた。ただ、夢だと思っていたのに、まさか現実で聞くことになるとは思わなかったから。
「ああ、もう直ぐ水祭か」
もうそんな時期かと納得しながらポケットに手を入れ、煙草を出し、火をつけようとしたその手は、私と目が合って止まった。そして、煙草をテーブルの上に置く。
ある日、煙草の煙に慣れなかった私が噎せるところを見て、なるべく、私の前で煙草を吸わないようにしているギルさんはやはり、優しい。
ギルさんはどう説明するべきか、少し考えた後に口を開いた。
「水鈴に姫ってのは、このファヴール都市の民にとっては神みたいなものだ」
「神、ですか……?」
神、そのスケイルの高さに驚きを隠せなくて、同じ言葉を繰り返す。
「水鈴の姫に関する昔話がある。その昔、この都市は人が住める十分な水も、農作物を育てられる土地も無かったらしい。その時、現れたのが1人の少女で、そいつが歌を歌うと少なかった水が増え、まるで生き物のように動き、この土地を潤わせたと言う」
「歌を……」
自分も知らない内に自分の喉に手を当てる。
大好きだった歌をお兄ちゃんが死んでから一回も歌っていない事に気がつき少し寂しくなる。
「その後から、彼女は水鈴の姫と呼ばれ、この都市を守り、今でもその子孫が地位を受け繋げている。水際では水鈴の姫が歌を披露して、この都市が豊かである事を祈る、と言う祭だ」
「すごい人なんですね、その水鈴の姫は」
水鈴の姫がこの街の人たちにとって大事な存在だと理解できた。また、その存在がどの様な役目を果たしているのかも。
私は複雑な気分になった。
水鈴の姫の事はよくわかったけど、どうして夢の中の女の子が私を水鈴の姫って呼んだのかは分からないままだ。その答えを教えくれる人は今ここに誰もいない。きっと、あの子だけなんだろう。そして、歌で水を操るなんて、普通なら信じられない事を受け入れてしまう自分が怖かった。
「まあ、今の姫様にそんな力があるかどうかは別だけどな」
「え……?」
意味深な言葉に首を傾げる。そんな私の頭をガシガシ撫でられ、その場から立ち上がろうとするギルさんの袖を握る。まだ、質問は終わってなかった。
「水鈴の姫の行列にディランくんを見たんです」
「あいつか」
私が袖を握っている事で中途半端に立っていたギルさんが再び椅子に腰掛けた。
あんまり気が乗らないのか、渋々話始めたその刹那。
「ディランはーーーーー」
「はらへったぁぁ!ギル、なんか作ってくれ〜」
お腹を空かせたディランくんが店へ入ってテーブルの上に倒れる。そのタイミングの良さし私は少し驚き、何の反応もできなかったが、ギルさんはディランくんに近づいた。
「お前、今が何時か知ってるか?もう店じまいだ」
「ええ!?そんなぁ、俺、飯も食べないで頑張って働いてたんだよ!」
知るか、とディランくんの頭を軽く叩くギルさん。
ディランくんはご飯が食べられないと悲しいそうな顔をする。顔だけじゃなくて、いつも空高く立っている耳は下がり、尻尾も力なく下を向いている。
捨てられた子犬の様な仕草に、可愛さに胸を打たれ、私は自ら手をあげた。
「私が何か作ろうか?」
「本当か!?」
食い気味に身を乗り出して喜ぶ姿に、また一度可愛いと思ってしまう。
「う、うん。簡単な物でもよかったら」
「やった!お願いします!」
ギルさんみたいに美味しく作れる自信は無いけど、このままほって置くのは可哀想だと思った。
料理を作るために袖をめくって厨房に向かおうとする私の肩をギルさんが掴み、深いため息を吐いた後、煙草に火を付けて厨房の方へ歩き出す。
「いい、俺が作る。ディラン、お前はこいつに説明してやれ」
「説明??」
厨房へと消えたギルさんがディランくんの質問に答えられる訳もなく、その訴える視線は自然と私に向けられた。
「えっと、今日昼に水鈴の姫の行列にディランくんが居るのを見たんだけど」
「ああ、お前そこに居たのか」
少し恥ずかしそうに頬を掻くディランくんが自分の隣の席を叩き、その隣の席に座るとちゃんと説明してくれた。
「俺、一様こう見えて水鈴の姫親衛隊の1番隊隊長なんだ」
「ええ!?隊長!?」
自分の懐から短剣を出し、恥ずかしそうなディランくんに心底驚くが、直ぐに納得できた。
普段の姿からは隊長だなんて想像もつかない。だが、昼の凜とした姿を思い出したら誰もが納得できるだろう。
私の反応にそうくると思っていたのか、ディランくんが意地悪ぽく笑う。
「こんな身長で仕事できるのかって思っただろ」
「ち、違うよ!そんなこと思ってないよ!」
確かに、ディランくんの身長は私より少し大きいくらいだけど、思ってもみなかった事を言われ、焦ってしまう。
「まあ、違う世界から来たお前ならそう思うかもな。でもな、俺ら、人狼族は普通の人間より五感が優れてるんだよ。体力も丈夫だしな」
ほら見ろよ、とその場から立ち、ジャンプをする。確かに、そのジャンプの高さは普通の人間とは思えないくらいで、つい拍手をしてしまった。
と言うことは、仕事とか忙しく無いのかな?
「今、祭だし忙しいんじゃ無いの?」
「そうなんだよぉ、忙しくて今日、ここに来るのも遅くなってさ」
「ずっと気になってたけど、ディランくんて何でこの店に来てるの?ご飯がもくてきじゃないでしょ?」
度々、ここに足を運ぶディランくんは料理を頼むが、いつもギルさんに何かを頼んで居る様だった。その姿になんの話をしているのか、時々気になっていた。だが、私の質問が不味かったのかディランくんが視線を逸らす。
「あーうん、それはな……」
「別に言っても構わねぇ」
いつの間にか、私の隣で熱々のチャーハンをテーブルに置くギルさんに不思議な表情をするディランくん。
「良いのか?」
「別に隠してるわけでも無いからな」
「マジかー俺ずっと隠すのに必死だったじゃんか」
ギルさんから渡されたスプーンをディランくんは不服そうに受け取り、チャーハンを大きく一口を食べ、話についていけない私と目が合う。
「ギルは元親衛隊、総隊長だったんだよ」
「ええ!?!?」
信じられない真実に再び皿を拭き始めたギルさんを振り向く。
前から普通の人より身体が出来上がったとは思っていたけど、ただ、何かスポーツをしていただろうと結論付けていた。まさか、何処かの総隊長だなんて考えてもみないで。
「それで、今回水祭の時だけ護衛を頼みたかったけど、聞いてくれないんだ」
「当たり前だ。俺はもう親衛隊もなんでもない」
きっぱり断るギルさんに今日もだめだったと肩を竦めるディランくんの背中を優しく叩き、ふっと疑問を抱いた。
「護衛する人足りないの?」
「ああ、信用できるやつが足りない。ギルにならオリアナ様を任せられるから頼んでるんだ」
「オリアナ様……?」
「水鈴の姫がオリアナ様なんだ。……俺はあの日、あの人に絶対守るって約束したんだ」
真剣な眼差しで、プロポーズでもしているようなセリフのディランくんに一瞬胸が高く鳴る。その瞳から水鈴の姫をどのくらい大事にしていることが伝わり、自分の口から自然と言葉が溢れた。
「好き、なの?」
「すすすすすすす、好き!?俺が!?オリアナ様を!?そんな訳ないだろ!?こ、ここここれは憧れだ!そう憧れ!」
顔や耳まで紅く染まったディランくんは誰が見てもすごく動揺している。私が声をかける前に、自分に言いかけせるような事を言っては、動揺を誤魔化すように「お腹すいたな!!」とチャーハンを飲み込むように口の中に運んだ。
初恋もまだ経験した事がない私は、その初々しい姿を羨ましいと思った。
私もいつか恋をして、ディランくんの様に恥ずかしがるのだろうか。それは10年後か、一ヶ月後なのか、それとも、もう目の前なのか。
楽しみについ笑ってしまった私を「ああ!?水羽、笑ったな!?」と大声を出したディランくんがギルさんに怒られてしまう。
今は未来の事を後にして、私はこの楽しい時間を噛み締めることにした。




