水鈴の姫3
水鈴の姫3
「はぁぁ……」
人通りの多い、道の真ん中で私の口からは大きな溜息が流れた。
その理由は簡単だった。
この水に恵まれたファヴールと言う大都市は私が居た現代とは違くて、何処にも高い建物は見えない。唯一高い物と言えば、遠くから見える時計塔で、昔、お兄ちゃんと一緒に観た中世時代のロンドンをモチーフにした映画にそっくりだった。
あっちこっちに見える、太陽の光に当たり、輝く噴水や綺麗な水が流れている細い川、何処でも水に触れられる所が少し違うだろうか。
私が今立っている大通りにも、機械で動く車ではなく、その代わりに見たこともなかった馬車が人達を乗せて運んでいる。
その楽しそうに笑う人達の中に、獣の耳、ふわふわの尻尾を持った【人狼族】が共存するこの世界が、私は未だに夢では無いのかと疑ってしまう。
「これでも結構、慣れたと思ってるのになぁ」
ここに来てもう一ヶ月。
最初は異世界なんて信じられなかったし、寝て起きたら本当は病院のベッドの上にいるんじゃないかと思ったけど、現実はそんなに甘くなかった。
絶望した私は、お兄ちゃんがこの世界にいると信じ、この世界の事を色々学び、慣れてきたと思う。最初の頃なんて街に出ると、ギルさんの後ろに隠れるようにして歩き、初めての物にはビクビクしていた。今まで海外旅行にも行った事がなかった私が、急に異世界に来るなんて、慣れないもので怖がるのも当然だと思う。
今でも泣きそうな私をギルさんは無表情だったけど、優しく、丁寧に教えてくれた。
そのお蔭で、今は一人でもこの街を歩ける様になったし、お金だってちゃんと払える。
毎日、本当に色々とお世話になっているギルさんへの感謝の気持ちで胸が一杯だった。
デーーン、デーーン、デーー…
思い出に慕っていた私の耳に、時計塔から午後三時を知らせる鐘の音が聞こえる。その音にギルさんから頼まれた御使いを思い出し、焦る。
「もうこんな時間!急がなくちゃ!」
ギルさんから貰ったお金が入ってあるお財布を手にぎゅっと握りしめ、何時もより賑やかな通りを小走りで走って行った私であった。
「いらっしゃーーーあら、水羽じゃない」
入店を知らしてくれる鐘の音と一緒に、コーヒー特有の苦味の香りや紅茶の華々しい香りが私の鼻を刺激した。
店の中に居た、艶やかな黒髪の女性が私を嬉しそうに歓迎してくれる。
「こんにちは、アリヤさん」
「こんにちは。今日はサイにーーーーじゃなさそうね」
アリヤさんは私が着ているメイド服を見てふふっと笑う。その視線が恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちになる。
ギルさんは街で小さなレストランを開いている。レストランって言っても数人が座れるくらいで、お店の構造もとてもシンプルだ。
それでも関わらず常連客が多い理由は、ギルさんが作る料理が本当に美味しいから。
初めてスープを作って貰った時も思わず「美味しい!」って声を上げるくらい感動した。
そんなギルさんがメイド服を持って来た時にはその場で固まってしまった。
まさか、あのクールなギルさんがふりふりのレースが掛かったメイド服を持ってくるとは思っていなかった。ディランくんも「このエロオヤジ!」って叫んで、ギルさんに殴られたくらいショックだったらしい。話を聞くと適当に店に行くと店のおばさんが無理矢理これを渡したらしいけど。
「何時ものだよね?ちょっと待ってて」
棚から茶色の袋を出し、その中にコーヒー豆を入れていく。その慣れた姿を見つめる。
アリヤさんの店はコーヒー豆や、紅茶の葉っぱを専門に仕入れているお店でファヴールでも結構有名らしい。ギルさんもこの店を愛用していて、よくお遣いを頼まれたりしている。
茶っ葉やコーヒー豆が入った可愛い瓶、飾ってある花、お客さんが座ってティータイムを楽しめるように置いてある可愛い椅子やテーブル。何時もより静かな店で不意に疑問を抱いた。
「アリヤさん、サイはいないんですか?」
「サイなら今、ちょうど配達に行っているわ」
サイは、私がこの世界に来て唯一作った友達で、アリヤさんの娘だ。
彼女と初めて会った時、菜月ちゃんとそっくりだと思った。同い年っていうのもそうだけど、見た目も綺麗な長い黒髪の所や、私を心配してくれたり、面倒を見てくれる所が似ていて、直ぐに仲良くなる事ができた。
「ふふっ、噂をすれば…だね」
鐘の音が聞こえたかと思えば、次に背中から感じる温もりと重さに、誰かに抱きつかれたと気付いた。
「ユーウ!会いに来てくれたの?!」
「サイ、残念だけど、今日は御使いで来たの」
その時、「はい。おまたせ」とアリヤさんからコーヒー豆が入った紙袋を貰い、財布からお金を出し払う。その間、私の手にあった紙袋をサイが持って行った。
「お母さん、私、水羽送ってくるね」
「ええっ!?そんなの申し訳ないよ!サイもまだ仕事中でしょ?」
「いいの!これも仕事仕事!」
サイから紙袋を奪おうとするが、決して返してくれなく、寧ろ、私の右手の手首を握ったと思うとそのまま出入り口へと引っ張って行く。
「今はお客さんも少ないからいいけど、送ったら直ぐに帰ってきなさいね」
「はーい。行ってきます!」
「あ、ありがとうございました!」
行ってらっしゃい、と優しく笑い手を振ってくれるアリヤさんを私達は後にした。
「そのブレスレット綺麗だよね」
帰宅路を歩いてると私の右腕のブレスレットを見ていたサイが突然、呟くように言った。
この世界に来た時から私の腕に掛かっている不思議なブレスレット。何度も外そうとしてみたけど、何故か外れなくてそのままにしている。
「そうかな?」
「うん。綺麗な藍色。でも、真ん中になんか無くなってるみたいだね」
サイの言う通り、ブレスレットの真ん中には何か埋め込まれた様で、小さな丸い跡があった。
「それなくても可愛いし、いいんじゃない?水際にも合うし!」
「水際??」
聞いたこともない言葉に首を傾げる。
そんな私を見てサイが「知らないの!?」と大声を上げ、何人かの通行人が私達を見てきた。それに気づいてないのか、気付かないふりをするのか、サイは自慢げに説明を始める。
「まぁ、水羽は遠くから来たって言ってたもんね」
しょうがない、と言うサイに私は苦笑いをした。
そう。違う世界から来たなんて言っても信じてもらえないと思った私は、ギルさんの助言で会ってる人に遠く、田舎の町から来たと教えていた。
嘘を付いていると思うと胸が痛い。
そんな私の心境を知らないサイは話を続けた。
「水際はこの都市の最大イベントよ。一年に一回、水に恵まれた事に対して感謝の気持ちを込めてね」
「成る程。だから、こんなに賑やかなんだね」
街に飾ってある様々な飾り物。何時もより賑やかな人達。祭りのことで皆んな盛り上がっていると理解できた。
「そうそう。その中でも大イベントは何としても水鈴の姫の歌なんだ!」
「すい……りんの、ひめ?」
どくん。
自分の耳に心臓の音が聞こえるほど胸が大きく跳ね上がる。
夢の中で聞いた言葉に全ての時間が止まったようだった。なぜ、水鈴の姫という言葉を知っているのか、どういう人なのか聞こうと口を開い時、周りが一層騒がしくなる。
「あっ、水羽、こっち!」
サイに手を掴まれ、引かれるまま、道の端へと体を動かす。他の人達も同じく道端に集まり同じ所を見つめていた。
何事だろうと私も視線を動かす。そこには高級そうで人が入れるくらい大きい駕籠を何人か持ち、その周りをコスプレだと思うくらい凄い服を着た人達が囲んでいた。
「水鈴の姫様よ!」
誰かの叫びに、皆んな一目見ようと前へ押し込んで来る。
あれが、水鈴の姫……。
ちょうど私の前を通る駕籠から目を離せられない。その瞬間、そよ風が吹いて、駕籠の入り口に掛かってあったカーテンが靡きーーーーー目が合った。
金のように輝く瞳を持った女性と目が合う。その女性は優しく、どこか寂しく笑う人。
そして、もう一つ気付いたことがあった。
「ディラン……くん?」
駕籠の後ろを歩く、ディランくんの姿。
その姿は初めて見た天真爛漫な彼とは違い、凛としていて、一瞬、違う人ではないのか疑ってしまほどに。
私はサイに話し掛けられたことも知らず、ディランくん達の姿が見えなくなるまでその場で立ち尽くしのだった。
「へぇ〜…」
かぶっ。
屋根の上に座っている、見るからに怪しい外套を被った男性が真っ赤な林檎に齧り付く。
外套の帽子から見える、林檎のように真っ赤な瞳が光、その唇の口角をあげる。
「楽しくなりそうだなぁ〜」
彼の視線の先には水鈴の姫一行を見つめている水羽。
何か楽しいのか、今でも踊りたい気分を抑えてる彼は林檎を
歯を立て噛み付いた。




