水鈴の姫2
水鈴の姫2
ポタ
ポタ
ああ、誰か泣いている。
綺麗な水色の長い髪の女の子が湖の上で泣いている。
私はその隣に立っていた。
彼女の溢れる悲しみが私にも伝わり、今にも泣き出しそうな気持ちをぐぅっと我慢する。
「ねぇ、どうして泣いているの?」
「……」
聞いても彼女は答えてくれない。
ただ、彼女の大きな涙が湖と同化していくばかり。
次第に私の両目にも涙が溜まりポタリ、湖へと落ちた瞬間。
パァァッ!!
湖は今まで見た事ない青さに輝き出す。
その神秘さに眼を離す事ができないくらいに。
綺麗。そして、とても暖かいと不思議にそう感じた。
すぅっ。
ずっと下を向いて泣いてばっかりの女の子が急に立ち上がり、ゆっくり、ゆっくりと振り向く。
海よりも深そうな瞳と目が合った時には彼女の眼に涙なんて見えなかった。寧ろにっこり笑い、
「やっと……会える」
と嬉しそうに呟く。
やっと会える?それは私にってこと?
溢れ出す疑問を口走ろうとしたその時。
「…!!!な、なに!?」
静かだった湖がざわめき出し、まるで生き物にでもなったかの様な動きをする。大きい水の柱が一本現れ、私を言葉通り飲み込んだ。
い、息が…!!
息ができなく苦しい中、私は助けを求め必死に女の子の姿を探す。
彼女は苦しそうな私を穏やかな表情で見守っていた。まるで私を安心させるかの様に。
「私の……私の水鈴の姫、どうか、はやくーー」
はやく?なに?聞こえないよ!!
そう叫びたいのに私の意識はどんどん遠くなっていく。
待って、まだ聞きたい事が…!!
必死に伸ばした手は女の子に届くわけもなく、私の意識は暗闇の中に落ちて行ったのであった。
「待って!!」
伸ばした手は誰に届くわけもなく、空中に居続ける。
見えるのは知らない天井と私の右手、そして見たことのない綺麗な藍色のブレスレットだった。
私、いつ、ブレスレットなんて…?
「お、起きたか?」
「!!!!!」
ひょこっと、急に視界に入った人影にこれ以上ないくらい驚いて起き上がり、後ずさってしまう。
今気づいたのだけど、私は知らないベッドの上に横になっていた。でも、それを気にしてる場合じゃない。今は前に居る男の子の姿に唖然とするしかなかった。
「おーい、大丈夫かぁ??」
呆然としている私に自分の右手を顔の前で振ってみせる彼に反応することができない。その理由は窓から入ってきた日差しに照らされ、お日様のように輝く金髪。その隙間から天井へとぴんと伸びた【獣耳】!?
「どっか、頭でも打ったのか?やっぱ病院に連れて行った方が……」
彼が何か話している様だけど、私の耳に入って来るわけがない。何より気になるのは彼が話す度にピコピコと動く耳、左右にゆっくり揺れる尻尾。
これって本物の耳と尻尾なのかな?いや、でもこんなの普通の人間に付いているわけないし。それじゃあ、オモチャ?私と同じくらいの男の子がこんな可愛いオモチャつけるのかな?
色んな考えが頭の中でもんもんと溢れ出し、無意識に自分の右手を伸ばしていた。
「いってぇーーー!!!!!!」
「きゃぁぁぁ!!」
そんなに強く引っ張ったつもりは無かったのに叫び出す彼に私も釣られ声を上げてしまう。
あの耳、すごく暖かかった!?
「お前、急に耳引っ張るとか何考えてるんだよ!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!!」
痛いのか涙目になり怒鳴る彼に私は必死に謝ることしかできなかった。その中でも心は現実を叫びたがっていた。
本物の獣耳男子なんてありえないよぉぉ!!
と。
パニックで上手く自分の状況が理解できずにいるとベッドの前に有る部屋のドアが開いた。
「ディラン、何騒いで…ーー起きたのか」
部屋の中に入って来たのは少し長い茶髪を1つ結びにした、獣耳が無い普通の中年の男性だった。
男の子とは知り合いらしい彼の登場に身構るが、彼は近くにあった椅子を持って来てベッドの横に置きその上に座った。
「どこか痛いところは?」
「な、無いです……」
自分の身体をあっちこっち触ってみたが、眼が覚める前トラックとぶつかりそうだったのが嘘だったみたいに何処も怪我はなかった。あれは夢だったのかと疑うくらいに。
私の返事に、そうか、と無表情で優しく私の頭を撫でてくれる手がお兄ちゃんの様でずっと緊張して固くなってた身体から力が抜けていく。
「そいつじゃなくて俺がいってぇーよ、ギル!こいつ急に俺の耳引っ張ったんだぞ!?」
「ああ?」
少し、一瞬だけ忘れていたディランくんが中年の男性をギルと呼び、自分の耳を指しながら訴える。
私は慌てて言い訳をするしか無かった。
「ち、違うんです!その、普通の人間に本物の獣耳があるなんて思ってなくて、それで…!」
「はぁ?お前、人狼族を知らないなんて何処の田舎娘だよ」
「うるふ……?」
まるで私の方が可笑しいと言われている言い方に戸惑ってしまう。
人狼族。私の常識内には無いもの。
だとしたらここは何処なんだろう。見る限り病院には見えないし、この人達もお医者様には見えない。それに彼らの名前は日本人の名前じゃない。
外国人?それでも人狼族なんて聞いた事ないよ…!
ここは一体…?
私は溢れ出す不安を抱きしめ、助けを求めギルさんに視線を移すが、彼は何かを考えている様だった。
「お前、名前は?」
「えっと、小笠原 水羽です」
「オガサワラ ユウ??」
ピンと来ないディランくんとは違い、ギルさんは深く考え、やはり、と小さく呟く。
「水羽、単刀直入に言う。お前は違う世界から来たんだと思う」
「……!!」
何処かでそうでは無いかと予感してた言葉。否定していた言葉を投げられ頭が真っ白になる。そして、思ってもみなかった名前を言い付けられた。
「小笠原 海斗を知っているか?」
「!!お兄ちゃんの名前!どうして…!?」
「前、ここに居た食えねーやつ?」
ディランくんもお兄ちゃんの事を知っている様だった。
どうして死んだお兄ちゃんの名前がここで出てくるんだろう。
「やはり家族か。先ず、お前の状況を説明してやる。3日前の朝、俺が街外れの川でずぶ濡れで倒れて居たお前をここに連れて来た。そのまま置いとくと高熱で死にそうだったからな」
「川に…?」
「ああ。俺はあの川で人を拾ったのは2回目だ。お前とーーーお前の兄をな」
お兄ちゃんもここに!?
もう二度と会えないと思ったお兄ちゃんがまた会えるかもしれない。その喜びで私の胸は爆発するくらい鼓動が速くなる。
「あの!それでお兄ちゃんは!?」
「話は最後まで聞け。……そいつは自分はこの世界の人間ではないと言った。あいつが居た世界はディランみたいな人狼族なんて無いと。俺も異世界からの奴だなんて混乱したが、海斗を自分の家に置くことにした。最初は自分の状況を納得してなかったみたいだった。ずっと妹、小笠原 水羽の心配をしていたしな」
「お兄ちゃん…」
自分が大変な時でも私を心配してくれた事が嬉しい。
「だが、人間って言うもんは直ぐその状況に慣れるものだ。海斗もここで一ヶ月を過ごすとこの世界に慣れ、二ヶ月ではこの家を出ていた」
「えっ!?出ていたって何処に!?」
わからない。首を左右に揺らすギルさんの行動に世界が滅んだ様に目の前が暗くなる。
また会えると思ったのに。此処にいないだなんて…!!
「おい、水羽、何でそんなに哀しそうなんだ?」
上から聞こえるケロッとしたディランくんの声に顔を上げる。彼の綺麗な翡翠色の瞳に絶望している私の顔が映る。
ああ、なんて酷い顔。
「別に、一生会えないわけじゃないだろ?生きていればまた会える。あいつ、そんなに弱そうでもなかったし」
だから元気出せよ。ニカッと笑うディランくんに私は考え込む。
ディランくんの言う通りだ。此処はあの世界とは違う。お兄ちゃんは死んでいない。また会える……!!
心から出てくる希望の欠片に私はこの世界に来て初めて笑う事ができた。
「ありがとう、ディランくん」
「お、お、おう!」
何故か慌ているディランくんを変に思った。私達の話を聞いていたギルさんがポケットからタバコを出し、火を付ける。そして、煙を吐き捨て、私に視線を向けた。
「それで、お前どうやってこの世界で生きていく予定だ?」
「あっ」
ギルさんに盲点を突かれ私は考え込む。
これからの事など何も考えてなかった。
私はまだ高校二年生で、出来ることなんて歌う事くらい。そんな私が此処で生きていけるのかな。
再び訪れた不安にどうするべきか悩んでいると頭に暖かい体温を感じる。その正体はギルさんの手だった。
「俺の店で働くといい。ちょうどあいつが居なくなって人手が足りなかったしな」
「ほ、本当ですか!?」
嬉しい誘いに私は直ぐに首を縦に振ってみせる。ギルさんだったら信用できそうな気がしたから。
次にギルさんはディランくんに見直した。
「ディラン、お前はそろそろ帰れ」
「はぁ!?俺まだーーーー」
何か言いかけたディランくんが私を見てははっと口を閉ざした。
私が聞いたらダメな話だったのかな。
「あーーーもう!!また来るからな!水羽もまたな!」
自分の頭をガシガシと掻き回した後、尻尾の毛を逆立て、人差し指でギルさんを指しては嵐のようにその場から立ち去ってしまった。
まるで怒った猫を想像させる行動に可愛いと思ってしまう。
「えっと、ディランくんってここに住んでないんですか?」
「ああ、あいつはここよりも何倍も大きい所に住んでる」
ここよりも何倍も大きい所??
理解できずにいる私をそれで良いとでも言いたげに、ギルさんはポンポンと私の頭を優しく叩きその場から立ち上がる。
「まぁ、働いて貰うのは明日からにして、今日はゆっくり休め。今は大丈夫そうだが、お前、昨日まで熱でうなされてたからな。後で何か食べ物を持って来てやる」
「あっ、あの!」
部屋から出て行こうとするギルさんを呼び止める。
これだけは伝えようと思ったから。
「あの、色々、助けてくださってありがとうございました」
「別に、大したことじゃない」
ギルさんは私に見向きもしないまま部屋から出て行った。
静寂になった部屋の中、私はベッドから立ち上がり、窓の側に行く。そこには私の世界とは違う、外国の中世時代の風景が並んでいる。その風景が私に、ここは異世界だと訴えている様だった。
これが現実なら私は自分が居た世界でお兄ちゃんみないに死んでいるのかもしれない。もし、死んだのなら元の世界にはもどれない。
お母さん、お父さんにも会えない。怖い。でも、この世界の何処かにお兄ちゃんが居て、また会えると考えると嬉しい。
矛盾してる気持ちをどうすることもできず、私は祈る様に自分の両手をぎゅっと胸の前で握り締める。
「どうか、神様」
ポタ……。
遠くで水の音が聞こえた気がした。




