水鈴の姫15
水鈴の姫15
「殺す」
暗い部屋でハルダーは怒りに満ちた声で呟く。
オリアナが水羽の所から自室に帰ってくると灯りもつけず、椅子に座っているハルダーの後ろ姿に驚いた。彼も彼女に気づいたのか、恐ろしい言葉を口にすると椅子を蹴って勢いよく立ち上がり、こちらを振り向く。
険しい表情はそれが本気であると教えてくれてるようだった。
「あの小娘を生かすと不味い。親衛隊を使って殺すんだ、今すぐ!」
殺気に満ちた瞳が彼女を貫き、額から冷や汗が一粒流れる。
オリアナは荒れている彼に何を言っても聞き入れてもらえないと分かっていながらも逆らわずにはいられなかった。
「彼らにそんなことさせません」
「それじゃ!!」
声を荒げ握った拳が怒りで震える。
「それじゃ……お前も俺も死ぬか!お前には水鈴の姫の力が無いとここの人達に、王にばれてマルティネス家の地位も奪われろと言うのか!」
呆れた。オリアナは呆れて言葉も出てこなかった。
ハルダーは彼女のおかげで手に入れた地位と名誉、そして裕福な生活を奪われることが嫌なだで、この町の未来なんて考えてもいない。ただ、自分の欲望だけを求める。
なんて醜い強欲の塊だ。
「大体、あの小娘はなんなんだ…!なんでお前でもできないのができる!」
水羽を見つけた時、信じられないことが起きた。彼女の隣にあるべきものが無く、ぽっかりと穴だけが空いていた。その穴に何か仕掛けがあるわけでも、彼女が何か持っているわけでもないのに神聖なる泉の水は一滴も残っていなかった。
初代水鈴の姫が現れてから水の量が減ってはいたが、無くなったことなんてなかった。その事実はファヴールだけではなく、国にとっても一大事。時間が過ぎれば人達も気づくだろう。今年の水祭は国王も来ていることでハルダーは我を忘れていた。
「お父様も気づいているのではないですか?もしかしたら彼女が本物のーーー」
「黙れ!」
ガチャン!!
テーブルの上にあったカップが落ちてハルダーの足元に破片が散らばる。だが、彼は気にせずに彼女に近づいて両肩を痛いほど掴んだ。
「オリアナ、お前が姫だ。誰がなんて言おうとお前こそが偉大なる水鈴の姫だ…!あんな何処から転んで来たかわからない汚い小娘がそんなわけない!」
「お父様……」
「とにかく!あの小娘を殺すか、それが嫌ならこの状況をなんとかしろ」
無茶振りな言葉を残して部屋を後にしたハルダーにオリアナは頭を抱えながら溜息をもらす。
状況をなんとかしろと簡単に言っても困るものだ。彼女にはなんの力もない。自分嫌悪に陥るだけなのだ。
彼女にできるのは水羽を彼の手から遠ざけること。
「ディラン、リアム」
「「はっ」」
部屋に姿を現した二人。空気の重さに視線を下に向いたままディランが恐る恐る口を開いた。
「あの、あいつ、水羽は悪いやつじゃないです。泉も何かに巻き込まれてーー」
ディランと同じく腰を落とし、背丈を合わせた彼女は彼の手を優しく包む。
「先程彼女と話をしてきました。一目で彼女が悪い人ではないと分かりました。だから、二人にお願いがあります。彼女をここから逃してあげてください」
「オリアナ様……!」
そうなったら貴女はどうなるのですか?貴女をだれが守るのですか?そう聞きたいのに、彼女の覚悟を決めた顔に言葉を飲み込むディラン。10年近く彼女の側にいればわかる。今の彼女は誰も止められないと。
だけど、彼女を守りたい気持ちと水羽の力にもなりたい気持ちが混ざり肯定も否定もできないで俯くディランとは違い、リアムは冷静に話始めた。
「姫様、それは俺たちに罪人になれと仰るのですか」
リアムは自分の家系に誇りを持っている。罪人にらるかもしれない水羽と逃げるってことは彼らも同じ罪人になるのだ。プライドの高い彼がそれを許すわけがない。
それも水羽が罪人だったら、の話だ。
「いいえ。貴方達はこの国の英雄になるのです」
「英雄?」
彼は意味がわかないとばかりに首を傾げる。でも、全てがあるべき場所へ戻れば彼らは英雄になれる。その前に彼女を死なせるわけにはいかないと、そして守れるのは彼らしかないとオリアナは思っていた。
「フィンに聞きました。あの変人女が起きたなら、泉をどうしたのか聞けるのでは?」
「だから水羽が泉に何かした証拠もないだろ!?」
「あの場には彼奴しかいなかったんだ。他にだれが犯人だと言うんだ」
また始まった。
仲間なのにいつも口喧嘩が絶えない二人をいつもなら微笑ましく見守る彼女だけど今は時間がないと二人の会話を無理矢理終わらせた。
「とにかく、彼女は今一人で暗い監獄に閉じ込められ右も左もわからない状態です。だからこそ、親しいディランと冷静に物事を考えてくれるリアムが一緒に行って欲しいのです。確か、彼女はコクハでギルの所で働いていましたね?」
問い掛けにディランは首を縦に振る。その姿に彼女は安心した。彼がいれば百人力だ。
「彼の元に行き、こう伝えてください。貴方はもう親衛隊ではないですが、水鈴の姫として彼女を守ることを命じます、と」
どうかあの人から逃げてほしいと願いを込める。もし彼女が殺されてしまうならこの世界は後戻りできなくなる気がした。
「さあ、二人とも早く」
もうすぐ朝が来ると彼らを部屋から急いで追い出す。
まだ納得もいかない二人をいつもと変わらない笑顔で見送る。これが彼らに会う最後かもしれないから。今までのオリアナで覚えて欲しかった。
静かな部屋に残されたのはオリアナ一人。
本当に神様がいるのなら、今までのこと全て許すからどうか彼らを……。
彼女は叶ったことのない祈りを、最後になるかもしれない唄を静かに、気持ちを込めて歌っていく。
朝陽が昇る。
暗い闇から少しだけ顔を出した太陽が世界を彩らせる。監獄の中からでも光が射し込んで綺麗だと、可笑しいはずなのに素直にそう思ってしまった。
水鈴の姫、オリアナさんが来た後、眠ることもできず、ぐるぐると色んなことを考えていたらいつの間にか朝になっていた。
「本当私ってどうなるんだろう……」
死ぬのかな?一回私の世界で死んでいると思うけど、もう一度死ぬって考えたら怖いし、お兄ちゃんを会えなかったことが悔しい。それにサイとギルさんも気になる。
あの後、サイは無事に家まで帰ったかな?ギルさんは優しいから今頃すごく心配しているんだろうなと頭の中では考えが途切れなかった。
「ねえ、そこにいる?」
私が倒れる前、消えてしまった夢の少女がもしかしたらブレスレットの中にいるかもと話をかけたり、何回か振ってみたりもしたけど、反応はない。
「はぁ……」
諦めて何回目か分からない溜息を吐き、膝に頭を乗せて目を瞑る。もう何も考えたくなくて、聴覚に全てを任せていたらコツン、と足音が響き渡った。一人だけではない足音、それに結構早足だ。
誰か分からず、つい身構えてしまうけど、直ぐに見慣れた顔が現れる。
「リアムさん、ディランくん!」
相変わらず気難しい表情のリアムさんと私に視線を向かせない、いつもとは違うディランくんがそこにいた。
「ほら、これ着ろ」
どこから持ってきたのか、鍵でドアを開けると何かを投げつけられる。それは水祭の時にオリアナさんが着ていた巫女装束に似ていた。
「時間がない。早くしろ」
そう言って後ろを振り向く二人。
えっ、ここで着替えるの?二人とも後ろを向いていてもそれは……。
「着替えたか?」
「いやいやいや!さすがにまだですよ!?」
まだ脱いてもないよ!と心の中でツッコミを入れる。10秒くらいで着替えられる人がいると思ってるんだろうか彼は。
しょうがないと意を決して着替え始めた。巫女服なんて初めてだから手間取ってしまってリアムさんに「遅い」と怒られる。
「よし。じゃあ、行くぞ」
「行くってどこーー……!?」
いきなり彼が私の頬を掴んでぐいっと上を向かせる。すると漆黒に輝く彼の瞳に吸い込まれる。白い肌色と正反対の魅力さに見惚れてしまった。口を開かなければ凄い美形だど前から思っていたげと近くで見ると破壊力がすごい。
固まったままの私とは違って本人は気にもしないみたいで私の髪の毛を器用に触ってきた。後ろ髪を前に持ってきては片目が隠れる程の前髪が作られた。
「お前はなるべく下向いて付いて来い。……何見てんだ、バカ」
「いてっ!」
呆然とする私に自分がしている事に気付いたのか、眼を見開いたかと思うと私にデコピンをしてきた彼はさっさと階段を上っていく。
その姿に一瞬でも彼をかっこいいと思うなんて不覚だと後悔しながら彼の後ろを付いて行った。
そして、必然的に私の後ろを歩くディランくんをちらっと覗き込む。
普段とは違って元気がないし、何かをずっと考えている彼とふっと目が合った。気まずくてお互い眼を泳がす。でも、勇気を出して話しかけた。
「元気がないみたいだけど、なんかあった……?」
この状況でこの言葉が合っているのか分からなくて控えめに声を掛ける。彼は何か言いたい気に尻尾をピンと立たせ、口を開けては又してもその唇を固く閉ざした。
「なんでもない」
「そ、そっか」
素っ気ない態度に不味かったのかなと前を向く。
ちょっと考えてみたら彼のことも理解できる。なにせ私はこの国にとって、彼の大事な人にとって危険人物と認定されているからだ。でも、ここ世界に来てからずっと優しく接してくれた彼に嫌われるのは少し寂しい。
胸の奥から感じる痛みに気を取られ、ちゃんと足元を見ていなかったせいで『何か』に足が引っかかり、転びそうになる。体勢を整えて、その『何か』をじーっと見つめると最初は暗くてよくわからなかったそれは、どんどん姿がはっきりしていって、悲鳴を上げてしまいそうになるのを間一髪でリアルさんが止めた。
「バカ!静かにしろ!ただ眠らせただけだ」
口を手で塞がれて何も言えない私はせめて眼で訴える。
私が躓いたのは人の足。そこには2人の男性が力なく倒れていて誰だって悲鳴を上げると思う。
「手放すから、静かにしろよ」
コクコク。
このままだと息もまともにできないと慌てて首を振る。やっと離れた彼の手で息を大きく吐き出して整えて疑問を口にした。
「あの、そろそろなんでこんな事しているのか話ししてもらえませんか?この人達、仲間ですよね……?」
冷たい廊下に倒れている彼らを横目に、ここまでして私をどうしたいのか、彼に訴える。
「……お前をここから逃す。それが俺たちに下された命令だ」
それ以上は言いたくないのか彼は灯の少ない廊下を歩き出した。
逃す?命令?それってオリアナさんがってことだよね。なんでそんなことを……。だって私を逃したらみんなただで済まなくなるのでは。
このまま2人について行って大丈夫なのか悩んでいた私の背中を誰かに押される。
「行こう」
横を通り前を歩くディランくん。
これが正しいのかまだ悩むけど、何の対策もない私は彼らをついていくことしかできなかった。




