水鈴の姫14
水鈴の姫14
「寒い……」
どこから吹いてくる寒風に掛けてあった布団を頭で被る。
朦朧とする意識が徐々に覚醒して、何秒か経った後、はっ!、と勢いよく起き上がるけど、すぐ後悔した。
「いったたた……」
身体のあっちこっちから悲鳴が上がる。何でこんなに痛いんだろうと考えながら周りを見回した。
「ここは……?」
冷たい地面の上に引いてある布団。その上に寝ていた私。そして、その場所は時代劇で出る監獄。唯一ある小さな窓の外から見える星たちで今が夜だとわかる。
なんで私こんな所にいるの?
どうしてこんな状況になってしまったのか記憶を遡る。
確か、ギルさんと水祭に来て、サイと水鈴の姫の歌を聴いていたら急に水に掴まれて、溺れて、それで夢の中の女の子に会ったら泉の水がブレスレットに吸い込まれてそれからーーー……
ダメだ。思い出せないと途切れてしまった記憶に頭を抱えていたら誰かの足音が聞こえた。
「起きたみたいですね」
現れたのは細い目の青年。
銀色の髪の毛が監獄を唯一照らす蝋燭の光に反射されキラキラと光る。彼の纏ってる雰囲気も柔らかく、童話の中の王子様を想像させる人だった。
「お嬢さん、どこか痛かったり、気持ち悪かったりしてませんか」
「ちょっと身体があっちこっち痛いだけで、平気です」
私の状況を察したのか、彼は苦笑して成る程と呟く。
「あの、貴方は?」
「紹介が遅くなってしまい申し訳ありません。私は水鈴の姫、親衛隊四番隊隊長のフィン・ウィリアズです。お見知りおきを」
綺麗に腰を落としお辞儀をする彼に、私も慌てて自己紹介をした。
「小笠原 水羽です。よろしくお願いします」
「オガサワラ、ユウ……不思議な名前ですね。異世界の名前だからでしょうか」
「えっ」
この人、今なんて?
さらっと言われ、私が聞き間違えたのかと思ったけど違うらしい。
「ああ、心配いりませんよ。これはディランに聞いたことです」
「信じるん、ですか」
ちょっと前、リアムさんが私の事を馬鹿にしてた態度とは正反対に彼はどこか楽しげに、にっこり笑う。
「そうですね。少ししか話ししてませんが、貴女は嘘をつける人じゃなさそうですから」
確かに、嘘なんかついてないし、嘘を吐いてもすぐにバレることが多いけど、会ったばかりの人がそう感じるほど私ってそんなに単純なのかな、と自分の顔をあっちこっち触ってみるが分かるわけがない。
「だからこそ貴女にとても興味があります」
「興味?」
意味深い言葉に首を傾ける。
「ええ。異世界から、ということもありますが、なによりも……泉のこと、ですね」
ドクン。と心臓が脈打つ。
彼の紅色が混ざった淡い空色の瞳が光を灯して私を見下ろす。
笑っているはずなのに、何故か背中がゾクッと震え上がる。
この感覚、どこかで感じたことがある。あの時の外套を被った怪しい人と似てる。危ない感じが。
彼は一歩近づき、鉄棒を握りしめた。
「どうやってあの泉まで行けたのか、どうやってあの量の水を一瞬にしてーーー無くしたのか」
「あれは、私じゃなくて……」
私じゃなくてあの子が、と言おうとした口を閉じる。
あの子が水を全部ブレスレットに中に嵌ったサファイアに変えたなんて言っても信じてもらえるかわからないし、なにより少し怖い。
「教えてください。貴女は何故姫様すらできないのができて、この都の、国の、大事な水を奪ったのか」
そうだ。サイが言っていた。
あの泉の水がこの都を巡り、そして国の至る所へ流れると。でも、それが全部ブレスレットに入ってたら?それはどうなる?
やっと私が監獄に居る理由が分かった。
これから私はどうなるの?死ぬの?それともずっとこの暗い世界に居ないといけない?もうコクハには戻れないの?お兄ちゃんにも会えない?
色んな考えが浮かび、全身が震える。
「フィン」
圧を載せた誰かの声に顔を上げる。
そこにはいつかの優しい黄金の瞳を持った女性がいた。だけど、その優しい瞳が今は彼を睨みつけている。
「彼女が起きたら真っ直ぐに私に教えて欲しいと言ったはずです」
「失礼いたしました。彼女に好奇心が湧いてきたので、いつのまにか私の悪い癖が出できたみたいです」
彼女の姿を捉えるなりに膝を付け、視線を下に向かせる彼。その態度に彼女は溜息を吐くと私達へと足を動かした。
「彼女と話があるので席を外してもらえますか」
「……姫の仰せのままに」
思ったよりもあっさりその場から立ち上がった彼は階段をのぼって姿を消した。
彼女は鉄棒の前に座り、暖かく、でもどこか遠い眼をしていた。
近くで見ると本当に綺麗な人だなぁ、とこの状況にも関わらず、不覚にもそう思ってしまう。
「ごめんなさい。彼は悪い人ではないですが、好奇心が人一倍強いんです」
「いいえ、貴女が謝ることは……」
怖かったけど、別に彼女が謝ってほしいわけじゃない。それに、彼は自分達の世界に起きていることを知りたかっただけかもしれないし。
彼を理解しようとする私に彼女はホッとした表情をしていた。
「自己紹介がまだでしたね。初めまして、私はオリアナ・マリティネスと申します」
「あ、私は……」
「水羽さんですよね。ディランに聞きました。とても可愛らしい、貴女にあった名前ですね」
「あ、ありがとうございます」
今までこの名前が私に合っていると言ってくれたのはお兄ちゃんだけだったから、戸惑いつつも嬉しいさが込み上がってきて俯く。
その後、私たちの会話は途切れてしまってちらっと彼女を覗き込んだ。
相変わらず穏やかな表情の彼女に安心したけど、次、口を開いた彼女に頭の中が衝撃を受けた。
「貴女が水鈴の姫、ですね?」
「………」
声にならない声が宙を彷徨う。
数秒で数えられない程の考えをした。
彼女は水鈴の姫。この都の神である。
そんな彼女が私に何故それを聞くのか。どう答えたら正解なのか。いっぱい考えたはずなのに、私の口からは「どうして…?」と当たり障りのない一言しか出てこなかった。
彼女は私を落ち着かせるために鉄棒の隙間から手を伸ばして私の頭を撫でてくれる。
今日初めて感じる人の体温で、その温もりが身体全体へと広がっていく。
「少し、今までの話をしましょうか。覚えてますか?あの時、水羽さんがステージの水に落ちて姿を消したんです」
「はい。覚えています」
彼女に助けを求めたのをちゃんと覚えている。
「その後、泉の方から青い光が溢れてきて、泉のほとりで倒れている貴女を見た私は思ったんです。やっと本物の水鈴の姫が現れたんだと」
本物。それはまるで自分自身が偽物だと認めている様子だった。
寂しげな彼女の笑顔は私に疑問を持たらせる。だって、それは今までの人生を否定するのと一緒だと考えたから。
「私は力を得ざる者。薄々気づいていたんです。いいえ、私だけではなく今までの初代を除いた彼女たちは皆んなが気づいていたかもしれません。この運命を背負うべき存在は別にあるのではないか、と」
どんな言葉をかけてあげるべきなのだろうか。両手を力無く見つめる彼女に私にできることは何だろうか。たぶん、何一つ今はないだろう。
「この歯車から、運命の輪から逃げられる。これ以上なく嬉しいです」
しみじみとその感覚を噛み締めているみたいな彼女は微笑んで私の手を取った。
「だから、貴女に全てを返そうと思います」
「返すって、それじゃあオリアナさんはどうなるんですか……?」
「……優しいのですね。私まで心配してくださるなんて」
彼女はその場から立ち上がる。
「今すぐここから出してあげられなくて申し訳ありません。少しだけ待っていてください」
「ま、待ってください!」
後ろを振り向いた彼女は一回もこちらを見ないでそのまま出て行ってしまった。
一人残された監獄の中に冷たい風が吹く。
骨の奥底まで凍ってしまいそうな寒さに歯をくいしばる。
何で私がこんな目に合わないといけないんだろう。ただ、異世界に来てしまっただけなのに。お兄ちゃんに会いたかっただけなのに。
頬を伝って涙が流れる。
「お兄ちゃん、今どこにいるの……?」
窓の外で輝く星に質問を投げてみた所で当然返ってくる返事もなく、その輝きだけが私を慰めていた。




