水鈴の姫13
水鈴の姫13
その場に静寂が訪れた。
あまりの静かさにまるで時間が止まってるみたいだった。
オリアナだけではない。一瞬の出来事でそこにいた人みんなが驚き、声を出すことができなかったのだ。
消えた。
目の前で女の子が水に捕まれ、吸い込まれる様に水の底へと姿を消した。伸ばしたオリアナの手が届くわけもなく。
ステージにある水は深いわけではない。子供が立ったら膝上くらいだと思うが、彼女の姿はどこにも見えなかった。
「ゆ…う…?」
静寂を破ったのは一人の綺麗な漆黒髪を持った少女だった。彼女の知り合いらしいその子は可哀想に身体を震わせている。
「ど、どうしよう……!ギルさん、ギルさんに教えなきゃ……!」
顔色を青くさせ、彼女は震える足取りで人混みの中を出て行く。そして、彼女の行動を合図に周りが騒めき始めるとオリアナの隣にいるディランも知り合いだったらしく、困惑を隠せなかった。
「今のって、水羽…?どう言うことだ…!?」
どうするべきかとオドオドする彼とは真逆にオリアナはその会場にいる誰より冷静でいた。これから起きることを全て予想いるかのように。
悲しむべきかもしれない。
責めるべきかもしれない。
苦しむべきかもしれないのに、何故か『嬉しい』と思ってしまう彼女の心を乱す物の声が響き渡る。それはオリアナの父であるハルダーだった。
「全員静かに!!」
彼の声にまたしも静寂が訪れる。
「皆様、驚くことはありません。これも水鈴の姫の力なのです!」
その言葉にそこに居た全員の視線がオリアナに集まった。
ああ、なんて酷い人。
この期に及んでも諦めず、むしろチャンスだとばかりに自分のものにしようとする。
ここにはオリバー王もいる。彼は王に水鈴の姫の力は実在するんだと、マルティネス家は永遠だと叫びたいんだろう。だからこそ彼はこの状況を好機だと考えた。
「今消えた少女も姫様の力を見せるため協力してくださった方です。無事なのでご安心を」
白々しい。
彼の惨たらしい言動にオリアナの怒りで身が震えるほどだった。
これ以上彼をほっとけなくて、彼女がこの場を収めるべきだと口を開いた時だった。
ゴォォォォォ!!
今まで経験したことのない大きい地鳴りが響き渡り、地震で立っていることができなく、大体の人はその場にしゃがみ込んでしまった。
何が起きているのか誰も理解できず、ただ自分の身を守ろうと必死になっていく中、今度は神殿から光の柱が空へと伸びていく。
「まさか……!!」
美しく、大きな青い光に一瞬目を奪われたけど、すぐに彼女はまさかと立ち上がる。
その姿を見ていた水鈴の姫の親衛隊であるカラが慌てて止めた。
「姫様、危ないです!」
「カラ、離し……っ!!」
彼女に掴まれた手を振り払おうと後ろに振り向いたオリアナは言葉を繋げることができなかった。それは怯えている民の姿が目に入ってきて、高まった感情は急降下したから。
しっかりしなくては。
ここで私が指示を出さなければ彼らは狼狽えてしまう。
彼女は深呼吸をした後に口を開いた。
「フィン、貴女は全親衛隊を使って民の避難を」
「ええ、姫の仰せのままに」
親衛隊の4番隊隊長であるフィンは特徴の細目をもっと細めて彼女にお辞儀をすると周りにいた親衛隊員を連れて、去っていった。
「カラは……お父様をお願いします」
「畏まりました」
お父様でも周りに人の目があるから女の子であるカラに手を出さないだろうとオリアナは敢えて彼女に任せる。
でも、彼はそれが気に入らなかったらしく声を荒げた。
「何を言う!勿論、この私も……!」
「お言葉を返す様ですが、お父様」
彼女は真っ直ぐハルダーの瞳を覗き込む。
何年振りに見た自分と同じ黄金の色瞳なのだろう。
「私が今行くのは水鈴の姫の泉。お父様もご存知のはずです。そこには水鈴の姫と親衛隊の隊長しか足を踏み入れることはできません。お父様は、ここに残ってください」
いつも彼女はハルダーの下を向き、自分の言うことには逆らえなかった。この20年間一度も。
そんな彼女が今は彼を睨みつけ、圧を感じる言葉を発する。ハルダーは面食らい、口を開けたまま固まってしまった。
驚いたのはハルダーだけではなく、そこに居た隊長の3人も一緒だった。
「ディラン、リアム。貴方達二人は私と一緒に来てください」
「「は、はっ!」」
彼女にとってはこの世で一番怖い存在だった。
誰よりも怖くて、逆らえなくて、冷たい人。その存在に初めて反抗したのだ。
心臓がドクンドクンと脈打つ。でも、どこかで心が軽くなる彼女が居た。
今は彼を気遣う時間がない。何よりもう私たちは……。
彼女は急いで神殿の奥底へ消えて行った。
ゆらり
ゆらり
まるで揺りかごの中で眠っているみたいに身体が心地良く揺れる。
目を瞑っていてもここが暗い水の奥底だとわかった。その理由は身体にまとわりつく冷たい水の感触。
私、何でここにいるんだっけ。
何していたんだけ。
……全部どうでもいいや。
そう。全部どうでもいい。
このまま、この果てしない水と一つになればいい。
朦朧とする意識の中でそう思い込むけど、それは許されなかった。
何処からか『私』を呼ぶ声に耳を澄ませる。
「ーー姫……水鈴の姫……」
ああ、この悲しい声は誰の声だったかな。
今でもその悲しいみに胸が締め付けられる思いで重たかった瞼を無理矢理開ける。
そこにはいつか夢で見た少女が居た。
水の中なのにその美しい蒼色の髪が靡き、両目の瑠璃色の瞳は……枯れていた。
「やっと貴女に……会えた」
力なく微笑む彼女が手を伸ばしてきて無意識に私も自分の手を重ねる。
「ねぇ、貴女は誰なの?」
「……その答えは貴女が知っているはずです」
「私が、知ってる……?」
訳の分からない言葉に疑問が解決するわけもなく、もっと深まっていく。
彼女は誰なのか、私を何で水鈴の姫と呼ぶのか知りたいのに何故か私は水鈴の姫が私を示す称号だと納得してしまう。
「さあ姫、行きましょう」
行くってどこに?
そう聞きたかったのに、ぐうっと誰かに後ろを押され上へ上へと上がっていく。
急なことで目を開けられなくて、ぎゅっと彼女の手を強く握りしめた。
「ぷはっ!」
怖くて息を止めていたせいで水面に辿り着くと急いで息を吐き出した。噎せてしまい、何回か咳をして自分の状況を確かめる。
咳が響く洞窟。暗いはずなのに、中にある泉の蒼く澄んだ光で天井にぶら下がってる雫も綺麗に輝き、夜空の星を連想させた。そして、夢の中に出てくる湖に似ていると不意に思ってしまった。
でも、似ているようで違う。
ここよりも湖は大きくて、もっと瑞々しくて、透明な蒼色。そして、この子がいつも立っている所に何かあった気がする。ちゃんと覚えてはいないけど。
「姫、こちらへ」
彼女と手を繋ぎ、私は夢の中と同じく水面の上に立っていたことに気づいた。導かれるまま泉のほとりへと辿り着くけど、相変わらず彼女は微笑んでるだけで、私に何かを教える気は無いらしい。
彼女は私と握っていた手を離して、今度は泉の水に手を乗せる。パァッと泉は先程とは比べにならないくらい光を増して目を開けるのが困難だった。続いて一粒、一粒と空中へと集まっていく。
これは夢なのか、現実なのか、曖昧な意識の中で私はただ見守ることしかできなかった。
あっという間に泉の水が全て空中に集まり、大きい水玉ができる。さらに彼女は私へと向き直り、その巨大な水玉を言葉通り……投げ出した。
「やっ……!!!」
まさか投げられると思ってもみなくて、驚き、自分の手で顔を庇ってみる。手で水玉をどうにもできないと分かっていても、足が震えて逃げることができなかった。
「……?」
水に飲み込まれると身構えていたのに、数秒経ってもその感覚は訪れなくて、ぎゅっと瞑っていた眼を少し開けてみる。
言葉を失った。
そこには私の右腕にあるブレスレットに吸い込まれていく水玉。それだけではない。水と共に何かが私の中へと入ってくる。
それは希望に満ちた、優しさに満ちた歌。
懐かしくて歌いたくなるそんな詩。
「いっ、たぁ……!」
激痛が頭に走り、気持ち悪くなる。
痛い。誰か助けてほしい……!
私の切実な願いを誰か叶えてくれるわけもなく、水を全部吸い込んだブレスレットは真ん中にサファイアと似た宝石が埋まっていた。
「ああ、姫……私の可愛い姫」
蒼色に囲まれた少女はブレスレットを大事に握りしめる。その姿は心なしか薄くなっていた。
「どうか、歌を……」
どうしてか意識が徐々に薄れていく。
「それが貴女の使命で、定めで、
ーーーー運命だから」
「うん、めい……?」
もうまともに回らない口で言葉を繰り返す。
気付いた時にはもう少女の姿は無くて独り言みたいになった。
力が無くなった身体はその場に崩れ落ちるように倒れた。
使命で
定めで
運命。
「うた…わ、な……ーー」
ほとんど残ってない意識を私は手放した。
最後に心配そうなディランくんが居たような気がした。




