水鈴の姫1
水鈴の姫1
水の音がする。
ポタポタとゆっくり雫が落ち、大きい水の溜まりになるような音。
目を瞑ると暗闇の中で私は大きい湖の上に立っている。
静かな場所にたった一人。
そう思ってたけど、私はいつも誰かに呼ばれるような気がしていた。
そう、
この巨大なる湖の奥底から
「ゆーう、ねえ、水羽!ちょっと、大丈夫!?」
「えっ……」
私を呼ぶ声に驚き目の前を見ると友達の菜月ちゃんの顔が数センチの所にあった。私の曖昧な答えに彼女は溜息を吐くと心配そうに椅子に腰掛ける。
「また、ぼーっとしてたよ?」
「はは、ごめんなさい…」
自分の手にお弁当やお箸が握ってあり、今は高校の昼休みで、友達の菜月ちゃんと一緒にお昼を食べていたことに気づく。
私はその2つを机の上に置いては精一杯笑ってみせたけど、彼女の眉間のシワがもっと深くなってしまった。
「あの日からずっとだけど、やっぱり無理してるでしょ。大丈夫?」
私は大丈夫。そう言いたかった口は開いたまま声が出てこない。
菜月ちゃんの言う通り、まだ、あの日の傷が治っていない。自分でも無理しているような気がした。
何せあの日は、
私の兄、小笠原 海斗が死んだ日だったから。
あれから3ヶ月と言う時間が経ったけど、未だに信じれない家族と私。
また、その日から不思議な感覚がして時々、ぼーっとしてしまう。
あれは夢か現実かすら良く分からなかった。
誰かに相談したくてもお兄ちゃんの事もあって心配かけることはできなかった。きっと時間が経ったら大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせていた。
「水羽と海斗さん、本当に仲良しの兄妹だったもんね。まだ気持ちが落ち着かないのもしょうがないよ…」
私のお兄ちゃんはリーダー的な存在で、誰にでも優しく、強かった。そんなお兄ちゃんと反対で内的な私をお兄ちゃんはいつも気にかけてくれた。そんなお兄ちゃんが大好きだった分、傷は深い。
「…今日、声楽部来る?少しはリフレッシュできるかもよ?」
「…ありがとう、でも、まだ家も色々あるから」
ごめんね?そう言うと彼女はいつものように笑っては話題を変えてくれる。
お兄ちゃんが好きだった私の歌声。そして、お兄ちゃんが好きだった私の歌声を私も好きだ。だから、今歌うことはできない。
きっと弱い私は泣いてしまうから。
私は今にも泣きそうな気持ちを抑える為に菜月ちゃんの話に耳を傾け、本当は食べたくもないお弁当を食べ始めた。
「それじゃあ、また明日ね。気を付けて帰るんだよ?何かあったら電話してね」
「うん、ありがとう。菜月ちゃんも声楽部頑張ってね」
あの日からずっと私を気にかけてくれている菜月ちゃんを見ていると良い友達を持ってよかったと思う。
手を振って離れて行く菜月ちゃんの姿が見えなくなるまで見守っては私も学校を出て土砂降りの中、傘をさして歩く。
そのまま家に帰らずに寄るところがあった。それは、お兄ちゃんが交通事故にあった交差点。あの日から、ここに来るのが私の日課であった。
「お兄ちゃん、私、来たよ」
そう言っても返してくれる人は居ない。ただ、車や、通行人が通っているだけ。
あの日もこんな土砂降りで、運転手は横断歩道を渡っているお兄ちゃんに気づけ無かったと言った。
どんなに痛かったのか想像もつかない。
悔しい。
ズキズキと胸の痛さに両目をギュッと瞑る。
徐々に雨の音、人達の声、車の音全てが消え、ボタボタと小さな雫の音がする。
ポタ
ポタ
嗚呼、またこれか。
目を開けたらやっぱり私は湖に立っていて、下を向く。その美しい青さに眼を奪われる。
自分も分からない内に右手を下の方へ伸ばし、水に触れようとした、その時。
確かに声が聞こえた。
今までとは違う、私を呼ぶはっきりとしたその声。
『水鈴の姫!』
バァァァァン!!!
「…え?」
クラックションの音に眼を開ける。そして、次に見えるのは私へと突進して来る大きいトラック。
何これ、私死ぬの…?
もうだめだ、そう思った時、私は再び眼を瞑るとこう叫んでいた。
「お兄ちゃん!!!!!」
それが私の最後の記憶だった。




