SS.琥珀の棺(ひつぎ)
これはジャンル歴史なのか? 太古のデボン紀が舞台ですが……
月明かりが煌々と世界を青白く彩り、木々の梢の隙間から射し込む光が、真っ暗な森の中をわずかに明るくしていた。
天敵である爬虫類や両生類や小型哺乳類がまだ存在していないデボン期の地球。地上は虫たちの楽園であった。
夜中を過ぎても暑さと湿度の下がらない原生林の土のなかで、今まさに一匹の蛍が羽化の時を迎えていた。
沼で小さな巻き貝を食しながら幼虫期を過ごし、陸に這い上がり、地中に潜ってサナギとなって眠りについたのが数ヵ月前。
そして今日、何かに呼ばれるがごとく彼は目を覚ました。
はやく。はやく外に出なければ。
急き立てられるように殻を破り、脱ぎ捨て、まだ柔らかい甲皮が乾いて硬くなるのを待つ。
湿り気を帯びた柔らかい土を掘って地上に這い出すと、柔らかい月の光が彼を迎えてくれた。
自分を呼んでいたのはこの月であったかと悟り、彼は翅を広げる。
誰からも教わらずとも飛び方は知っていた。
夜の原生林を彼は縦横無尽に飛び回り、仲間を探したが、この日は見つけることは出来ず、また少し疲れたので目についた松の大木に止まって休むことにした。
しかし、それが彼の運の尽きだった。
松ヤニに肢を捕られて身動きが取れなくなってしまったのだ。
やがて、粘り気のある松の樹脂がなんとか逃げようともがく彼をゆっくりと覆っていき、樹脂に包まれた彼の体は朽ち果てることなく、さながら標本のごとくに生前の姿を保ったまま悠久の時を重ねた。
そして――
とある図書館の閲覧室で化石図鑑を一緒に見ている子どもたち。
「デボン期の虫入り琥珀だってさ」
「ふーん、すごいねー。何億年も前の虫がちゃんと残ってるんだ」
「なんかさ、琥珀って虫の棺おけみたいじゃない?」
Fin.