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紅の薔薇は恋に散る〜1〜

イレーナ・ファスキネイ。


彼女は町娘から国王の側近(五芒星)という大出世を果たした強運の持ち主である。


大陸一の美貌を持つとも云われる彼女だったが、それ故に多くの噂を持つ。


「おい、イレーナ」


「あら…貴方が声を掛けてくるなんて珍しいわね、アルトス?」


妖艶な笑顔を向けるイレーナに、アルトスと呼ばれた男は思い切り眉を寄せた。


「用があるから仕方なく呼んだのだ。それよりも……」


続いて呆れたような目線を注がれた瞬間、イレーナには次に彼が吐くセリフを予想できた。


「お前……また噂が立っているぞ。今度は下っ端兵と寝たとか寝ないとか…」


「あらあら…またそんなデマが?」


いつものように流そうとするが、内容が内容なだけにアルトスも今回は引き下がらない。


「お前な…どんな奴とどんな関係にあろうが俺には関係のないことだが…余計な波風だけは立たせてくれるな。何度言ったら解かる」


「お生憎様。今回ばかりは本当にデマよ?一度信じたら曲がらないそのお固い頭を早くどうにかしてちょうだい?」


ウィンクをかましてそう言うと、イレーナは優雅な立ち振舞を心掛けつつ素早くアルトスから遠ざかる。


彼女は昔からアルトスとは気が合わない。


仕事ができることも腕が確かなのも認めるが、性格はそれとは別問題なのだ。


「あぁいやいや…どうしたらあんなに固い頭になるのかしら…」


口に出しながら文句を言うも、頭は既に違うことを考えている。


それはずっと、彼女が真に恋い慕う男の事だ――


✽✽✽


彼女が城に入った理由。


それは、実は一町娘としての出稼ぎでしかなかった。


故郷で貧しい暮らしをする彼女の家族のために、首都に出て働くことを自分で決めたのだ。


そして丁度、城での高給な仕事を見つけ、城に入った。


城に入ってから能力の強さを買われるまで、そう時間は掛からなかった。


「私に…教育を?」


「その通り。教育を受け、きちんとした職につけば、もっと稼げるぞ?どうする?」


こう聞かれてしまえば、もうイレーナが首を横に振る理由はなかった。


そして国の教育を受け、成人したイレーナは、次期五芒星の候補として当時の王子とその従者たちに付いて行く程度には出世した。


彼女は国の役人として、つまらない人生をこれから歩むのだと、半ば悲劇のヒロイン気分でそこに付いて行った。


まさかそこで、彼女にとっての運命の出会いがあるとは知らずに――


✽✽✽


それは夕方頃。


城の廊下を歩いていた時だった。


まだ建てられたばかりで真新しい建物を慣れない気持ちで歩いていた彼女は、不意を突かれるような形でいきなり、顔も名前も知らない兵士に、柱の影へ引っ張りこまれた。


「何をなさっ…お止めください!!」


「へっ…五芒星の候補とはいえ、やっぱ女は女だな…非力なもんだ――おい、大人しくしろ!」


イレーナは必死に相手と目を合わせようとするが、固く締め付けられているためそれもできない。


「そう暴れんなよ?知ってんだぜ?お前が五秒以上目を合わせたやつを操れることくらいよぉ」


兵士の言うことは全く持ってその通りで、イレーナは悔しくて涙が滲む。


しかもこの兵士の能力が自分より強ければ、もしくは彼が能力不所持者(ミスフィット)ならば、目を合わせても全く意味がないのだ。


「ったく、暴れんなっつってんだろ!!大人しくしてれば悪いようにはしねぇって」


一々男が喋るたびに、イレーナに悪寒が走る。


イレーナには、この後どんなことがこの身に起きる可能性があるのか、十分すぎるほど理解していた。


「ったく…仕方ねぇこうなりゃもう――ひっ?!」


何かを言いかけた彼は、いきなり震えだして彼女の拘束を解いた。


何事かと思って彼が見る方を見ると、そこには橙の髪の、イレーナを捕まえた兵士よりも一回り大きな男が立っていた。


「お前…こんな所で何をしている」


「ひ、ひぃい?!き、騎士長様…?!!」


「女を横暴に扱うとは随分とお偉い身分になったもんだな…どれ、そんな奴の腕前を見てみたい」


そう言って彼は自分の手袋を外すと、その兵士に向かって投げた。


決闘の申し込みだ。


「ひ…ひえええええええ?!」


兵士はその手袋をまるで毛虫にでも見えたかのように間抜けな姿で避けた後、そのままイレーナを突き放して逃げて行った。


「きゃっ…」


「おっと…大丈夫ですか?」


勢いのまま突っ込みかけた所を、男はしっかりとイレーナを支える。


「はい……」


イレーナはそう言いながら、うっかり彼と長く見詰め合ってしまった。


しかしそこで気が付いた。


――あら…この人、能力が効かないわ…


「私の部下が大変失礼なことを致しました。お許しください。イレーナ様」


年下の彼女にも敬意を持って接した男は、「少し彼に説教をしなければなりませんので、これにて」と冗談めかして言うと、さっさと彼女から離れていってしまった。


イレーナは暫く、その場から動くことができなかった。

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