シリアスはここまで
目の前には豪勢な食事が並んでいると言うのに全くと言っていいほど食欲が湧かないのは何故だろうか。今日は色々あったから、お腹もペコペコだと言うのに。
並んでいる食事に問題があるのだろうか。見た事のない食事が大多数なんだけど、俺の第六感がさっきから危険信号を発してやまないんだが。なぜかと言うと、配膳してくるメイドさん達がニヤケながら配っているのだから。てっきり俺は、先の敵前逃亡した事について色々とお叱りを受けるのかと思ったのだが、締まらない顔で淡々と仕事を熟しているのが物凄く怖い。絶対彼女らは何かを企んでいるだろ。
それと、隣で無言を貫くシルフィード親子も気掛かりである。二人とも食事の席に着いてのはいいけど、一向に配られた食事に手を付けようとはしていなかった。リリスは気まずさからエリスさんと視線を合わさない様に顔を伏せているし、対するエリスさんはリリスさんが薄情するまで無言の圧力を持ってリリスを見るのみ。空気が重たすぎて高級肉と思われる肉の味も雰囲気のせいでどんな味だか分からずじまいだ。
「……リリス。私に言う事がなくって」
静寂の間を破ったのは、案の定エリスさんであった。声色は怒気を孕んでいるように感じなかったので普通に話しかけたのかと思ったのけど、リリスは別の何かを感じ取ったのだろう。肩を大きくビクつかせて慌ててエリスさんの方へ顔を上げる。
「えと、あの……。もう、言う事はないんだけど」
あ、これは何かを隠しているな。あからさまに視線を明後日の方向に向けているその仕草は「私は隠し事をしています」と言っている様なもの。それで隠し通せる訳ないだろう。案の定、直ぐにエリスさんに看破されたのだろう。
「もう一度言うわね。リリス、私に言う事がなくって」
再度通告される。恐らく、エリスさんはリリスからどうして蛮勇召喚を用いたのか、その理由を聞こうとしているのであろう。
母親に叱られ萎縮しているリリスは俺の方をチラッと見てくる。救援を要請している事は何となく分かるのだが、ここで俺が口を挟んでしまうと余計にややこしくなるんじゃないかな。小さく頭を振って、リリスの要請を拒否すると何か言いたげに口を開くのであったが、エリスさんがそれを許さない。
「リリス。聞いているのですか。シンヤ君に助け船を求めるのは筋違いですよ」
「は、はい」
「聞くに、あなたは召喚魔法で乳神様を呼ぼうとしていたではありませんか。なぜ、そんな恐れ多い事をしようとしたのですか」
「そ、それは……」
言えないだろうな。まさか、乳神様を呼び出して自分の胸を大きくさせて欲しいなんて。その辺りは彼女の名誉の為に言わなかったんだけど、全員の前で自供させられるぐらいならば先に俺から言っておく方がよかったかな。
「クスハもクスハよ。あれほど、リリスに召喚魔法を使わせないで、って言ったのに」
「申し訳ありません奥様」
「まあ。あなたにあの魔法をちゃんと説明しなかった私も私ですけど、危険極まりない魔法である事は確かです。報連相はしっかりして頂かないと困ります」
この世界でも報連相なんて言葉がちゃんとあるんだな。ちなみに、報連相とは報告・連絡・相談を簡略化させた言葉でありビジネスにおいてよく使われる言葉である。これが出来るか出来ないかで信用に値する人間かそうでないかがはっきりするとよく親父が言っていたな。
「お母様。クスハは何も悪くありません。私が黙ってやったのだから」
「そうね。全ては貴女の軽はずみな行動がいけないのですよ」
「……はい」
「どうして、蛮勇召喚で乳神様なんか呼び出そうとしたの。あれで神様を呼べない事は貴女もよく分かっているじゃないの」
言い難そうに視線を逸らす。この様子では簡単に口を割らないと思われるが、エリスさんも引くつもりはないらしい。軽く机を叩いて黙秘するリリスに威嚇する。
「リリス、これは大事な事なの。あれは、王都スイカップにとって最後の切札。むやみやたらに使っていい魔法ではないのですよ」
「――すれば、呼び出せると言われたんです」
「なんですって?」
「蛮勇召喚に蛮勇召喚を重ねて召喚すれば、乳神様を呼ぶ事も可能だと教えられたのです」
「教えられた? どこの誰にです」
「分かりません」
「リリス。そんな直ぐ分かる嘘を言っても――」
「ウソじゃないんです。修道服を来た女性が「私は勇者パーティーの末裔だ」って言って、蛮勇召喚の使い方を教えてもらいました」
……なるほどね。何となく見えて来たぞ。
「つまり、何者かがリリスに蛮勇召喚をさせる様に仕向けたって訳か」
「リリスが本当の事を言っているならばそうなのでしょうね。しかし、勇者パーティーと来ましたか」
「エリスさん。心当たりは?」
「……分かりません。四代目勇者パーティーに修道院関係の人間はいません。初代から三代目関係になってしまいますとお手上げです」
「つまり、この一件を企てた犯人からのアクション待ちか。なら、この話しはここまでにしましょうか」
全員から「え!?」と驚愕の声が漏れる。
あれ? 何か変な事を言ったかな。
「いいの、シンヤ」
「いいもなにも、これ以上話したところで埒が明かないぞ、リリス。過ぎた事は仕方がない。衣食住を確保してくれたから生活には困らないだろうし、ここはどっしり構える事にするさ」
リリスの頑張り次第だが変える方法も分かっている。ここで取り乱した所で何にも解決できないのだから、今はこの状況を受け入れるしかあるまい。
「お優しいのね、シンヤ君は。この状況に不安を感じないの?」
「まさか。不安で不安で仕方がありませんよ。けれど、ここで泣き喚いたらリリスを困らせるだけじゃないですか。男としてそんなみっともない事はしたくないですよ」
いい歳の男が取り乱したら、きっとみんなから幻滅されるだろう。
男を知らない彼女達に、男は泣き虫でなよなよした生き物であると思われたくはない。
「……シンヤ」
「よかったわね、リリス。呼び出しに応えてくれたのが彼で。心配していた相手も思わぬ所から来てくれたし、これでシルフィード家は安泰ね」
「はい」
……ん? ちょっと待とうか。
いま、綺麗に話しを纏めたつもりなんだろうけど、俺にとって気になるワードがあったぞ。
「そうと決まったら、今日は記念すべき初夜として頑張るのよリリス。大丈夫、貴女にそう言った知識を教えなかったけど、迫れば後はシンヤ君がやってくれるわ」
「まてまて。シリアスから一気にそっち方面に持っていくのかよ。しないよ、しないからね」
「……え? しないの??」
そんな意外そうな目で見ないで欲しい。
「それじゃあ……。クスハがいいのかしら? それともイリス? 出来れば最初の相手はリリスにしてほしいんだけど」
「相手に不満があるんじゃなくって、最初からそう言った行為をしないって言っているんです」
「えっ!?」
だからどうして、そんなに驚く必要があるの。持っていたナイフとフォークまで落とすほどの事かい。
「遠慮しているって訳じゃないわよね」
「違います」
「リリス達に魅力を感じない訳でもないわね」
「当たり前でしょ」
「じゃあ、不能?」
「言うに事欠いて、結論がそれとはひどくない!?」
「だってだって、蛮勇召喚から来た人間は例外なく女好きだったのよ。初代目様は知らないけど、二代目から四代目なんて軽く三桁の女を孕ませたのよ。特に四代目の性欲と言ったら酷かったらしいわよ」
「知らないから! 俺をその勇者達と一緒にしないでくれ。てか、吐き気すら覚える程下種野郎だな、その勇者達は」
一人で三桁の女を孕ませるとかどんだけ性欲に溺れた人生を送っていたんだろうか。決して羨ましいとは思わないぞ。仮に俺にもそんな人生を強要されたら確実に違った意味で天に召される気満々だぞ。
「そんなこと言って、一日で四人の胸……おっぱいを揉んだらしいじゃないの?」
「言っちゃったよ、この人。俺が必死になってオブラートに包んで言葉を選んでいたのに、ついに言ってはいけないワードを言ってしまったよ」
しかも、いま言い直したよね。胸からおっぱいにわざと言い直したよね。
「どうだったの? 聞くとリリスとクスハ、イリスにエミリアのおっぱいを揉みしだいたって言うじゃないの。皆から聞いたけど、随分とテクニシャンのようね」
「なんであんた、そんなに楽しそうに聞くんですかね!?」
てか、あの三つ編み眼鏡っ子メイドさんの名前ってエミリアって言うんだね。
忘れない様にちゃんと覚えておかないと。
「シンヤ。あなた、いつの間にエミリアの胸……おっぱいも揉んだの?」
「なんで言い直したの!? 言い直さなくていいじゃん」
「そんな事より、お昼に欲望に負けないって言っていたのはどこの誰かしら。早速、欲望に負けてエミリアのおっぱいも揉んでいるじゃないの」
「確かにそう言ったけどさ。言ったけどさ! あの状況でどうしろと言うんだよ」
「知らないわよ。シンヤの色情魔。スケベ野郎。女狂い」
ムカ。
「俺が色情魔なら、リリスは露出狂のスケベ女じゃないかよ」
「露出のどこが悪いって言うのよ。脱いで恥かしい場所なんて一切ないわよ」
「そう言う問題じゃないんだよ! 男の前で軽々しく脱ぐなって言っているんだよ」
「脱がないとアピール出来ないじゃないの」
「んな事あるか……って、アピール?」
え? アピールって言った、いま。
HAHA。まさか、脱ぐことで異性にアピールするなんて常識が存在するなんて言わないだろうな。
視線をエリスさんに向けて、リリスが言った言葉が本当か目で訴える。俺の言いたい事を感じ取ったのか、彼女は苦笑しながら「どうなんでしょうね」と言葉を濁す。
「私の代ではそんな話しは聞いた事がありませんけど、リリスの代ではそれが当たり前になっているのかしら?」
「そうなの。みんな、相手は歳の離れたおじ様だから、興奮してもらう為にまずは脱いでアピールしないとって言っていたわ」
たしか俺以外の男性は三十代以上と聞いていたが、それでも元気な人はいるはずだ。全員が全員、既に枯れてしまったような発言をしないであげて。他の男性の名誉の為にも。
「あらあら。それは一理あるけど、シンヤ君が来た以上、その心配はないんじゃないかしら」
「意味深にこっちを見ないで、エリスさん。しないからね。そんな大勢の女性と肉体関係を持つとか一切その気はないからね」
「郷に入ったら郷に従えって言うじゃない。大人しく食べられた方がいいと思うわよ」
「なんで、異世界の貴方が俺の世界のことわざをご存じなんですかね」
「自信がないなら、今日は私としちゃう?」
「エリスさんと……いやいや。しませんから。しませんからね!」
一瞬、エリスさんのスイカを齧り付く妄想をしてしまったけど、セーフだよね。
「シンヤ。いま、お母様とする妄想をしたでしょ」
正面の審判員はアウト判定だったよ。
「してないから。エリスさんの乳房に埋もれる事なんて考えていないから」
「考えているじゃないの! お母様はお父様のものなんだから、私で我慢しないさいよね」
「それ。自分で言っていて悲しくない?」
「うるさいわね。自分が平均的に劣っているって事は自覚しているんだから」
「そう自分を卑下する必要はないと思うぞ。女の価値は胸で決まる訳じゃないんだし」
少なくともリリスは俺達の世界なら十分魅力的だと思うし。
「な、なによ。突然持ち上げて。これが俗に言うナンパなの? 私はもしかして口説かれているのかしら?」
「よかったわね、リリス。シンヤ君もまんざらじゃないみたいよ。今度、私が培ったテクニックの数々を伝授してあげるわ。勿論、あなた達もね」
興味無さそうに直立していたメイドの皆さんが、今の言葉で表情を崩して破顔する。流石は家長と言った所であろうか。彼女達がどんな気持ちで今までの会話を聞いていたのか察していたらしく、騒ぎ始める彼女達を見ても一切咎める事をしない。しないどころか、温かい目で見る彼女の仕草は自分の娘を見守る母親のようであった。
「さて、シンヤ君。だれが最初にあなたを落とす事が出来ると思うかな?」
知るか。俺の話しをなかった事にしないでくれ。