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蛮勇召喚

 言い訳をさせて欲しい。え? ダメか? まあまあ、そう言わずに。

 率直に言わせていただけると、何であそこまで憎悪を膨らませる事が出来たのか俺も不思議なのだ。何を言っているのか分からないかも知れないけど、俺も理解出来ないのだから答えようとない。

 ただ一つ分かっている事は、磔にされたリリスとクスハさんを目の当たりにした時、完全にスイッチが入ったみたいに怒りが込みあがって仕方がなかったのだ。謎である。

 自分の意志に反して憤怒した事も気になるところだが、まずは……。


「へぇ。……ほぉ。なるほどなるほど」


 いい加減にこの好奇心な目をどうにかしていただけませんかね。

 リリスの御母さん、エリスさんは絡み付けたつるを解除したのはいいのだが、俺にある魔法を掛けて好奇心旺盛な目で俺を観察し続けているのであった。恐らくかけた魔法は俺を空中に浮かばす浮遊魔法の類であろう。滅多にお目にかかれないであろう経験を現在進行形で体験していると言うのに、ジロジロと見てくるエリスさんの視線で感動する事が出来なかった。


「異世界の男の人を召喚したと聞いたから、どんな人かと思ったけど……。私達の世界の男性と違いはないのですね」


 感嘆の声を上げるエリスさん。俺のどこを見てそう思ったかは知らないけど、そろそろと解放してくれませんかね。

 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、今まで「あわわわ」と動揺していたイリスさんが意を決したようにエリスさんに話しかける。


「あの……奥様。そろそろシンヤ様を解放してはいかがでしょう」

「……ん? ああ、ごめんなさいね。男性を見るのは久々なもので、思わず見入ってしまったわ」


 俺の身動きを封じた時と同じように指を鳴らして魔法を解除する。宙を浮く珍体験を味わせて頂いた事は嬉しいのだが、やっぱり地に足がつくと安心感を覚える。

 安堵の溜息を吐き、まずはエリスさんに言うべき事を言っておこう。


「初めまして、工藤伸哉と申します。これからお世話になる身と言うのに、何も知らなかったとはいえ、生意気な口をきいて申し訳ありません」


 深々と頭を下げる。自分の意志に反していたとはいえ、エリスさんに噛みつこうとしたことは事実。これからお世話になるだろうお人に暴力を振るおうとしたのはどんな理由があったと言えやってはならない事だ。ここはお説教の一つや二つ甘んじて受けるつもりであったが、エリスさんは「クス」とにこりさせたのだった。


「気にしなくてもいいわ、シンヤ君。私の方こそ、娘の身勝手な行いに巻き込んでごめんなさいね。クスハも言ったと思うけど、シルフィード家を我が家と思って過ごしてちょうだい」

「そう言ってくださると助かります。これからお世話になります」


 どうやら気にしていなかったご様子。なぜだか知らないが、ご機嫌に見えるのは気のせいだろうか。


「改めて自己紹介させてくださいね。エリス・シルフィード。リリスの母で、シルフィード家現当主を務めております。最も、今はプティーズ養成学校の教師が主な仕事ですが」


 改めて聞いても信じられない、と言う感想しか抱けなかった。一言で言うならば、胸のサイズが異常すぎる。なんだよ、あの胸の大きさは。初めに目の当たりした時は西瓜を隠し持っているかと思ったぐらいだぞ。遺伝で親子は胸のサイズが似ると聞いた事があるが、あれは眉唾物出会ったのだろうか。それとも今後、リリスも御母さんの様に胸が急速に膨れ上がるのか。


「よろしくお願いいたします。それで、エリスさん。早速なんですが……。後ろのアレ、何なんです?」


 エリスさんの背中越しを指差すと綺麗な笑みを繕って言う。


「先も言った通り、お仕置きです」

「お仕置きにしては、随分と外道な気がするのですが……」


 裸で磔の刑はお仕置きの域を軽く超えている気がする。いくら、性に関して羞恥心がないと言えこれはダメだろう。色々と見え過ぎて直視できないぞ、今の光景は。


「そうですか? リリスはあれほどダメだと言ったシルフィード家が保管していた召喚魔法を勝手に使いましたし、クスハはクスハで直ぐにこの事を報告してこなかった。お仕置きするには十分でしょう」

「さもありなん、と言いたげに言わないで欲しいです。確かに注意する所ですけど、これのどこにお仕置きの効果が?」

「……分かりませんか?」


 そこで意外そうに首を傾げる必要があるのだろうか。分からないよ、全裸にして磔にさせるお仕置きの効果なんて。俺の世界で目の前の様な事が起こったら即刻お巡りさんが集合するぞ。

 半分ほど考える事を放棄していると、イリスさんに裾を引っ張られる。


「あの……。シンヤ様。あまり見ないであげてください」

「……はい?」


 なに? 今になって羞恥心が芽生えたんですかイリスさん。恥かしげに頬を赤らませながら視線を逸らすとか。これでは普通の女の子みたいじゃないか。普通の女の子なんだろうけど。


「そう言えば、あなたの世界と私達の世界では常識が大分違う見たいなんですよね。それでは分からないのも無理はありませんね」




 ぞくり。




 いま、変な悪寒を感じたのだが気のせいだろうか。


「あなたは私達の世界では羞恥心がないと思っているようですが、大間違いです。私達も恥かしい感情はあるんですよ」

「何を当たり前な事を」


 むしろ羞恥心がないなんて言われたら大変困る。元の世界に戻るまでこの世界でお世話になる身として、恩を仇で返す様な行いだけはしたくない。性欲に溺れて獣になるなんてもってのほかだ。……既に手遅れな気もしなくもないが、気のせいだと思いたい。

 エリスさんは艶やかに微笑み、とんでもない一言を発したのであった。


「いま、彼女達の全身に媚薬を塗ってあります」

「……はぁ?」


 媚薬? 媚薬ってあの性的興奮を高める精力剤の事だよな。

 それをいま、リリスとクスハさんの全身に塗っているだと。要するに……。


「なんて事をしているんだ、あんたは!?」


 そりゃあイリスさんが今日初めての羞恥心を見せる訳だよ。

 だから、さっきから声を押し殺して何かに耐える様に目を瞑っていたんですね。裸を見られても動揺の一つも見せなかったリリスだったから気にはなっていたが。


「つまり、今の彼女達は――」

「絶賛欲情中です」

「実の娘に何をしているんだ、この母親は!.」


 見事な微笑みで言い切ったぞ、この人は。


「これが唯一のお仕置きなもので」

「それのどこがお仕置きなんだよ。色々とおかしすぎだろ、王都スイカップ!」


 ツッコミどころのオンパレードだ。一日でこんなハイペースで突っ込んだら俺の身が持たないぞ。


「――まあ、そんな事よりも」

「そんな事よりも!? 目の前の惨状をそんな事よりも、と言ったよ。この人は」

「そんな事よりもです。この世界に来てから、何か変わった事などは起こりませんでしたか? たとえば不思議な力が身に付いたり、自分の意志に反して勝手に体が動いたり」

「それは……」


 どちらも既に経験済みであった。俺の反応を見て思い当たる節があると読み取ったのか、エリスさんは強張った表情になる。気のせいか、彼女の纏う空気が少し重苦しく感じたのであった。


「その様子ですと心当たりがあるそうですね」


 問いに頷いて答える。


「そうですか。……イリス、私はシンヤ君と少し大事なお話しをいたします。あなたは、あと十数分したらリリスとクスハを解放しなさい」

「かしこまりました、奥様」

「頼むわね。それではシンヤ君。少し、私の部屋に来てもらうわね」


 返事をする前に俺はエリスさんによって転移魔法で彼女の自室に連れてこられる。


「さて、シンヤ君。まずはキミの思い当たる節とやらを聞かせてくれませんか?」

「思い当たる節と言いますか――」


 俺はリリスと最初にあった時、正確には彼女の胸に触れた時に己の腕が勝手に動いて発行した事を。そして、先のリリス達の姿を見て烈火の如く怒りが込み上がっていったのを包み隠さずに説明した。


「……なるほど。胸を一ミリ大きくさせる腕と無意識に怒りが込み上がる、ねぇ」

「クスハさんが言うには腕の件は召喚魔法によるものが大きいと言いましたが」

「その推測は正しいわ。あの召喚魔法は召喚した人間を勇者に仕立て上げる魔法だったから」


 ……いま、恐ろしい言葉を聞いたようだが。


「えっと……。よく聞こえなかったんですけど、いま勇者に仕立て上げる召喚と仰いましたか?」

「その通りよ」


 エリスさんが言うにはリリスが使った召喚魔法は未曽有の危機にひんした時に使う事を許されていたらしい。

 正式名称は蛮勇召喚と言われており、どうにもならない時にてきとうな人間を召喚して勇者に仕立て上げる効力を持っているらしい。俺の知っている勇者物語の全てに喧嘩を売っているとしか考えられない外道魔法であった。


「なるほど。その蛮勇召喚とやらで俺は呼ばれたんですね。しかし、リリスはこの魔法で乳神様を呼ぶと言っていましたが、それは?」

「乳神様を召喚魔法で? ご冗談でしょう。神様を私どもの召喚魔法で呼べる訳がありません。そんな事はあの子も重々承知していると思うのですが」


 それはおかしな話である。俺が覚えている限りではリリスは本気で乳神様を呼ぼうとあの蛮勇召喚を使った。けれど、神様は人間の魔法如きでは召喚なんて出来ないときてる。その事実をリリスが知らなかったならば納得いくのだが、人間の魔法で神様は呼び出せない事など常識とされている。

 ならば、どうしてリリスは蛮勇召喚で乳神様を呼ぼうとしたのか謎が起こる。こればかりは本人に聞いてみたいと分からないか。


「あの……。もしかして、あの子は本当に乳神様を召喚しようとなさっていたのでしょうか」


 エリスさんの質問に俺は自分が知りえる情報を話す。


「そうでしたか。まったくあの子は何を考えているのでしょう。あれほど、使用してはいけないと念を押していたのに」

「その事なのですが、どうしてそんな危険極りのない魔法をリリスが使えたのでしょうか」


 この世界の魔法基準が分からないから断言はできないが、召喚魔法が気楽にできるような部類の魔法だとは思えない。


「簡単な事です。シルフィード家は代々蛮勇召喚を管理する役目を担っています」


 エリスさんの説明を簡潔にまとめると……。

 蛮勇勇者を実際に使用された回数は今回の俺の件を入れて五回。

 使用目的は様々であるが、この世界の人間がどうにかならない時に召喚して使い捨てる傾向が強かった。と言うか、四人中三人を奴隷の様にこき使ったらしい。

 それを良しとしなかった初代シルフィード家当主が四代目勇者と一緒になって奪い取り、シルフィードの血筋の者しか使えない様に制限を掛けたとか。


「……なるほど。そうなりますと、いま蛮勇召喚とやらを使えるのは、エリスさんとリリスの二人と言う事になりますね」

「はい」


 さて、今の話しをまとめると一つの謎が残ってしまう。

 リリスは母エリスによって既に乳神様を呼び出す事が出来ない事は知っているはず。それなのに何を思ったか知らないが、禁じられた召喚魔法である蛮勇召喚を使ってしまった。俺が召喚された時の態度を思い出す限り、リリスは召喚魔法で乳神様を呼べると本気で思っていた節があった。この矛盾をどう取るべきであろうか。


「俺は元の世界に帰れるのでしょうか」

「帰れます」


 ……え。帰れるの?


「随分と意外そうな顔をなされますね」

「す、すみません。表情に出ていましたか。魔法が魔法だったから帰れないとばかり思っていたのですが」

「そう思ってしまうのも仕方がありません。四代目勇者が蛮勇召喚と対の送還魔法を完成させてくれました。これで召喚された時間と場所に戻る事が可能です」

「それなら話しが早いのではありませんか……ん」


 しかし、それならばあんな言葉は言わないよな。


「お察しの通り、直ぐに元の世界に送還させる事は不可能です。あなたを送還させる事が出来る人間は召喚した人間。つまり、リリスになります」


 送還魔法は召喚魔法と違って高技術の技術と魔力が求められるらしい。具体的に言うならば最低でもEランクでなければ送還魔法は成功しないとか。


「つまり、要約しますと俺が戻るにはリリスがEランク以上の持ち主になる必要がある、と」

「はい」

「……可能なんですか?」

「それはあの子の頑張り次第でしょうか」


 気軽に言うけど、女性の胸が大きくなるのに努力の一言でどうにかなると思えない。特にリリスは第二次成長期を終えるか終えない年頃のはず。普通に考えれば彼女の年齢から胸が急激に大きくなるなんてありえないのだが、この世界では他の法則性でも存在するのであろうか。


「まさかと思いますけど、俺の腕を考慮していませんよね」

「その腕は何かしらの発動条件が存在するんでしょ?」

「それは分かりません。あの時も突然起きた事ですし」


 発動条件と言われても何が切欠で発動したかなんて皆目見当もつかない。それに本当に自分の腕にそんな摩訶不思議な力が備わっているのかすら疑わしい。リリスの件はたまたま彼女の努力が実った結果であるとすら考えうる。


「とりあえず、大方の事情は大体わかりました。今後の事はリリスも交えてお話しいたしましょう。あの子にも聞かなくてはいけない事が増えましたし」


 気のせいがエリスさんの双眸がギラリと光った気がする。お願いですからあのレベルのお仕置きは出来るだけ俺の眼の前で行わないでいただきたい。

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