ご当主様
急報。過剰な勢いで自分がエロス魔王に成り下がっていく件について。
やばいよ、この世界。何がやばいってこの世界の人達は性に関して無防備すぎる。全力全開の勢いでエロス方面に向かおうとしているこの世界はいったいなんなんだよ。
しかし、柔らかかったな。彼女もまんざらじゃなかったみたいだし、今度部屋にでも誘ったら――。俺はなんて不謹慎な事を考えているんだ。昼食時に性欲に溺れないと誓約を立てたばかりじゃないか。
「煩悩退散。色欲絶滅」
何度も何度も己の額を壁に叩きつけ、半分ほど淫欲に支配された自身に活を入れる。容赦なく叩きつけたおかげで強い痛みを感じるけど、その陰で桃色浸食されそうだった自分を取り戻す事が出来たと思う。
「……はあ。俺、何やっているんだろう」
これが仮に友人Aであったならば、きっと今のシチュエーションを良い事に暴走させたであろう。何せ自身から胸に関しては強いこだわりがある、と豪語していたぐらいだ。あれほど多くの乳房を目の当たりにして自分を保てる奴ではない。そうなったら、今後のヴィジョンは想像しやすい。そのままなし崩しに結婚まで発展し、子供を作り、この世界で末永く幸せに暮らすのだろう。
……よくよく考えたら、それもありだなと思ってしまう俺は間違っているのだろうか。
「けどけど、それって男として、人としてどうなんだよ。まだ初恋すらしたことないぞ」
恥ずかしながら、俺は誰かを愛する感情が理解出来なかった。
だれが好きになったとか、この人でないとダメなんだと言う感情を一度も抱いた事がない。ゆえに初恋も経験した事がない。そんな奴が性欲に溺れて結婚してしまうのは絶対に間違っていると思う。みんな美少女だから、大歓迎だと言いたい所であるがこればかりは俺自身が少し大人にならないといけないと思う。
「みんなには悪いけど、このまま部屋に戻らせてもらおうかな」
メイドのみんなにはトイレだと言って戦略的撤退を敢行したが、戻ったら続きを強請られるのは目に見える。正直言って、これ以上の桃色攻撃を受けたら己の息子さんが限界突破してしまいそうだ。いまは少しばかりの冷却時間が必要だ。どうせ、お風呂の時にひと騒動起こりそうなのは分かっているのだから。
「そうと決まったら――」
「シンヤ様? どうなされたんですか、こんな所で」
敵前逃亡を誓った俺に声を掛けるもの現れる。まさか、メイドさんの誰かが俺を追って来たのかと恐る恐る後ろを振り返ると、不思議そうに首を傾げていたイリスさんがいた。
ほっと胸を撫で下ろして、今までの経緯がばれない様に笑みを繕って答える。
「なんだ、イリスさんじゃないか。実はトイレに行こうとしたんだけど、迷っちゃって」
「お手洗いですか? それでは……」
「ん? どうしたの?」
「あの、申し上げにくいのですが男性用のお手洗いは、その……」
「分かった。言いたい事は分かったよ」
言い難そうに視線を逸らすイリスさんの態度を見て、何となく察する。
そうだよね。この世界はほぼ女性しかいないんだよね。男性用のトイレなどありませんよね。
「しかし、まいったな。そうなるとどうしようか」
今は大丈夫だけど、この屋敷で生活するならば絶対に必要な施設だ。それが存在しないとなると、早急に対処法を考えなくてはいけない。
「いえ。あるにはあるのですが、男の人は立ってしないとその……。出来ないんですよね?」
……ん?
「ごめん。言っている意味が分からないんだけど」
「ですから、その……」
きっと、何かしらの勘違いをしているなこの子。お昼頃から何となく分かっていたけど、この子は絶対耳年増だろ。十四だからそう言った方面に興味が湧くのは分からなくはないけど、それでも限度があるとお兄さんは思うぞ。これもあなたのお母様の影響ではあるまいな。
「あのさ。なんか勘違いしていると思うけど、キミが想像しているのは多分間違っていると思うぞ」
どんな事を想像しているかは知らないけど。
俺の言葉が意外だったのか、彼女は驚きのあまりに口を開ける。
「え? シンヤ様のそそりたっ――」
「――言わせるか!」
慌てて彼女の口を手で塞ぐ。
この子、いまとんでもない発言をしようとしただろ。最後まで言わせたら間違いなくアウトだったはず。
「な、何をするんですか。いきなり口を閉ざすなんてひどいじゃないですか」
「だまらっしゃい。女の子が明るい内からそんな事を言ったらいけません。いや、暗くなったらいい問題じゃないけど、そう言う事は生涯を誓った男の人に言いなさい」
可愛い顔でそんな事を言ったらどうなるか、この子は絶対に分かっていないだろ。それがいかがわしい意味を持つ事を知らないのかよ、と本気で説教したい所である。
「でしたら大丈夫じゃないですか?」
「なにが?」
「私はシンヤ様のものになる予定ですから、問題ありませんよね」
……。
……はっ。本日二度目のKOパンチをくらったぞ。
確かにそう言う話しはついさっきあったけど、あれって本気だったのか。
「……え? あれって本気だったの?」
「ひどいです。冗談であんな事を言う女に見えますか?」
見えるって言ったらどうなるんだろうか。
「しかしな。俺達、まだ出会ってからまだ数時間しか経っていないのに、そう簡単に決めるのはどうかと思うが?」
「時間など関係ありません。いい男がいましたら、早々とツバをつけなさいってお母様も言っていましたもの」
またか!?
また、あなたのせいかイリスさんのお母様。ご自身の娘さんにどんな教育をしたんですか。
「自分で言うのもなんだが、イリスさんが言う「いい男」でないと思うぞ、俺は」
「そんなことありません。あの時、優しく揉んでくださったシンヤ様はその、大変素敵でした。それに、他の男の人は歳が離れすぎていると言いますか、何と言いますか」
「――ちょっと待とうか。いま、聞き捨てならない台詞を耳にしたぞ。え? 歳が離れている? この王都にいる男性は一番若くて何十代なんだ?」
「一番若い人ですか……。確か今年で三十五になるとか」
三十五!?
それってつまり、その人よりも年下の男性は俺以外にいないって事になるのかよ。
「よく、今まで成り立って来たなこの世界」
「対処法を模索しておりますが、未だにこれだっていう法案は確立されていません」
「下手をすると、男が存在しなくなって絶滅の道をたどるのも否めないって訳か」
思った以上に深刻な問題だな。けれど何故だ。男の出生率が格段に落ちるなど自然的に起こる訳がない。何かしらの人為的な作為が働かない限りそんな事態が起こる事などありえないと思うが。
「ところで、シンヤ様」
「ん? なんだい、イリスさん」
「その……。お手洗いは大丈夫なんですか?」
「……あ」
そう言えば、そう言う事になっていたね。すっかり忘れていたよ。
――***――
「クスクス。それで、お逃げになったのですね」
正直に告白するとイリスさんは口元を隠しながら表情を緩める。
「笑い事じゃないよ。あのまま言ったら、確実に襲われていたよ」
特に三つ編み眼鏡っ子さんはやばかったと思う。初めて異性に揉まれた事で興奮しすぎたきらいがある。あの子、最初は恥かしげだったのに始めたら勢いで行っちゃうタイプだと見た。物凄く積極的であったし。
俺、あの子と続きをする事を約束しちゃったんだよな。……続き。まてまて。いま、何を考えていた工藤伸哉。四つん這いにさせて搾乳したら面白そうだな、とか考えている場合じゃないだろ。どうしたんだよ俺。この世界に来てから完全にエロス大魔王化してきているぞ。
「いいじゃないですか。みなさん、同年代ぐらいの男の人を切望しておりましたから。その、私もそうですし」
さっきから小出しでアピールしてくるなこの子も。悪い気はしないんだけど、そこまで踏ん切りは未だにつかないぞ。
「俺の世界の常識で考えるとどうしても引いちゃうんだよ。その点も察してくれると嬉しいのだが」
「シンヤ様の元の世界では男性も多くいるんですよね。今度、お詳しくお聞きしてもよろしいですか?」
「それは構わないよ」
「……よし」
いまこの子、小さくガッツポーズしたよな。
小声で言ったつもりみたいだけど、確かに「よし」と言ったのが聞こえたぞ。
これ以上突っ込むと藪蛇になるだろうからスルーするとして……ん?
「なあ、イリスさん」
「はい?」
「いま、揺れなかったか?」
「揺れる、ですか? いえ、私は何も感じません――っ!?」
どうやらイリスさんも感じ取ったらしいな。それじゃあ、今聞こえる爆発音と衝撃による震動は俺の勘違いじゃなかったんだな。
「イリスさん」
「はい。どうやら中庭の方からです。転移しますので、手を」
前と同じ様にイリスさんの手を握る同時に景色がガラッと変わる。
「――あら、見かけない顔ね。もしかしてあなたが?」
転移し終わったと俺達を待っていたのは、西瓜程の大きさを誇った乳を持つ女性と全裸で磔にされていたクスハさんとリリスの姿であった。
「お初にお目にかかります。私は――」
「――キサマ、何をしていやがる」
最後まで話しを聞く事無く、自分でも出した事のない強圧的な声を発する。殺意を込めた瞳で睨み付けているにも関わらず、爆乳の女性は気に掛けた様子もなく答える。
「何をって、お仕置きに決まっているじゃない」
「お仕置きだと? ふざけた事を抜かすな。それのどこがお仕置きだと言うんだ。二人をどうするつもりだ」
久々だなこの感覚。
腸が煮え返りそうな程の怒りを覚えたのは何年振りだろうか。
「だからお仕置きだって言ったでしょ。この子達は――」
「――御託はいいから、さっさと離しやがれ!」
「シ、シンヤ様! その御方は――」
隣でイリスさんが慌てて彼女の正体を教えようとしていたが、そんな事はどうでも良い。いま大事な事は、リリスとクスハさんが磔にされて酷い目に合おうとしている事だ。
真直ぐ爆乳女へ走り寄って詰め寄ろうとしたのだが――。
「あらあら、血気盛んね。そういうの好きよ」
魔法を発動させたのだろうか。爆乳女が指を弾くと地面からつるが伸びあがり、俺の両足に絡みつく。足を封じられた事で勢いよく地面に転んだ俺の俄然まで歩み寄った爆乳女は中腰になって、満面な笑みで言う。
「初めまして、クドウシンヤ君。私はリリスの母でシルフィード家現当主であるエリス・シルフィードです」
彼女の自己紹介により、頭に血が上っていた俺はようやく冷静さを取り戻す事になる。
「えっと……。リリスのお母さん?」
「その通りです」
……あれ?
俺、もしかしなくてもまずったか。