モテ期だと錯覚しましたか?
結局の所、俺に女性の胸を大きくさせる力が秘められているかは分からずじまいであった。
「その、大丈夫ですか。シンヤ様」
「大丈夫。少しひりひりするだけだから」
心配そうにイリスさんが尋ねてくれる。食堂からわざわざ氷嚢を拝借して来てくれたのだろうか、負傷している俺に差出してくれたので有り難く頂戴したのであった。
「しかし、リリスの野郎。ビンタはないだろう。ビンタは」
「あ、あははは」
ご主人様を批難できる立場にないイリスさんは苦笑いするのみ。きっと、彼女も胸中では俺と同じ思いを秘めていると信じている。
「けれど、シンヤ様。あの時、メイド長の胸ばかり見ていたのは失態かと」
「……やっぱり、それが原因かな」
「それしかないかと」
あれからリリスがキレた後、何を思ったのかあのお嬢様は俺の眼の前で服を脱ぎ捨てて「今度は私で試しなさい」と言って来たのであった。上半身裸でロングスカート姿のリリスを見て何を思ってしまったのか、今まで戦線を保っていた理性が崩壊しかけて我が息子さんが重い腰を上げてしまった。当然、その事実は直ぐにクスハさんに知られてしまう。
クスハさんは一瞬ビクッと身体を震わせたかと思うと、俺の変化に気付いてニンマリと擬音が聞こえてしまいそうなニヤケ顔を見せる。その時、俺の直感が警報を鳴らしてやまなかった。やばい、喰われると。彼女は俺の膝から降りると、リリスの横に並んで同じ様にメイド服を脱ぎだすのだ。
どうやらクスハさんが脱ぎだす時、ありえないほど目を見開いてガン見したのがいけなかったのだろう。自分よりもクスハさんを見ていた事にえらく傷ついたらしく、彼女は無言で俺の頬を引っ叩いて転移魔法でその場から去ってしまったのだ。クスハさんもやりすぎた事に反省してくれたのか、リリスが去った直ぐに「すみません、失礼いたします」と頭を下げて、転移魔法で彼女の後を追ったのだ。
取り残された俺とイリスはただただ笑う事しか出来ず、数分間の間、気まずい空気が支配したのであった。
「謝った方がいいかな?」
「それはあまりお勧めしないかと。それに謝るとして、どのように謝るのですか?」
言われて気付かされる。確かにイリスさんの言うとおり。
まさか、リリスにクスハさんに見惚れていました、なんて言えない。そんな事を言ったら、間違いなくビンタ以上の何かが飛んで来るだろう。
「どうすればいいと思う、イリスさん」
「ここは少しそっとしておきましょう。お嬢様もついカッとなっただけでしょうから。時間が経ったら、向こうから来てくれますよ」
「んー。そう言うものなのかな」
同じ女性のイリスさんが言うんだから、きっと間違いじゃないんだろうな。クスハさんもリリスを気にかけて動いてくれたみたいだし、俺が下手に動いたら場を荒らしてしまう可能性もあるしな。ここは素直にイリスさんの言うとおりにするべきか。
「じゃあ、それは気にしない事にするが……。こっちは流石に気にするぞ」
チラッと横を向く。目線の先には二人のメイドさんがおり、現在は窓掃除をしているらしい。お二人は俺が見ている事に気付くと小さく手を振る。俺も彼女達に向けて手を振り返すと「きゃー」と黄色い声を上げながら窓掃除を続けた。気のせいか、黄色い声を上げた直後から作業速度が三倍ほど上がっていた気がする。
さっきからこの調子であった。自分の部屋に戻るのと同時に屋敷内を案内している間、すれ違うメイドさんには好奇心の眼差しを浴び、今の様に黄色い声を上げられる。
「あはは。みんな、男の人に会った事がありませんから」
「リリスが言うには、この王都には五十人ほどしかいないんだよな」
「はい。ですから必然と一夫多妻になります。男の人はその……。子供を作るのが仕事みたいになっていますので」
「それは大変なご職業で」
なんか友人Aが好きそうな世界観だな。あいつも「こんな設定があったとは、目から鱗だよ」と号泣しながら語っていた気がする。未成年でどうやってエロゲーを手に入れたんだよ、とツッコミを入れたかったが。たしか、友人Aが嵌っていたのも女性しかいない島に主人公である男の人が流れ着いた設定だったっけ。物語性がちっともなかったので一日で飽きてしまった記憶しかないけど。
「しかしそうなると、俺もこの王都で住みつづけるとそうなっちゃうのかな。あははは」
「はっ」
……え。
なんで、そこで新事実発覚だと言いたげに目を瞠るのかい。
「シ、シシシシンヤ様」
「お、おい。どうしたイリスさん」
今の今まで普通に接していたはずなのに、急に体を強張らせるなんてどうした事であろうか。目も若干泳いでいるように見えなくもないし、何がそこまで彼女を緊張させるのだろうか。
「そ、そそ、その。も、もももも」
「ちょっとイリスさん。本当にどうしたの? 落ち着いて。ほら深呼吸、深呼吸」
すーはーと俺の言葉に従って大きく呼吸するイリスさん。
なんか本当に緊張しているらしく、一二回でいいはずの深呼吸を十回以上も行い、意を決したように俺を見据えて言うのだった。
「もしよければ、私を貰ってください!」
……。
……はっ!? いま、完全に思考停止してしまったぞ。
「えと、イリスさん?」
彼女の真意を問いただそうとした時「ちょっと待った!」と懐かしいちょっと待ったコールを出して、一斉にメイドさんが転移魔法を使って出現したのであった。
「み、みなさん。もしかして、聞いていて」
「当たり前よ、イリス。それよりなに勝手に抜け駆けしているのよ」
「そうよそうよ。私達と同い年ぐらいの男の子はクドウ様しかいないのよ。私だってさっきからお話ししたくてうずうずしていたのに」
「聞けば、クドウ様に胸を揉んでもらったそうね。羨ましいわ、私だって揉んで欲しい」
女三人寄れば姦しい、とよく聞くがそれが十人以上になると姦しい所の騒ぎじゃないな。
てか、今の話しを聞く限りでは俺とイリスの会話を聞いていたように聞こえるのだが、彼女達はどうやって盗み聞きをしていたのだろうか。
「まあまあ、そんな事は後にして」
後にするな。
盗聴されていると聞かされて気にしない人間などいるはずがないだろう。
「それより、クドウ様。もしお暇でしたら、是非ともメイド室に来ていただけませんでしょうか?」
「メ、メイド室ですか?」
「はい。私達、メイドに宛がわれている休憩所です。是非ともクドウ様とお話しをさせていただきたいのですが」
うーむ。特にやる事もないし、彼女達のお誘いに乗るのは吝かではないのだが、ノコノコついて行って良いものであろうか。またさっきのような展開になるのは目に見えている気がするのだが。
「あっ。私達は純粋にお話ししたいだけですから、その点はご安心を。……まだ、順番も決めていませんですし」
最後の方、何か不吉な事を言っていたが肝心な部分を聞き取る事が出来なかったぞ。こわいな、怖いな。……けど、これからお世話になる身としては、彼女達と交流を持つことは大切だし、ここはお言葉に甘える事にするべきだろうな。恐いけど。
「……分かった。俺も色々と聞きたい事があるから、是非ともお呼ばれするよ」
盛大にメイドの方々から歓声が上がる。
うーむ。元の世界ではこれほどの女性に囲まれた事がないから、モテ期が来たのではと勘違いしそうだな。
「シンヤ様。私はこれから湯浴みの準備をいたしますので、お部屋は皆さんから聞いて下さいませ」
「あれ? 一緒に来てくれないのかい」
「申し訳ございません。湯浴みは私の唯一のお仕事なので」
見知らぬ人達の中に取り残されるのは些か不安なんだが。ほんの少しでも顔見知りなイリスさんがいれば、気が楽なんだけどな。まあ、仕事なら仕方がないか。
「分かった。彼女達に言えば部屋の場所は分かるんだよね?」
「はい。場所は既にお伝えしておりますので、転移魔法での移動は可能です」
イリスの言葉にほぼ全員のメイドさん達が「お任せくださいませ」と胸を叩く。さっきから気になっていたんだけど、もしかしなくても下着を着用していないだろキミ達。さっきから異様に胸がぷるんぷるん揺れるのは、俺がさっきまで胸を揉んでいた影響ではないよね。なんか凄い不安なんですけど。
「それではシンヤ様。早速行きましょう」
イリスさんが一礼して仕事に戻った途端、近くにいたメイドさんが腕を絡めてくる。予想していたとは言え、ここまで電光石火の早業を見せてくれるとは想像以上であった。
谷間に押し付けられているにも関わらず、こうして平常心を保てているのは少しばかり耐性が出来たと思いたい。
【side:リリス】
自分の胸は一般的に小振りである事は自覚しているのだけど、今日ほど自分の胸が小さい事に恨めしく思ったことはないかも知れません。
「……はぁ」
視線を下に落とすと真先に目に入るのは自分の胸。腹違いの姉妹の殆どが何もしなくてもDクラスはいっているのに、私だけ未だにBクラス。イリスなんて十四で既にEクラスにもなっている。羨まし過ぎる。
「お嬢様、ここにいましたか」
転移魔法を用いて、クスハさんが私の下に現れた。直接、私の下へ転移できたと言う事は感知系の魔法が使える誰かと接触したのだろう。私の姉妹は優秀な人間が多いから、特殊系統の魔法が得意な人は多い。その特殊系統魔法を悪戯目的で使うのだけは控えて欲しいけど。
「申し訳ございません、お嬢様。雇われている身分だというのに、出すぎた真似を致しました」
「ううん。確かにいつもと雰囲気が違って戸惑ったけど、今日のクスハさんは好きだよ。あんな顔もするんだね」
笑った顔は何度か見たことあるけど、それでも一ヶ月に一度見ればいいほうであった。仕事大好き人間だったから、こんな風に二人で会話するのも久々だな。
「それは、その……」
言い難そうにしているクスハさんは私から視線を逸らす。冷静になったら恥かしくなったのだろうか。頬を赤く染めるクスハさんの姿は大変貴重な瞬間であった。
「男の人に揉まれると、あんなに気持ちいものなんですね。初めて知りました。って、何を言っているのかしら、私は」
言って、両手で自分の顔を隠す。相当恥かしかったのか、耳まで真赤になっているのが分かる。この姿を部下である姉妹達に見せたらどんな顔を見せるだろうかな。
けれど、クスハさんの気持ちは痛いほど分かる。私も始めてシンヤに触れてもらったとき、自分でも出した事のない声を出してしまった。あの時はあんまり考えていなかったけど、男の人の手って思った以上に大きいんだね。あの手で強く、時に優しくもんでもらっとき、胸の置くから熱い何かが込みあがってきて、まるで何かが解放されるように快感を――って、私は何を考えているのかしら。
「……はっ」
にやけるクスハさんを見て、自分の失態に気付く。
「お嬢様も結構――」
「な、何よ」
「いえいえ。初めて殿方に揉んでもらった女の方は大方同じ様な感想を抱きますので、大丈夫です。良かったですね、一般的ですよ」
「だから私の心の声を聞かないでよ。クスハさんだって似たような事を今さっき言っていたじゃないの」
「はい。正直言いまして、私はあれで心を奪われそうになりました。癖になりそうです」
「それは激しく同意するけど……」
こんな小さい胸なんか揉んで、果たして男の人――シンヤは満足するのだろうか。どう考えても、クスハさんが脱いだ時と私が脱いだ時とではリアクションに大きな差がありすぎたのよね。
「お嬢様。お言葉ですが、あれはお嬢様にも問題があるんですよ」
問題?
「なに、その問題って」
「私の友人が言うには、堂々と脱ぐよりも少し恥かしげに行った方が男の人も興奮しやすいみたいです」
「え、なんで?」
「私にも分かりかねますが、友人が言うには刺激を与える事がいいと仰っていましたよ」
「刺激……。たとえば?」
「そうですね。ならば、こう言うのはいかがでしょうか?」
耳打ちしてくるクスハさんの提案を聞いて、私は思わず目を丸くしてしまう。
「え? そんな事で刺激になるの?」
「お試しになってご自身でご確認してください」
「分かった。そうするわ」
クスハさんの意見に従い、実践に取り掛かるために一度部屋に戻る。
ふふふ。待っていなさいよ、シンヤ。今度はその視線を釘付けにさせて見せるわ。




