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一ミリって

 ここに来て知った事であるが、俺は懇願されると断れない性格であるらしい。日本人はノーと言える芯を持った人間は少ないと言えるが、果たして同じ状況に陥って「無理」と断言できる男はいるだろうか。いたら挙手をお願いしたい。是非とも弟子入りさせて欲しい。目の前の巨峰を前にして否定できる男がいるならば。


「シ、シンヤ様」

「あ、悪い」


 イリスさんに声をかけられて、せっかく自分の世界に逃込んでいたのに現実へと連れ戻されてしまった。


『さぁ。充分揉み解しましたか? 今度は上下左右に大きく引張り、最後は時計回りにゆっくり回しましょう』


 なんでやねん!

 本当に増胸術なのか疑わしいレクチャーに思わず関西弁で突っ込んでしまったじゃないか。


「なあ、イリスさん。これで本当に大きくなるわけ?」

「わ、分かりません。けど、大きくなりたいし……」


 充分大きいだろうが、と言ったら拙いのだろうか。

 お察しの通り、あれからイリスさんの上目遣いに負けた俺は、先ほどリリスがやっていたように彼女の背後に回ってニュースキャスターの指示通りに揉み解していた。リリスの言うとおり、イリスさんの胸はマシュマロのように柔らかくて少しでも力を入れればどこまでも指が沈んでいってしまいそうな感覚を覚える。


「何で大きくなりたいの? リリスのようにプティーズになりたいとか?」

「そんなお金は私にはありません。……けど、結婚はしてみたいし」

「ん? 胸を大きくするのと結婚がどう繋がるんだ?」

「女性の価値は胸の大きさで決まるんです」


 イリスさんが言うには、胸が大きい事はステータスであるとのこと。魔法を使うにしろ、婚活を行うにしろ、胸が大きくないと色々と戦えないらしい。


「さっきから思っていたけど、何でこんな世界になったんだよ。胸の大きさを重要視しすぎだろ」

「胸が大きい事は乳神様に愛されている事と同じことなんです。あの、続きを……」

「あ、悪い。えっと……」


 話しに夢中になっていたらしく、手が止まっている事に言われるまで気付かなかった。未だにテレビジョンではニュースキャスターのお姉さんが自分の胸を使いながらレクチャーしているが、声を顔も蕩けているところを見ると本当に増胸術の指南番組なのかと疑ってしまう。お子様に見せられない大人の番組じゃないよな、これ。

 指示に従うと今度は……。


「キャーーーー」


 再び、イリスさんの胸を鷲掴みしようとした時、遠くの方からリリスと思われる女性の叫び声が耳に劈いた。俺とイリスさんは跳び上がる様に立ち上がる。


「今のは!?」

「お嬢様の声です。何かあったのでしょうか」

「見に行くぞ。イリスさん、リリスの部屋は!?」

「手を。お嬢様の部屋まで飛びます!」


 走って向うよりも瞬間移動魔法を使う事が早いと即座に判断したイリスが手を伸ばす。そういえば、俺はリリスの部屋を知らないしこの屋敷も今さっき入ったばかりだ。彼女の指示に従って、イリスさんの手を握った瞬間、俺達はリリスの部屋の外だと思われる場所までとんだのであった。


「リリス! どうした、リリス!」


 扉を数回叩いてリリスを呼びかけたのであったが、返事は来なかった。これは何かあったのだろうか。豪邸に住む彼女ほどの令嬢あるならば、誘拐や強盗が入ってきても不思議ではない。まさか、運悪く犯人と接触してしまった人質にでもなってしまったのか。


「なんで、室内に直接とばなかったんですか」

「私たちメイドは雇用主であるお嬢様と奥様のお部屋に直接とぶ事を許されていません。ですので……」


 制約が邪魔して飛べなかったというわけか。こうなったら、扉を蹴破っても乗り込むしかないのか。


「リリス。返事をしろ。返事をしないなら蹴破ってでも――カチャ?」


 気のせいか、いま鍵が開く音が聞えたような。


「騒々しいと思いましたら、あなたでしたかシンヤ様」

「あれ? クスハさん?」

「どうなさいましたか。血相な顔をしまして」

「どうなさいましたじゃないよ。いま、リリスの叫び声が聞えたんだけど、あれはいったい」

「なるほど。あれをお聞きになったのですね。二人とも、お入りください」


 訳が分からず、俺とイリスさんはクスハさんに促されるままリリスの部屋に入る。入室すると部屋の真ん中で全裸になっているリリスが子供のようにその場で跳びながら大はしゃぎしている姿があった。


「えっと……。クスハさん、これは?」

「どうやら、一年振りに胸のサイズが一ミリほど大きくなったようです」

「……はい?」

「一日一回、プティーズを目指す人は身体測定を受けないといけないんです。身長、体重にスリーサイズを毎日魔法で測定します」


 イリスさんの説明によると、プティーズを目指す女性は体調管理を徹底する様に教育されており、一日一回は特定の魔法を用いて自分の健康状態と身体測定を検査しなくてはいけないらしい。クスハさんが言うには、一年間全くと言っていいほど成長しなかった胸のサイズが今日になって一ミリほど大きくなったとか。


「……一ミリって誤差レベルじゃないのか?」


 少なくとも俺の世界ではそうであったはず。


「いいえ。ちゃんと王都指定の測定魔法を使っておりますので、誤差が生じる事はありません」


 信頼性のある測定方法だからクスハさんが言うには間違いないのこと。けれど、高々一ミリ大きくなったぐらいであんなにはしゃぎ回るものなのか?


「お嬢様。色々とお試しになっても、一向に大きくならないって嘆いていましたものね。どうして今日になって成果が出たのでしょうか」

「私が視る限り、その原因はシンヤ様に御ありであると推測できますが」

「え、俺に? そう言われても思い当たる節など……」


 もしかして、あれか?

 リリスに無理やり胸を触られたとき、不思議な現象が起こったことを思い出す。確か、胸を触ったと思いきや俺の腕が不思議な光に包まれて、それで。


「もしかしたら、お嬢様に召還された事で不思議な力を宿した可能性があるのかも知れませんね」

「不思議な力と言うと?」

「召還魔法は使用者の潜在能力によって、召還された者を強化する事が稀に起こります。シンヤ様はこの世界に呼び出された事で特殊な力を秘められたのかも知れません」


 特殊な力ね。空想上の物語では呼び出された者に多大な力を付加させる事がよく歩けど、まさか実際に自分がそれに該当するとは思わなかったな。


「けれど、もしそれが当たっているとすると、俺の特殊能力って……」

「女性の胸を大きくする力があるって事になるのですか、メイド長」


 俺を押しのけて、答えに至った推論をクスハさんに問うイリスさん。


「あの、その。メイド長、私も測定していただいても宜しいでしょうか」

「構いませんが、もしかして……」


 そこで、ようやくイリスさんの上半身が露出している事に気付く。

 恥かしげに顔を俯きながら、小さく頷いて見せるイリスさん。


「あ、はい。シンヤ様にその……。優しくしていただきました」


 待って。その言い方は色々と語弊が産むから待って。確かにイリスさんに根負けしてグラビアアイドル顔負けの立派な桃を堪能させていただいたのは事実だけど、彼女の言い方だとそれ以上のことをしたように聞こえてしまうよ。


「そうでしたか。それは良かったですね、イリス」

「……はい」


 誰か強化魔法を。

 俺に精神力を強化する魔法を施してくれ。なんなのこれ、なんなのこれ。女性の胸を揉んだというのに、あんなに幸せそうな顔をされたら歯止めが聞かなくなるよ。野性の本能が暴走してビースト化しちゃうよ。ビーストアップしちゃうよ。


「ではイリス。早速測って見ますので、脱いでください」

「はい、メイド長」


 クスハさんの指示に従い、イリスさんはスカートを……。


「待って。ちょっと待って! 俺、速やかに退出するからちょっと待って」


 なにこの場で脱ごうとしているのさ、男の俺がいると言うのに。もしかして、俺は男として認識されていないのか。男と思われていないからこそ、脱ごうとしても何にも感じないのか。この際、既に彼女の乳房が露になっている事は言わないけどさ。


「何を慌てているのですか、シンヤ様は」

「そりゃあ慌てて……。まさか、わざとなのか。俺をおちょくる為にわざとやっているのか」

「さて、何のことでしょうか」


 この人サドだ。絶対にサドだよ。俺が慌てふためいている姿を見て絶対に楽しんでいるよ。魔眼を持っているから俺の心情は丸分りのはずなのに、俺を追い詰めようとしているんだから絶対にサドだ。


「失礼ですね、シンヤ様は。これでも私は尽くすタイプですよ。何なら試して見ますか?」

「頼むから俺の心の声を聞かないで。お願いですから。リリス! お願いだからそろそろ戻ってきて。俺一人ではクスハさんを相手に出来ないからマジで」

「……え。シンヤ? どうして私の部屋に?」


 今の今まで気付かなかったのかい。


「キミの叫び声が聞えたから心配で来たんだけど、ね」

「そうだったのね。……で、なんで顔を背けているの?」

「察してくれ」

「え? ……ああ。もう、シンヤのエッチね。そんなに私の裸が見たかったの?」

「第一声がそれかよ! 隠せよ。少しは慎ましさを持ってくれ。このまま我を忘れて襲い掛かっても知らないぞ」

「言ったでしょ。そうなったら責任を取ってもらうって。取ってくれるんでしょ?」

「グヌヌヌ」


 ダメだこのお嬢様。俺の安全な生活の為にもどうにかしなくてはならない。幾らなんでも色々とオープンすぎるだろ、この女。俺が知る映画や漫画でもここまで羞恥心が皆無な女性は存在しないぞ。


「で、何の話しをしていたわけ?」


 その状態のまま、普通に会話するわけ?


「はい。お嬢様の今まで変化が見られなかった貧相な胸が一ミリも大きくなった原因がシンヤ様にあるのでは、と言う話をしておりました」

「あ、そうなの? って、誰が貧相な胸ですって!」

「お嬢様以外に誰がいますでしょうか。少なくとも私たちメイドはお嬢様の下着をつけられる者は一人もございませんよ。中には同い年ぐらいのメイドもいるのに嘆かわしい」

「う、煩いわね。なんであなた達は勝手に大きくなっているのよ、少しは分けなさいよね」

「分けられる訳ないでしょ? お嬢様はそんな事も分らなくなってしまったのですか?」

「クスハさん! あなた、本当に今日はおかしいわよ。そんなに私を怒らせたいのかしら」

「そんなことよりも」

「ちょっ! 流さないでよ」

「本当にシンヤ様の能力のせいか、検証してみましょう。既に揉まれたイリスを測定すれば結果も分りますでしょうし」

「無視しないでよ」

「では、イリス。続きを始めましょうか」

「はい、メイド長」


 凄い。何が凄いかと言うと、雇用主のはずのリリスを完全に無視して話しを続けるその姿勢が。あなたって本当に雇われメイドなわけ? 完全に上下関係が逆転しているんだが。

 無視され続けた事でリリスも精神的ダメージを受けたのか、がっくりと膝を着いて項垂項垂れているけど、全裸で項垂れるのはやめて。本当に俺の方に向けて可愛いお尻を向けないで! 色々とたぎってしまうから!

 イリスさんも雇用主のリリスの事なんてお構いなく脱ぎ始めないで。上の時もそうだったけど、なんであなたはそんなに布の面積が小さい下着をお付けになさっているのですか。


「あの、シンヤ様。そんなに見られたら脱ぎにくいのですが」

「ご、ごめん」


 何時の間にかガン見していたらしい。そりゃあ見ちゃうよ。イリスさんだってうら若き女性なんだから。金色ツインテールの巨乳美少女ってどこのエロゲーキャラなんですかね。肌が雪のように真っ白にも関わらず、愛用している下着が情熱の赤であったのを見たとき暴徒と化しちゃうところだったよ。


「ちなみにイリスは今年で十四ですよ、シンヤ様」

「やめて! そんな人の理性を崩壊させてしまいそうな嬉し恥かしい情報を開示しないで。てか、十四!? その胸で十四!?」


 ま、マジですか。確かに童顔だと思っていたが、齢十四だったとは。

 ……え? 十四でメイドの仕事をしているの、この子。


「ここにいるメイドはみんな、身寄りのない者達ばかりなのです。……まあ、ほぼ全員がお嬢様の異母姉妹になるんですが」


 いま、ボソッと言ったと思うがちゃんと聞えたぞ。異母姉妹だと。まあ、さっきの話しを聞く限りそう異母姉妹がいても不思議じゃないが、そうなると今の関係っておかしくないか?


「そこはおいおい話していきましょう。イリス、準備はよろしいですか」

「はい、メイド長。いつでもいいです」


 話している間にイリスは服を全て脱いでいた。クスハさんの証言ではまだ十四と言うが、凹凸がはっきり見受けられるスタイルは素晴らしいの一言。俺、さっきまであの饅頭を揉んでいたのかと思うと、体が前屈みになってしまいそうだ。


「さて、では始めます」


 パンパン、と二回ほど手を叩く。それが魔法の開始の合図だったらしく、イリスさんの頭上にドーナツ状の円板が出現し、ゆっくりと彼女目掛けて降下し始める。

 イリスさんの足先まで降りていくと円板は彼女から離れていき、結果を映し出す。


「……どうやら、変わっていないようですね」


 結論だけ言わせて貰うと、イリスさんの胸のサイズは変化なしであった。

 けど、言わせて貰いたい。十四でEクラスなんだから充分だろ。


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