お屋敷へGO
リリスに連れられて辿り着いた場所は、彼女が住まう家のはずなのだが、果たしてこれを家と言ってもいいのだろうか。豪邸に程があるだろう。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
リリスが門を潜ると同時に、先ほどまでいなかった大勢のメイドが現れて恭しく頭を下げてリリスを迎える。その数、ざっと見積もっても三十人はいるんじゃないか。これだけ大勢のメイドさんを雇っているリリスは俗に言うお嬢様と言ったところだろうか。
「ただいま。ねえ、あなた。クスハさんはどちらに?」
「お呼びでしょうか、お嬢様」
近くにいたメイドの一人に特定の人物の居場所を聞いていると、リリスが捜し求めていたであろう人物が突然現れたのであった。さっきのもそうだが、突然現れた理由は魔法を使ったからであろうか。転移魔法はゲームなどでも高等な魔法と聞くのだが、この世界では誰でも使えるのかな。
「ああ、クスハさん。実は色々と訳があって……」
「なるほど。あれほどご忠告したにも関わらず、禁忌の召還魔法をお使いになられ、挙句の果てに無関係な人間を巻込んでしまったのですね」
いま、リリスは何も言っていないよね。これも魔法の効力なのか。
「そ、そうよ。魔法を使って私の過去を覗き見るの辞めてくれる?」
「お嬢様以外の人にはお使いになられませんので、ご安心を」
「私のプライベートがないって言っているのよ。とにかく、今日からシンヤを私の家で住まわせるから、部屋を一つ用意してちょうだい」
「承りました」
リリスの注文を受け取ったクスハさんは、近くにいた二人のメイドに指示を出す。クスハの指示に従い、二人のメイドは「かしこまりました」と了承すると一瞬にして姿を消してしまった。これだけ見ると忍者か何かだな。メイド忍者……ありだな。
「さて、シンヤ様。この度はお嬢様が多大なご迷惑をお掛け致しまして大変申し訳ございません。責任を持ちまして、シンヤ様の面倒を見させていただきます所存でございますので、どうかご自身の家だと思ってお寛ぎしてくださいませ」
深々とお辞儀するクスハに習って、残ったメイド総員も同じ様に頭を下げる。
「あはは。その、お世話になります」
大勢の女性に囲まれてなんて返して良いか分からなかったので、取りあえず当たり障りのない言葉を返した。
「まずはそうね……。クスハさん、お食事にしましょうか」
「かしこまりました。いま、シェフにお二人分ご用意させます」
「お願いね」
それを最後に、メイド一同は康応するように動き始める。クスハさんが瞬く間に指示を送り、先の二人のように指示を受けたメイド達から姿を消していく。
「あなたはシンヤ様のサポートをしなさい。まだこの世界に来て間もないご様子。不慣れであるシンヤ様を生活面で確りサポートしてあげるのだぞ」
「かしこまりました、メイド長」
「シンヤ様。本日から生活面をサポートさせます、あなた様専用のお世話係です」
「イリス・ツヴァイゼルと申します、シンヤ様。本日よりあなた様専用のメイドとして働かさせていただきます」
クスハの紹介に預かって、イリスが恭しく頭を下げる。
しかし、手厚い待遇に申し分ないところであるのだが、この待遇の良さは色々と警戒するものがある。見ず知らずの他人がいきなり世話になると言うのに、怪しく感じていないのであろうか。それとも彼女は俺を監視する監視員であって、不可解な行動を取ったらいつでも命を刈り取れる用に場面を整えているのだろうか。
「ご安心くださいませ、シンヤ様。決して命を脅かそうとか不穏な考えは持ち合わせてございません」
「あ、そうなの……。って、俺って口に出していないよね?」
「クスハは読心の魔眼を持っているのよ。過去の出来事や心の声を聞く、とんでもない瞳を持っているの」
リリスの言葉でようやく納得する。
そう言った能力も存在するんだね。つくづくファンタジーなんだなこの世界は。
「けど、クスハさん。どうしてシンヤの担当がイリスなの? 彼女は……」
「はい。イリスはまだ勤めてまだ間もありません。特に接客に難がありましたので、シンヤ様と接していただき、接客力を養ってもらおうと思っております」
「それでは、シンヤは練習台みたいなものじゃないの。シルフィード家が責任もってお世話するって言うのに、この待遇はあんまりじゃない」
「見る限り、シンヤ様はこう言った待遇は経験がなかったようなので、彼女が最適かと思ったのですが。それに、シンヤ様は巨乳好きみたいなので」
不敵な笑みを浮かべるクスハさん。あなた様の魔眼はそんな事まで看破出来るのですか。
確かに大きい胸は大好きだけど、何もこの場で暴露していい話でもないだろうが。魔眼で見たというならば、俺の世界の常識も見ていたんじゃないのか。
「シンヤ」
ほれ見ろ。
いらないことをのたまったから、リリスが汚物を見るような目で俺を睨みつけるじゃないか。もしかしてわざとか。わざとなんだな。
「あの、その……。がんばります」
ここで、何を頑張るのかと聞いたら地雷だろうか。
「お望みとあれば、彼女の胸を堪能しても問題ありませんので……。けど、子作りだけは控えてくださいね。まだ、彼女は自立できる年頃ではありませんので」
あの胸を堪能できる、だと。
服の上からでも分かる豊満な乳房を触れる機会が今後あるというのか。
「……ゴクリ」
「シンヤ、私を蔑ろにしてうちのメイドに手を出すなんて許さないからね」
「お嬢様、女の嫉妬は見苦しいですよ」
「誰がさせているのよ。クスハさん、少しおかしいわよ。今日は随分とテンションが高いのね!」
「恥かしながら、私も殿方とお話しする機会はありませんでしたので、柄にもなく緊張しているみたいです」
「嘘よ。それは絶対嘘よ。普段可愛げもないぐらい仕事に忠実なあなたが、男の人と会ったぐらいでそんなに殻を破るわけないわ」
「失礼ですね、お嬢様。私とてれっきとした女性です。お嬢様にやっていただいたように、この胸を揉んで貰う事に憧れだって抱いているのですよ」
お願いだから、俺のいる目の前で自分の胸を揉むような行為を見せないでください。イリスさんほどではないにしろ、クスハさんの胸だって充分大きい部類にあるんですから。揉むごとに変形する胸を見て何も感じないと思ったら大間違い――って事は、魔眼持ちのクスハさんは察しているはずだ。まさか、これもわざとなのか。もしかして俺は誘惑されているのだろうか。
「クス。どうやら、お嬢様よりもシンヤ様の方が冷静に物事を分析なされているようですね。お嬢様も少しは見習わなくてはいけませんよ。では、イリス。後の事は任せましたよ。私は他のメイド達の働き振りを見てきますので」
では、と一礼してその場から消えるクスハさん。クスハさんによって弄くり倒されたリリスは「もう」と腰に手を当ててお怒りのご様子。雇用している立場のはずなのに、上下関係が逆転しているように見えた事は言わない方がいいのかな。
「えっと。挨拶がまだだったね。俺は工藤伸哉。気軽にシンヤで構わないから」
「は、はい。宜しくお願い申し上げます。シンヤ様」
んー。最初の挨拶でも感じたのだが、どうにも緊張していかんな。メイドの仕事はよく分からないが、接客もしなくてはいけない以上、もう少し固さが取れないといけないだろうな。
「イリス。リラックスリラックス。あなたはやれば出来る子なんだから、もう少し肩の力を抜こうか、ね」
「は、はい。申し訳ございませんお嬢様」
余計に固くなっちゃったよ。リリスとしては固まっているイリスを解そうとしたのだろうが、逆効果だったみたいだな。自分の行動が裏目に出てしまったリリスは、黙ってイリスの背後に回り込んで彼女の豊満な胸を鷲掴みした。
「きゃん。ちょ、ちょっとお嬢様。いったいなにを」
「固すぎだから解そうとしたのよ。しっかし柔らかい胸ね。乳房ぐらい態度も柔らかく出来ないの」
「そんなこと申しましても、あん。ちょ、ちょっとお嬢様ん。お手を、お手をあん」
リリスの言うとおり、イリスの胸は柔らかいんだろうな。指を動かせば深々と沈んでいくし、ちょっと突付いただけで二つの球がプルプル揺れ続ける。
相手が雇用主だからかイリスも下手に反抗出来ないのだろうね。さっきから手を叩こうとしては、動かすのをとめて黙って揉まれ続けていることだし。これは第三者の俺が止めないといけないよな。
「リリス。そろそろ良いだろう。これ以上やると逆効果だぞ」
「えー。イリスの乳房って揉み応えあるにも関わらず、飽きることがないのよ。なんなら一緒に触ってみる?」
「嬉しいお誘いだが、これ以上続けたら可哀想だろ。離してあげなよ」
薄らと涙を浮かばしているし。それにこれ以上続けたら良い子の皆々様に対して御見せになれない事態が起こりかねないしね。ユリユリは嫌いではないけど、鋼鉄な理性が屈折しかねないので自重して欲しいとは言えないしな。
「ちぇ。つまらないの」
渋々ながらイリスさんの胸から離れるリリス。
色々と限界に来ていたのか、その場で崩れ去るイリスさんを見て「ほら見ろ」とねめつける。
「あ、あははは。もしかしてイリス、こう言うの弱かったりする?」
問われて、小さく頷くイリスさん。小声であったが「敏感なので、できれば外では……」とリリスに懇願している。その言い方だと室内ではいいのか、と聞き返したい所であるが言ったら痛い目に合うのは間違いないだろうな。
「う、うん。今度から気を付けるから。シンヤも気を付けるのよ」
「まるで、俺が彼女の胸を揉むことを前程で話されていますが、紳士を心がけている俺に対して失礼だと思わないのか?」
「え? 揉まないの?」
なんで、そこで驚愕な事実発覚と言いたげに目を丸くする必要がある。
あとそこ! イリスさんも同じ様に目を点にさせるな。これでは紳士は紳士であっても、変態紳士と勘違いされるじゃないか。
「俺の世界では、男が女性の胸を気軽に揉む事は許されていないんだよ」
「そうなの?」
「少なくとも今の様に揉んだら? と気軽に言える世界ではないぞ。そう言う業界はあるにはあるが、極めて特殊な世界だからな」
「だから、さっきから胸を見るだけで動揺していたんだ。へー、そう」
「なんだよ。まるで、悪戯好きな子供が玩具を見つけた様な目をして」
「どんな目よ、それ……。それより、この世界では異性に胸を揉ませるのは普通と言ったわよね」
「ああ。俄かに信じがたい話しであったがな」
ここまで胸に対しての羞恥心がない所を見ると事実なんだろう。
「同時にこの国はいま、男の人って少ないのよね。あなたを含めて五十人ぐらいしかいないかな。だから、今の様に胸程度を見て動揺してもらったら困るのよね」
「女性が、胸程度とか言わないでくれ。って、え? ちょっと待ってくれ。この国、スイカップだっけか? 人口はどれぐらいいるんだよ」
「ざっと数万はいるんじゃないかな?」
「男女比がおかしすぎるだろ。どうやって子孫を増やしているんだよ」
「基本は一夫多妻だから、男の人が毎日頑張っているらしいけど……。頑張るって何の事かしらね?」
それはきっと夫婦の営みの事を言っているのだろうな。
「俺に訊くなよ。そう言う事は同性のイリスさんとかに聞けよ」
「え? わ、わたしですか」
不意に話しを振られて油断していたのか、肩をビクつかせて驚く。
言われて顔面がリンゴの様に真赤になるのを見て、リリスが言っていた「頑張る」の意味を正しく理解しているのだろう。
「わ、私も子作りしたことないので、その……。あの。本当に疲れるものなんです?」
まさかのカウンターが返って来ただと。
この子、意外とむっつりさんなのか。
「し、知らないよ。俺だって経験ないんだし」
DTの俺にそんな事を聞かれても答えられるはずないだろうが。
「二人して何の話をしているのよ。私にも分かる様に説明しなさいよね」
「あとで説明してもらえ、イリスさんにな」
「そ、そんなシンヤ様。そう言う事は男の貴方様が説明なされるのでは?」
「できるか!」
男の俺が女のリリスに子供の作り方を口頭で説明しろなんて、どんな羞恥プレイなんだよ。興味を持って実践しましょうなんて言ったらどう責任を取るつもりなんだ。俺はこの歳で父親になる責任は持てないぞ。
「と、兎に角、この話しはクスハさんにでも聞いてくれ。この話しはこれで終わりな」
これ以上話しを続けたら、どんな超展開が待っているか分からないからな。
遠くからチキンとか意気地なしとか聞こえるが、繊細なお年頃の俺には過激が強すぎます、はい。
「納得いかないけど、今日の所は納得しておく。これ以上、立ち話もなんだし中に入りましょう。イリス、まずはシンヤを部屋まで案内して。クスハさんの事だから、シンヤの着替えも用意してある事でしょう。食事はそれからでいいわね」
「かしこまりました、お嬢様。それではシンヤ様、失礼ながらお手を」
返事を待つことなく、イリスさんが俺の手を取る。直後、景色ががらりと変わる。イリスさんが瞬間移動魔法を使用したのだろうか。先ほどまで外にいたのに、今は寝室と思われる一室にいるのだから。
「今日から、こちらがシンヤ様のお部屋となります。私は隣の部屋にいますので、御用がありましたら遠慮なく申し出ください」
「ああ、ありがとう」
昔は広々とした一人部屋に憧れていたのだが、この部屋は俺の理想していた一人部屋よりも広いな。備え付けられているベットは天蓋付きで、どう考えても五人は寝れそうなほど大きいし、机や椅子などは高級感あふれていると来ている。
けれど、一番気になったのは……。
「なあ。この水晶みたいなものはなんだい?」
中央に備え付けられている球体を指差して問う。バスケットボールぐらいの大きさのそれは、魔法の力が付加されているのか、その場で浮遊し続けている。
「映像受像機、テレビジョンの事ですか?」
テレビジョン? それってすなわち……。
「テレビ? この世界にもテレビって概念があるの?」
「はい。テレビと略称するのは初めて聞きましたが、こちらはテレビジョンとなります。ニュースやプティーズカップはこちらを利用すれば、この場でも見れるようになっております」
感心している俺に気を使ってくれたのだろうか。イリスさんは手を叩くと、テレビジョンが起動して、起動して……。
『お昼の時刻をお知らせいたします。本日は新たな増胸術をご紹介いたします』
油断していたよ。予想していたはずなのに、思わぬ物と対面してすっかり意識を取られていたよ。
けどさ、いきなりニュースキャスターと思われるお姉さんが上着を脱ぎ始めて、自分の胸を揉み始めるとかどんなニュースだよ。もう、ツッコミ疲れたよ。同じネタで何度もツッコミを入れさせるんじゃないよ。
「……はあ。新しい増胸術ですか」
隣で関心を示している子がいる。無意識に胸を救い上げるの止めて。まさか、真似をするつもりなのか。あなた、敏感だと言ったじゃないか。ここでそんな事をして、俺のオリハルコンの理性を屈服させるおつもりか。
『では、お次にどなたかにお願いして、後ろから――』
まずい。
なんだよ、そのレクチャー。
新術と言うならば、一人で熟せる術を紹介しようよ。
「えと、シンヤ様。その……」
上目づかいで俺を見ないで。そんな顔をした所で、出来ないものは出来ないのだから。
リリス! クスハさん! 誰か助けてくれ。俺の理性がスライムの様にぐちゃぐちゃに溶けてしまいそうだよ。