ある秋の朝に
蘭丸はその日も定刻に目覚めると信長の御前に伺候すべく身仕度を調えていた。
最後に姿見で全身を確認し、おそらく深夜まで戻ることのない自室の襖に手をかけた。
清々しい朝の空気を身体いっぱいに取り込んだ。
ふと、昨日まではなかった薫りに気付き、目の前の庭にその木を探す。
金木犀が咲いている…
蘭丸は庭に下り、黄金色の小さな花を懐紙に集めた。
自室に戻り、衣装箱から真新しい小袖を取り出すと着替えはじめた。
最後に金木犀の花を包んだ懐紙を懐中に忍ばせた。
「信長様、お目覚めの刻限ですよ」
主の褥の傍に膝を着き、柔らかく肩を揺する。
幾度か繰り返すと、まだ眠そうに目が開く。
信長の嗅覚がいつもと違う香りを捉えた。
「お蘭、香を変えたか?」
蘭丸はふわりと微笑みながら、胸元から何かを包んだ懐紙を取り出した。
信長の前でそっと開く。
黄金色の小さな花が現れた。
蘭丸の紅唇が信長の耳に静かに報告した。
「秋が、参りました…」