身勝手な同情
ケアイオス大陸。この世界アッシュヘイムに存在する広大な地表を持った大陸である。
その大半の土地を統べる大国がラージランド皇国。そのとある辺境の町ヒラリヤの路地裏にて一人の少年がホクホク顔で歩いていた。
「いやぁ~金貨なんて初めて貰えたな~」
わざとらしく腰にたらされた巾着袋を揺らしながら薄暗い家屋と家屋の間を練り歩くアリオン。
彼はヒラリヤに着いて直ぐに鍛冶屋を見つけて、黒騎士や追い剥ぎから剥ぎ取った金品を売り飛ばした。案の定、黒騎士の着けていた甲冑類は高価な金属で構成されており、鍛冶屋にとっては涎物であったらしい。
そして、熾烈なる鍛冶屋との値段交渉の末に手に入れた金額は金貨二十枚であった。ただでさえ、あまりお目にかかれない硬貨であるのにそれを大量に手に入れる事が出来たのだ。年端のいかない少年が浮かれるのも無理はなかった。
しかし、こうもあからさまに懐が豊かであることを示していると、寄り集ってくる輩というものがいるものだ。
アリオンは背後からの気配を察知する。
(この気配は――追い剥ぎだな!!!)
殺気を読むのは得意であっても気配を読むことに関しては不得手であるのにも関わらず、アリオンは容易く後ろにて自分をつける者の足音を拾うことができた。
恐らくは、耐久力や筋力だけでなく神経系統から感覚機関にかけて、といった多様な身体機能も強化されてるのだろう。
ますます面白くなるアリオン。
追い剥ぎを少し驚かせたくなった彼はあることを画策する。
(愚かな追い剥ぎめ。僕が強いことも知らずに襲いかかろうとした君に一つ教授してやる!)
アリオンは腰を軽く下げると、身体を弾き飛ばすように後ろ斜め上へと跳躍した。そして、追い剥ぎであろう人影の真上を過ぎると同時に、家屋のレンガに足を引っ掻けることによって後ろ回りに宙返りし、追い剥ぎの背後に降り立つ。
「フッ。――って、アレ!?」
しかし、馴れない軽業をぶっつけでしたからか、着地には失敗し足を滑らせて盛大に転けることとなる。
結果、アリオンの人生初の軽業はそこにあったゴミ溜めに頭を埋めさせ、周りに汚いゴミを撒き散らすだけに終わってしまう。
「うっ……人生いきなり上手くいくものじゃないんだな。……フハ。まあ、ここで成功しても本業の軽業師の人に申し訳がなくなる訳なんだけどね……」
「あ、あの。君、大丈夫?」
終いには、追い剥ぎにまで心配の声を掛けさせてしまうという始末。アリオンは心が折れそうになる。
最後の悪足掻きのつもりか、心配の声にも素っ気なく答える。
「だ、大丈夫。この通り、無問題!」
しかし、見栄を張るアリオンなのだが、彼は心が弱い子だ。
格好つけようとしては失敗してはゴミにまみれ、終いには追い剥ぎにまで憐れみの目で見られるなんて、屈辱以外の何物でもない。そして、自然と涙が溢れだしてくる。
アリオンは心が弱い少年――大事なことなので二回言いました――だから、ちょっとしたことですぐに壊れちゃいます。
まさに割れ物注意であった。
今回に限っては自滅なのだが。
「……うっ…………う……くそ……何で涙腺は強化されてないのだろうか……」
「明らかに大丈夫じゃないじゃないか」
「うるへー!」
鼻水と涙を前面に飛び散らしながらも、否定するアリオン。
「男の子なのにみっともないなぁ……もう」
そんな彼を見て、一つ息を吐くと追い剥ぎの人は自分の身に纏う衣類を突然引っ張りだす。そして、それを布を一切れに千切る。
「あ……」
抵抗する間もなく、それを顔に押し付けられると、涙や鼻水で汚れた表皮を拭うべく強引に擦り付けられる。手際は決してよくなく、拭われ方も乱雑だった。
だがしかし、衣類を千切ってまで顔を拭ってもらったという事実が、アリオンに凄まじいショックを与えた。
(こ、この人……追い剥ぎなのに凄く優しい……!?!?)
見た目こそ、薄汚いぼろきれを纏い、肩ほどまである黒髪も艶がなくボサボサな髪型をしており、肌も全体的にカサカサしてそうで、もうなんかマジでザ・貧乏人、追い剥ぎでもしなきゃ生きていけません的な貫禄こそ醸し出している。
だが、顔立ちは整っており、中性的で人の良さそうな暖かい雰囲気が漂うじゃないか。というか、よくみると女の子じゃないか。
きっと、このスラムの世界で厳しく辛く苦しい現実を見てきたのだろう。だからこそ、自分を見失わず優しくいることの大切さをしっているのだろう。
そう思うと、身長こそアリオンより高いが、彼にはこの少し年上の少女が健気に見えてしょうがなかった。可憐で儚き乙女に見えてきた。
力になりたいと思った。
そう心に一つの気持ちが生まれた瞬間、彼のすることは一つであった。
アリオンがそうこう考えてるうちに、少女の顔を拭う作業が終わったらしい。
「お、意外と可愛い顔してるじゃん」
少女がアリオンの顔を覗きながらそう言う中、アリオンの方はというと神妙な表情を浮かべる。
「……追い剥ぎさん」
「ん?……って、お、追い剥ぎぃ……!?」
唐突に改まったアリオンの態度にたじろぐ、のではなく謎の呼称に普通に戸惑う少女。
「今まで辛かったんだろう」
「な、何が?」
「でも、もう君が苦しむ必要はない」
「私を勝手に苦しめないでくれないかな?」
「もういいんだ。僕の手を煩わせたくないが故に、わざとそのような態度をとっているんだろう?フフ。そんなところもまた健気だね」
精一杯の力を込めてウインクをするアリオン。
「それ、似合ってないよ」
「……………………と、ともかく…………………………。てか、何してんだろ僕?何だか阿呆らしくなってきたんだけど……」
「私も同感だね」
開き直ったアリオンは、もうどうでもいいや、とばかりに巾着袋から金貨を一枚取り出す。一瞬迷った末に、巾着袋を強引に少女の手に握らせる。
「これは?」
「餞別だ。それ使って人生やり直せ!もう追い剥ぎなんてするなよ!じゃあな!」
有無も言わさぬ様相でそう言うや否や、逃げる兎もかくやという速度でその場を去るアリオン。
「今日は良いことしたな……」
達成感に満ちた顔をしながら路地裏を駆け抜ける彼の顔は気持ち悪い程清々しかった。
アリオンが去った後のその路地裏には、一人の黒尽くめの男が立ち寄っていた。
そして、勝手に追い剥ぎ扱いされた少女も依然としてその場で佇んでいた。
男が少女に話し掛ける。
「勧誘の成果はどうでしたかね?」
「…………一応、第一印象は良かったみたい……なのかな?」
「その様子だと、芳しくなかったという訳ですかい」
「うん、そうだね」
「へぇ、珍しいですね。アンタが」
「何せ私がペース作る前に勝手に話始めては、勝手に納得して、そして勝手に去っていっちゃったもんだからね。全く隙が無かったね……。それに新米ちゃん、普通に強いよ。“魔力”こそ制御が大甘だけど、リミッターの外れた身体能力への順応は早そうだったからね。」
「もしかしたら、アンタが意図を持って接触してきたってのも気付いてるのかもな」
「……あり得るかもね」
そこで、男は少女が手に持つものに気が付く。
「ん?それ何すか?」
「あ、これ?どうやら餞別らしいよ」
「餞別って。何があったんすか……」
「あ………………い、言えません」
とてもではないが、組織を率いる人間として、追い剥ぎ扱いされたなんて言えるわけがなかった。
「アンタが狼狽える所なんて初めて見るな」
「初めては言い過ぎだよ」
「謙遜すんなよ、ウゼーから。アンタはそれほど切れ者って訳なんだよ」
「そう言われると照れなくもないかな」
少女は深く息を吸って吐くと頬を少し勢いをつけて叩いた。
そして、目を猛禽類の如くキリッと細め、その表情を己が見定めた標的に向けて狙いを定めたような狩人の顔へと変わる。
「今は一人でも同志が欲しい。私達が描く魔人だけの理想郷の完成の為にね。アリオン君、私は君をジックリと切り落としていくことにするね。楽しみにしてるといい」
その小柄な体躯から発されるカリスマ性は近くにいるだけ男すらを身震いさせた。
「やっぱり、アンタは大物だぜ……!」
だが、今回に限っては、そのカリスマ性が仇となって、少年に些細で難儀な勘違いをさせた訳なのだが。
それを半ば自覚していた彼女の心境は複雑なものであった。
「それにしても、“聖人”の気配が近付きつつある。恐らくは、あの子の痕跡を追ってのことだろうね」
「既に小僧には五人の部下をつけてる。俺も直に行くつもりだ」
「数に限りのある聖人の数を減らすことに越したことはないからね。頼んだよ、フューネル君」
「『魔族帝国』団長、ネイジーの仰せのままに」
男はその場を瞬間移動のように唐突に姿を消す。
「さて、私は高見の見物と洒落こませて戴こうかな?名の知らぬ君の実力を見せてもらう為にもね」
少女もまた男と同じように忽然と姿を消す。
展開が急過ぎな気がしてきたけど、書き直すのも面倒臭いし、一度書いた文章消すのも辛いし、このまま押し通そうかな!!!