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突然の強化

 とある森の獣道から少し外れた茂みの中で一人の少年が目を覚ました。

 まだ半ば意識が眠りの中に就きながらも、今自分がいる場所を考えて無理矢理意識を覚醒させる。


「……くっそ。宿以外では寝ないって決めてたのに……」


 目が覚めたら猿轡噛まされて手足拘束されて袋詰めにされてました、なんてなっていたら笑えない。

 反省しながら立ち上がろうとしたとき、彼はそこで目の前にある異質な物に気づく。

 鎧の残骸と地に突き刺さった状態の黒き巨剣であった。黒騎士が消滅した後にこれが残った。

 あのとき、自分の一撃はこの鎧に防がれた。決して良い得物を使っていた訳ではないが、渾身の斬撃で薄い傷しか付けられなかった事は初めての事であった。さぞ、これらには高価な貴金属で構成されているのだろう。


「売ったら金になりそうだなぁ……」


 しかし、その考えは瞬時に払拭される。

 あの大男が装着していた程の巨大なフルプレートアーマーである。そんなものを自分が運べる訳がなかった。

 例え自分が他人より劣っていなくても、これを運ぶのは難しいだろう。

 せめて剣だけでも売り飛ばそうと思い、巨剣を引き摺って町にまで運んでいく覚悟を決める。

 アリオンはその一メートルはある巨剣の柄を掴んだ。すると、不思議な事が起きた。


「………………………………………………は?」


 今、アリオンは剣を持っている。刃渡り約二メートル、刃幅約二十センチメートル、厚さ約五センチメートルの刀身を持った剣を持っている。軽々と持ち上げている。

 世界がスローモーションになっていたので気付かなかったのだが、この時アリオンは剣を全力で持ち上げるつもりだった。つまり、予想以上に剣の軽量さに対して、全力の力は当然余計な力となる。

 気付いた時には遅かった。勢いの付きすぎた動作にたたらを踏まされるも、結局は踏ん張れずそのまま尻餅を突いてしまう。

 その際についうっかり剣を取り落としてしまう。

 巨剣はその外見に相応しい重量で落ちた地面を大きく穿つ。それによって撒き散らされた土がアリオンに少しかかる。

 しかし、土を払う程の余裕すら、このときの彼にはなかった。


「ど、どうなってるんだ……!?」


 アリオンは、自分が何故剣を持ち上げる事が出来たのかを剣が物凄く軽かったからなのかと考えた。

 しかし、今落とした時には、剣が着地した地面が尋常じゃない抉れ方をしている。アリオンの考える物凄く軽い剣では、こんな事にはならないだろう。

 考えは一瞬で払拭される。

 そして、その場合、残された可能性は、実は言うと巨剣を軽々と持てるほどの筋力をアリオンが手に持っていた、という可能性しか無いことになる。

 だが、アリオンはコンプレックスになるほどに自分でも自分が貧弱だと自覚していた。そんな彼が巨剣を持つほどの筋力を持つことなど有り得なかった。仮に、百歩譲って火事場の馬鹿力でギリギリ持てたとしても、まず身体を支える為の骨が負荷に耐えられず砕けてしまうだろう。何せ、アリオンの骨は幼児のタックルで折れるような骨なのだ。耐えれる筈がない。

 であるとすれば、彼の中で何かが変質したとしか言い様がなかった。

 だが、その心当たりが彼にはあった。

 アリオンは右手の甲に刻まれた剣のような紋章を覗き見る。


「…………よし、試してみるか」


 アリオンは立ち上がり衣服から土を払い落とすと、手近にある一本の樹を見据えた。


「これにしよう」


 アリオンはその樹に近付くと両手を添え、左足を後ろに下げた。

 巨剣を軽々と持ち上げる程だ。このような大して太くもない樹木一本程度なら押したら軋ませるぐらいのことは出来るだろう、というのがアリオンの考えであった。

 そして、今、彼はそれを実践して試そうとしている。


「よし…………行くぞ」


 息を止め、身体全体から力が出るように踏ん張る。

 直後、アリオンはたたらを踏むこととなる。


「え?」


 予想以上に抵抗が少ない事に驚きながらも踏み込んでいくと、やがて彼の押しは樹の根っこの幹を地に縫い付ける力を大きく上回り、樹木を勢いよく横に傾けていく。そして、樹木はそのまま地に倒れ、周囲の森を震撼させながら大いに砂埃を起てた。

 目の前で起こった事態に心臓の動悸を速めながら、樹を血眼で見詰めるアリオン。


「な、なんだこれ。なんだこれは。なんなんだこれは。なんなんだよ、これは。マジかよ」


 驚愕から一転させて、アリオンの表情は喜悦へと変わる。

 自然と口角は吊り上がるのを抑えられずついつい口許を歪ませてしまうが、抑える必要がないのに気付き、アリオンはそのままニタニタと笑い始める。


「クックック。あのリッチーを倒したのはどうやら正解だったようだな。おかげで良いものを手に入れる事が出来た」


 そして、隣の樹木を見据える。

 アリオンはそれに対して何の躊躇いもなく拳を叩き付けた。樹木はアリオンの殴打を圧殺するには事足りず、幹を半円状に抉り取られる。

 木埃が舞う中、アリオンは樹木を殴り付けた右手の甲を見ながら、より笑みを強める。

 樹の幹を殴ったのだというのに、右手の甲には何の掠り傷すらもついていなかった。


「……もう、剣に頼らなくても良いんだな」


 その後、彼は黒騎士の残した鎧の残骸と巨剣を抱えると、獣道を辿りながら近くの町へと歩いていった。





 アリオンがその場を去ってから数十分程して、一つの集団がそこに到着した。

 そのうちの一人があるものを見つける。黒騎士が大量の腕を出す際に破壊した鎧の破片であった。アリオンが拾い損ねた破片は幾つも存在し、その後も次々と発見される。


「隊長、いかがなさいますか。アダマントはかなり希少な金属です。地域に出回る絶対数は少ないことでしょう。このことと目撃情報も合わさるとなると、奴が討たれた可能性は少なからずあることでしょう。この様子だと……」

「ああ、そうだな。新たな“魔人”が生まれたかもしれない、で正しいだろう。……ふあ~あ」


 部下である隊員に対して欠伸混じりにそう返したのは、所々が青で彩られながらも白を基調としたコートを羽織る長身の男性だった。

 燻った輝きを放つ長い金髪を腰にまで垂らし、前髪も胸に届くほどまで伸ばされていて男の顔は殆どがそれに覆われていた。その所為か、男は、その表情を窺わせないその容姿に不気味さを生ませ、見る者を不安にさせる雰囲気を自然と形作っていた。少なくとも、毎日のように会う隊員達は、既に彼の雰囲気に慣れてるようてあったが。


「ヘンゼル隊長!」

「へ?」


 そこに一人の少女が近付く。

 男と同じコートを羽織る少女の容姿は端的に言うと可憐であった。

 神の彫刻と言われても過言ではない端麗な顔の造形。澄んだ碧の瞳を持つ目は瞼からして流麗な曲線を描き、鼻は高過ぎず低すぎず、少々小振りながらも健康的な赤を含む唇は美しき彼女を年相応の少女だと強調し可憐さを引き立たせる。

 男とは違って艶のある金髪を持ち、その輝きを存分にまで放っていた。その髪が黄金を小まめに糸状へと伸ばしていきそれをただ頭に取り付けただけだと聞いても、人は皆疑わないであろう。


「調査中ぐらいは気を引き締めてください!」

「メルちゃん、落ち着きなよ。肩の力を抜いてさ。ほら、リラックスリラ」

「私はメルレナ・レナードです!」

「別に渾名で呼んでるだけだろが……」

「最低限、公私混同は控えてください!今は任務中です。この様子だと、他の人にも品格が疑われますよ?」

「貴族等に対してはともかく、町人とかにまであんな堅苦しい態度取るなんて肩凝り過ぎて死ねるわ。そんなの御免被るぜ」

「貴方って人は……!」


 話が止まったのを見て、ヘンゼルに報告していた隊員がメルレナを諌める。


「レナード令嬢。確かに貴方の気持ちも解ります。最初期にこの人の下に就いた時の私も、貴方のように口にこそは出さなかったがそんな心持ちでした」

「え、ガチで?」


 ヘンゼルが問うてくるのを無視しながら隊員は続ける。


「だが、今は任務中だ。貴方も自分の納得の為に調査を滞らせたくはないことでしょう?」

「……はい」

「ならば、こんなところで油を売るのもどうかと思う。公私混同をしているのは貴方も同然だ」

「す、すみません。……隊長が欠伸をしてる姿を見たら、つい頭に血が上っちゃって」

「気にしてないからな」


 その後、メルレナは渋々調査へと戻る。


「…………話を続けようか」

「はい。魔人となり魔力を帯びれば神の理が届かぬ存在となり、様々なリミッターが外れます。それが犯罪者などに起こった場合はかなり危険です。大事になる前に始末した方が宜しいかと」

「んん。ま、討伐対象も死したかもしれない訳だし、いや奴の場合は既に死んでいるか。まあ、独断で行動するのも悪くないかもな」

「恐らくは新しい魔人は奴の固有能力(アビリティ)を引き継いでいる事でしょう。今回の敵は厄介な相手かもしれない」

「…………いや、だが厄介なのは固有能力なんかじゃないだろうな」

「…………私は書類でしか奴の情報に目をとおしていないのですが。たしか、隊長は聖騎士になられて間もない頃に奴と交戦されていたとか……」

「ああ、今でも鮮明に覚えてるよ。“亡剣”フラガラッハ。奴は凄く強かった。その時に俺が配属されていた部隊の隊長も奴に八つ裂きにされたよ。あれと真っ正面から戦うなんて強くなった今となっても勘弁願いたいね。ほんと二度と戦いたくない相手だよ」

「では、本当に恐ろしいのは」

「ああ、ソイツの戦闘技術だろうね。奴を倒すほどの実力だ。弱い訳がない。でも、どんな知恵を使って倒したのか……かなりキレる奴だろうよ」

「私の任務歴の中で一番困難になりそうですね」

「まあ、まだフラガラッハがやられたと決まった訳ではない。あまり気張る必要もないだろう。」


 そこにまたメルレナが報告に戻ってくる。


「ヘンゼル隊長。死体の鑑定が終わりました。殺されてからまだ新しく、半刻程しか経っていないようです」

「おう、ご苦労さん。メルちゃんは優秀だね。鑑定まで心得てるなんてな」

「………………」


 報告が終わったのだというとに、メルレナはまだ何か言いたそうな顔をする。

 それは自分の呼び名に納得していないから、という理由だけではないだろう。彼女の戸惑い具合からヘンゼルはそう判断し、彼女の意を汲んだ。


「まだ言いたい事、あるのかい?」

「……すみません。個人的な意見なのですが。亡剣がどんなのかを知りませんが……私には亡剣は真っ正面から戦って負けたようにしか思えないのです」

「……それはどうしてだい?」

「解りません。ただ、地に刺さったアレを見たときにそう感じたんです」


 メルレナが地に突き立つ二等辺三角形の物体を横目で見る。それは、アリオンが黒騎士に攻撃を仕掛けた時に折れた剣の刀身であった。


「……つまり、それは何の根拠もない勘かい?」

「……はい」

「珍しいね。君みたいな几帳面な人が勘なんかを当てにするなんて」

「私にも何故だかは解りません。こんな全身が粟立つような寒気は初めてなんです」

「……勘は時に大事だが。頼りすぎるのもいかんよ。このことは忘れなさい」

「…………解りました」


 だが、メルレナがヘンゼルに諭された後も、彼女の背中が冷えたような感覚が止まることはなかった。


 現場に残された情報を取り尽くした後、一向は最寄りの町ヒラリヤへと向かった。

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