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伽藍堂事件簿  作者: 砂流
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冷凍食品農薬混入事件 第1話

まったくもって面白くない。たかだか先にここに入っただけで、何で私がいじめられなきゃならないのかしら。別の班に異動を願い出ても、入って日の浅いパートの訴えなんて聞いてくれるはずもないし…。


「ねえ、ニュース見た?」


ニュースといっても、一日に取り上げられる話題は一つの局でさえ、10は下らない。要するにだ、こいつは俺が「何のニュースだ」と聞き返すことを前提に声をかけているわけで、そう聞き返せば、そのニュースを話題としてのおしゃべりを一方的に離し続けるという算段なわけだな。


「見た」


「え?」


「見た」


ニュースを見たかという問いに対する、最も単純明快な回答を俺はしてやったわけだが、何か問題でも?見たか、見なかったか、YESかNOか、それが彼女、大谷美津、通称ミッツィーが望む回答でないことは百も承知だ。だが、俺に彼女が満足する回答をしてやる義理はない。そもそも、既に仕事が始まっている。忙しいのだ、俺は。


「もう、サワゴンっていつもそうなのよね。そんなだから、バツイチから抜け出せないのよ。」


「ニュースを見たか否かの回答と、バツイチから抜け出せないことの因果関係はあるのか?」


「大いにありますとも!女性はね、ちょっとした会話でも構ってほしいものなのよ。それを、サワゴンみたく会話を断ち切るような答え方してたら話が続かないわ。」


「で、原因と結果は?」


「つまり、サワゴンの受け答えが原因、再婚できないってのが結果。どうよ?」


「なるほどな、だが、それは等式記号を用いた方程式として…」


「あー、もうわかったわかった。仕事ね、仕事!」


理論に理論で返すのが知能を有する人としての責務ではないのか?全く、途中で感情が入ると、それこそ会話が成り立ちやしない。まあいいか。


いつものように、俺は掛軸、ミッツィーは洋画の修復作業にとりかかった。


俺の仕事は骨董商。といっても、TV番組で鑑定されている先生方のように骨董だけで食っていけるご時世でもなく、むしろ好事家から持ち込まれた骨董品の修復で食いつないでいるといったところだ。一応、骨董商と名乗る以上、商品はあるものの、店で一番高いものでも7ケタの値段には届かない。


ミッツィーは、美大を出てしばらくは単身、海外で美術修業をしてきたが、その後就職した美術館の嫌な上司と喧嘩して、たまたまその美術館から依頼を受けて日本画の修復を手掛けていた俺のところに転がりこんできた変り種だ。


「でさあ、さっきの続きなんだけど、どう考えても変なんだよね。どこで農薬を入れたんだろう。あ、ほら、門山フードの冷凍食品に毒物が混入したって事件よ、知ってるでしょ?」


俺の仕事が一息ついたのを見計らって、ミッツィーが座卓でお茶を淹れながら話しかけてきた。


「事件は知っているが、どこで混入したかわかっていないのか?」


「うん、テレビではさ、製造ラインってのがあって、それぞれの製品は別の製造ラインで作られてて、全ての製品が一つの部屋に集まるのは梱包作業の部屋だから、そこが怪しいって言ってたわ。」


「ならば、そこなんだろう?」


「でもさ、その部屋には仕事中は一つのラインだけでも10人くらい人がいるから、変な動きをすればわかるはずなんだって。それに、ポケットなんてないから農薬を持ち込むなんてできそうにないし、仮に持ち込めたとしても、マラチオンって農薬は匂いがきついからそんなことをすれば、誰か気づくはずだわ。」


新聞、テレビで大きく報じられているから、俺もその事件のことは知っている。


門山フーズが製造した冷凍食品から、高い濃度の農薬が混入した製品を食べた消費者が健康被害を被った。最初に被害にあった事件から次々に全国各地で同じような製品が発見された。それも複数の種類の製品からだ。同社と警察の調査で判明しているのは、パッケージに異常がないこと、発見された地域が全国各地に点在することから、流通に乗る前の段階での混入ではないかということだった。


「同じような事件が、何年か前にあったよな。あれは中国で作られた冷凍餃子だったか…ああいう事件だと、日本だけで調査するにも限界があったろうし、当初は日本側で入ったなんて中国政府から抗弁があったんだよな。あれに比べれば、ずっと簡単に調べられるんじゃないか?」


「でもねえ、やっぱり謎が多いのよ。サワゴンはどこで入ったと思う?」


「ふむ、それは考えたことがなかったな。一つづつ可能性を潰していくのが常道だろう。考えられる経路といっても、そう多くはないからな。」


「それじゃ、原料からかしら?」


「いや、この場合は下流から遡る方が楽だろう。まずは、被害者からだな。被害者自ら混入…これが一番簡単な手口だ。門山フーズに恨みがあるか、もしくは賠償金をせしめる目的での自作自演だが。それならばパッケージに穴があいてなかろうが関係ない。」


「それはないと思うわ。だって、全国に被害は広がってるし、何より最初の被害者は子供よ?親が自分の子供にそんなことするわけないわ。」


「全国というが、被害者たちの共謀は考えないのか?親が子供に毒物を食わせる…残念ながら、そういうことが実際に起こるのが今の時世だ。むしろ、食わせて子供がおかしくなったってんで、それを冷凍食品のせいにするってことも考えられるな。」


「相変わらずドライだわね。」


「あくまで可能性だ。可能性は0ではないが、除外していいだろう。次に商品販売店と輸送経路だが、全国で発見されているというところからするとこれも除外できるな。」


「そうね、同時多発ってのも考えられなくはないけど、幾らなんでもね。」


「そうすると、次は保管から発送までだが、パッケージには穴があいていなかったと言ったな?」


「ええ、そう報じられてるわ。だから、製造過程が怪しいってね。」


「もしそれが確かであるなら、保管から発送までも除外できるんだが、どうも引っかかるんだよな。」


「どこかおかしいところがあるの?」


「そもそも、穴があいているかどうかをどの程度調べたのかってことだよ。例えば、被害者が食べた食品のパッケージを調べるならば、すでに被害者によって開かれたパッケージなのだから、開き口が穴と重なっていたら穴の存在自体が証拠として消されてしまうよな。あとは、パッケージを一度開いて、再びパッケージする手段があるんじゃないかってことなんだ。」


「でも、警察が穴があいていなかったと発表したくらいだから、それなりにきちんとした調査をしてると思うわ。」


「そうだな、ここも可能性としては低いかも知れないな。」


「じゃあ、やっぱり梱包の時に…」



「おっと、そこからは昼休みにしよう。少し休憩が長すぎたようだ。考えながら仕事をするなよ、仕事中は仕事に専念だぞ。」



「わかってるわよ。」




今日も、店に客はいない。伽藍堂の作業場で静かに時間が流れてゆく。

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