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第45話「母の死が生んだ戦争」

 セルジュは夢を見ていた。

 幼い頃の、まだ家族が家族でいられた時の記憶だ。


(ああ、俺は……クソッ、あの程度の負傷で気絶かよ)


 王立海軍の新型(エクスカリバー)と戦い、敗北した。

 撃墜こそ(まぬが)れたものの、どこをどうやってアヴァロンまで帰ったか覚えていない。ただ、自分が強く操縦桿(スティック)を握り締めていたのは覚えている。


(そう、あの頃はまだ……オフクロも生きてて、オヤジも……)


 ()りし日の追憶が、セピア色の光景を広げてゆく。

 そこには、セルジュにも兄ヨハンにも優しかった母がいた。名は、クロージア。とても美しい人だったのを今も忘れられない。あの頃はまだ、母の隣で父も笑っていたのだ。

 昔からセルジュは父親似で、兄は母親似だった。

 だが、母は難しい病気を出生時から(わずら)い、そのまま弱って消え入るように死んでしまった。その日から、父は名宰相(めいさいしょう)の仮面の裏で野心を暗く燃やすようになったのである。

 それを思い出していたら、ようやく痛みが覚醒を(うなが)してくる。

 セルジュは気付けば、森の中の仮設格納庫(ハンガー)に座り込んでいた。


「……うし、出血はだいたい止まったな。だが、この痛み……腹ん中で破片が跳ね回りやがったか」


 包帯の巻かれた腹部に血が(にじ)んでいる。

 先程、敵の新型は恐るべき攻撃を繰り出してきた。聖剣の名は伊達ではないとばかりに、斬撃の光がそのまま高出力のエネルギー波となってセルジュを襲ったのだ。

 ギリギリで回避したが、愛機の損傷は免れなかった。

 さらには、キャノピーが割れて破片が無数の刃と乱れ飛んだ。

 その衝撃にさらされながら、奇跡的にセルジュは帰還したのである。

 そして気付けば、整備を担当してくれてる技師が近くに立っていた。


「……"アメノハバキリ"、飛べんのか?」

「セルジュ様、それが」

「いや、俺の責任だ。ざまぁねえな」

Bst(ブースト)パックを装備していたのが幸いでした。本体の損傷は軽微です。あと15分……いえ、10分ください!」


 気付けば、空戦形態(ファイター・モード)で整備を受ける"アメノハバキリ"の周囲で整備士たちがセルジュを見詰めている。誰の目にもまだ、強い光が炎のように燃えていた。

 だが、ここにきてセルジュは察し始めている。

 獰猛な野犬の(ごと)き野生の本能が、場の空気を敏感に読み取っていた。

 それでも、再び空で雌雄を決しなければならない。

 今や恐ろしい力を手に入れ、名実ともにウルスラの騎士となったエディンと決着をつけるために。


「悪ぃな、頼む。Bstパックは取っ払ってくれ。武器も、ダンビラアンチマグネイトソードが二振りあればそれでいい」

「ハッ! しかし、ノーマルの"ハバキリ"では火力や機動力で例の新型に」

「……()()()()()()()()()()()()()()

「は? え、あ、いや、セルジュ様!」

「わーってるよ! 数分と飛べねえ状態になる、それはわかってる」


 それ以上、整備士たちを纏める技官の男はなにも言わなかった。

 沈黙に耐えきれず、セルジュは話題を変える。


「"ムラクモ"の連中は何人残った? 制空権はくれてやってもいいが、国連軍が王立海軍と仲良くここに……アヴァロンに乗り込んでくるのだけは御免(ごめん)だぜ」

「元が金で雇われた連中です。半数は(すで)に撃墜され、もう半分も逃走、投降したかと」

「へっ、そうかよ。同じ傭兵を使っててまあ、どうしてこう差が出るのかね」

「陛下は……オーレリア陛下はきっと、傭兵たちの命だけでなく、心も買われたのでしょう。そういうお方でしたから、小さな頃から」


 気付けば、最後まで父シヴァンツに従って働く者たちは皆、古くからのウルスラの人間ばかりである。目の前の技官も、セルジュが小さい頃から父に仕えてきた側近の一人である。壮年だが顔つきは若々しく、昔から世界各国の科学技術を情報収集していた。

 だが、その表情も疲労が色濃い。

 セルジュはコンテナに座っていた身に(むち)を入れ、飛び降りる。

 そのままパイロットスーツを着直すと、愛機へ歩み寄った。


「機体の整備が終わったら……お前らも好きにしろ。俺も、最後まで好きにすっからよ」

「しかし、セルジュ様!」

「この(いくさ)は、勝っても負けてもウルスラが大きく変わる。けど、お前等の故郷(ふるさと)であることに変わりはねえよ。……今までの協力、感謝するぜ」


 だが、セルジュの言葉を聞いても整備士たちは手を止めない。

 高出力のビームにさらされ溶解したBstパックが、"ハバキリ"の両足であるメインエンジンユニットから切り離されていた。"ハバキリ"の本体に目立った損傷は見当たらず、熟練の職人たちが手早くチェックを進めてゆく。

 "アメノハバキリ"と呼ばれる状態は、機兵形態(ストライダー・モード)時の肩アーマーを兼ねたスラスターや、各所に増設された増加装甲を外されてゆく。

 正直、通常状態に戻された"ハバキリ"では厳しいだろう。

 だが、リミッターを解除で性能は暴力的なまでに膨れ上がる。その一瞬の戦いにセルジュは全てを賭けることにしていた。

 そして、そんな彼の悲壮な決意を誰もが笑う。


「おいおい、セルジュお坊ちゃんが言うようになったなあ? ハハッ!」

「全くだ! シヴァンツ様のあとをいつもくっついて歩いてた、あのセルジュ様が」

「坊っちゃん、気遣いは無用です! ワシ等のウルスラは、シヴァンツ様のウルスラですぜ」

「最後までお供しますよ……例え反逆者として(とが)を受けようとも、俺たちはシヴァンツ様を信じてそこに賭けたんだ」


 すぐに出撃準備が整った。

 先程の技師にヘルメットを渡され、セルジュが受け取ったその時……不意に騒がしさが近付いてくる。そして、負傷兵たちが振り返る先に驚くべき光景が現れた。

 咄嗟(とっさ)に思わずセルジュも、怪我の痛みを忘れるほどに衝撃を受ける。


「あっ、セルジュ様! すみません、こいつが……見てください、オーレリア陛下です! たった今、捕虜にしました」

「あ? いや……ちょっと待て」

「見てくださいよ、暗殺されたとの誤報もありましたが、敵の首魁(しゅかい)を捕らえたことになります」

「……どうやって? 何故(なぜ)だ」

「わかりません! 通信では空母で突然の暗殺事件があったと。一時はシヴァンツ様の策かとも思いましたが、どうやら偽装工作のようですね。その証拠に――」


 たしかに目の前に、オーレリアの美貌がある。

 酷く怯えて、震えている。

 そして、そんな彼女に自動小銃(アサルトライフル)を押し付ける兵士は、まだ年端もゆかぬ少年だ。恐らく、セルジュよりも三つか四つ程若いだろう。

 酷く興奮した状態で、言葉が熱を持って高揚感に()けていた。

 この戦争では、多くのウルスラ人がシヴァンツの反乱に加わった。

 父の人望の賜物(たまもの)だが、こんなガキまで総動員かと思うとセルジュは気が重くなる。


「おい、とりあえず……銃、降ろせ。それと、よく見てな」


 やれやれとセルジュは、少年兵を下がらせオーレリアに近づく。

 そして、距離を縮めると予感は確信に変わった。

 オーレリアは今、礼服を着ている。純白のドレスで、黒く固まり始めた血塗(ちまみ)れだ。それはセルジュには、すぐに返り血だとわかった。

 何より、(おび)えて(すく)む姿は見ていてイライラする。

 それは、常に気丈で気高い女王の顔ではなかった。

 同じ顔を作っても、表情には心の奥底が浮かんでくるものだ。


「おい、クソ兄貴っ! ……だよな? ああ、なんか……わかったぜ。やるじゃねえかよ、オヤジ。そういうことかよ」


 不意にセルジュは、オーレリアのスカートを掴んで乱暴にめくった。

 シルクの白い下着が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり、このオーレリアはオーレリアではない……女性ではなく男性ということだ。そしてそれは、自分の兄が自分の知らない任務をこなしてきたと解釈できた。


「そういうことなら早く言えよな、クソ兄貴! やったじゃねえか、オヤジも大喜びだぜ! あのお高く止まったお姫様を、ザックリ()ってきた訳だ?」

「わ、私は……それ、は……」

「ケッ! 声までお姫様と同じにしたのかよ! まあいい、クソ兄貴にしちゃ上出来だ」


 昔から兄のヨハンが、セルジュは嫌いだった。

 そう、目の前にいるのはヨハンだ。父の命令で自分を捨てて、性別以外のなにもかもをオーレリア女王に作り変えた兄なのだ。

 昔から変わらぬ、弱気でおどおどした目が特に嫌いだ。

 それだけは、声も姿も変わった今もあの頃のままである。

 つまり、父がオーレリアの影武者として、我が子を外科手術で切り刻んだのはこれが目的だったのだ。従順な身代わりとして(つか)えながら、ヨハンはオーレリア暗殺を間近で虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたのである。


「はぁ、くっだらねえ幕引きだぜ……だが、それでいい。あとは俺がエディンを叩き落として終わりにする」

「セルジュ、いかないで……それだけは、駄目だ。もう戦いは」

「ああ、戦争は終わりだ。けどなあ、兄貴……女が腐ったような兄貴にはわからねえよな? これは男の戦い、決闘だ。俺が勝っても負けても、ウルスラはオヤジのものだ。なら……あとは俺は好きにするさ。オヤジに星を、でかい星を取らせたいしな」


 いつも兄のヨハンは、セルジュのことを心配してくれた。それは、幼少期に死んだ母もそうだった。母は気性の荒いセルジュにも優しかった。

 ヨハンは容姿も少女然としていて、母クロージアにとても似ていた。

 それが、妻を失った父には(なぐさ)めになったらしいが、そんなことはセルジュの知ったことではない。むしろ、脆弱で軟弱なヨハンにも、父に奉仕できることがあったのを喜んでいたくらいだ。

 だが、こうなってしまうと不思議な寂しさがあった。

 この世からもう、母の面影(おもかげ)は完全に消えてしまったのだ。


「兄貴、オヤジのとこに行けよ……行って報告して、そしてできれば」

「セ、セルジュ?」

「……なんでもねーよ。俺は……オフクロに似てた頃の兄貴の方が、結構好きだったぜ。じゃあな!」


 整備が終わった"ハバキリ"へと、セルジュは走って駆け上がる。再び鋼鉄のコクピットに収まると、そこを自分の棺桶(かんおけ)にする覚悟が決まった。

 最後に兄に会えたのも、不思議な程に嬉しく思えて、嫌じゃないし悪くない。

 この戦いが終わったら……少しは兄とも話してみるかと思いつつ、セルジュは愛機のキャノピーを閉じて最後の発進(テイクオフ)に向かうのだった。

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