第42話「眠れる理想郷の、目覚め」
濃密な霧はまるで、白い闇だ。
その中を突っ切るように、"エクスカリバー"が飛翔する。
視界はほぼゼロ……この季節、早朝の翠海には濃霧が発生する。それは最新鋭の機動戦闘機にとっても、目隠しで飛ぶような危険な空だった。
まして、ここには国連軍と袂を分かったシヴァンツの私兵が飛んでいるのだ。
乱戦状態の中で、行き交う通信も混乱を極めていた。
『クソッ、奴らめ! 裏切った!? おいっ、機動戦闘機は全て敵だ!』
『識別の修正と変更を! 王立海軍も、助っ人だった連中もだ!』
『ケツにつかれた! だ、誰か……振り切れないッッッッ!』
『編隊を乱すな、高度を保て! 湖面に落ちるぞ!』
まさに地獄絵図だった。
だが、それでエディンの集中力が途切れることはない。
傷はまだ痛むが、その熱さが自分の意識を鮮明にしてくれる。
そして、彼の乗る"エクスカリバー"には、目よりも全てを見抜く女の勘が搭載されている。
「エディン、ちょい高度下げ! なんか乱痴気騒ぎの真っ最中みたいだけど」
「不要な戦闘は避ける、けど……先発したみんなは」
「巌さんの指示で、国連軍のフォローに回ってるみたい」
「いいね。あとで外交カードとして貸しにできる」
「アンタさあ、最近どんどん性格悪くなってない? っと、後方に敵機。かぶられてるっ!」
即座にエディンは、操縦桿を引き起こす。
ドッグファイトにおいては、基本的にパワーのある機体は上昇で回避運動を取る。逆に、相手よりパワーが劣る場合は下降を選ぶことが多い。
だが、それはレティクルの中心へ機銃の弾をぶちまける時だけだ。
案の定、敵機はミサイルを放ってきた。
例の黒い機動戦闘機で、"ムラクモ"とかいう機体だ。
「磁力で弾いちゃう? この子、ツインドライブなんでしょ?」
「いや、面倒だ。敵の数は減らしておきたいし……姉さんは例のアヴァロンとかってのを探しておいて。どうやら浮上してるみたいだ」
「ほいほい、っと。んじゃ、お客さんは任せちゃうよん」
天を衝く聖剣となって、機首を垂直に立てて"エクスカリバー"が飛ぶ。
その背後に迫るミサイルは、既に対機動戦闘機を見越した改良型のようだ。エディンが以前から危惧していた通り、すぐにこの戦争は敵味方が機動戦闘機を使う戦場になったのだ。
ならば、磁力のフィールドで誘導兵器を無効化する戦術もすぐに廃れる。
何故なら、あの六華がそういうミサイルを設計し始めていたからだ。
「けど、機動戦闘機の扱いに関しては……僕たちに一日の、長が、あるっ」
上昇しきって霧を抜け、朝日の空でエンジンをカットする。
同時に、エディンは変形用のレバーを握って押し込んだ。
瞬間、"エクスカリバー"の機体がバラバラに分解される。ミサイルはその中を突っ切って、敵を見失ったまま空へと消えた。
そして、爆発。
衝撃波を浴びつつ、パーツ単位に分解された"エクスカリバー"は落下する。
あっという間に、追尾してきた敵の"ムラクモ"と接触、すり抜けた。
相手のパイロットが、目を見開いて振り返るのがはっきりと見えた。
「機動戦闘機なら、こういう芸当もできるってこと」
即座に全身のパーツが合体し、機兵形態へと変形する。背には磁気がオーロラのマントを広げ、ツインアイに走る光が敵機を捉えた。
専用のアサルトライフルを向ければ、慌てて向こうも変形を試みる。
だが、焦りと驚きのあまり、敵機は失速した。
容赦なくエディンは、オートで弾丸を叩き込む。
「撃墜、確認。それで? 姉さん、アヴァロンは」
「探すまでもなかったわよ。ほら、前方! 出てくる!」
周囲は既に、白い雲が敷き詰められた雲海。
その中から、巨大な物体が浮かび上がった。
まるで、大海原の白鯨のごとく、荘厳にして重厚なる大質量だ。
マーリンが滅びた母星より出奔し、遠くこの地球へと流れ着いた旅……あらゆる知識と技術、そして生命を搭載した方舟だ。
「友軍は?」
「ギャラハッド小隊とガウェイン小隊で国連軍のお守りをしてるわ。あと、スェインと六華ちゃんがこっちに来る。アーサー小隊で一番乗りね」
「……だと、いいけどね」
方舟の名は、アヴァロン。
かつて騎士王が去ったという、理想郷の名前だ。
それは、白銀に輝く巨大な円筒形である。その全長は、約10km……幼い頃に見たアニメの、スペースコロニーに少し似ている。
違うのは、密閉された円筒ではなく、本当にただの筒状だということ。
無数の"ムラクモ"によって磁力アンカーを打ち込まれた巨躯は、前後に蓋のない筒だった。そして、その内側にエディンは異世界を見る。
「中に……森が、ある。ちらほらと建物も……神殿? みたいなものもある」
「ねえ、エディン? あれ、レーダー波が跳ね返ってこないんだけど。っていうか、ソナーによる聴音は勿論、X線とかも全部弾く。つ、つまりね、えっと」
「目に見える以外、観測できない。こっちでも確認したよ、レーダーに映っていない」
天空に浮かぶ巨大な方舟は、目視以外で己の存在を認知させてくれない。
驚いたことに、その周囲に飛ぶ敵の"ムラクモ"もまた、レーダーから消え失せていた。恐らく、なにかしらの力場が周囲を覆っていて、外部からの干渉を遮断しているのだ。
それであれば、真空の宇宙においても内側の大気を維持できるかもしれない。
改めてエディンは、マーリンの生まれた星の科学力に舌を巻いた。
同時に、恐ろしさが心胆を寒からしめる。
「あれがシヴァンツたちの手に渡れば、恐ろしいことになる」
「んー、じゃあ一発ブッ飛ばしてみる? ほら、なんか今見てたら……超磁力ソードとかいうの、あるけど」
「いや、あれはマーリンに返すよ。彼は……故郷に帰るために、あれが必要なんだ」
「そうね。どっちにしろ、シヴァンツの玩具にしとく訳にはいかないか」
アヴァロンが人の手に渡れば、現代のミリタリー・バランスは一変する。ただでさえウルスラの空は、機動戦闘機の登場で様変わりしてしまったのだ。
だが、磁力炉をツインドライブさせる"エクスカリバー"でさえ、アヴァロンの前では玩具に等しい。
「ん、エディン」
「なんだい、姉さん」
「また、例のやつなんだけど」
「ああ、また」
「じゃ、あとよろしく」
「了解」
刹那、真下の雲が一瞬で蒸発した。
そして、禍々しい光芒が"エクスカリバー"を包む。
だが、磁力のマントが苛烈な奔流を弾いて、受け流した。
高出力の粒子兵器は、宿敵の登場を高らかに歌う祝砲か。それとも、破滅の始まりに鳴り響く天使のラッパか。
ゆっくりと今、"ハバキリ"が浮上してくる。
『見つけたぜえ……新型に乗ってるのは、手前ぇだな! エディィィィィンッ!』
セルジュだ。
彼の"ハバキリ"は今、以前にもまして強烈な殺気を発散している。
よく見れば、あちらもかなり大幅な改修がなされていた。脚部は既に人の足ではなく、それ自体が巨大なブースターになっている。それは同時に、膨大なペイロードを誇るウェポンベイだ。
その証拠に、あっという間に両足からマイクロミサイルの嵐が解き放たれる。
「エディン! 全部見切って、ほいで避けて!」
「簡単に言ってくれるなあ」
「対磁気処理弾頭だと思う、なんか反応がそれっぽいし。あと、ホーミング制御が全部気持ち悪い感じ。ねばーっとしてんのよ!」
「例の空飛ぶ鞘と似た技術かな。さて、と」
シュン、とマントを翻して、"エクスカリバー"がアサルトライフルを両手で持ち直す。同時に、コクピットでエディンは向かってくる殺意の全てを視線で射抜いた。視覚トラッキングによるロックオンだ。
眼差しが見据えて穿ち貫けば、姉という最強のファジー機能が細部を補正してくれた。
まるでサーカスのような機動で飛びながら、火を吹く銃口がマイクロミサイルを叩き落とす。
だが、その間隙に絶叫が飛び込んできた。
『小細工はいらねぇ! 今日こそ決着をつけてやるっ! このっ、"ハバキリ"改め……"アメノハバキリ"でなあ!』
驚異的な突進力で、吐き出すバーナー炎が尾を引いていた。
強化された"アメノハバキリ"は、あっという間に"エクスカリバー"の眼前で抜刀した。
同時にエディンも、左腕部のシールドブースターから剣を抜く。
例の超磁力ソードとかいうネーミングはともかく、ただの斬磁場刀ではない。
「悪いけどね、セルジュ。僕は君の父君を叩いて潰す。邪魔するなら君も、容赦はしない」
『いいぜぇ! ようやく俺を認めやがったか! いつも、いつもいつも……澄ました顔で無視してくれてよぉ!』
「それと、前にも言ったよ。……その顔は見飽きたって」
刃と刃とが、激しく衝突する。
居合にも似た音速の抜刀術を、エディンの"エクスカリバー"は剣で受け止めた。鍔迫り合う中で、前後も上下も入れ替えながら、二機の機動戦闘機が激しくぶつかり合う。
単純に磁力炉をタンデム搭載している分、出力は"エクスカリバー"が上だ。
だが、敵もまた人の姿を捨て去り、圧倒的な火力と推進力を得ている。
勝負は互角で、エリシュのマニュアルによる補正を受けて、エディンはどうにか機体バランスを維持したまま剣戟に踊っていた。
そして、不意に声が走る。
『全世界の皆様に申し上げる。私は、ウルスラ王国宰相……シヴァンツ。列強各国の手により、暴虐のオーレリア女王は倒され……そして、我が国土は蹂躙された!』
突然、オープンチャンネルでシヴァンツの演説が始まった。
互いに剣で相手を押しのけ、切っ先を突きつけたまま"エクスカリバー"と"アメノハバキリ"が向き合い止まる。
そして……真の災厄、その元凶は朗々と地獄を謳い始めたのだった。




