第18話「天空の王、大地の姫」
その日、世界は有史以来最も明るい夜を知った。
数千もの巡航ミサイルが、強力な磁気嵐の中で誘爆する光……さながら、ウルスラ王国は神の祝福で光輪を得るが如くだ。
だが、スェイン・バルガは知っている。
この地は古来より、呪われし国……理由も定かでないまま、闘争心を注ぎ込まれる。
その呪いの根源をこそ、断つべきだ。
しかし、ウルスラ王国の皆が手をつくしても、誰もわからない。
何故、ウルスラ王国が世界中から狙われるのか?
スェインには、第二の母国アメリカも加担せざるを得ない現実が解せなかった。
「だが、今の俺はウルスラ王国海軍のパイロット……海無きこの空で戦う、一匹の男だ」
決意を言葉に呟いてみて、同時にエンジンを再始動。
磁力炉の強力なパワーが再び翼に宿る。
燃料を再び燃焼させて、ラムジェットエンジンの咆哮が夜の空を引き裂いた。
風に乗ってグライダーのように滑空していた、無数の機動戦闘機が再始動する。
蒼穹の騎士達にはもう、次の戦いは始まっていた。
巡航ミサイルの釣瓶撃ちで始まって、次は……無差別の絨毯爆撃である。
『アーサー01より各機へ。全小隊、戦略爆撃機を撃墜せよ……決して手心を加えてはいけない。用意周到に背後から近付き、持てる全ての手段を講じて撃墜せよ』
まだ十代の少年とは思えぬ、冷酷なまでに凍てついた声だった。
エディン・ハライソは本気だ。
たかだか50機ちょっとの機動戦闘機と、急ごしらえの陸戦隊……そして、あちこちから集めた中古の輸送船を改造した、空母ですらない移動基地。あまりに少ない戦力だが、彼は全世界を相手に国を守るつもりだ。
「アーサー03、了解だ。……さて、我々アーサー小隊で護衛の戦闘機を引き受けよう」
「そゆことだ、少佐! オレにも仕事を回してくれよ!」
後部座席では、うら若き乙女がガラの悪い声を響かせる。
元気が有り余ってて、そのくせ空戦時はやかましいお荷物でしかない少女だ。だが、彼女の存在がこの"カリバーン"とスェインとを繋いでいる。
正直、機兵形態はスェインには使いこなせない。
スェインは腕っこきのエースパイロットだが、それは戦闘機に限ったことだ。
だが、背中の元気な爆弾娘がそれを補ってくれる。
逆に、彼女は陸戦と格闘戦しかできないのだ。
「了解だ、お姫様。とびきりの見せ場を用意してあげよう」
「なあ、そのお姫様っての、やめねえか? 俺等のお姫様は、オーレリアだろうがよ」
「そうかい? なら、覚えて置いて欲しいな」
敵機が無数に浮かぶレーダーの光点は、既に光ってない場所が少ないくらいだ。高高度を翔ぶ戦略爆撃機と、それを護衛する世界中の戦闘機……さながら今のウルスラ王国上空は、国際航空博覧会といった趣だ。
だから、歓迎しよう。
祭の歌で祝福しよう。
鉄火を持って、領空を侵犯する全てを屠るのだ。
「オレの名前はリシュリーだ! わかったか、少佐!」
「了解だ、リシュ。とりあえず、そのやかましい声を少し引っ込めといてくれ。ちょいと揺れるが、吐くんじゃ、ない、ぞっ!」
小隊ごとに纏まって翔ぶ友軍の"カラドボルグ"を守るように、3機のカリバーンが突出した。アーサー小隊、僅か3機で全ての護衛機の相手をする。
彼我戦力差は、120:1だ。
だが、この程度の不利を覆せねば、次はない。
物量に押し潰される前に、スェイン達は立証しなければならない。
未知の兵器をもって専守防衛に徹して、ウルスラ王国を侵略することが割に合わないと教育してやるのだ。犠牲が増えれば国際世論も回り出すし、厭戦ムードも広がるだろう。そして、あの"益荒男嬢爵"ことフリメラルダ女男爵の仕事もやりやすくなる。
「さて、では……エディン、君は後で見ててくれるかい? 六華はデータを俺にくれ」
「おいおい少佐! あの中に単機で突っ込むのか!?」
「そうさ。だが、独りじゃない。俺とお姫様、君とでだ」
「……ヘッ、上等じゃねえか! わーったよ! こっちは頭数が少ねえからな。でも、物量差は覆らねえぞ? どうすんだ、少佐」
増速する"カリバーン"の三号機が、プロペラントタンクをドロップする。
同時に、夜空を切り裂く大編隊の中へと突っ込んでいった。
一斉に散開する敵機。
そして、進路を変えずに爆撃コースを動かないデカブツの群。
仲間にそれを譲って、すぐにスェインはパイロット家業を開始した。
1:120というキルレシオは、前代未聞だ。常識外れもいいところである。だが、この"カリバーン"ならばできるのだ。そして、エースパイロットは皆が知っている……数の不利は、自分が少数であることを忘れぬ限り、一つの利点としても作用する。
そのことをスェインは、戦場で何度も感じてきた。
伊達にブルーエンジェルスで、曲芸飛行だけをやってきた訳ではない。
「んんんっ、ぐっ! かは……んぎぎぎぎぎっ!」
「そーら、お姫様っ! しっかり意識を保てよ!」
爆撃部隊の護衛は、ざっと見て150機前後だ。
その半数が、爆撃機へ群がる各小隊の"カラドボルグ"を追う。
そして、その背後へ送り狼のようにスェインは張り付いた。
「鴨撃ちなどとは言わんよ! だが、迂闊なっ!」
容赦はしない。
エディンに言われたからではない。
ここは戦場、そして空はスェインのテリトリーだ。
ここでは、弱い者や隙を見せた者が死んでゆく。
一秒後は自分かもしれない。
その生死を分かつ何かを、スェインは熟知していた。
「少佐っ! ミサイルを使えば――っはあー、くううううっ!」
「へばるなよ、お姫様。俺は意外と貧乏性、でっ、ねえ!」
機銃だけで次々と撃墜数を稼ぐ。
尻を見せた敵機など、スェインには空飛ぶ的だ。
ただ、ミサイルは温存する。"カリバーン"に搭載されているミサイルは、MMML-5 ヴァリアブルミサイル……通称"カトブレパス"だ。昨今では当たり前になった胴体内の密閉式ウェポンベイが、"カリバーン"にはない。複雑な変形合体機能故に、その余裕がないのだ。
だから、旧世紀のジェット戦闘機よろしく、翼に山とミサイルをぶら下げている。
"カトブレパス"は、発射時の設定で対空、対地、対艦とその場で選択できる。
つまり、これを温存することはその後の戦術や戦略に影響するのだ。
「さぁて、お姫様! そろそろ働いてもらおうか!」
意図的にスェインは、敵機の最後の1機を残す。
20mm機銃でちょっと尾翼をこすってやる。
ミリ単位で機体と武装を制御できるのが、スェイン・バルガという男だ。
相手はNATOが欧州各国で共有している機体、EF2040"ユーロファイター・シクローン"だ。極めて優秀なマルチロールファイターだが、相手が悪い。
パイロットも機体も、こっちが上である。
「動きが甘い、雑でぎこちない……ヒヨッコだな」
スェインがいたブルーエンジェルズは、ただの曲芸飛行部隊ではない。海軍の艦載機乗りを鍛える、戦技教導団でもある。ありとあらゆる戦技を使いこなす男が見ても、目の前の機体は無様、そして未熟だった。
必至に逃げようとして、藻掻いて足掻くようにラダーやスポイラーを動かす。
追い詰められてパニックになっているのだ。
そして、新兵と思しき機体を嬲るようなスェインの機動に、あっという間に敵が殺到した。空では、誰もが仲間を見捨てない……いいパイロット達だと素直に思った。
「さあ、お姫様! リシュ! ちょいといいとこ見せてくれるかい?」
「う、おえぇ……うぷっ! はぁ、はぁ……誰に言ってんだ、誰に!」
「オーケー! ユーハブ・コントロール!」
「アイハブッ! うおおっ、オレはあ! 怒ってるんだっ、ぜええええっ!」
目の前の"ユーロファイター・シクローン"を追い越す。
その数m上を通過しながら、上昇しつつ変形……下の新米パイロットは仰天した筈だ。接触寸前でパスしていく敵機が、バラバラになるなり人の姿に組み替えられるのだから。
恐らく、公式記録に機動戦闘機の変形合体機構を報告するのは彼になるだろう。
無論、生きて帰れればの話だが。
スェインはコントロールをリシュリーに渡す。
同時に、機兵形態になった"カリバーン"が"ユーロファイター・シクローン"に馬乗りに跨った。そして、八神重工製60mmガトリング砲"エリュアレ"が火を吹く。スェインとリシュリーの三号機に搭載された、無慈悲に空を赤く縫いあげる血塗れのミシンだ。
「オラオラオラオラァ! オレの……オーレリアの国からっ、みんなの国からぁ! 出て、けーっ!」
群がる敵機は予想もしなかっただろう。
新兵をいたぶるように飛んでいた機体が、突如として人型になって……真後ろへと撃ってくるのだ。それも、救うべき新兵を足場に。
あっという間に一方的な撃墜ショーが始まった。
敵は、スェイン達の足元の"ユーロファイター・シクローン"を気にして撃てない。
そして、機兵形態の扱いはめっぽう上手いのがリシュリーだ。
勿論、"エリュアレ"が繊細な照準を必要としない武器なのも功を奏した。
「よし、こんなもんだろ」
「少佐、足元のこいつは?」
「コクピットには当ててやるなよ? 死線をくぐったんだ、こいつは空の宝物さ」
「わっかんねえな……ま、少佐が言うならいいぜ? ユーハブ!」
最後にリシュリーは、ガン! と足場だった"ユーロファイター・シクローン"を蹴り飛ばして宙へ舞う。瞬時に空戦形態へと変形した。
足場にされた挙句に踏まれて蹴られて、"ユーロファイター・シクローン"が失速してゆく。だが、気遣ってる暇はない。
「このまま残敵を掃討する。爆撃機の護衛に回った敵機は」
「ランスロット小隊とケイ小隊で片付けてるぜ! あっ……待ってくれ、少佐! 新しい敵機の反応! ……なんだこりゃ、クソ速ぇ! 単機で突っ込んでくる!」
瞬時に、スェインはリシュリーの緊張感を悟った。
この娘は馬鹿だが、馬鹿だけで終わらない感覚があって、とてもいいものを持っている。素直だし、自分の後部座席を任せるに値する少女だ。そして、信頼しつつある彼女の直感が、粗雑ながらもストレートな言葉でスェインに危機を伝えてきた。
同時に、隊長でもあるエディンの声が静かに響く。
『各小隊、攻撃続行。アーサー02、アーサー03は引き続き攻撃隊の援護を……新手は僕がお相手することにするよ。……多分、初顔合わせでもないからね』
アーサー01、"カリバーン"一号機が突出して高度を取る。
そして、スェインは見た……この戦いで唯一、ウルスラ王国が優位と言える新機軸兵器、機動戦闘機が敵として現れるのを。




